第8話
「今日はノースエリアで一件、ウェストエリアで二件、セントラルエリアで二件の騒ぎが起こったんだ。どれも昨日みたいに外部からの人間が騒いだんじゃなくて、アカデミーの生徒同士の軽い喧嘩だったのが幸いだったけど」
風紀委員の活動を終え、晩御飯の買い出しに向かおうとしたセラだが、幼馴染の二人に呼び出され、最近忙しいセラを気遣った二人の奢りでセントラルエリア駅前のファミリーレストランで晩御飯を食べていた。
カルボナーラスパゲッティをフォークで巻きながら、セラは今日の風紀委員活動の出来事を、テーブルを挟んで対面に座る二人の幼馴染に雑談がてらに報告していた。
「騒動に大小は関係ない。小競り合いだと舐めれば痛い目にあうぞ」
「最近忙しいセラを労うつもりで呼んだのに説教は無粋だろう、ティア」
「……そうだったな。悪かったな、セラ」
「別に気にしなくてもいいよ。事実だし。今は重要な時期だから気合を入れないと」
「あーあ、労うつもりなのにセラに気を遣わせた」
「黙れ」
今日の放課後に解決した騒動がすべて小さなものばかりでウンザリしていたセラに、このファミレス一番の量を誇るステーキ&ハンバーグセットを豪快に食べながら忠告するのは、美しい銀髪をセミロングに伸ばしたクールビューティ―、ティアリナ・フリューゲルだった。
労うつもりで呼んだセラに説教するティアを諫めるのは、定食の焼き魚を箸できれいに食べている、白髪交じりの頭の、ティアと同い年だが、彼女と比べて少し幼さが残る顔立ちの青年・
幼い頃にアカデミーが設立される前に教皇庁が輝石使いたちに施していた、輝石使いを、高名な
「ティア、ナスのお新香と肉一切れ交換してくれないか?」
「断る――ブロッコリーかアスパラガスと交換するなら考えてやろう」
「二人とももう大人なんだから好き嫌いしないで食べなよ」
セラ、ティア、優輝――その実力と名前はアカデミー内外に轟いており、有名人であった。
そんな高嶺の花の存在である彼らがファミレスにいることに、他の客はもちろん従業員も驚くとともに、憧れの眼差しを送っていたが――セラたちとしては、何度もファミレスに来ているので、違和感なく談笑していた。
「そういえば、ついさっきニュース速報で流れてたけど、煌石一般公開が決まったんだってね。それで、俺たちも克也さんから当日の警備を頼まれたんだ」
「よかった。二人がいるなら当日どんなことが起きても安心だよ。やっぱり、大勢の人から狙われているだけあって、公開当日の警備はかなり厳重になりそうだね」
「……セラに気を遣わせるなと言ったばかりだろうが」
一時的に風紀委員の活動をすっかり忘れさせるためにセラを呼んだというのに、それを思い出させる優輝をティアは厳しい目でジロリと睨んだ。
「それはわかってるけどさ……その件に関して、数日前にうるさく聞いて来た人がいたから、詳しいことを聞いてその人に伝えようと思ったんだ」
「もしかして……師匠?」
師匠――セラ、優輝、ティアに輝石使いとしての戦い方のすべてを教えた師であり、教皇庁で発生した数多くの事件を解決して伝説の聖輝士と称される人物であり、優輝の父である
「久しぶりに連絡してきたと思ったら、噂されてる煌石の一般公開の件について聞いてきて、取り敢えず何も言えないって話したら、今度は煌石一般公開がどんなに危険なのかクドクド説教してくるし……まったく、家から出るつもりのない引きこもりが文句を言っても何もはじまらないっての。文句があるのならアカデミーに来て直接上層部に言えばいいのに」
……相変わらず、師匠とは上手く行っていないのか。
苛立ちと落胆のため息を漏らしながら久しぶりに連絡をしてきた父への不満をつらつらと並べる優輝から放たれる苛立ちに、セラはもちろん周囲も圧倒されていたがそんなことなど気にも留めないティアは師匠の話を聞いて、この場にいる誰よりも表情を明るくさせていた。
「師匠は息災か?」
「息子や、愛想尽かせて別居中の妻にも滅多に連絡しないし姿も見せないからわからない。でも、説教する元気があったみたいだから、大丈夫なんじゃないの?」
「ここ最近忙しくて師匠にはまともに挨拶する機会がなかったからな……久しぶりに会ってみたいところだ」
「ついでに無事かどうかの確認もしてきてくれ」
「お前も久しく会っていないだろう。会ってきたらどうだ?」
「顔を合わせる度に説教垂れる頑固親父と何を話せばいいんだ? 勘弁してくれ」
「自分の父親、それも伝説の聖輝士と過ごす時間が無駄だというのは言い過ぎだ」
「伝説の聖輝士の正体は偏屈な頑固親父だってお前は知ってるだろうが」
ティアももう少し気を使ったらいいのに……
まあ、ティアなりに気を利かせているんだろうけど……
優輝も優輝で、もう少し素直になったらいいのに……まあ、お互い様だけど。
でも、何だろう……まだ何か隠している……詳しく聞いたら機嫌悪くなるかな?
大丈夫だとは思うけど――やっぱり聞いた方が良いのかな?
純粋に師である宗仁を尊敬しているティアの一言一言が優輝を苛立たせているのだが――セラはもちろん、ティアも彼が本気で自分の父親を嫌ってはいないとよく知っていた。
これ以上宗仁についての話をすれば更に優輝の機嫌が悪くなりそうだと思いつつも、まだ優輝は何かを隠しているような気がして、それについて突っ込んだ質問をしようとするセラだが、それよりも早く「そういえば、セラ」と強引に優輝は話を替えた。
「この春でセラも大学部だろう? そろそろ将来を考える時期だと思うんだけど、どうするんだ?」
「まだ漠然とは決まってないけど、今は風紀委員の活動に専念したいって思ってるよ」
「……もう、俺たちを苦しめていたファントムも、アルトマンもいないんだ。だから、自由に好きなことをすればいいんだからな?」
ファントムも消え去り、半年前の騒動でアルトマンもいなくなった――
私たちを苦しめていた二人はもういない。
もう私たちはここに囚われなくてもいいんだろけど……
長年苦労をかけてきた妹分に対しての罪悪感と気遣いを込めた優輝の言葉で、セラは思い出したくもない仇敵たちのことが頭に浮かぶが、それ以上にアカデミー都市で出会った麗華を含めた大勢の友人たちのことが頭に過った。
「気を遣ってくれてありがとう、優輝。確かに、アカデミーに入ったのは優輝やティアを追いかけるためだけだったし、風紀委員だって麗華に利用されて入れられたけど、今ではアカデミーや今の自分の状況に愛着があるし、風紀委員の活動を続けていたからこうして二人と元の関係に戻れたんだ……だから、アカデミーには色々と恩義がある。できる限りのことはし続けるつもりだよ。二人はどうするの? 二人も大学部卒業だけど」
「お前がそうしたいのならそうすればいい――私も全力で支援しよう。それに、私も同じだ。優輝を追うためにアカデミーに入ったが、アカデミーの変化を間近で見続けていたからな……この先もアカデミーがどう変化するのか気になる。だから、私はアカデミーで講師を続け、これからも変化を見届けるつもりだ」
セラの質問に、ここ数年発生した多くの事件を経てアカデミーの変化を間近で見続けていたティアはそう答えるが、優輝は気恥ずかしそうにして答え辛そうにしていた。
「沙菜と祝言を挙げるのならば、その前に師匠に挨拶をするんだな」
「そうだよ、優輝。もうそろそろ、優輝も沙菜さんに誠意を見せるべきなんじゃないかな。今、同棲しているんでしょ? その話ももうみんなに出回ってるし、身を固めるにはいい機会だよ」
「よ、余計なお世話! それに、同棲というか、沙菜さんが暮らしている寮の近くで、新しい寮を建設しているせいで工事の音がうるさくて、一時的に部屋を貸しているだけだから! ――というか、二人こそどうなんだ?」
清いお付き合いをしている
「二人ともまったく男の気配がないのは、正直どうかと思うぞ」
「今は修行中の身だ。色恋にかまけている暇などない」
「ティアはストイック過ぎるんだ。そう言っている内に歳が過ぎていくんだぞ。そんなお前にデュラルさんが心配していたぞ? まあ、安堵もしていたが」
「お前も父上も余計なお世話だ」
「それに、セラもそうだ。確かに治安維持活動に精を出すのはいいけど、もう少し自分のことを考えたらどうなんだ?」
「い、今は忙しいし、そんなことを考える余裕なんてないよ」
「あー、ほら、貴原君なんてどうだ? 近い内にバレンタインデーがあるんだから、誘ってみてはどうだ? 彼、お前にゾッコンラブみたいだから、ちょうどいいじゃないか」
「絶対に嫌」
今もこれから先もまったく異性に縁がなさそうな二人に、優輝は深々と嘆息する。
「……二人とも、このままじゃ独身生娘ルート一直線だぞ?」
「「余計なお世話」」
……でも、ちょっと優輝の言う通りかも。
お父さんとお母さんから、たまにそういう話が出るし……
それに、思い返してみれば、あんまり男の人と接したこともないし……
で、でも、まだ、学生なんだから! そういうのは後回し、後回しにしよう……はぁ……
ため息交じりに放たれた優輝の言葉に、セラとティアは異口同音でそう言い放つが――少し、思うところがあるセラは心の中でため息を漏らし、対面に座るティアの表情も少し暗かった。
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