第13話

 アミューズメント施設や商業施設が立ち並ぶイーストエリア――午前中に運良く朝早くに煌石を拝むことができた人たちのほとんどが時間を潰せる施設がたくさんあるイーストエリアに向かってアカデミー観光を楽しんでいた。


 アカデミー全域の警備を任されているセラ、ノエル、クロノ、サラサ――そして、ありがた迷惑にも当日になって自分も警備に参加すると言ってセラについてきた貴原とともに、観光客が一気に増えたイーストエリアを重点的に見回っていた。


 午前中を過ぎた段階で、観光客同士と、アカデミーの生徒同士の軽い喧嘩が数件発生しただけで特に大きな騒動は発生していなかったが、煌石一般公開は明日まで続くいてまだまだ油断はできないので、耳に差してあるイヤホンから届く緊急の報告を聞き逃さないようにしながらセラたちは見回りをしていた。


「セラさん、あのファッションショップを知っていますか? 最近開店したばかりで評判が良いのですよ。僕も何回か行きましたが、セラさんに似合うであろう服がたくさんありましたよ?」


「そうですか」


「あそこのチョコレートショップも人気で、バレンタインデーが近いせいで多くの女性客が訪れているそうですよ」


「そうですか」


「既製品よりも手作りがしたい場合はあそこのチョコレートショップに行くべきですね」


「そうですか」


 まったく、貴原君は……

 協力してくれているのはありがたいけど、もう少し集中すればいいのに……


 見回りがはじまってからずっとセラに話しかけ続け、スルーされ続けているのにもかかわらず、めげずに話し続ける貴原。


 一応協力してくれているので、スルーしながらも貴原の話を耳に入れているが、見回りに集中したい、基本的に彼がする話の内容に興味がないセラには苦痛だった。


「ノエル、貴原はセラのことが好きなのか?」


 観光客が大勢来るということで屋台が数件出店しており、良いにおいにつられて先程買ったばかりの大きなイカ焼きを食べながら貴原とセラの会話を眺めているクロノは、同じく屋台で買ったりんご飴を齧っている姉のノエルに二人の関係について尋ねた。


「ええ、クラスメイトたちから聞きましたがそのようです」


「フム……しかし、相手にされていないな」


「ええ。明らかにセラさんは嫌がっていますね」


「止めた方がいいのだろうか」


「私も色恋には疎いので――サラサさん、どう思いますか?」


 色恋沙汰には縁がないし、興味がないノエルは、自分よりも縁があるかもしれないと判断して、クレープを食べているサラサに意見を求めた。


「せ、青春は邪魔をしてはならないと、大和さんから教えてもらいました……」


「そういえば私も美咲さんから聞いたことがあります。なるほど……明らかに嫌われているにもかかわらず、好きな人に執拗に声をかけ、突き放されるのが青春なのですね」


「いや、違うぞノエル。美咲からは青春とはお互いの肉体をぶつけ合い、極限までに高めて昇天する――というのが青春だと言っていた。おそらく、青春とは会話や肉体をぶつけ合うことによって生まれる恍惚感が重要なのだろう」


「なるほど……青春とは肉体と精神力が必要なほど奥が深いのですね」


「どっちも違うと思い、ます……」


 美咲から得た偏った知識と、人の教えをスポンジのように吸収する純粋無垢なせいで盛大に勘違いしているノエルとクロノに、色恋の経験がないながらも漫画で知識を得てある程度青春について知っているサラサはため息交じりに間違いだと指摘した。


「フム……やはり難しいな、ノエル」


「では青春を満喫している貴原さんに青春を尋ねましょう――貴原さん、質問があります」


「もちろん、何でも質問していただいても構いませんよ、ノエルさん」


「貴原さんの思う青春とは一体何なのでしょう」


 思い立ったら即行動で、セラに話しかけ続けている貴原に声をかけるノエル。


 憧れのセラを一度敗北に追いやったことがある実力を持ち、アカデミーでも、世界でもトップレベルの輝石使いであり、セラに勝るとも劣らない可憐な外見のノエルに質問を求められ、貴原は誇らしげに胸を張って彼女の質問に答えるつもりでいた。


 貴原との会話を中断させてくれたノエルに心の中で感謝しながらも、嫌な予感が頭に過ったセラは、じっとりとした目で貴原を睨みながら不承不承といった様子で耳打ちする。


「貴原君、ノエルさんたちは純粋です。間違った知識を与えないでくださいね」


「心配する必要はありません、セラさん。博覧強記のこの僕が正しい知識を与えましょう」


 不安だ……不安しかない。

 サラサちゃんなら、どうにかできるだろうか――……無理そうだ。


 やる気を漲らせる貴原と、そんな貴原の話を無表情ながらも瞳に期待を宿したノエルとクロノは待っている様子を見て、不安しかないセラはサラサに縋るような視線を向けるが――サラサは首を横に振ってノエルたちを止めるのを諦めていた。


「ノエルさん、クロノ君――僕にとっての青春とは、愛、です!」


「「愛?」」


 恥ずかしげもなく青春=愛を言い放った貴原に、ノエルとクロノは首を傾げた。


「アカデミーに入学した僕はただ輝石使いとして修練を重ねることしか頭にない、面白味のない人間でした――しかし! 愛を知って僕は変わった! そして、アカデミーでの生活もガラリと変わった! 目に見えるすべてがキラキラと煌いて見えるようになり、今まで気にしていなかったすべてに興味を抱くようになり、自分本位だったのがすべては彼女のために――そう考えるようになりました……つまり、愛は人を変え、人を青春の渦中へと誘うのです!」


「意味がわからないが、中々ためになるな、ノエル」


「ええ。グッとくるような感じがします」


 愛について、青春について恥ずかしげもなく熱く語る貴原に、よく理解していないノエルとクロノだが、それでも胸を熱くする何かが彼の言葉には存在していたので参考にしていた。


「つまり、貴原はセラに愛を抱くことによって、自分だけの青春を手に入れたということか」


「その通りだよ、クロノ君! ――セラさん、わかっていただけましたか、この僕がどれだけあなたを愛しているのかを! セラさん、何度も言いましたが改めて言いましょう――僕の愛を受け取っていただけませんか?」


「お断りします」


「なぁあぜぇだぁああああああああああああああああ!」


 勢いのままに跪いてセラの手を取り、彼女への愛を囁く貴原――


 しかし、そんな貴原への愛を粉々にセラは砕いて絶望へと送った。


「しっかりしろ、貴原」


「ぼ、僕は、僕は……」


「オマエの愛はその程度なのか? しっかりしろ」


 失恋のショックで跪く貴原に、甲斐甲斐しく声をかけるクロノ。


 そんな二人を放ったノエルは、セラをジッと見つめ――「セラさん」と不意に話しかけた。


 こんな状況でノエルに話しかけられて嫌な予感しかしないセラだが、彼女の子供のように無邪気な瞳で見つめられたら無視できず、「どうしましたか?」と反応してしまう。


「美咲さんや刈谷さんや伊波さんから貴原さんが何度もあなたに失恋していると聞いています――どうしてなのでしょう」


「そ、それは、その……そういうのにまだ興味はありませんから」


「では、興味を抱いた場合、セラさんは貴原さんと愛を育めるのでしょうか」


「え、えっと……貴原君は理想とはかけ離れているので」


「グハァッ!」


「貴原、しっかりしろ。貴原! ――サラサ、貴原の容態は?」


「……も、もう手遅れ、です」


 答え辛いノエルの質問に、気恥ずかしそうに答えるセラ。


 傷が癒えぬまま再び失恋を味わい、浜辺に打ち上げられた瀕死の魚のように痙攣して泡も吹いている貴原をクロノは救おうと、サラサに助けを求めるが、失恋のショックを連続で味わった貴原にできる処置は存在しなかった。


「それでは、セラさん……あなたの理想とはどんな人なのでしょうか」


「え、ええ? そ、それ、気になりますか?」


「私は恋愛というものを理解できませんが、私はあなたから生まれたイミテーション――あなたの理想像を聞けたら、多少恋愛について理解できると思うのです。お願いします、セラさん」


 の、ノエルさんが頭を下げてる――こ、これは言わないとダメだ。

 でも――……どうしよう……


 お互いに軽く対抗意識を抱いているというのに、頭を下げて自分に教えを乞うノエルに驚くとともに、彼女の質問を存外にできないと思ってしまう人の良いセラ。


 気恥ずかしさを覚えながらもノエルのために答えようとするが――自分の理想とする異性がどんな人なのか、恋愛経験がまったくないセラにとって説明するのは難しかった。


「セラさん! 何も深く考える必要はありません! 心のままに言葉にすればいいのです!」


 心のままに、か……

 うん――何となく、わかってきたかもしれない……


 考え込んでいるセラに、彼女の理想像が聞けることに歓喜してすっかり復活した貴原が偉そうに、そして、若干そわそわした様子でアドバイスを送る。


 貴原のアドバイスが珍しく響いたセラは考えることをやめて、「そうですね――」と心のままに自身の想いを口にする。


「優しい人ですね……一人に優しくするのではなく、周囲にもちゃんと気を配れるような人が好みなのかもしれません。それに、安心感ですかね? 傍にいるだけで安心できるような、彼の言葉だけで――例えば『大丈夫』、その一言だけで安心できる人です……それと、その……我儘かもしれませんが、甘えられる人がいいのかもしれません」


「セラさんの言いたいこと、わかります……でも、私はどちらかというと、甘えるよりも、甘えられる方がいいのかも、しれません」


 いまだ会ったことのない自身の理想像を思い浮かべながら、頬をほんのりと紅潮させて自分の理想像を語るセラに、気恥ずかしそうにしながらもサラサも同意を示した。


「そして、一本筋が通っている人ですかね? 自分の決めたこと、やろうとしたことに忠実で、周りからひんしゅくを食らっても、私と喧嘩をしても考えを曲げない頑固な人ですが、すべてが万事解決すれば過去のことを気にすることなくすぐに仲直りすることができる――そんな人を待っているのかもしれません」


「なるほど、貴原さんとは真逆ですね」


「ゴファッ!」


「貴原! ――貴原! しっかりしろ、貴原!」


 セラの答えを聞いて正直な感想を述べるノエルに再び貴原は倒れ、クロノが介抱する。


「私もそんな人がいるのであれば、きっと今まで感じたことのない特別な想いを抱けるでしょう――しかし、随分具体的な人物像ですね」


「そ、そうでしょうか? まだそんな人に出会えていないんですけど……」


「誰だぁ! セラさんの想いを一身に受ける羨まけしからん奴はどこのどいつだぁ! 今すぐひっ捕らえて市中引き回しの上打ち首獄門にしてやる!」


 ――ノエルさんの言う通り、確かに妙に具体的だ。

 ……どうしたんだろう。どうして、こんなに胸がざわざわするんだろう。


 ノエルの一言でゾンビのように蘇り、怒りに満ちた怒声を張り上げる貴原だが、彼の雄叫びはセラの耳に届いていなかった。


 自分の理想像が随分具体的だと言ったノエルの言葉を軽くスルーしながらも、彼女の言葉がセラの頭に、胸の中に変にこびりついたからだ。


 しかし、そんなセラの思考を邪魔するかのように遠くから爆発音が複数響き渡った。


 その音が耳に届いた瞬間、即座にセラは思考を切り替えた。


 幸い、イーストエリアにいる通行人たちは爆発音が聞こえても、驚きはしていたが特にパニックになることはなく、どこかでイベントが開かれたぐらいにしか思っていない様子だった。


「今の音は一体?」


「わかりませんが、花火を用意しているという話はなかったはずです」


「非常事態のようですね」


「被害状況を把握できていませんが、そう判断するべきでしょう」


 ……ついにはじまったのか?

 だが、爆発にしては少しおかしいような気がする……


 嫌な予感が頭の中を駆け巡って動揺が広がる中、冷静になってセラは状況を確認する。


 ノエルの報告を聞いて、いよいよ相手が動きはじめたと判断するセラだが、今まで聞いたことのある爆発音にしては、迫力がないように聞こえたので違和感を抱いていた。


「ここから一番近い場所だと裏通りから音が響いた――どうする?」


 ……パニックになっていないのは幸いだ。

 慌てず、ここは萌乃先生に連絡して報告を待つのも良いが……

 敵は何を仕掛けてくるのかわからないんだ――急ごう。


 クロノの問いに、一瞬の思考の後にセラは現場に向かうことを優先させる。


「幸い周りはパニックになっていません――この機に乗じて早急に一番近い現場に向かいましょう。クロノ君、萌乃先生に連絡をお願いできますか?」


「了解」


「サラサちゃん、アリスちゃんたち狙撃班に連絡にして現場周辺の様子を聞いてください」


「う、うん……」


「貴原君、準備はよろしいですか」


「この僕にすべてを任せてください! 愛の騎士である私がセラさんをお守りしましょう!」


 ……声をかけなきゃよかった。

 でも、貴原君のおかげで緊張が解れた――急ごう。


 恥ずかしげもなく愛の騎士とのたまった貴原に、心の中で嘆息しつつも、彼のおかげで不測の事態で緊張していた気持ちが幾分和らいだので、取り敢えずは感謝することにした。


 非常事態と周囲に悟られないように気を配りながら、セラたちは現場に急行した。

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