第4話

 放課後、高等部校舎内にある風紀委員本部――


 携帯の画面を眺めながら幸太郎は一人、麗華が風紀委員本部内に持ち込んだ私物の一つである本革のソファに深く腰掛けていた。


 ボーっとした顔で幸太郎は携帯で学内電子掲示板を眺めていると、現在掲示板はかなりの騒ぎになっていた。


 輝動隊・刈谷祥が死神に襲われた噂が出回っているからだ。


 刈谷が死神に襲われたという話でもちきりになっており、ネットの中だけではなく現実でも一日中その話で騒いでいた。


 刈谷の話を聞いた幸太郎は真偽を確かめようと、電子掲示板をずっと見ているが、役立つ情報は特になく、根拠に乏しい情報ばかりが出回っていた。


 アカデミーからの正式な発表は何もなく、でたらめな情報ばかりが広まり、何が真実なのかわからない状況になっているため、アカデミー内で不安と恐怖が広がっていた。


 そのため、少しでも情報を集めるために幸太郎は内情を知っていそうな麗華と、今後のことを話し合うためにセラの二人を放課後の風紀委員本部に呼び出して待っていた。


 しばらく携帯を眺めながら待っていると、風紀委員本部の扉が開かれて麗華とセラが現れた。二人は揃って神妙な顔をして、ピリピリとした雰囲気を身に纏っていた。


 二人が来て、幸太郎はすぐに携帯をしまって、明るい笑みで二人を出迎えた。


「二人とも来てくれてありがとう」


「私たちを呼び出すとはいい度胸ですわね! 呼び出した理由がくだらないものであるならば即刻帰らせていただきますわ」


 憎まれ口を叩きながら麗華は幸太郎と向かい合うようにソファに座り、険しい顔をしているセラは何も言わずに麗華の隣に座った。


 二人が自分と向かい合うように座ったので、幸太郎はさっそく本題に入ることにした。


「刈谷さんが死神に襲われたって本当?」


 淡々とした調子で、刈谷が襲われたという噂の真偽を幸太郎は問う。


 その質問に、麗華とセラは想像通りだというように小さく嘆息する。


「事実ですわ」


「私もティアから直接事実の確認を取ったので、間違いありません」


「やっぱりそうなんだ」


 アカデミー学園長であり、鳳グループトップの人物の娘である麗華が肯定し、刈谷と同じ輝動隊に所属してセラの親友であるティアが事実と認めたということに、幸太郎は刈谷が襲われたということが事実であると断定した。


 断定した幸太郎の顔は普段通り、何を考えているのかわからない顔をしていたが、明らかに刈谷が襲われたという事実に暗くなり、心配している様子だった。


「現在、病院にいる刈谷さんは意識が戻っていないとのことですが、命には別条はないようです。すぐに目が覚めるだろうとのことです」


「そのようですわ。まあ、あの身体がバカみたいに丈夫な刈谷さんがそう簡単に大事に至ることはまずありえませんわね。心配するだけ損ということですわ」


「それならよかった」


 刈谷の容態を聞いて幸太郎は心の底から安堵の息を漏らし、全身を弛緩させる。


 暗い表情を浮かべていた幸太郎だったが、一気に明るい表情へと戻った。


「それじゃあ、これからどうしようか」


 刈谷の容態を知って安堵した幸太郎はさっそく次の話題に移った。


 幸太郎のその一言に、彼が一週間前から発生している通り魔事件の調査に乗り気であるということを察した麗華とセラの表情は複雑なものであった。


「そう言うと思っていましたわ」


「それなら話が早いね、死神を捕まえようよ」


 死神を捕まえようとやる気満々な様子の幸太郎に、麗華とセラの表情は依然と複雑なものであり、暗いままだった。


 やる気に満ち溢れている様子の幸太郎に、セラは何か言おうとしたが、そんなセラに麗華は目配せすると、セラは小さく頷いて引き下がった。


「この際だから言いますわ……私とセラさんはこの事件の発生当初から、あなたを抜きで被害者の話を聞く等して事件の調査をしていたのですわ」


「だからこの一週間風紀委員の活動をしなかったんだ。二人ともやっぱり事件に関わってたんだね」


 自分抜きで秘密裏に事件の捜査をしていたという事実を聞いても、幸太郎は特に気にする様子はなく、この一週間風紀委員の活動がなかった理由を理解できて、何度も頷いて納得していた。


「それなら、これからは僕も一緒に事件の捜査ができるんだね」


「あなたはこの事件を解決する間は留守係。この事件に関わることは許しませんわ」


 やる気を削ぐ麗華の厳しい言葉に、幸太郎は不満そうな表情を浮かべる。


「そう言われても、僕だってこの事件を調べたい」


「これは私とセラさんが判断したことであり、決定事項ですわ。反論は認めませんわ!」


「でも――」

「反論は認めないと言いましたわ!」


 麗華は苛立ったような怒声を張り上げて、反論しようとした幸太郎の言葉を遮る。


 有無を言わさぬ麗華の態度に、幸太郎は明らかに納得していない様子だった。


 幸太郎と麗華――二人の間に不穏な空気が流れ、それを感じたセラは慌てて間に入った。


「七瀬君、鳳さんと私はあなたの身を案じて、この事件から遠ざけたのです」


「べ、別にこんな無鉄砲のバカ凡人のことなんて心配していませんわ!」


 セラの言葉に間髪入れずに麗華は否定する。そんな素直ではない麗華の態度を見て、楽しそうに微笑む幸太郎。一気に、麗華と幸太郎の間の空気が穏やかなものへと変わった。


 二人の間の不穏な雰囲気が消えて、小さく安堵の息を漏らすセラ。


「今回の事件――犯人は蘇った死神と言われていますが、四年前の死神とは異なる人物による犯行だと個人的に断定しています。しかし、被害者たちが全員犯人の力は恐怖を覚えるほど圧倒的だと口を揃えて言っているということは、単なる模倣犯ではなく相当な実力の持ち主だということです」


 自分の考えを述べるセラは、ふと遠い目をした。


「あの、四年前の死神と同等の実力を持っているかもしれません……」


 遠くを見つめているセラだったが、すぐに幸太郎を真っ直ぐと見つめた。


 申し訳なさそうでありながらも不安げに自身を見つめるセラから、幸太郎は彼女が自分を心配しているということが十分すぎるほど伝わった。


「四年前と同様に、犯人は無差別に、圧倒的な力で躊躇いなく襲っています――七瀬君、前回の事件であなたは怪我をしましたが、今回はそれだけでは済まなくなるかもしれません……それを考えれば、こんな危険な事件にあなたは巻き込めません」


「あんな面倒な事態、もうこりごりですわ! 正直言って、前回の事件であなたが足手まといであることを再認識させられましたわ! それに、こんな凶悪事件であなたのような凡人が傍にいたら邪魔ですわ!」


 心から心配している様子のセラの言葉と、心底うんざりしながらも心配している様子の麗華の言葉に、ふいに幸太郎は前回の事件で怪我をした左脇腹に触れた。


 派手に血が流れただけで命に別条はなく、傷跡も残っていないが、前回巻き込まれた事件で幸太郎は左脇腹を負傷してしまった。


 今となっては良い思い出であり、自分のした行動の結果の怪我なので、当時の痛みを思い出して後悔することはあったが、それ以外はまったく幸太郎は後悔していなかった。


 しかし、幸太郎はそう思っていても、麗華とセラは別だった。


「とにかく! あなたはこの事件に関わることはもちろん、勝手な行動は禁止しますわ!」


 ビシッと音が出る勢いで幸太郎のことを麗華は指差して事件に関わることを禁じる。


 幸太郎はまだ不満な気持ちを抱いているが、二人が自分の身を心配してくれているのは理解したので、今は取り敢えず諦めることにした。


「うん……今のところは納得する」


 不承不承ながら納得したと言った幸太郎の言葉に、セラは複雑な表情を浮かべながらも安堵し、麗華は当然だというように大きく鼻を鳴らした。


「それでは、私たちはこれから事件の捜査に参りますので、これで失礼しますわ。――行きますわよ、セラさん」


 納得した言っておきながらも、明らかに納得していない様子の幸太郎を放って、麗華はセラを連れてさっそく事件の捜査の開始を宣言して、本部から出ようとすと――幸太郎は「あ、ちょっと待って」と、慌てて二人を引き止めた。


 麗華は億劫そうに振り返り、あからさまに不機嫌そうな目で幸太郎を睨んだ。


「納得したと言っておきながら、まだ何か私たちに言いたいことがありますの? まったく、男らしくありませんわね!」


「何もすることがないなら、刈谷さんのお見舞いに行こうと思って……鳳さんかセラさんなら刈谷さんが入院してる病院を知ってると思ったんだけど、どうかな」


「それでしたら、あなたも何度か入院しているセントラルエリアの大病院にいますわ」


 麗華の言葉に、大きな事件に巻き込まれて二度入院した病院のことを思い出した幸太郎は、教えてくれてお礼を言おうとしたが、セラを連れて麗華はさっさと出て行った。


 一人風紀委員本部に取り残された幸太郎は物思いに耽っていた。


 ……一週間前から、鳳さんの様子が変だったのは大体理解できた。

 前回の事件で怪我をした僕を気遣って、セラさんと一緒に僕に隠れて事件の捜査をしていて、それを隠していたから妙な態度を取っていたんだ。

 でも――


 幸太郎はセラの顔を思い浮かべた。


 今日も普段通り、凛々しい表情で、時折見せる幸太郎が見惚れるほどの優しい笑顔を浮かべていたセラの顔――


 しかし、事件のこと、何よりも四年前の死神のことを話している時のセラの顔は、必死に隠そうとしているようだったが憎悪にも似た感情が見え隠れしており、怖い顔しているように幸太郎は見えた。


 やっぱり、みんな何か変だ……


 自分の友人たちから感じ取ったいつもと違う雰囲気に、幸太郎は思案していた。


 しかし、刈谷の見舞いに行くことを思い出した幸太郎は、すぐに思考を中断して風紀委員本部を出て大病院へと向かった。

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