第3話
幸太郎は夕暮れのイーストエリアの駅前を、大きな紙袋と片手に持ち、もう一方の手には大きなハンバーガーを持って、豪快に食べながら歩いていた。
普段の放課後のイーストエリアなら、娯楽施設がたくさんあるので、寮のあるノースエリアに帰る前に寄って遊ぶ生徒で溢れているが、事件の影響で生徒の数は少なく、その代わりにアカデミー都市内を守る治安維持部隊である、夏仕様の黒い薄手のジャケットを羽織った
仲の悪い輝動隊と輝士団の面々はお互いに睨み合いながらも、通り魔事件の犯人を殺気立って探していた。
殺伐としたムードが漂う中、呑気にハンバーガーを食べている幸太郎はかなり浮いており、人気店でテイクアウトしたハンバーガーの期待以上の味に彼は至福の表情を浮かべていた。
普段なら一時間近く並ぶ、アカデミーの生徒に大人気のハンバーガーショップがイーストエリアにあり、幸太郎は何度もそこに行きたかったが、並んでいる暇があったら別の店を探した方が良いと思って、中々行く機会がなかった。
しかし、事件のせいで多くの店は閑古鳥が鳴いており、その隙をついて幸太郎は人気店に出向き、キングサイズのハンバーガーを数個テイクアウトした。
……そうだ、確か裏通りに、揚げピザの店があったっけ。
そろそろ自分の寮に戻ろうと思っていた幸太郎だったが、もう一件気になっていた人気店があることに気づき、帰る前にそこに向かうことにした。
そう決めた幸太郎の視線の先に、見知った人物が裏通りに入ったのが見えた。
挨拶しようと思い、幸太郎はその人物を追う。
裏通りに入ると、その人物は坊主頭の長身の大男と一緒にいた。
「
幸太郎が追いかけた人物は――胸元が大きく開いた極彩色のシャツを着て、テカテカ輝く合成皮革のパンツというド派手で軽薄そうな服装のせいで二枚目の顔立ちを三枚目まで落としている、金髪オールバックの髪型の青年・
ハンバーガーを片手に持った幸太郎に声をかけられ、刈谷は呆れた様子だった。
「まったく……蘇った死神が暴れてるってのに、こんな時に食べ歩きとは呑気な奴だよ」
「ありがとうございます?」
「褒めてねぇっての。わざわざ挨拶してくれるのは良いが、道草してねぇでさっさと帰れ。事件で今アカデミー中が大変な騒ぎになってるのをお前も知ってるだろ」
「これから、揚げピザのお店に行こうと思ってるんですけど」
「ああ、あそこの店なら今日は臨時休業だ。俺もさっき行こうとしたら、閉まってた」
「楽しみにしてたのに……まあいいか――それよりも、刈谷さん、そちらの方はどなたでしょうか? あの、はじめまして、七瀬幸太郎です」
これから向かおうとしていた店が休みであることを教えてもらい、ショックを覚える幸太郎だったが、すぐに興味は店から、刈谷の傍にいる坊主頭の大男に移った。
見知らぬ坊主頭の大男に、幸太郎は軽く会釈をして短く自己紹介をした。
「ああ、こいつは――」
「私の名前は
「はい。こちらこそよろしくお願いします、大道さん」
大道共慈と名乗った坊主頭の青年は身長二メートル近く、精悍な顔立ちに穏やかそうな表情を浮かべ、神聖で厳かな雰囲気を身に纏っているので、思わず幸太郎は手を合わせたくなってしまった。
大道は粗野な性格をしている刈谷とは正反対の温厚な雰囲気を身に纏っており、幸太郎は二人を見比べて似つかわしくないと思い、素直な感想を述べることにした。
「乱暴で大雑把な刈谷さんと全然性格が違う人ですね」
「お前なぁ! そうやって余計な一言言うからお嬢といつも喧嘩するんだろうが!」
「イタッ! イタタタタッ! ギブ、刈谷さん、ギブ!」
「口は禍の元って少しは思い知れ!」
自分の思ったことを平然と言い放った幸太郎にヘッドロックを極める刈谷。
こめかみに伝わる激痛に幸太郎は悶え苦しみながらタップするが、刈谷はすぐにはヘッドロックを解かず、しばらく経ってようやく解放した。
そんな二人の一連のやり取りに、大道は穏やかな顔で微笑んでいた。
「話を聞いていた通りの人物だな、君は」
「あんまり良い話は聞いてないでしょう」
自虐気味に笑いながらの幸太郎の言葉に、大道は首を横に振った。
「君の話は根も葉もない噂や、風紀委員の活躍で大体は知っているが、君の性格や人柄は刈谷やリクトから詳しく教えてもらっているよ」
思いもしない名前を出て、幸太郎は思わず驚いた。
大道が口に出したリクトという名前の人物は教皇庁現トップである教皇エレナ・フォルトゥスの息子であり次期教皇最有力候補のリクト・フォルトゥスであり、数少ない幸太郎の友人の一人だったからだ。
「私はリクトの武術の修行に付き合っている。だから彼と個人的に話す機会が多いんだ」
「リクト君、教皇になるために修行するって言ったけど、武術の修行もしているんですね」
一か月ほど前の放課後に、リクトと一緒にファミレスで食事をした時に、彼が教皇になるための修行をしていると言っていたことを幸太郎は思い出す。
「教皇になるためには知識や見識を深めるだけではなく、心身を鍛えることも重要だ。鍛えることによって健全な精神を持ち、不測の事態に備えることができるのだ。修行をはじめてまだ一月だが、リクトはメキメキと力をつけて、確実に強くなっている」
「熱血、友情、努力、勝利、そんなものは漫画の世界だけにしてくれっての」
暑苦しい大道の説明を聞いて、刈谷は付き合っていられないといった様子だった。
大道の言葉を茶化すような刈谷の言葉に、幸太郎は素直な感想を述べる。
「なるほど、だから刈谷さんは不健全な精神を持ってるんだ」
「なるほど、確かに一理あるな」
「好き勝手言いやがって! テメェらぶっ飛ばすぞ!」
失礼過ぎるほど自分の思ったことを口にする幸太郎と、それに同意する大道。
息が合っている二人の会話に、激昂する刈谷。そんな彼を見て二人は楽しそうに笑った。
「リクトはよく君の話をしているよ。自分の知らない様々なことを教えてもらっている友だと」
「一緒に食べ歩きしてるだけなんだけどな……それに、リクト君ファミレスの味にはまっちゃって、ファミレスばかり行ってるから、教えてることは何もないのに」
「教皇の息子、それも、次期教皇最有力候補をお前はよくファミレスに連れ回すな……」
大道の言葉に、リクトに対して色々教えているという実感がなくて首を傾げながらも、幸太郎は照れていた。
アカデミー内でもかなりの重要人物であるリクトを気軽に連れ回しているという幸太郎に、刈谷は驚く以上に呆れていた。
「リクト自身の性格と立場上、自分の感情を押し殺して気負う場面が多く存在する。だから、七瀬君のように気軽に接することができる存在は、リクトには必要だ……お節介だが、これからもリクトと仲良くしてくれ」
幸太郎の肩に優しく触れての大道の言葉――リクトのことを真剣に思っている心優しき言葉だが、それを黙って聞いていた刈谷は我慢の限界が訪れたようだった。
「お前の暑っ苦しいありがたい言葉を聞いてると寒気がしてくるぜ。ほら、鳥肌立ってる」
「あ、ホントだ」
精神が不健全な刈谷には、大道のありがたい言葉が耐えられない様子で、鳥肌さえも浮かび上がらせて、幸太郎に見せた。大道の言葉に頷こうとした幸太郎だったが、鳥肌が浮かんだ刈谷の腕に気を取られて返事ができなかった。
そんな二人の様子に大道は小さく嘆息した。
「それにしても、刈谷さんと大道さんって、性格真逆みたいですけど、どうやって出会ったんですか? 全然出会いが想像できないんですけど」
「……あー、そりゃあ、まあ……あれだ、夕暮れ時の河川敷で殴り合ったんだよ」
「アカデミー都市に河川敷ってありましたっけ」
「まあ、あれだ、男同士の出会いなんて聞いても何の得にもならねぇだろ」
「それじゃあ、別の意味で抜き差しならない仲なんですか?」
「バカ! そんなんじゃねぇっての!」
性格がまったく異なる二人の出会いが気になって聞いても、刈谷はまともに大道との出会いを話すことはなく、話す気はないと悟った幸太郎は早々に諦めた。
話が一段落すると、大道の表情に優しさが消え、厳しさが一気に現れた。
「――刈谷、そろそろ続きを……」
「……ああ、そうだったな」
大道の言葉に、おどけていた刈谷の表情が一気に真剣なものへと変化する。
そして、刈谷は幸太郎から背を向けて、大道とともにこの場を去ろうとする。
「ゆっくり話したい気分だが――それじゃあな、幸太郎」
「会えてよかった、七瀬君。それでは、またどこかで会ってゆっくり語ろう」
「はい。それじゃあさようなら、刈谷さん、大道さん」
お互いに別れを告げて、刈谷は大道とともに幸太郎の前から立ち去った。
一気に雰囲気が変化して立ち去った二人の背中を、幸太郎は首を傾げて眺めていた。
……なんだか、みんな様子が変だ。
一週間前から――いや、それ以前から感じていた違和感が、徐々に幸太郎の中で確かなものになっていた。
―――――――――――――
人気も明かりもない道を、一人で刈谷は歩いていた。
どんよりとした空に浮かぶ月明りのみの薄暗い道。
そんな道を刈谷は大股開きで、ポケットに手を入れて闊歩していた。
彼の表情にいつものようなヘラヘラしたおどけた様子はまったくない。
たとえ自分の身に災難が降りかかっても、嬉々としてそれを受け入れ、余裕な態度で笑みさえも浮かべて立ち向かう刈谷だが、今日の彼はいつもと違っていた。
身に纏っている空気が刺々しいものであり、周囲に向けて殺気を放っているようだった。
もしもこの場に人がいたなら、刈谷の纏う身を刺すようなほど刺々しい空気と、険しい顔つきに恐れをなしてすぐに逃げるだろう。
――しかし、音もなく刈谷の前に突然現れた人物は、そんな刈谷の様子を見ても恐れをなして逃げることはしなかった。
自身の前に現れた人物――黒のレインコートを身に纏い、フードを目深に被った人物の登場に、刈谷は立ち止まって睨んだ。
「……よお、死神」
自身の中に渦巻く様々な感情を押さえての刈谷の短い挨拶。
しかし、レインコートを着た人物――死神は刈谷の挨拶に反応はなかった。
無反応な死神に、刈谷は小さく嘆息する。
刈谷はベルトに埋め込まれていた輝石を取り出すと、一瞬の発光の後に自身の武輝であるナイフへと変化させて片手で持ち、もう一方の手には腰に下げていた輝動隊隊員に支給される電流を放てる特殊警棒を持って刈谷は一気に臨戦態勢に入る。
敵と見なした人物に対しては狂気的な笑みを浮かべ、徹底的に痛めつけることから敵味方双方に『狂犬』と恐れられている刈谷――しかし、今の刈谷は違った。
死神に明確な敵意を向けている刈谷の表情は、凶器的な笑みを浮かべることなく、ただ怒っているようで、失望しているようで、何よりも悲しんでいるようだった。
死神も自身の輝石を取り出し、一瞬の発光の後輝石が身の丈以上の大鎌に変化した。
「頼む」
はじめて、死神は声を出した――その声は、男の声だった。
懇願するような言葉でありながらも、その言葉にはまったくの感情が宿っていなかった。
死神はゆっくりとした歩調で一直線に刈谷に向かう。
徐々に、徐々に刈谷に向かう速度が上がる。
「頼むから――僕に力を頂戴」
そう言って力強く地面を蹴り、死神は一直線に、刈谷に向かって走る。
目の前にいる武輝と武器を持った刈谷を恐れることなく、一直線に。
刈谷は死神の言葉に、小さく諦めたようなため息をついて、複雑そうな表情を浮かべながらも自身に迫る死神に立ち向かう。
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