第12話

 アカデミー側が想定していた通り、かなりの人が集まっているみたいだ。

 ……バカみたいだな……あんなもののために集まるなんて。

 あんなもののせいで、大勢が争って、多くの血が流れたことも知らないくせに……


 煌石一般公開がはじまり、公開場所であるウェストエリアの闘技場には、ティアストーンと無窮の勾玉を一目見ようと大勢の観光客が集まって長蛇の列ができていた。


 会場に数ヵ所の入り口を設け、それぞれの入り口で違ったルートを通ってできるだけ大勢の人に、時間をかけずに煌石を一目見れるようにしているのだが――会場となっている何十万人をも収容できる闘技場内は公開開始すぐに満員になり、一目見るのに長時間並ぶ必要があった。


 今まで公開されたことのない二つの煌石を見られるとあって、並んでいる観光客の表情は期待に満ちており、会場内や会場周辺にマスコミたちや、煌石から放たれる神秘的な力を撮るためにマスコミが用意したカメラが大量に設置されていた。


 そんな彼らの様子を闘技場内にある一室で大和は冷めた様子で見下ろしていた。


「別に見たところで、ただのちょっとした力を持った大きな石が飾ってあるだけだからがっかりするだけだと思うんだけどね……イーストエリアで楽しんだ方がまだ有意義に過ごせるよ」


「表に出したら天宮家に狙われると思った鳳グループ、煌石の神聖性を保つために煌石露出を控えていた教皇庁――様々な思惑が絡み合って公開されなかったせいで、本当に煌石が実在するのかと疑問視されたこともありました。なので、一目見ようと大勢の人が集まり、世間が騒ぐのは無理もないのでしょう」


「ふーん。そんなものなんだね」


「ええ、そんなものなのでしょう」


 煌石を一目見ようと集まる大勢の人たちを冷めた様子で分析する大和とエレナ。


 会場内にある闘技場内外を一望できる広々としたVIPルームにいる二人は呑気に会話を繰り広げながらもアリーナに設置されたステージの上に、強化ガラスに覆われて展示されている二つの煌石の力をコントロールしていた。


 二人の力によって展示されている二つの煌石は淡い光を放っており、神秘的な光を放つ煌石は会場を訪れた人たちの視線を釘づけにしていた。


 輝石の力を持たない一般人に何も感じないが、実際は二つの煌石の力によって会場内、会場周辺には輝石の力を抑える結界が張られており、並の輝石使いは会場周辺では輝石を武輝に変化させることができなかった。


 しかし、エレナが操るティアストーンの力のおかげである程度の人数は無窮の勾玉の影響を受けるのを排除させており、そんな彼らを会場内の警備に当たらせていた。


「今のところは何も起きてないみたいだけど――エレナさんの予想では、これから何かが起きて、無事に解決できるって思ってるのかな?」


 煌石一般公開を直感に従って開いたエレナをからかうように大和はそう言い放つが、エレナは特に気にすることなく相変わらずの無表情で「ええ」と頷いた。


「改めて思うけど、僕も確証も何もないのに今回の件に協力するとは焼きが回ったね。麗華たちにエレナさんの直感のことを言ったらみんな驚いていたよ? ――でも、みんな決まったものは仕方がないって思って、というか、エレナさんの判断を信じてるみたいだったけど」


「ありがたいことです――しかし、そう言ってもあなたも心の底では、私の言葉を理解しているのではありませんか? だからこそ、こうして協力してくれている」


「何とも言えないけどね。麗華たちは特に何も違和感はなさそうだし、僕も胸の奥に何か突っかかってる感じがするけど気にならない程度だし。でも、気持ち悪いって感じはするね」


「私も同じです」


「僕たち気が合うね」


「そう思います――お互いに、煌石を憎み合っているようですし」


「……そうだね」


 エレナの言葉に陰のある笑みを浮かべて、展示されている二つの煌石を一瞥する大和。


 ティアストーン、無窮の勾玉――二人の人生は二つの煌石によって、大きく変わってしまい、煌石に対していい感情は持っていなかった。


 大和にとって無窮の勾玉がなければ鳳の一族と争って家族が、一族がバラバラになって余計な争いが生まれることがなかったし、自分の母が命を落とすこともなかったし――何よりも大切な友と争うこともなかったからだ。


 エレナにとってティアストーンというものがなければ教皇としてではなく普通の人生を歩めることができたし、煌石を操る力を失った先代教皇が教皇という立場に固執したせいで長年利用されることもなかったし、アリシアとももっと良好な関係を築けたはずだったからだ。


 煌石との因縁を回想したせいで室内の雰囲気が暗くなるが――そんな空気に耐え切れない大和は「それにしても――」と、不意に話をはじめた。


「他の次期教皇候補の人たちもすごいけど、リクト君とプリムちゃんは群を抜いてすごかったよ。ほんの数時間で無窮の勾玉の力をコントロールできるなんてさ。さすがは現教皇の息子と、その教皇と最後まで教皇の座を争った元時期最有力候補の娘だよ」


 一週間前――他の次期教候補たちは時間がかかったのにもかかわらず、すぐに無窮の勾玉をコントロールできたリクトとプリムを思い浮かべて正直な感想を述べた大和。


 息子が褒められて、無表情ながらも僅かに表情が柔らかくなるエレナ。


「コツを掴んだらすぐにティアストーンを扱うことができたあなたも同じです。さすがは御子――そして、さすがはあの人の娘です」


「……母さんのこと、知ってるの?」


 母のことを知っている口振りのエレナに、普段は軽薄な雰囲気を身に纏い、すべてを見通しているかのように余裕な笑みを浮かべている大和が僅かに動揺する。


「実際に会ったことはありませんが大悟や、無窮の勾玉の存在を知る一部の枢機卿たちから話は聞いていました。教皇と同等の力を持つ煌石の使い手がいると、そして、かなり自由奔放で周囲を引っ張る魅力的な人でもあると」


「……僕の知ってる母さんの人物像とはかなり乖離してるんだけど」


「それでは、悪い意味で個性的と言った方がよろしいですか?」


「そこまで言ったら、もう気遣わないでいいから」


「それでは、自由奔放で周りの迷惑を考えずに好き勝手にするじゃじゃ馬娘――そう評され、取り入っても扱い辛いと教皇庁に判断されていました」


「喜んでいいのか悪いのか、よくわからないかな……先代鳳グループトップに利用されたせいで、母さんは命を落としたんだからね」


「しかし、お母様は自分よりもあなたを守るため、大悟と協力して自分とともに利用されるかもしれないあなたの――天宮加耶の存在を隠しました」


「……そうだね」


「こうしてここにいることが、お母様は何よりも喜んでいることでしょう」


「そうかな? 生きていたら、面倒なことになりそうだなぁ。母さん、僕にしょっちゅうかわいい衣装を用意してそれを着させようとしていたからさ」


「見てみたいです」


「……ホント、エレナさんは天然のサディストだよね」


「ありがとうございます?」


「褒めてないんだけどね」


 エレナの言葉に、アカデミー前教頭によって利用されながらも、それを知ってアカデミーに混乱を招いた自分が、今もこうしてこの場所にいる理由を改めて思い知らされる大和。


 かつて、すべての元凶である無窮の勾玉を暴走させて自分の命諸共破壊しようとしたが、寸でのところで麗華たちに止められ、命拾いしたことで大和はようやく自分の居場所を見つけ、受け入れることができた。


 自分がどんな存在であっても、幼馴染である麗華や巴、大悟、克也、萌乃、セラ、大勢の友人たちの傍が自分の居場所であると――


 ――あれ? ……なんだろう、これ……

 ……何か、何かが違う……どうしてだ? ……どうして……


 不意に大和の胸の中に違和感が溢れ出す。


 忘れ去られた、しかし、忘れてはならない――違和感だった。


「無窮の勾玉のコントロールが不安定になっています――大丈夫ですか?」


「え? あ、う、うん――ごめんごめん、大丈夫」


 大和の中で生まれた違和感と疑問をエレナの心配するような声が霧散させた。


 心配そうに自分を見つめてくるエレナをこれ以上不安にさせないために、大和はいつものように、しかし、取り繕ったように軽薄な笑みを浮かべて、自分の意識を無窮の勾玉に向けた。


「いいえ、謝るのはこちらです。辛い過去を思い出させてしまって申し訳ありません」


「別に謝らなくてもいいよ。辛くても過去があって今の僕がいるんだからね」


 辛い過去を乗り越えたからこそ今の自分があるという大和の言葉を聞いて、「そう言ってもらえるのありがたいです」と、無表情ながらも安堵していたがエレナの表情はまだ険しかった。


「しかし、話に夢中になるあまり、私もティアストーンのコントロールを疎かにしました」


「エレナさんにしては珍しいね――もしかして僕との話、楽しかったのかな」


「ええ」


「そう言ってもらえると嬉しいなぁ」


「あなたが可憐な衣装を身に纏う姿を想像したのも原因の一因です。前にリクトのために買ったのに、本人が嫌だと言って着てくれなかった衣装があるのですが――差し上げましょうか?」


「……遠慮します」


「残念です……かわいいのに」


 少女と見紛うほど可憐な少年であるリクトのために購入し、自分よりも他人を立てるリクトが着るのを拒んだ衣装に、嫌な予感しかしない大和は教皇の提案を丁重に断った。


 即答で大和が断り、無表情ながらもエレナの表情は沈んでしまっていた。


「それでは、今度一緒に出掛けて、私があなたの服を身繕うのはどうでしょう」


「あー、僕なんかよりも麗華の方がエレナさんの趣味に合うんじゃないかな? きっとエレナさんの言うことには聞いてくれるだろうし」


「遠慮しないでください。二人とも私が見繕いましょう」


「……勘弁してもらいたいなぁ」


 静かにやる気を漲らせるエレナの矛先を自分から麗華に替えようとするが、失敗し、深々と嘆息する大和。


 そんな大和とは対照的に、エレナは、世界中から尊敬を集める教皇というよりも――一人の息子がいるとは思えないほど、庇護欲に駆られてしまうほどの少女のような無邪気な雰囲気を身に纏い、大和との会話を楽しんでいた。

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