第15話

 日付が変わった深夜に目が覚めたクロノは一週間以上も意識不明だったので、精密検査を鳳グループ本社で受けることになった。


 病院ではなく、鳳グループで精密検査を受ける理由は、クロノやアリシア、プリムが保護されているのが鳳グループ本社だからだ。


 どんな相手でも容易に手を出せない施設である鳳グループ本社内は、自分たちを匿うには最も安全な場所であろうとクロノは納得していた。


 ヴィクターが用意した自作の、怪しいが性能は抜群の検査機器で、アカデミーの校医である萌乃や、アカデミー都市中の病院から連れてきた医者たちによる精密検査を終える頃には真夜中だったのが、昼過ぎになっていた。


 精密検査を終え、ヴィクターとともに昨日自分が目覚めた部屋に戻ってきたクロノを待っていたのは――プリム、アリス、そして、リクトだった。


 今までずっと裏切ってきたリクトが室内にいることに、彼に対して罪悪感を抱いているクロノはどう反応していいのかわからなくなって固まってしまうが――リクトは駆け寄り、目覚めたばかりのクロノをプリムが抱きしめたように、リクトも彼の華奢な身体を抱きしめた。


 殴られると思っていたクロノだったが、想定外のリクトの行動に困惑するとともに、胸の奥に沈殿していた重いものがフワリと軽くなった気がした。


「目が覚めてよかった、クロノ君……ずっと、心配していたんだ」


 上擦った声で自分の無事を心から安堵するリクトにクロノの戸惑いはさらに強くなるが、それ以上にずっと裏切って騙し続けていた自分に罵声を浴びせないリクトが理解できなかった。


「……オレはオマエをずっと裏切っていたんだ……怒らないのか?」


「安心しろ、クロノよ! そんなことを気にするほどリクトの器は小さくないぞ!」


 恐る恐ると言った様子でクロノはリクトにそう問いかけると、自慢げにプリムはそう答え、彼女の言葉に同意を示すようにリクトは微笑んだ。


「確かに、ノエルさんとクロノ君がヘルメスさんとつながりがあって、計画的に僕に近づいたことを聞いて怒ったし、ガッカリしたし、言いたいこともたくさんあったけど――クロノ君は前の事件で僕たちの味方をしてくれたし、何よりもやっぱりクロノ君は友達だから」


「そうか……感謝する」


 裏切った自分を友達だと言ってくれたリクトの言葉に安堵し、胸が澄み渡って気持ちの良い感覚に陥る。


 そして、その感覚がすぐに『嬉しい』と理解できたクロノは、自分を友達だと言ってくれたリクトに心から感謝をした。


 友情を再確認したリクトとクロノ、二人の間には室内を甘くさせる雰囲気を漂わせていた。


 二人の雰囲気を激しい嫉妬を宿した目で睨んで、邪魔をする気満々なプリムだが――「ウォッホン!」とわざとらしく咳払いをしたヴィクターが甘い雰囲気を崩した。


「熱々なところに水を差すのは悪いが、クロノ君よ! 精密検査も終えたし、そろそろ話をしてくれないかな? 検査を終えたら話を聞くようにと頼まれているのだよ……逃げずに真実を話す覚悟はもうできているのだろう?」


「もちろんだ」


「それは安心した。でも、覚悟して、嘘をついていると判断した場合、嘘をついているとわかった場合は容赦しない。話を聞くと言っているとけど、実質取調べと同等だということを忘れないで。すべての会話は録音されてるから」


「わかっている。そう判断したらお前の好きにしろ」


 試すような視線を向けて意地の悪い笑みを浮かべるヴィクターの質問にクロノは迷いなく頷き、全身から苛立ち似た似た殺気を放つアリスの脅しにも特に動じることはなかった。


 自分の心に従い、一週間前の事件で父と同じような存在であるヘルメスの命令に反抗すると決めた時からすべてを話す覚悟はできていた。


「まずは何を話せばいい」


「あなたたち姉弟とヘルメスの関係。もうわかってるけど、確認のために本人の口から聞きたい」


 簡易ベッドの上にクロノは座ると、アリス主導で取調べがはじまる。


 先程までの甘ったるい空気は吹き飛び、アリスから発せられる緊張感で室内の空気が張り詰めた。


「ヘルメスはオレとノエルにとっては父親のような存在だ。今まで父親の命令に従ってきた――……それと、オレとノエルは姉弟と呼ばれているが、


「……どういうこと? あなたとノエルは姉弟じゃないの?」


 姉と似ているのに姉弟ではないと言い放つ弟のクロノを不審そうに見つめるアリス。


 自分の正体を告げる瞬間を迎え、胸がざわざわしてしまい、クロノは覚悟を決めていたハズなのに尻込みしてしまう。


 ……いよいよだというのに、言葉が出ない。

 胸が苦しく、ざわついている――この感情は不安? ……恐怖?

 ……そうか、オレは不安で恐怖を抱いているのか。


 自分の正体を知った時、リクトたちがどんな反応をするのかが気になってクロノは身体が僅かに震え、胸がざわついた。


 それらの正体が、せっかく裏切った自分をリクトやプリムは受け入れたのに、自分の正体を知ってまた離れてしまうかもしれないことによる不安で恐怖だということにクロノは気づく。


 だが、ここで逃げたら、ヘルメスを――父を裏切った意味がないのでクロノは逃げない。


「元々ヘルメスとお前たちが呼んでいる男はノエルだけをだったが、その過程でオレというイレギュラーが生まれた。同一存在のようなものだ」


「……言っている意味がわからない。『生み出された』って、どういうことなの?」


「オレとノエルは輝石から生まれた『イミテーション』と呼ばれる存在だ……人間じゃない」


 僅かな間を置いて、自分は人間ではないことをクロノは打ち明ける。


 その瞬間、張り詰めていた室内の空気が静寂に包まれ、無になる。


 あまりに突飛すぎるクロノが話した真実に、リクトたちは驚くことも忘れて唖然としていた。


 白葉クロノ、白葉ノエル――人間ではないと言っても、彼らが普通に生活しているところを見てきているリクトたちにとっては信じられなかった。


 しかし、こんな時にクロノは冗談なんて言わないだろうとも思っており、クロノの言ったことを信じられなくとも、彼の言葉に不思議な信憑性があったので、リクトたちは黙ってしまう。


 時間が止まったかのように静寂に包まれる室内だが、その沈黙をヴィクターが打ち破り、娘に代わってクロノに話を聞く。


「先程の精密検査で君の身体を調べさせてもらったが人間とまったく変わらない構造だ。それに、煌石や輝石については未解明な部分が多く、人と変わらない存在を作れるなんて聞いたことがない。それなのに、君たちが輝石から生まれた『イミテーション』と呼ばれる存在と言っても、にわかには信じがたい」


「だが、事実だ。あの男は輝石の持つ特性を誰よりも深く理解していた。資格者の遺伝子レベルにも反応する輝石の性質を利用して、ある人間が戦闘中に負った怪我から流れ出た血液と、あの男が持つ力を組み合わせた結果、生まれたのがオレたちだ」


「そ、それでも、クロン君が人間じゃないって信じられないよ!」


「……今証明するのは難しいが、オレは確かに人間じゃない」


「で、でも……」


「人間じゃないんだ、リクト」


 淡々とした口調で人間でないと言われても、さっきまで自分に怒られると思って不安そうな面持ちだったクロノのことを思い浮かべたリクトは反論する。


 確かに普段は無感情で、機械的なクロノだが、今目の前にいるクロノから僅かながらも感情のようなものを感じていたのでリクトは信じられなかった。


 しかし、嘘を言っているようには思えないクロノの目を見て、リクトは黙ってしまう。


「輝石を使って新たな生命体を生み出す、か――輝石によって動く輝械人形の存在があるように、確かに理論的にはありえるかもしれない。しかし、血液を利用して輝石を反応させても、君たちのような人間に近い存在は作るのは困難だ。輝石の力では『命』を作るのは不可能だ」


 固定概念に縛られれば柔軟な発想はできないと考えているヴィクターだが、クロノが言うイミテーションの作り方にはありえないと口にしてしまう。


「『賢者の石』の力だ」


「……バカな――……あれは伝説上の存在だ」


「だが、あの男は賢者の石を持っている」


 賢者の石――数多くの古い文献や、おとぎ話に出てくる所有者に世界を支配できる力を与え、この世のすべてを与えるととされている伝説の煌石であり、実在するかも定かではなかった。


 そんな煌石の名前がクロノの口から出てきたことに、ヴィクターはありえないと思いながらも『賢者の石』が実在するのであれば、その力で新しい生命を作ることは可能であるとヴィクターは考えるが――十数年前に教皇庁が賢者の石を作ろうとして失敗しているのを目の当たりにしたので、信じられなかった。


 そんなヴィクターの頑なな考えを見透かしたような目で、クロノはジッと彼を見つめる。


「ヴィクター、オマエが信じられないのは無理もないと思うが――十数年前、教皇庁は鳳グループの力を利用して賢者の石を作ろうとして失敗したが、実は成功していた。だが、あの男はその事実を巧妙に隠し、賢者の石の力を独り占めした」


「バカな! 私はあの時、あの場所にいたんだ! 実験は間違いなく失敗した!」


「二つの組織を利用したあの男は、確かに賢者の石の生成に成功している。ヴィクター、お前はあの男に利用されていたんだ」


 十数年前――教皇庁と鳳グループはお互いを利用して、教皇庁はティアストーンを利用して賢者の石を生成するため、鳳グループは無窮の勾玉を使って兵器を開発しようとしたが、失敗した。


 その結果、二つの組織の実験は失敗し、『祝福の日』と呼ばれる世界中に大勢の輝石使いが生まれる原因が生まれてしまった。


 教皇庁側の実験に付き合い、祝福の日を引き起こした原因を作ったヴィクターは、実験が失敗したのを目の当たりにしたため、賢者の石の生成に成功したとは信じられなかった。


「その証拠がオレたちだ。手はじめにあの男は自分に忠実な駒として――当時最も優れていると判断した輝石使い、久住優輝の遺伝子を利用して、『ファントム』というイミテーションを作った。輝石の力に対する順応性が高い輝石使いの輝石には、大きな力が秘めていると考えていた当時のヘルメスは、ファントムを使って実力の高い輝石使いばかりを襲って輝石を奪うように命じた」


 数年前に多くの輝石使いたちにトラウマを残したアカデミー都市内に起きた連続通り魔事件の犯人であり、最近まで久住優輝の振りをして輝士団を動かしていた『死神』と呼ばれた輝石使い・ファントムはヘルメスの指示で動いていたということは知っていたが、ノエルとクロノと同じ存在であることは知らなかったので、冷静に努めて話を進めていたヴィクターもリクトたちと同様に固まってしまう。


「だが、ファントムはヘルメスの思い通りに動かなかった。ファントムは久住優輝と同じ顔だったのが気にくわなかったらしい。賢者の石の力を使えば、イミテーションとして生まれた自分はより一人の人間――いや、『久住優輝』になれると思ったファントムはヘルメスを裏切った。そして、長年オリジナルの振りをして輝士団団長としてアカデミーに潜り込んだが、二年前にセラたちの活躍によって身体が崩壊し、消滅した」


「そんなことがあったとは……私は知らなかったぞ」


 クロノが言った表沙汰にされていない二年前の騒動をプリムは知って驚くと同時に、多くの人間にトラウマを残してきた死神と呼ばれた人物が輝士団団長としてアカデミー内部の奥深くまで潜り込んでいたことに恐怖を抱いた。


 そして、ファントムの最期を見届けたリクトとヴィクターは、ガラスのように砕け散ったファントムの最期を思い出し、イミテーションと呼ばれる存在を信じはじめていた。


「自分と同じ顔を持つ優輝君に自分がないものを持っていることへの憧れと嫉妬が入り混じり、自分が唯一の存在であることを証明するために暴走したのか……憐れだ」


「それもあるが――一番の原因はヘルメス曰く、はじめてファントムというイミテーションを作った際、過剰なまでに賢者の石の力を注いだことが原因と言っていた。その結果生まれたのは暴走する危険性を孕んだ失敗作だったということだ……人のことは言えないがな」


 ファントムを憐れむヴィクターに、元々ファントムは欠陥があったことを淡々と説明したクロノだが、ヘルメスに望まれて生まれたわけではないイレギュラーな存在であり、自分もファントムと同様にヘルメスたちを裏切っているので、自虐気味微笑を浮かべてしまう。


「そして、ファントムがヘルメスを裏切った後に作られたのは、ファントムに決定打を与えたことで、ファントムを超える素材だとヘルメスが判断したセラ・ヴァイスハルトの遺伝子――ファントムとの交戦で負傷して流れた血を使い、オリジナルを超える想定でノエルが作られた。暴走したファントムの反省を活かして作られたノエルは、自分に従順で暴走の心配もない完璧なイミテーションだ」


「一体君たちを作ったヘルメスという男は一体何者だ……何が目的なんだ」


 衝撃の事実の連続でどっと疲れが押し寄せているヴィクターは、クロノにヘルメスの正体を尋ねる――ヴィクターたちの驚きはまだ終わらない。


 クロノは自分たちを作り出し、今まで命令に従っていた父・ヘルメスを思い浮かべる。


 真実を言えば、自分は完全に父と袂を分かつことになるということに、クロノは逡巡するが――もう後戻りはできないところまで来ており、後戻りもするつもりはなかった。


 ……すみません。


 心の中で一言父に謝罪をしてからクロノは真実を告げる。


「アルトマン・リートレイド――それがヘルメスの正体だ」


 一瞬の躊躇の後に、ヘルメスの――父の正体を口に出す。


 ヘルメスの正体に、リクトたちは驚きで声も出なかった。


 アルトマン・リートレイド――輝石や煌石に関する文献を多く残しているヴィクターが師事していた人物であり、数年前にファントムが起こした事件で唯一の犠牲者になった人物だった。


 師匠であるアルトマンはもうこの世にいないことは葬儀に出席したヴィクターはよく知っており、亡くなった当時のアルトマンは高齢であり、ヘルメスは若い男であることを知っているリクトたちは信じられなかった。


「命を落としたと思われているが、ファントムの手によって重傷を負わされて命を落としかけた際、アルトマンは賢者の石の力で蘇るとともに若返り、ヘルメスと名を変えて生きていた」


 あまりに非現実的なのでリクトたちは信じられないが――もしもクロノたちがイミテーションと呼ばれる輝石から生み出された存在であるならば、ヘルメスの正体がアルトマンであることは納得できた。


 アルトマンは輝石や煌石研究の第一人者であり、いまだに全容を解明されていないその二つの存在を誰よりも深く理解していたからだ。


 もしも彼がまだ生きていたならば輝石や煌石の理解が深まり、それらを活用する新たな技術も生まれたかもしれないということは誰もが思っていることだった。


 そんな彼ならば、イミテーションと呼ばれる存在を創れるはずだと思っていた。


 驚きの事実の連続に絶句するリクトたちだが、クロノの話は止まらない。


「ヘルメス――アルトマンの目的はティアストーンを利用して再び賢者の石を生成だ。蘇った時、賢者の石が自身の身体と同化して、取り出すのは不可能になった。賢者の石について深く研究したいヘルメスはもう一つの賢者の石を作り、自分の研究に役立てるつもりでいる」


「……つまり、もう師匠は人ではないということなのか?」


「もはや、アルトマンは賢者の石によって生かされている状態だ」


 慕っていた師の裏の顔と、賢者の石と同化したという変わり果てた姿に、ヴィクターの表情は悲しそうだったが、弟子である自分や大勢の人間を利用したことへの怒りに満ちていた。


「アルトマンは自分の目的のため、ノエルには鳳グループが持っている煌石・無窮の勾玉の在り処を探るように命じた。そして、オレには教皇エレナに近づき、動きを監視することで教皇しか知らないティアストーンの在り処を探るためリクトに近づくように命じた」


 自分がリクトに近づいた目的を話すと、罪悪感がクロノの胸を深く抉ったが、胸の痛みを我慢して話を続ける。


 アルトマンが賢者の石を求めるためにティアストーン、そして、無窮の勾玉の在り処をを探っていたことを知り、ヴィクターたちはアルトマンの目的が見てくる。


「去年の事件で無窮の勾玉の在り処を知ったアルトマンは、その場所へ向かって無窮の勾玉の力を操り、巨大なアンプリファイアを抽出した――」


「それを使って、『祝福の日』を再現して賢者の石を生成しようとしている――というわけかな?」


 クロノの言葉を深々としたため息で遮ったヴィクターが口に出した推測に、クロノは頷いた。


 世界中の人が混乱した祝福の日を再現しようとしているアルトマンに、いやの予感が的中すると同時に、リクトたちの表情は凍りついた。


「だ、だが、ティアストーンの在り処はエレナ様しか知らないはずだ! アルトマンが知るわけがない!」


「一週間前の事件で、アルトマンはアリシアを利用して、誘拐したエレナからティアストーンの在り処を聞き出そうとした。聞き出せたどうかはわからないが――アルトマンなら必ずティアストーンを探し出す、絶対に。だから油断はできない」


 最悪な未来を想像しながらも気丈に振る舞うプリムだが、クロノの言葉で一気に強気な態度が崩れてしまう。


「……オレが知っているのはこれまでだ」


 これで、クロノは自分が知る真実を話し終えた。


 想像を超える衝撃の事実の連続にリクトたちは話が終わってもしばらくは黙ったままだった。


 室内には沈黙と、アルトマンの目的を知って最悪な事態を想像したリクトたちから放たれる緊張感に包まれた。


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