第一章 死神の再来

第1話

 あの人は無様に倒れている自分を見て、気に入ってくれたようだった。

 どうしてだかはわからないが、あの人は強くなれる方法を教えてくれた。

 そして、あの人は自分の意志を託すと言った。


 ――多分、その時だったかな?


 僕がようやくハッキリとした目標を見つけることができたのは。

 目標を見つけたことで、僕が満たされることになったのは。

 それまで漠然としないままだった執着が生まれたのは。



―――――――――




 小雨が降りしきる梅雨の夜。


 街灯と人気がない、夜の闇が支配する暗い夜道を少年は傘も差さずに走っていた。


 躓きそうになりながらも少年は必死に、そして、恐怖に染まった表情で走っていた。


 少年は走りながら背後を確認すると、背後には夜の闇が広がっていた。


 しかし、闇に紛れて、黒い人影が一瞬だけ少年の目に映った。


 その姿を目視した瞬間、少年の顔が驚愕に染まり、喉の奥から絞り出た小さな悲鳴を上げて走る速度を上げる。


 逃げなくちゃ……逃げなくちゃ……


 背後に迫る黒い人影から半狂乱になって必死に逃げる少年。


 少年は持てるすべての力を使い、全速力で逃げる。


 しかし、背後に迫る気配は一定の距離を保ったまま離れようとはしない。


 恐怖心をさらに煽るように、そして、必死に逃げる姿を嘲笑うかのように、ピッタリとその黒い人影は、少年の影のように後についていた。


 ――さっきまで降っていた小雨が大粒の雨に変わる。


 少年はずぶ濡れになりながらも走り続けていたが、雨に濡れた道で滑ってしまい、無様に前のめりに転倒してしまう。


 膝と肘をすりむいて生暖かい血が流れても、それを気に留めることなく少年はすぐに立ち上がろうとする――

 だが、立ち上がろうとした瞬間、少年は尻餅をついた。


 黒い人影が目の前に立っていたからだ。


 その人影は全身を覆い隠すような真っ黒なレインコートを着た、フードを目深に被って表情が窺えない人物で、手には自身の身長を超える大鎌が握られていた。


 少年の怯えた目に映るその人物は――まさに今から自分の命を刈り取ろうとする死神のようだった。


 レインコートの人物は手に持った大鎌を振り上げる。


「ま、待って――」


 恐怖で腰を抜かして身動きできない少年に向かい、振り上げた大鎌を躊躇いなく振り下ろす――瞬間、少年の腕に巻いているブレスレットについた石が一瞬だけ煌めいた。


 固いものがぶつかる音とともに、少年の恐怖と絶望の断末魔が雨音に混じって響き渡る。


 レインコートの人物が振り下ろされた刃は少年を切り裂いたはずだったが、少年は傷一つつくことはなく、仰向けに倒れて気絶していた。


 気絶した少年を見下ろし、レインコートを着た人物は少年の腕に巻いているブレスレットについた石を取り出すと、手の中で石が一強い光を放つ。


 石から放たれた光が、目深に被ったフードで表情がまったく窺えないレインコートを着た人物の口元を照らした。


 自身の手の中で輝く石を見て、照らされた口元は三日月形に歪んで笑っていた。


 輝く石をポケットの中にしまうと、手の中で輝いていた石は一気に光を失った。


 そして、すべての用が終わったレインコートを着た人物は振り返ることなくゆっくりとした歩調で歩きはじめる。


 そして、夜の闇の中へと消えた。


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