第14話

 麗華と大和が昨夜のノエルとの交戦で負傷した話を聞いたセラと幸太郎は、授業が終わってすぐに二人がいる鳳グループ本社へと急いだ。


 麗華が負傷した話は昨夜、クロノを安全な場所に移送させ終えた時に萌乃から報告を受けており、本来ならばすぐにでも見舞いに向かいたかったが、大悟たちを含めた鳳グループ上層部の人間が麗華たちから詳しい状況を聞くとのことだったので、彼らの邪魔にならないように見舞いは明日にすることに決めた。


 翌日、アカデミーの授業を終えたセラたちは、麗華がいる鳳グループ本部に向かった。


 そこで鳳グループの社員の人に案内され、麗華たちがいる二つの簡易ベッドが置かれた室内に訪れるセラたちだが、室内の雰囲気は悪い。その理由はベッドの上にいるあからさまに不機嫌な表情を浮かべている鳳麗華から発せられる刺々しいオーラのせいであった。


 ……幸太郎君の言う通りだ。

 八つ当たりされそう……。


 麗華の様子を見て、見舞いに来たセラは彼女に聞こえないように小さく嘆息し、幸太郎が昨日言っていたことを思い出す。


 軽傷でも負傷した麗華たちを心配するセラと幸太郎だったが――見舞いに行くことに関してだけは、幸太郎は渋った。ノエルに負けた麗華の機嫌は確実に悪く、八つ当たりもしかねないと失礼な想像をしていたからだ。しかし、それでも麗華たちを心配しているので、幸太郎は麗華たちの見舞いに向かうことに決めたのだった。


 雰囲気が悪い中、会話の切り出そうと模索しているセラは、縋るような目を幸太郎に向けるが――室内の雰囲気が悪いのを気にすることなく、幸太郎は麗華の近くにある豪勢なフルーツバスケットに目を奪われていた。


 幸太郎が会話を切り出すという期待をしていたセラだったが、すぐに頼りにならないと判断して、八つ当たりされるのを覚悟で話を切り出す。


「その……麗華、怪我の具合はどう?」


「ムキー! おのれ、白葉ノエル! 卑怯ですわよぉおおおおおおおおおお!」


 セラに話しかけられた瞬間、怒りを爆発させて鳳グループ本社中に響き渡るほどの奇声と怨嗟に満ちたヒステリックな怒声を上げる麗華。


 白葉ノエルに対しての溢れ出んばかりの怒りのあまり、怪我をしているにもかかわらず麗華は派手に飛び跳ねて起き上がり、両手を握り締めて大きく足を開いてベッドの上に立つ。


「れ、麗華、そんなに騒がないで。身体に悪いから」


「多少は響きますが何も問題はありませんわ! ファァアアアアアアアアアク!」


「元気そうでよかった……これ、見舞いの品として幸太郎君と私が選んだお菓子のセット」


「ありがたくいただきますわ! コンチクショウ!」


「取り敢えず、麗華……身体に障るから落ち着こうよ。ほら、ベッドの上に横になって」


「休んでいる暇はないのですが――そうですわね、そうさせていただきますわ」


 徐々に怒りが収まってくる麗華だが、それでもいまだに怒りが収まる気配がない麗華に心の中で深々とため息を漏らすセラ。一方の幸太郎はフルーツバスケットの中から取り出したリンゴの皮をナイフで器用に剥いていた。


「病院に行かなくていいの? ここにいても十分な治療を受けられないと思うけど……」


「休んでいる暇はないと言ったばかりでしょう! 人の話をちゃんと聞きなさい!」


「ああ、うん。ごめん。そうだったね」


「お父様も病院で診るべきだと言っていましたが、かつてないほど鳳グループと教皇庁の関係が悪化し、その影響がアカデミー都市全体に及んでいる状況で悠長に休む場合ではありませんわ! 最悪の場合鳳グループと教皇庁に所属する人間が武力で衝突する可能性も大いにありえるのですわ! だから、お父様に無理を言って本社内で待機させてもらっているのですわ」


 ……大悟さんも大変だ。


 大悟が怒れる娘を止めるために自分の目が届く本社内で麗華を待機させたのだろうとセラは察するとともに、彼の心労も察した。


「そんなことよりも、現在の状況はどうなっていますの?」


「結局、美咲さんがたくさんの監視カメラを壊したせいで、ノエルさんたちの居場所はわからずじまい。ただ、鳳グループと教皇庁の対立が深まっている状況でアカデミー都市のみんなが不安がってる。鳳グループと教皇庁の関係について根も葉もない色々な噂話が出回っているせいもあるけど、みんな雰囲気が悪いのを肌で感じているみたい」


「……サラサの具合はどうですの?」


 サラサのことを聞く麗華の声は先程と比べてトーンが低くなったが、それでも今にも爆発しそうなほどの怒りが静かに昂っていた。


 昨夜の事件で負傷した多くの輝石使いの中にサラサも含まれていた。


 問答無用でかつての仲間であるアリスに攻撃を仕掛けたノエルから、サラサは身を挺してアリスを守ったが――ノエルの強烈な攻撃はサラサのガードを突き破り、負傷していた。


 ここに来る前に、セントラルエリアの病院にいるサラサの見舞いに向かい、ベッドの上で眠っているサラサの姿が頭に浮かんだセラは、仲間であったアリスに攻撃を仕掛け、サラサに怪我を負わせたノエルに憎悪にも似た激しい怒りが芽生えるが、激情を抑えて麗華に報告する。


「ここに来る前にお見舞いに行ったけど、サラサちゃんはまだ眠ってる……怪我は大したことなくて、すぐに目が覚めるようだけど、目覚めてもしばらくは安静にしていないとダメみたい」


「そうですか……ドレイクには申し訳ないことをしましたわ」


 サラサの無事を聞いて安堵するとともに、彼女の父であり自分の使用人兼ボディガードを勤めるドレイクに、娘を危険な目にあわせて怪我を負わせてしまったことに麗華は心から申し訳ないと思っていた。


「まったくもってノエルさんには失望しましたわ! 卑怯な不意打ちだけではなく、かつての仲間であるアリスさんに容赦なく攻撃を仕掛け、風紀委員の一員であるサラサまでも傷つけるとはもはや我慢の限界ですわ! もう休んでいる場合ではありません、私も――モガッ!」


 再び怒りの炎が激しく燃え上がる麗華は怪我をしているにもかかわらず激情のままに行動を開始しようとして気合を入れるが――大口を開けて気合を入れる麗華の口に、幸太郎は皮を剥き終えたリンゴを放り込んだ。


 突拍子のない行動をする幸太郎にセラは呆れ、リンゴの甘さが口の中で広がって思わず頬が緩んでしまいそうになる麗華だが――すぐに鬼の形相で余計な真似をした幸太郎を睨む。


「何をしますの! 幸太郎!」


「今は休んで麗華さん。リンゴ、もう一つ食べて」


「そんなこと言っている場合では――」


 麗華の身体を心配する幸太郎だが、それを無視する麗華――大口を開けて文句を言おうとする彼女の口に、幸太郎は再びリンゴを放り込んだ。


 今度はリンゴの甘さなど気にしないで、リンゴのように顔を真っ赤にして怒る麗華だが――


「幸太郎君の言う通り、僕も少しは休んだ方がいいと思うな」


「そうだよ、麗華。二人の言う通り少し休もうよ。後は私とと幸太郎君に任せて」


 麗華の身体を心配している幸太郎に同意する声とともに現れるのは、麗華と同じくノエルとの交戦で負傷した大和だった。麗華と同じく大和も大したことのない怪我だが、しばらくは安静にしなければならない状態であり、目を離せば何をしでかすかわからないので、大悟は娘とともに監視のために鳳グループ本部で休ませていた。


 怪我をしているのに勢いのままに行動しようとする麗華が心配なセラは、大和の言葉に同意して何とかして麗華を止めようとする。


「セラならまだしも、普段から使い物にならない幸太郎には任せられませんわね」


「ぐうの音が出ない」


「ですので、私が――んっ、んぐっ、じゅっ、んぐ……ジュル、もぐ……」


 再び息を意のままに突っ走ろうとする麗華の口に幸太郎はリンゴではなく今度はバナナを放り込む。突然のバナナに驚きながらも、吐き出すことなく幸太郎を不機嫌そうに睨みながら咀嚼していた。


「突然無礼ですわよ、幸太郎! 何を――んぐっ!」


「バナナは身体に良いよ」


「そんなこと知っていますわ! 私にバナナを食べさせるのをやめなさい」


「そう言いながらちゃんと食べる麗華さん……かわいい」


 ……エッチだ。


 文句を言う麗華の口にバナナを強引に咥えさせる幸太郎の瞳に無邪気な加虐心が宿る。


 一方の麗華は、不満気な表情を浮かべながらも怪我をしている影響なのか、バナナを咥えさせる幸太郎の手を振り払うことができずにいた。


 口を塞がれて上手く呼吸ができず、喉奥に当たるバナナのせいで麗華の瞳が潤み、顔が僅かに紅潮していた。


 そんな二人の様子を見て、セラは僅かにだが麗華が満更でもなさそうにしているのを感じるとともに、二人の光景がちょっとエッチに見えた。


 幸太郎が麗華にバナナを食べさせている間、セラは大和に視線を向ける。


「大和君、ノエルさんがアンプリファイアを使ったという話は本当なんですか?」


「うん。信じられないとは思うけど間違いないよ。あれは確かにアンプリファイアだ。ノエルさんがアンプリファイアを使うとは思いもしなかったから、思いきり不意打ちを食らったんだ」


「無理もありません。ノエルさんがアンプリファイアを使うなんて誰も思いません」


「それでも油断して負けたのは事実。あーあ、後で巴さんに油断するなって怒られそう。――セラさん、ノエルさんと戦う時は気をつけて。彼女、僕たちが思っている以上に本気だよ」


「……ええ、そのようですね」


 ……麗華や大和君が不意を食らうのも無理はない。

 あのノエルさんがアンプリファイアを使うなんて誰も思わない。私だって……


 ノエルがアンプリファイアを使ったという事実を、煌石・無窮の勾玉の欠片であるアンプリファイアの力を最大限に引き出すことのできる、『御子みこ』と呼ばれる存在の大和が認めたことにセラはショックを隠しきれなかった。


 私情を挟まず、任務のためなら手段を選ばない冷酷な性格をしているノエルだが、戦闘力は誰しもが認めるほど高く、セラも彼女の実力を認めて少しだけ尊敬していた。


 そんなノエルが追い込まれていたとはいえ、アンプリファイアから一時的に得られる偽りの力を得たことにセラは失望するが、同時に、目的のためなら手段を選ばない本気のノエルと戦うかもしれないことに不安を抱いていた。


「セラさん、もしも今のノエルさんと戦った場合、勝算はあるのかい?」


「……何とも言えません」


 意地悪な笑みを浮かべた大和の質問にセラはハッキリとした答えを出せない。


 アンプリファイアを使ってでも目的を果たそうとする本気のノエルさんに勝てるのだろうか……

 ――それなら、私もアンプリファイアを?


 一瞬、セラの頭の中で悪魔が囁いたが――大粒のマスカットを食べながら、麗華にバナナを頬張らせている幸太郎の姿を見て、悪魔はすぐに消えた。


 そんなこと、できるわけがない――何を考えているんだ、私は。

 あの時、幸太郎君はアンプリファイアの力に頼ろうとしたことなんてなかった。

 それなのに、私がアンプリファイアの誘惑に乗ってどうするんだ。


 アンプリファイアの力を使えば幸太郎を失望させると思ったからだ。


 前にアンプリファイアがアカデミー都市で流行した時、輝石を扱えない、落ちこぼれと周囲から評されている幸太郎がアンプリファイアの力に誘惑に乗らなかったからだ。


 そんな幸太郎を見てきたため、セラはアンプリファイアを意地でも使いたくなかった。


「正直、今のノエルさんは簡単に勝てる相手じゃないよ?」


「わかっています……でも、負けるわけにはいきません」


「さすがセラさん。かっこいいなぁ。その様子なら後のことを任せても問題ないかな?」



 勝算があるのかまだわかっていないが、本気のノエルと戦うことに恐れていないセラの様子を見て、大和は満足そうに微笑んだ。


「怪我をしている今の僕たちだと足手まといにしかならないから、後のことはセラさんと幸太郎君に任せるよ。それでいいよね、麗華?」


 相変わらず幸太郎にバナナを咥えさせられながらも、セラと大和の話を聞いていた麗華は激しく首を横に振るが、大和は構わず話を続ける。


「今はゆっくり待とうよ。大悟さんが真実を言うのを、目覚めたクロノ君が何を言うのかをね」


 近い内に騒動に大きな進展が迎えることに期待に満ちた笑みを浮かべる大和――そんな大和を、麗華にバナナを頬張らせて楽しそうに出し入れしながら幸太郎はジッと見つめた。


「……大和君、大きい」


 ……確かに、大きい。


 ふいに呟いた言葉にセラも反応する。今まで気づいていなかったが、確かに幸太郎の言う通りいつもと比べて大和が大きかった――胸が。


「ああ、怪我をしている状態で無理に身体を締めつけない方がいいって医者に言われたから、普段巻いてるサラシを解いたんだ――ふふーん、どうかな、幸太郎君。前に言った通り、セラさんと同じくらいあるでしょ? しかもまだ成長中なんだ」


 妖艶に微笑みながら、自慢げに豊満な胸を突き出す大和。


「どっちが大きいと思う? セラさん」


「変わらないように見えますが、この間また――って、何を言わせるんですか!」


 何気ない調子で自然と質問をする幸太郎に乗せられそうになるセラだが、すぐに我に返る。


 作戦失敗にガッカリする幸太郎だった。


 ……もう! 本当に幸太郎君はエッチだ。


 心の中でナチュラルにセクハラをする幸太郎への不満をぶちまけるセラだが――迫るノエルとの戦いを想像して不安だった心が僅かに軽くなっていた

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