第2話

 アカデミー高等部、1年B組の放課後。


 六月に入ってアカデミーは衣替えを行い、男子は半袖のワイシャツとネクタイ、女子は半袖薄手の白のブレザーを着ている。


 七瀬幸太郎ななせ こうたろうは空調の効いた教室内で、気持ちが良さそうに呑気に欠伸をして、身体を大きく伸ばしていた。


 六月に入って蒸し暑い日々が続いているが、校舎内は空調が完備されているので、幸太郎は快適にアカデミー生活を送り、アカデミーの設備を心行くまで堪能していた。


 そんな呑気な幸太郎とは対照的に、クラスメイトの表情は暗く、不安に染まっていた。


「おい、聞いたか? また『死神』の被害者が出たんだってよ」

「知ってる。昨日の被害者は三人もいたんでしょ? 私も連絡が来た」

「ついさっき目が覚めた被害者たちが口を揃えて死神に襲われたって言ってるんだって」

「中には逃げた末に襲われた奴もいて、そいつはかなり精神的に参ってるらしいぞ」

「ずっと囁かれていた死神の噂は本当だったみてぇだな」

「どうせ四年前の死神とは別人だろ? きっとすぐに解決するって。俺でも勝てるかもな」


 教室内は『死神』の話で騒がしくなっていた。


 ある者は死神に対して恐怖心を抱き、ある者は自分なら死神を倒せると豪語する者がいたが、大多数のクラスメイトは死神に対して恐怖心を抱いていた。


 ――死神、か……何だか大変なことになってるみたいだ。


 幸太郎はクラスメイトたちが言う、死神のことを思い浮かべる。


 死神とは、一週間前からアカデミー都市内で発生している通り魔事件の犯人である。


 死神と呼ばれる所以はとある理由に加え、被害者たちが襲った人物が全身黒ずくめのレインコートを羽織っており、武輝ぶきが大鎌という犯人の特徴から来ている。


 被害者の目撃情報以外何も情報はなく、アカデミー都市内に無数に設置された監視カメラや、アカデミー都市内を徘徊しているガードロボットに取り付けられたカメラにも映っていないため、今でも犯人を特定できずに無数の被害者たちを出し続けている。


 襲われた被害者は全員輝石きせき使いであり、全員輝石を奪われていた。


 どうして輝石を奪っている意味は不明だが、その手口には幸太郎含めてアカデミー都市内にいる輝石使いたちは覚えがあった。


 その理由は四年前にも同じ事件が起きており、世間で騒がれていたからだ。


 四年前にも同じような事件が発生しており、その犯人も武輝が大鎌で、服装が黒ずくめで、圧倒的な力を持っていたので『死神』と呼ばれていた。


 多くの被害者と一人の犠牲者を出した事件であり、アカデミーを経営している教皇庁きょうこうちょうおおとりグループを中心とした多くの組織が協力し合い、死神の逮捕に躍起になっていた。


 最終的に、死神を後一歩まで追い込んだが、死神は行動の拠点としていた建物内に立てこもり、自分ごとその建物を爆破してしまった。


 解決している事件だが、多くの輝石使いたちにトラウマを残したため、今でも死神が生きているのではないかという都市伝説があり、四年前の事件と酷似した今回の事件のせいでその都市伝説が現実味を帯びはじめ、生徒たちは死神の再来に怯えていた。


 事件のことをボーっと考えていた幸太郎は、ふいに自分の友人たちに視線を移す。


 一人は、ショートヘアーの美女のセラ・ヴァイスハルト。


 他のクラスメイトたちとは一線を画した大人びた雰囲気を持ち、相変わらず美しく凛々しい顔立ちをしており、誰にでも分け隔てのなく真摯に接する優しい性格から、多くの人から慕われているセラは、現在多くのクラスメイトに囲まれてその対応に追われていた。


「セラさん、私不安です……また死神が現れるなんて……」


 一人の女子生徒が恐怖に溢れた表情で不安を口にすると、そんな彼女の手をセラは両手で優しく包み、見るものすべてを安堵させ、そして見惚れるような笑みを浮かべる。


 セラの笑みを向けられ、女子生徒は思わず息を呑んでしまい、同性であるにも関わらず頬を赤く染めて、恐怖することも忘れて見惚れてしまっていた。


「大丈夫です、必ず解決しますから……ありふれた言葉を並べて申し訳ございませんが、必ず……必ず解決します」


「は、はい……」


 不安がる友人を安心させるための言葉であったが、それと同時にセラは自分自身に言い聞かせるように必ず解決すると約束し、使命感に満ち溢れた表情を浮かべた。


 自分を気遣い、中性的で凛々しいセラの顔を向けられ、女子生徒の顔は真っ赤に染まる――禁断の世界へまた一人、一歩踏み込んだ。


「セラがそう言ってくれれば安心だ!」

「そうだ! 今までセラは多くの事件を解決してきたんだからな!」

「ちょっと男子! セラ様――セラさんの前で大声出さないでよ!」

「みなさん喧嘩はやめてください、ね?」


 セラを中心にして口論になりそうな男子グループと女子グループ。


 そんな二つのグループをセラは笑顔で窘めると、二つのグループは素直にセラの言葉に従って落ち着き、揃ってセラの笑顔に見惚れていた。


 相変わらず、セラさんはすごい人気だ……それに比べて……


 異性同性問わず人気があるセラから、もう一人の友人――幸太郎とセラを風紀委員と呼ばれる、治安維持部隊に誘った張本人である・鳳麗華おおとり れいかに視線を移した。


 一部の髪が癖でロールしている金髪ロングヘアーで、スタイル抜群の気品溢れる美少女である麗華は多くのクラスメイトに囲まれているセラを、自身のツリ目に激しい嫉妬を宿らせて睨んでいた。


 目を引くほどの美人であるが、麗華の周囲には人がまったく寄りついていなかった。


 そんな麗華に幸太郎は近づいて、「鳳さん」と気軽に話しかけた。


 話しかけられた麗華は不満そうな、そして、不機嫌そうな顔を幸太郎に向けると、突然彼の胸倉を掴み、胸倉を掴みながら思いきり全身を揺さぶった。


「なぜですの! どうしてですの! この差はなんですの!」


 悔し涙さえも浮かべながら、八つ当たりに胸倉を掴んでいる幸太郎の全身を揺さぶり、自分とセラの差を麗華は嘆いた。


「前にも言ったけど単純に人徳だと……」


「シャラップ!」


 幸太郎の胸倉を掴んでいた手を麗華は乱雑に離した。


 そして、全身を悔しさで震わせながら、プライドが高い麗華は異性同性問わずに人気があり、多くの友人たちに囲まれているセラを嫉妬の炎が揺らめく双眸で睨んでいた。


「グヌヌヌ……風紀委員が設立されてもう二か月が経とうとしているのに、相変わらずのセラさんの人気……なぜセラさんにばかり……」


「鳳さんにも下僕になりたいって人たちがいるから大丈夫」


わたくしに変態のファンは必要ありませんわ!」


 麗華にはセラのように純粋に慕っている人ではなく、彼女の奴隷になりたい、足で踏まれたいというアブノーマルな性癖を持つ人ばかりがファンだった。


 多くの人の尊敬を集めるセラに対する嫉妬と、自分の状況に対する不満と悲しみに暮れている麗華を見て、不憫に思った幸太郎は彼女をフォローすることにした。


「でも、僕は鳳さんの方が話しかけやすいよ」


「フン! 見え透いた気遣いなど結構ですわ!」


「そんなことないよ。僕はセラさんよりも鳳さんの方が良いと思ってる」


 麗華は不服そうだが、幸太郎は心からの正直な意見を述べた。


 そんな幸太郎の言葉に、少しばかり心に響いた麗華の機嫌がほんの僅かに良くなり、その言葉が当然だと言うように腕を組んで尊大な態度を取る。


「ようやくあなたにも私の内から溢れ出る気品と高潔なオーラを理解したようですわね!」


「前にセラさんに用があって話しかけたら、セラさんの周りにいた人たちに害虫を見るような目で見られてからここじゃ話しかけ辛くて……鳳さんは友達がいなくて話しやす――」

「ぬぁんですってぇ!」


 自分の思っていることをオブラートに包むことなくハッキリと、そして正直に口にする幸太郎の胸倉を掴み、ヒステリックな怒声を張り上げて激怒する麗華。


「私だって……私だって! 本気を出せばセラさんのように人気が出るのですわ!」


「そうなの?」


「そうですわ! グヌヌヌ……今に見ていなさい! いつかあなたをギャフンと言わせるほどの人気を出して見せますわ!」


「今時ギャフンって」


「そして、必ずやこのアカデミーの支配者として君臨しますわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホ!」


 折れかけた自身を鼓舞するかのように、うるさい高笑いをする麗華。


 クラス内――いや、校舎全体に響き渡る麗華の高笑いに、クラスメイトたちは耳を押さえて顔をしかめていた――こうして、鳳麗華の評価は確実に下がっていた。


「取り敢えずどうでもいい鳳さんの人気の話は置いておいて――」


「ぬぁんですってぇ! いい加減に、ブチギレますわよ!」


「今日の風紀委員の活動は?」


 再び、幸太郎の正直な言葉に激昂する麗華だが、その後すぐの幸太郎の質問に、一気に麗華はクールダウンする。


 そして、ふいに麗華は多くのクラスメイトに囲まれているセラを見つめる。すると、彼女の視線に気づいたセラは小さく頷いた。


「今日も休みにしますわ」


「また休みにするの?」


「あなたのような凡人とは違い、高貴な身分の私は忙しいのですわ」


「大きな事件なのに関わらないの? ……セラさんはやる気満々みたいだけど」


 幸太郎の質問に、麗華は一瞬痛いところを突かれたような顔になる。


 麗華が最終目標は、アカデミーのトップに君臨すること。


 そのために風紀委員と呼ばれる治安維持部隊を設立して、様々な事件を解決して実績を得るために行動をしていた。


 今まで大きな事件になると、麗華は自分の目的のために進んで首を突っ込んだ。


 今回も今まで同様になると幸太郎は思っていたが、今回はいつもと違った。


 一週間前の事件発生時、四年前の死神が復活したかもしれないという噂が出回った際、イの一番に麗華は事件に首を突っ込むだろうと幸太郎は思っていたが、事件発生から今まで麗華は事件に首を突っ込もうとすることも、そして、あれだけ実績を得るために休日もお構いなしだった風紀委員の活動も休みがちになっていた。


 アカデミー都市内を歩き回って名店を探すのが趣味な幸太郎としては、自由時間が増えて嬉しい限りだったが、こうまで休みが続くと違和感を覚えてしまう。


「死神を捕まえたら、風紀委員はすごく目立つと思うけど」


「周囲が騒いでいるだけで、四年前の死神はもうこの世にいませんわ。今回の事件の犯人は死神の名を騙った偽物。そんな人物を捕えたところで、意味はありませんわ」


「そうだとしても、いつもの鳳さんならバカみたいに事件に関わろうとするのに」


「……バカは余計ですわ」


 余計な一言に激昂することなく、、麗華は逃げるように立ち去った。


 セラも麗華の後を追うようにして、周囲の友人を引き連れて教室を出た。


 残された幸太郎は教室から出る二人の後ろ姿を見て、首を傾げていた。


 だが、腹から空腹を告げる音が響くと、幸太郎は鞄を抱えてさっさと教室から出た。


 ……なんだか、変だ。


 そんな疑問が幸太郎の頭の中で過りながらも、幸太郎は下校した。




―――――――――




 複数の友人たちと一緒に教室を出たセラは、周囲の友人たちに聞こえないほど小さく嘆息して、幸太郎のことを頭に浮かべた。


 ……少し罪悪感があるけど、仕方がないんだ。


 心の中でそう言い聞かせて、胸をチクリと刺す罪悪感を消した。


 友人との会話に集中しようと思った時、校門前に人だかりができて騒がしくなっていることにセラは気づき、友人たちが驚きの声を上げた。


「あ、あの方は輝士団きしだん団長の久住優輝さんじゃないですか?」

「珍しいな、あんまり人前に出ない輝士団団長が一人で、しかも、高等部にいるなんて」


 騒ぎの中心にいたのは、アカデミー都市内の治安を守る治安維持部隊の一つである、輝士団の団長の久住優輝くすみ ゆうきだった。


 優輝の端正な顔立ちに、周囲の女子生徒たちは黄色い歓声を上げている。


 校門前にいる優輝を見て、セラは機嫌が悪くなる。


 周囲の生徒たちに質問攻めにあっている優輝だが、セラの姿に気づくとそれを中断して、小走りでセラに近づき、おずおずとした様子で話しかけてきた。


「待っていたんだ、セラ。大事な話があるんだが……二人きりになれないか?」


 優輝の言葉を受けて、セラは周囲の友人たちに申し訳なさそうな顔を向けた。


「すみません……彼と大事な話をするので、今日はみなさんと一緒に帰れません」


 口調は丁寧だが、刺々しい雰囲気を身に纏っているセラ。


 友人たちはセラの雰囲気の変化に気づくことなく、二人の関係を邪推しながら離れた。


 友人たちが離れると、セラは優輝とともに高等部校舎から離れる。


 二人は並んで歩いているが、まったく会話する様子はなく、優輝は気まずそうに、セラは彼に対して警戒心と敵対心を高めているせいで険しい顔になっていた。


 雰囲気が悪いが、アカデミー内でも屈指の美男美女の二人組が並んで歩いていることに周囲の通行人たちは驚きの声を上げて、物珍しそうに二人を眺めていた。


 高等部校舎からだいぶ離れ、人気がなくなったところでセラは足を止め、沈黙を破る。


「わかってる……事件のことだよね」


「ああ。ティアとは立場上中々会える機会がなく、異様に避けられているからな……セラなら容易に聞けると思ったんだ」


 険しい顔のセラの質問に、優輝は肯定を示すようにゆっくりと頷く。


 自分なら容易に聞けると思っている優輝に、セラは不機嫌そうな顔を浮かべていた。


「セラはどう思う」


「ティアと一緒に考えたけど、四年前の死神とは違うと結論を出したよ」


「根拠はあるのか?」


「確たる根拠はない。でも、もっと強い輝石使いを襲うと思う」


「同感だ。しかし、模倣犯だとしても、奴と同じ行動をしているのは気がかりだ」


 漠然としないセラの答えだったが、優輝はそれを聞いて満足そうに頷き、同意を示す。


 そんな優輝に、セラはあからさまな疑いの目を向けた。


 その目はまるで、優輝が犯人なのではないかと言っているような目だった。


「私とティアも――あなたが関わっているのではないかと考えてる」


「笑えない冗談はやめてくれと言いたいが……本気でそう思っているのか?」


 冗談を言っているようには思えないセラに、優輝は真剣な表情で聞き返す。


 セラは何も答えなかったが、肯定だと言うように厳しい眼光を優輝に飛ばした。


 自分を疑っているセラに優輝は小さく嘆息するとともに、寂しそうな表情を浮かべる。


「疑う気持ちは理解できる。お互い手段は違えども目的は同じ。しかし、信じて――」


「信じられるわけがない!」


 優輝の言葉を、セラは怒声を張り上げて遮った。


「信じられるわけがない! ……信じられるわけないよ」


 セラは激しく怒っているような、それでいて、今にも涙が浮かび上がりそうな悲しそうな目で優輝を見つめると、優輝は彼女の視線から逃れるようにして顔を背ける。


「お前たちが俺を信じられないのは十分に理解している。それだけのことをしてしまった……だが、事件に関わっていないということは真実だ」


 縋るような目をセラに向けて、必死に自身の身の潔白を訴える優輝。


 信じたい……信じたいよ――でも……


 そんな優輝を見て、セラは親友だった彼を信じたい気持ちに駆られるが、過去に自分とティア、そして師匠にした凶行を思い出してしまい、信用よりも疑念が勝ってしまう。


 自分を信じようとしないセラの気持ちを感じ取った優輝は、一瞬思案するような顔を浮かべると、小さく諦めたようなため息を漏らす。


「死神のような真似はしない――だからこそ、俺は教皇庁に尽くしている」


「それって――……」


「とにかく、この事件に俺は関係していない……信じてくれ」


 意味深な優輝の言葉を聞き返そうとするセラだったが、彼は深く答えることはせず、ただ、信じてくれという意味のない言葉を言い残して逃げるように立ち去った。


 そんな優輝の背中を呆然とした面持ちでセラは見つめていた。


 ……教皇庁に尽くす――もしかして、優輝は……


 しばし、呆然と立ち尽くすセラだが、優輝の言葉に何か閃いた様子だった。


 そして、今回の事件に優輝が関係していないかもしれないという考えが頭に過る――


 ――そうだとしても……

 今も昔も優輝の目的は変わっていないんだ……


 優輝に対しての不信感、警戒心は拭えることはなく、むしろ強くなっていた。



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