第13話


 教皇庁本部の大会議室には、教皇庁に所属する枢機卿や教皇エレナ、そして、鳳大悟を含む鳳グループの上層部の人間たちが集められていた。


 ここ最近続けて鳳グループと教皇庁の間で会議が行われており、毎回室内の空気は張り詰めていたが――今日の会議室内の空気は、今まで以上の張り詰めた空気で行われていた。


 会議の内容は主に昨夜に発生したセントラルエリアの大病院で発生した騒動だった。


 昨夜の騒動の報告、調査の結果をお互いに報告している鳳グループと教皇庁。


 報告の間ずっと教皇庁側は鳳グループに対して不信感とともに敵意をぶつけるが、鳳グループ上層部は気圧されながらも毅然とした態度で彼らと向き合った。


「こちらからの情報は以上です――さて、本題に入りましょう」


 昨夜の騒動の報告を終え、お互いの情報を交換し終えると――感情を宿していないながらも厳しい目で、エレナは大悟を睨むように見つめて本題に入る。


「単刀直入に聞きます。大悟、なぜ鳳グループは内密にクロノを別の場所に移したのでしょう」


「裏切者がどの組織にいるのかハッキリさせるためだ」


 静かでありながらも圧倒的な威圧感の込められた教皇の眼光に気圧されず、真っ直ぐと大悟は見つめ返して正直にエレナの質問に答えると、会議室内の空気が一瞬ざわつくが、巨大な組織のトップ同士から放たれる一触即発の空気に気圧され、すぐに室内が静かになる。


「我々も白葉ノエル以外にいるかもしれない裏切者について調べていましたが、答えは出ませんでした――あなたは裏切者が何者であるのか、その答えに辿り着いたのですか?」


「今回の件で確信した――お前たち教皇庁にヘルメスとつながる裏切者がいる」


 教皇庁側の人間たちから放たれる威圧感をものともせず、大悟は断言した。


 ざわつく会議室内だが、構わずに大悟は話を続ける。


「クロノの居場所を知るのは我々鳳グループ上層部のみ。鳳グループ内部に裏切者がいるなら、クロノの移送先に敵は待ち受けているハズだが、ノエルはそうしなかった。制輝軍内部にも裏切者がいる可能性ももちろんあるが、アリシアの件もある。アリシアが襲われた航空機はお前たち教皇庁が用意したものであり、アリシアの居場所を知るのはお前たちしかいなかった――それを考慮すれば、お前たち教皇庁側に裏切者がいる可能性が極めて高い」


 教皇庁に対して不信をいっさい隠すことなく、大悟はそう告げた。


 今まで黙って大悟の話を聞いていた枢機卿たちだが、ここで彼らの怒りが爆発する。


「ふざけるな! 確たる証拠がないのに貴様らは我々を疑うというのか!」

「一理あるかもしれない――が、やり方が少々強引ではないのか?」

「その通りだ。情報共有を約束したのに、それを無下にした結果、お前たち鳳グループに対して、教皇庁は不審を強める結果になったのだ」

「先程から好き勝手に言っているが! 証拠がないということはお前たち鳳グループにも裏切者がいる可能性もあるということだ! そんな言葉、信じられるか!」


 枢機卿たちの非難を浴びるが、彼らの野次など耳に入っていない様子の大悟はエレナを探るよう目を向け、エレナもまたそんな大悟を感情を宿していない冷たい瞳で睨み返した。


 強大な組織のトップ同士が睨み合い、静かに火花を散らしている状況に、ざわついている教皇庁側で一人落ち着いて会議の行く末を見守っているリクトは息を呑んでいた。


「確かに、あなたの判断は正しいのかもしれません……わかりました、裏切者の捜索は我々教皇庁内部にいるという前提で行いましょう」


 教皇庁を疑う大悟の判断を認めるエレナにさらに教皇庁はざわつくが、「静まりなさい」の小さいが、騒がしくなった室内に響き渡るほど威圧感の込められたエレナの一言が彼らを黙らせた。


 大悟の言葉を素直に受け入れるエレナだが――「しかし――」と話を続ける。


「あなた方の勝手な真似のせいで、我々教皇庁の不信がさらに強くなり、何よりも大勢を騙して、大勢の怪我人を出しました――あなたの娘も含めて」


 娘である麗華のことを出されて大悟の無表情が曇る。


 ノエルを捕えようとした大悟の娘・麗華は、ノエルとの戦闘で負傷してしまっていた。重傷ではないが、それでも数日はまともに戦えないとのことだった。


「あなたの娘を含め、大勢の怪我人が出た大きな原因は白葉ノエルですが、鳳グループにも一因があると肝に銘じてください。あなたたちのおかげで裏切者がどの組織にいるのか大体ハッキリしましたが、同時に情報の一部を隠したせいで白葉ノエルの襲撃にまともな対応ができなかった――それを決して忘れないでください」


 確かに、鳳グループの行動はちょっと強引だったのかもしれない。

 もう少し良い方法があったのかもしれない、でも――


 エレナの言う通り、鳳グループが教皇庁に内密で動いたせいで、過去最悪なほど両組織の関係は悪化していたし、大勢の怪我人が出たのはノエルが大きな原因の一つであるが、鳳グループにもその一因があるからだ。それらを十分に理解しているからこそ大悟はもちろん、鳳グループの人間たちは反論できない。


 しかし、エレナの言葉は一理あると認めつつも、鳳グループを突き放す彼女の態度に納得できないリクトは「――エレナ様」と、トップ同士の会話に割って入る。


「鳳グループの独断によって重要参考人のクロノ君を助けることができました。もしも、鳳グループが動かなければ、最悪な事態になっていたかもしれません」


「それは十分に承知していますが、我々の関係が今までにない以上に悪化しているという状況を考えて言いなさい、リクト」


「でも――」


「リクトを利用するのは結構ですが、程々にしてください――彼は次期教皇最有力候補であり、教皇庁にとって重要な人間です」


 釘を刺すように放った一言で、教皇庁には秘密で自分が鳳グループに協力していたことに、エレナが気づいていると悟ったリクトは、鳳グループへのフォローを忘れて素っ頓狂な声を上げそうになるが、それを堪えた。


 しかし、続けて襲いかかる教皇の鋭い眼光と、枢機卿たちの不審と落胆と怒りの視線がいっせいに集まったことには耐えられなかったリクトは俯いてしまう。


「大方、私の判断に納得ができないあなたは鳳グループを頼ったようですが、あまり勝手な真似をすればどうなるのかをよく考え、覚悟してください――あなた以外の次期教皇最有力候補は探せばいくらでもいます」


 脅すような言葉を淡々と述べるエレナに気圧されたリクトは「わ、わかりました」と返事をすることしかできなかったが――リクトは鳳グループに協力したことに後悔はしておらず、自身の立場を脅かされても彼らに協力するつもりでいた。


 もちろん、大勢の怪我人を出してしまったことは後悔しており、怪我人を出さないための方法があったと思っているが――それでも、自分が正しいと思うことをしたつもりなので、非難を承知で教皇庁の判断を無視して鳳グループに協力したことを後悔していなかった。


「勝手な真似をして信用をふいにするあなた方に何を言っても無駄だと思いますが、教皇庁内にいると思われる裏切者は我々教皇庁が調査します。もちろん、客観的な視点を持つあなた方の力を借りたいとは思いますが、あなた方の力を借りれば教皇庁内のいる人間が強く反発する可能性が大いにあります。無用な混乱を避けるため、我々に任せてもらいます」


「……好きにしろ」


 自分たち鳳グループへの強い不信感を抱いているエレナに大悟は何も反論できなかった。


 鳳グループが目指す教皇庁との連携強化の目標がさらに遠のき、過去最悪なほど二つの組織が関係悪化していることをリクトは感じ取っていた。


 ……状況は最悪だ。これから、どうなるんだろう……

 母さん、あなたは一体どうしたいんだ……


 状況が一気に悪い方向に向かっていることと、仕方がないとはいえ鳳グループを突き放す母の頑なな態度にリクトは強い不安を抱えた。


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