第42話
――まだ身体が少し怠いけど、問題はなさそうだ……
どうやら、アルバートの言った通り、兵輝のアフターリスクは軽減されているようだ。
無罪放免にもなった……しかし、素直に喜んでいいのかはわからない。
だが……今更後悔してももう元には戻れない。
だけど、後悔はしない。中途半端でもブレイブさんのために動いたんだから。
ルミナエールにある大病院――一人用の病室でベッドの上に座っているアトラは、兵輝を使用して二日後の自分の体調を確認しながら、師とともに起こしてしまった騒動に対して後悔の念を抱いてしまいそうになるのを必死で堪えた。
事件を終えてすぐにアトラを含めたブレイブの弟子たちは兵輝を使ったせいで、全員意識を失ってしまい、つい数時間前に目覚めたばかりだった。
兵輝には輝石使いの力を一時的に増減させる煌石・無窮の勾玉の欠片であるアンプリファイアが備えられており、その力を使ったせいだった。
二日間意識を失い続けていたせいでまだ頭がぼんやりとしていて、身体にも虚脱感が残るが、何も問題はないとアトラは判断していた。
しかし、取調べに訪れた輝士たちに事件後の顛末と、騒動を起こした自分たちの処遇を聞いて、改めて師であり父であるブレイブの望みを叶えられなかったことに悔しさを滲ませるが、それ以上に安堵している自分もいるせいでアトラの表情は暗かった。
ブレイブさんの処分は決まってないけど、自分たちと違ってきっと厳しい処分になるに決まっている。
あの人を失ったら、これから俺は一体どうすればいいんだ……
クソ! こんな時に何もできないなんて!
厳しい処分が下されるであろうブレイブを想い、何もできない自分の無力さと、これからどうするべきか何もわからないことにアトラは悔しさと不安で身体を震わせていると――控えまめなノックとともに、病室の扉が静かに開かれた。
再び取調べがはじまるのかと思い、すぐに居住まいを正して来訪者に視線を向けると――来訪者は旧本部からの輝士ではなく、白葉クロノだった。
人の気も知らなそうな、感情が込められていないクロノの表情と瞳に、抱いていた不安と悔しさを忘れて苛立つアトラだが、不思議とこの前までのようにそれを感情的になって発散させることなく、自分を落ち着かせるようにため息を漏らして脱力した。
「何の用だ」
「オマエが目覚めたと聞いて確かめに来た」
……クソ。一体何なんだ、コイツは。
上から目線な気がして腹立たしいし、何を考えているのかわからないし……なんなんだよ……
ぶっきらぼうなアトラの質問にクロノは淡々と答えた。普段通りの冷静な態度のクロノに苛立ちを募らせるアトラだが、同時に胸の中がざわついて落ち着かなくなっていた。
「見ての通り何の問題もない」
「そのようだな」
「用件が済んだのなら、もう出て行ったらどうだ。それとも、何もできなかった俺を笑いものにしたいのか? それなら大いにするといいさ」
自嘲を浮かべて自棄気味にアトラはそう吐き捨てると、クロノはアトラをじっと見つめたまま無言になる。
無表情ながらも次に口にする言葉を考えているようなクロノの態度に、アトラは忌々しそうに小さく舌打ちをして、自分を見つめる彼の目は純粋なようでいて責めるようにも見えてしまったアトラは逃げるようにして彼から視線をそらした。
沈黙の状態が数瞬続いた後、クロノは淡々としながらもおずおずといった様子でゆっくりと口を開いた。
「オマエが心配だった」
「無駄な心配だったな」
「そのようだ」
「もう用は済んだんだ。さっさと出て行ったらどうだ」
――違う。せっかくクロノが心配してくれたんだ。何か言うことがあるだろう?
アトラの頭の中でその声が響くが、聞こえないふりをする。
しかし、その声が徐々に大きくなり、無視できないものになり、そして――
「すまなかった、アトラ」
「ごめん、クロノ」
アトラは頭の中の声に命じられるまま、クロノと同時に謝罪の言葉を口にしてしまった。
同時に口にした謝罪に気まずい沈黙が流れるが――
……バカみたいだ。
頭の中の声に命じられて謝罪の言葉を口にしてしまい、一瞬自分が何を言っているのかわからなくなって呆然とするアトラだが、同時に気持ちが軽くなったような気がして思わず小さく吹き出してしまい、そんな様子のアトラを不思議そうにクロノは見つめていた。
すぐにアトラは笑いを止め、小さく深呼吸をした後クロノをじっと見つめた。
「クロノ、俺はやることなすことすべてが中途半端だった」
一昨日、リクトやプリムに言われたことを思い返しながら、アトラは本心を告白した――本心を告白すれば、胸に抱いた罪悪感が少しでも和らぐと思ったからだ。
若干緊張して上擦った声で口にするアトラの本心を、クロノは黙って聞いていた。
「ブレイブさんの願いを叶えようと必死だったが、同時にリクト様やプリム様を裏切れない気持ちもあった……だから、中途半端だった」
ブレイブのためと、リクトとプリムのへ罪悪感で板挟みになっていたのを見て見ぬ振りを続けていた自分を思い返しながら、アトラは自分の覚悟が中途半端だったことを認めた。
「クロノ、お前に厳しく当たったのは……その……単なる八つ当たりだ。中途半端な覚悟に内心では気づきながらも、俺はそれをずっと抑えていたことで何度も苛立ち、自己嫌悪をした。そんな中、お前が俺の目の前に現れたから……その気持ちを発散させるにはちょうど良かったんだ。お前を裏切者だって罵ることで、俺は自分自身を正当化させようと必死だったんだ」
……今思い返すと、情けないし最低だ。だが……紛れもない事実だ。
クロノと久しぶりに会った時、久しぶりに会えて嬉しかったし、アカデミーで起きたアルトマンの騒動を聞いて心配する気持ちもあった。
でも、自分の心の平穏を保つために八つ当たりの道具として接してしまったんだ。
そうだ――今だって……今だってそうだ。
自分自身の心に嘘をつきながら、クロノをちょうどいい八つ当たりの道具として見ていなかった自分を思い返して自己嫌悪に陥りながら、今も自分はクロノを利用していることに気づく。
「今だって、お前を俺は利用している。罪悪感を少しでも和らげるために、こうして俺は本心を口にしてしまっているんだ」
「別に気にしていない」
「お前ならそう言うと思っていたからこそ……俺は最悪だ」
自身の懺悔をさらりと受け入れ、気にするなと何気なく言って受け流すクロノの態度をアトラはある程度予測しており、その言葉で僅かに罪悪感が和らいでしまった自分を心底嫌悪した。
「後悔しないようにと心掛け、覚悟を決めたはずが結局は中途半端だった俺に何もできるわけがなかった。その結果、お前たちの信頼やブレイブさんを結果的に失う羽目になってしまったんだ……本当にすまない」
懺悔の言葉を終えて再び謝罪の言葉を口にして頭を下げるアトラ。
頭を下げたままアトラは顔を上げることはしなかった。
どの面を下げてクロノと面と向かえていいのかわからないのもあったが、それ以上に後悔と情けなさで目の奥が熱くなってしまい、顔を上げた拍子でそれが零れ落ちそうになったからだ。そんなものを見せてしまえば、さらにクロノに気遣わせてしまい、甘えてしまうと考えたアトラは顔を上げることはしなかった。
項垂れたまま無言になるアトラをじっと見つめているクロノは、しばし考えた後、無機質だが僅かな緊張が込められた声音で話をはじめた――
「後悔でも懺悔でもいくらでもしろ。それでオマエが満足できるのならオレはいつだって、いくらだって聞く……その、えと……お、オレとオマエはその……と、友達だから……べ、別に、き、気にしない」
「……こんな俺をまだ友と呼ぶとはな」
「何があろうとオレはオマエを友と呼ぶ。絶対に、だ」
顔は見えないが明らかに緊張しているクロノの声を聞いて微笑ましく思いながらも、差し伸べらた手を掴みそうになるのを、自分にはそんな資格はないと言い聞かせて必死に堪えるが――振り払ったアトラの手をクロノは無理矢理掴みにかかった。
イミテーション――輝石から生まれた、人間ではない新たな生命体。
普段から感情がない、人形みたいなクロノだが――全然違うじゃないか。
……お前は人間だ……絶対に人間だよ……
それなのに……俺は……身勝手な八つ当たりでなんてことを言ってしまったんだ。
「……クロノ、すまない……本当にすまない……」
「オレは別に気にしていないが、どうしたんだアトラ……どうしてそんなに泣くんだ」
「だって……だって……」
「気にするな。だから、泣くな」
何があっても自分を友と呼び続けてくれる優しいクロノに、身勝手な八つ当たりで彼のことを『人間』ではないと罵ってしまったこと、戦って傷つけてしまったことに激しく後悔して、今まで抑えていたものが一気に決壊したアトラは、上擦った声で何度も謝罪の言葉を口にした。
項垂れたまま親に叱られた少女のように嗚咽しているアトラの姿に、クロノは無表情ながらも動揺していた。
自分の言葉でこんな反応を示すとは思いもしなかったクロノは、なんて言葉をかけていいのかはもちろん、どうすればいいのかわからなかったからだ。
しばらくクロノはオロオロしていると、病室の扉が勢いよく開いて「何をしているのだクロノ!」と場違いなほど明るいプリムの怒声が響いて来た。
病室に入ってきたのは、外でクロノとアトラの仲直りの様子を扉の隙間から盗み見ていたプリムとリクトだった。二人の登場にクロノは無表情ながらも心から安堵した。
「こういう時は慰めの言葉をかけてやるのだ、クロノよ!」
「気にしていないと言っているのだが……」
「もう少しちゃんとした言葉をかけてやるのだ! 心を込めた一言をかけるのだ!」
「難しいな……少し、考えさせてくれ」
「せっかくお互いに本心の言葉を出したと言うのに、締まりの悪い奴め!」
プリムのアドバイスを受け止め、アトラにかける言葉を考えるクロノ。
そんな二人の様子を見ながら、リクトは嗚咽しているアトラの肩に、撫でるように手を置く。
「クロノ君はもちろん、僕もプリムさんも、アトラ君のことを恨んでなんかいません。むしろ、嬉しいと思っています。こうして、みんな元通りになったんですから」
「でも、でも……元通りになんて……自分は、リクト様たちを……」
「裏切られたと理解しながらも、みんなアトラ君と仲直りしたいと思っているんです」
「リクトの言う通りだぞ、アトラよ! だからいい加減己を納得させて許してやるのだ。お前が今まで辛かったことは我らはよく知っている! ……だから、もう泣くな」
リクトの言葉に勢いよく同調して、プリムは母性的な笑みを浮かべた。
「言いたいことは言われてしまった……」
「お前は本当に締まりが悪いな」
「まあ、プリムさん。クロノ君も僕たちと同じ意見だってことですから――だから、アトラ君が心配しなくても、大丈夫なんですよ。最初から僕たちの関係は壊れていません」
……やっぱり、最悪だ。
自分はこんなに良い人たちに囲まれているというのに……どうして裏切ってしまったんだ。
たとえ、ブレイブさんを裏切れないとしてでも、何か道を模索するべきだった……
あれだけの仕打ちをしたというのに、いまだに自分を友として扱ってくれるリクトたちに、アトラの感情は更に溢れ出してしまうと、どうにかして彼を元気づけようと、リクトたちは更に慌ててしまった。
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