第20話
バカだとは思ってたけど――
それ以上の大バカとは思わなかった。
次の目的地が教皇庁本部であり、この研究所から出ようにも周囲には大量の制輝軍に囲まれており、自分自身も怪我をして大して役に立てないというのに、自分は諦めるつもりはないと言ってのけ、優輝たちを鼓舞した幸太郎をアリスはウンザリしていた。
「状況を考えて。あなたたちのためを思って言ってるの」
諦めの悪い幸太郎を強く罵りたくても、怪我をさせた負い目があるのでそれができなかったが、それでも語気を荒めて幸太郎に諦めるように促す。
「あなたたちを巻き込んで、あなたに怪我をさせてしまった原因を作った人間として、これ以上あなたたちを巻き込めないから、大人しく投降するって言ってるの」
「諦めたいなら、アリスちゃんだけ諦めればいいんじゃないの?」
悪気もなく平然と煽るような発言をする幸太郎に、アリスは怒りを覚えるが、感情に身を任せたら失敗をするだけだと思って、爆発する感情を堪えようとするが――
「最初から僕は博士の無実を証明するためにアリスちゃんと行動してるから、僕は別にアリスちゃんに巻き込まれただなんて思ってないよ。だから、気遣わないで大丈夫」
「いい加減、ウザい!」
へらへらとした笑みを浮かべて人の話を聞かない幸太郎に、それ以上にヴィクターを信頼しきっている彼にアリスは必死に抑えていた感情を爆発させる。
「現実的に考えた結果、投降するべきだって言ってるの!」
普段クールな態度のアリスからは考えられないほど感情的な怒声を張り上げ、あまりの剣幕に幸太郎はもちろん、優輝たちも圧倒されていた。
しかし、感情的になったアリスの表情は、歳相応の少女の顔つきになっていた。
「それに、アンタが信じてるほどあの男は良い人間じゃない! あの男の自分勝手な研究欲のせいで、世界は混乱に陥った! 輝石使いが増えて、世の中には輝石使いが関わる事件が増えた! 世の中で起きている輝石使いの事件は全部アイツの責任なの!」
感情のままに父・ヴィクターへの憎悪を吐き捨てるアリスだが、まだ怒りは収まらない。
「アイツのせいで私たち家族はずっと周囲から白い目で見られてきたし、周りから無理矢理罪悪感も植え付けられた! みんなのために制輝軍に入ったのに相変わらずあの男は今もこうして周りに迷惑かけてるし、大勢の人間に迷惑をかけたのにおかしな研究を続けてる! 他人の迷惑も、自分の罪の重さも考えない、最低な男よ!」
――何を言っているんだ、私は。
……冷静になろう。
感情的になってしまったあまり、長年溜めこんでいた不満をぶちまけ、自分でも何を言っているのかわからなくなったところでアリスは我に返り、昂る自分を落ち着かせた。
アリスの怒りで静まり返った室内には、自分を落ち着かせるために必死に深呼吸しようとしているが、上手くできないアリスの荒い息遣いだけが響いていた。
冷え切った空気の中、幸太郎はおもむろに懐から輝石を武輝に変化させることのできない自分にとって、唯一の武器である、白銀色に光るショックガンを取り出して、アリスに見せた。
突然の不可解な幸太郎の行動に、不機嫌な目を彼に向けるアリス。
「このショックガン、まともに当てることができたら輝石使いの人でも倒せることができるんだよ。最初は反動が強くて、撃つ度に反動で吹き飛ばされるから使い勝手が悪かったけど、今は威力を少なくした分連射ができるようになって、カッコよく片手撃ちができるようになったんだ。これを博士はアカデミー内外に売り出したんだよ」
……そんなこと知ってる。
相手にするのが無駄だと思って幸太郎の話を無視しながらも、ショックガンの詳しい機構を熟知しているとともに、輝石使いにも十分に対抗できる威力であり、コンパクトで持ち運びも便利な非殺傷武器であるために、各国の警察や軍隊、そして制輝軍も武装として採用していることを知っているアリスは心の中で彼の話に反応していた。
ショックガンの売り出しが成功して自慢げに高笑いをしていたヴィクターを思い出し、アリスは再び機嫌が悪くなる。
「博士、新しい武器とかよくわからない飲み物を飲ませたりして軽めの人体実験をするし、自分勝手だし、人を平気で変なことに巻き込むし、片付け手伝わないし、不潔だし、自他ともに認めるマッドサイエンティストだけど――意外にちゃんとした人だよ」
「ありえない」
悪気も容赦もなくヴィクターへの評価を並べながらも、最終的には彼が常識人であると結論付ける幸太郎に、無視をすることを忘れて乾いた笑みを浮かべるアリス。
世界中を混乱に陥れた父を良く知り、身勝手な父のせいで苦労したからこそ、アリスは幸太郎の言葉を信じられず、バカにしていた。
「博士、ちゃんとアカデミーのことを考えてるし、世の中のことも考えてるよ。それに、アリスちゃんが言うように、博士が罪の重さを考えてないんだったら、輝石使いの人を倒せる威力を持ってるショックガンなんか作らないと思うよ」
「ショックガンを作ったのは自分勝手な研究欲からに決まってる! そのショックガンを悪用する人間だってたくさんいる! 逆にまたショックガンを使った犯罪が増えただけ!」
「でも、ショックガンを使って、悪い人や悪い輝石使いの人を捕まえてるよ」
……どうして、七瀬なんかに。
ショックガンを悪用した事件が発生しているのも事実であるが、幸太郎の言っていることも事実であるためアリスは何も反論できない。バカだと思っている相手に思いきり論破されて悔しく思うアリスだが、ヴィクターが常識人であるというのは認めなかった。
認めてしまえば――自分の長年感じていたことが、根底から覆るかもしれないからだ。
「アリスちゃんは制輝軍に入って悪い人たちを捕まえてるけど、博士は博士で自分の研究で何とかしようとしてるよ。きっと、博士も昔のことで責任を――」
「そんなこと、絶対にありえない!」
そんなこと、認めない。
あの男が……あの男がそんな人間だなんて絶対に認めない!
父であるヴィクターのことを自分よりもよく知っている幸太郎から放たれる言葉を、アリスは怒声で遮るが――幸太郎はお構いなしに話を続ける。
「頑固だね、アリスちゃん」
「諦めの悪いアンタに言われたくない」
「そんなに博士のこと、信じられないの?」
「……信じられるわけがない。絶対に認めない」
「でも、気になるんじゃないの?」
認めたくはない――あの男のことも、七瀬のことも。
絶対に認めたくはないのに……それなのに、どうして……
幸太郎の言葉を認めたくないと思いつつも、自分の心が真実――父が教皇を誘拐したか否かではなく、別の真実を求めているということにアリスは気づいていた。
アリスの心を見透かしたような笑みを浮かべている幸太郎だが、その微笑みが自分を煽っているようにしか見えないアリスは、苛立ちとともに眠っていた闘争心が目覚める。
「会って確かめようよ」
「……そんなの無理に決まってる」
「諦めるの?」
制輝軍たちに囲まれている助教であり、敵の本拠地とも呼べる教皇庁本部にいるかもしれないという父に会いに行こうと平然と言ってのける幸太郎に、現実を思い出して目覚めて滾っていた闘争心が静まったアリスは諦めに満ちた表情で無理だと言った。
しかし、諦めない幸太郎の態度が、消えそうになっていたアリスの闘争心を引き止めた。
「コータローよ! お前は使い物にならない奴であるが、その諦めの悪さは誰にも負けんようだな! よし、私は決めたぞ! とことんお前に付き合ってやろう!」
今までアリスと幸太郎のやり取りを黙って見ていたプリムは、幸太郎のしつこいまでに諦めない気持ちに心を打たれ、豪快に笑いながら最後まで付き合うと決心する。
「よし、何か脱出できる良い手がないか探そう。サラサちゃん、何か意見はあるかな」
「えっと……前に、アニメで見たんですけど……制輝軍の振りをして逃げるというのは……」
「いい考えだけど、上手く行くかな……勘の鋭いクロノ君もいるし」
プリムに続いて、優輝とサラサもこの状況を切り抜けるために話し合いをはじめる。
「プリムちゃんを人質にしてみんなを脅す?」
「コータロー! この私を何だと思っているのだ!」
「一応人質?」
「た、確かにそうだが……よし、この私が一肌脱ぐか!」
「臨場感を出すために、持ってきたエッチな白衣を着る?」
「どんな臨場感だ!」
「エッチな妄想ができる臨場感」
「却下だ!」
緊張感がないが、それでも状況を切り抜けるために策を出す幸太郎とプリム。
どいつも、こいつも……
どうして、アイツのためにそんなに……
諦めの悪い幸太郎に感化されるプリムたちを見て、アリスはバカだと思うと同時に、身体を張って無実を証明しようとする人間――友達がいる父を羨ましく思ってしまった。
「プリムちゃんを人質にするのはいい考えだけど、ここに来るまでの道中で何度も制輝軍に襲われている。多少の無理をしてでも教皇庁はプリムちゃんを奪還するために動くかもしれないし、神出鬼没な輝械人形の存在もあるから油断はできない」
プリムを人質として存分に利用する考えを肯定しながらも、今回の事件に必死な教皇庁の態度と、輝械人形の存在があるので優輝の表情は雲っていた。
再び話は振出しに戻るが――ここで、「あ、あの……」とサラサが控え目に手を挙げる。
「えっと……ここにあるガードロボットを、使いませんか?」
「なるほど、盾の壁戦法というものだな!」
サラサがガードロボットを盾代わりに使うと思っているプリムだが、サラサは首を横に振る。
「先生、卒業式の日にガードロボットで花火を打ち上げると言っていたので、都合が良いと思っています、が、もしかしたら、と……」
卒業式の日のために、ヴィクターがガードロボットのショックガンを使って花火を打ち上げることを思い出したサラサは、研究所内にあるガードロボットに花火が積まれているのではないかと都合が良い想像をした。
それを聞いたアリスはすぐにガードロボットを調べる。
確かに都合が良い話ではあるが、サラサの言葉には妙な説得力があった。
ここに来るまで訪れた研究所内には、複数台のガードロボットがあったからだ。
この日のためにヴィクターがヒントを残していたのなら、不測の事態に備えて脱出する方法も考えていたとアリスは思ってガードロボットのショックガンが装着されているアームパーツを確認すると――都合良く、花火の玉が装填されていた。
――行ける。
現状を打破する活路が見えたアリスは、この状況を切り抜けられると確信した。
燻っていた闘争心が一気に燃え上がるとともに、不承不承といった様子で自分と違って決して諦めなかった幸太郎たちに気まずそうな視線を向けた。
「さっきまで諦めていた私が言うのは変だし、またあなたたちを巻き込むことになるけど――協力して」
アリスは深々と頭を下げ、ハッキリと幸太郎たちに協力を求めた。
事件を解決するため、そして――自分の知りたい真実を知るために。
「ドンと任せて」
怪我をしているにもかかわらず、頼りなく、折れそうなくらい細い胸を張って協力を買って出る幸太郎に、呆れるアリスだが不思議と心強さを感じていた。
幸太郎に同調するように優輝たちも力強く頷く。
そして――アリスたちは、真実を求めるために動きはじめる。
……もう、諦めない。
私のため、そして、私に協力してくれるみんなのために最後まで自分を貫く。
最後まで決して諦めないとアリスは心に誓うとともに、自分に最後まで協力してくれる幸太郎たちに深く感謝をした。
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