第41話
騒動から二日後――ティア、グラン、デュラルの三人は、旧本部にある、重要書類が部屋の隅に山積みされて散らかっているデュラルの執務室で、ソファに座って事件後についての話を行っていた。
「それにしても、上も随分思い切ったことをしましたね。まさか、騒動に関わったブレイブさんの弟子たちを全員無罪にするとは。個人的には顔見知りも多かったので、よかったと思っているのですが、教皇庁の人間としては全員お咎めなしなのは素直に喜んでいいのかわかりません」
「今回の騒動はブレイブに煽られたことで起こした騒動だって認識だろうが、結局のところ事件に協力していた人間は大勢いたんだ。そいつらを全員ぶち込んじまったら、教皇庁は一気に傾くって判断したから無罪にしたんだ。それに、近い内に鳳グループと教皇庁が外部に向けて協力関係をアピールするためのパーティが開かれるから、その前に今回の盛大な内輪揉めを穏便に解決したいんだろうな」
「それだけではなく、教皇庁内部にいる過激派たちの暴走を収めるためもあるのでしょうか」
「まあ、普通に考えればそうだろうな。大勢ぶち込んじまったら、過激派の連中――その中でも思想、大義もなくただ暴れたい連中にとって、大義名分を与えちまうことになるからな。これ以上の混乱や内輪揉めを避けるための判断だろう」
デュラルとテーブルを挟んで対面に座っているグランは、今回事件に関わったブレイブの弟子たちが全員無罪にした教皇庁上層部の判断を意外に思っていた。
そんなグランに、二日前の事件で負傷した腕を吊っているデュラルは教皇庁の政治的判断を面白くなさそうに説明した。
「それに、災い転じて福となす――教皇庁を想うがあまり過激な行動に出た今回の一件で世間は教皇庁を根本的に変化すべきという風潮が高まって、教皇庁を一度潰すべきって教皇の考えの支持者が多くなったし、今回温情ある判決を下した教皇に対してブレイブの弟子たちはそれなりに恩義と、騒動を起こしちまったことへの罪悪感もあるんだ。ブレイブの弟子たちはもう教皇には逆らえねぇだろう。教皇庁を一度潰して根本から変えようとする教皇の思惑通りに進んでいるってわけだ」
「さすがはエレナ様です。そこまで考えて判決を下すとは」
「バーカ。あまりに都合よすぎるだろうが……まあ、これが狙いだったんだろう」
「つまり、今回のはじまりから終わりに至るまで、エレナ様の狙い通りだったと?」
「そう考えるのは妥当だろうが、どこから計画が進んでいたのかは教皇のみぞ知るだ」
先を見通して計画を立てていたエレナの判断をグランは感服しているが、デュラルはエレナの計画通りに都合よく進んでいるような気がして、心からの感心と、自分の友と師匠を上手く利用され、どこか面白くなさそうな複雑な表情を浮かべていた。
「しかし、問題は二人の処遇です。それでこれから先どうなるのかが決まります」
「ティーちゃん、やっぱりあのバカ――ブレイブが心配なの?」
「……ええ。師匠よりも前に、あの人は輝石の訓練をつけてくれたので」
「ティーちゃん、あのアンポンタンにすごい懐いていたからなぁ。もう、パパが嫉妬するくらい。もしかして初恋の人だったりする? その場合ブレイブを叩き斬るわ」
「誤解しないでください。ただ、多くの人の見本になる聖輝士であるあの人に憧れていただけです」
グランの隣に座り、グランと父の会話を今まで黙って聞いていたティアは、神妙な面持ちで二人の会話に割って入った。
自分が赤ん坊の時からの付き合いであり、久住宗仁に弟子入りする前に、両親以外ではじめて輝石の力を扱う訓練をつけてくれて、はじめて両親以外に偉大であると思えた人物であり、慕っていたブレイブの処遇について気になっている娘に、弟子のグランには見せないような優しく、甘い父親の顔つきになるデュラル。
「あの二人についての処遇はまだ決まってないが、ブレイブの弟子たちを無罪にした判断を察するに、そんなに厳しいものにするつもりはないだろう。ブレイブは大勢の人間から慕われているし、クソババアに至っては過激派の連中と顔が利くからな。これを利用しない手はない。それでも、それなりの罰は下されるだろうがな」
「それなら、何も問題はないでしょうね……」
「でも、今後のためにケジメはつけなきゃならねぇからな……まったく、どうしてこんなことになっちまったんだか。バカ野郎どもが」
ブレイブの処遇を心配する娘に、デュラルは気遣いながらも現状と自分の思っていることを正直に伝えると、少しは娘の気が晴れた様子だった。
しかし、一方のデュラルは、いがみ合っていても長い付き合いだったブレイブと、信頼のできない人物でありながらも師匠だったイリーナの暴走を止めることができなかった自分を悔やんでいるようであった。
友と師を想うデュラルから放たれる暗い空気が部屋中を包み、気まずい沈黙が流れる中、「そういえば――」と空気を読まずにグランは何気ない調子で隣にいるティアに視線を向けた。
「七瀬君だがその後の具合はどうなんだ? イリーナ様が投降した後、彼は倒れただろう?」
二日前の騒動後、幸太郎はイリーナによって痛めつけられたせいで倒れてしまい、病院に運ばれてしまった。
倒れた際に意識はあったが、それでも身体中の痛みに喚いており、乳飲み子のようにリクトに膝枕されながら救急車が来るのを待っていたのをグランは思い出す。
その後の幸太郎の容態は、グランは騒動の事後処理のために休みなく奔走していたせいで聞いておらず、ようやく一段落してこうしてデュラルたちと話しているので、何気なく幸太郎の様子を聞くと――あからさまにデュラルの機嫌が悪くなった。
「さすがはイリーナさんだ。一時的な痛みはひどいものだったらしいが、その後はすぐに痛みは引くように計算され、余計な痣も残らない攻撃だったようだ。大事を取って入院しているが問題ないだろうし、病室には誰かいるから警備についても問題はない」
「それはよかった。後でお見舞いに行こう。彼のおかげで今回の騒動は終息したようなものだからな。ティア、彼の好みは何だろうか。功労者である彼に手ぶらで会えないからな」
「ただでさえリクトやプリム、クロノに甘えているんだ……これ以上甘やかさないでいい」
すっかり元気になっているというのにリクトに食事を手伝ってもらい、不平不満を言いながらも幸太郎の世話をしているプリム、淡々としながらも甘やかすクロノ、そんな年下の三人の甲斐甲斐しい介護に甘えきっている幸太郎の姿を思い出し、不満げな表情を浮かべるティア。
どこか乙女チックな香りのする娘の雰囲気に、デュラルは子供のように頬をむくれさせる。
「むー! ティーちゃん、あんな根性だけが無駄に据わっているだけの自業自得の無鉄砲な男のどこがいいんだ! 何度かティーちゃんや、ティーちゃんのお友達、それだけじゃなくて教皇にも邪な目で見ていることがあったぞ! あれは間違いなく性的倒錯者の目だ! お父さん、絶対に認めませんからね!」
「……気持ち悪い」
「ひどいぞ! お父さんはティーちゃんが悪い男に引っかからないか心配しているのに! 昔はお父さんのことお嫁さんにしたいって言ってくれたのに」
「そんなことを言った記憶はありません」
「言ったもん! 絶対言ったもん! グランー、ティーちゃんがひどいよぉ! 何年もパパと一緒にお風呂も入ってくれないのに、あの空気の読めない能天気な男と入ったんだぞ! 絶対にあの男はティーちゃんの裸を想像して舌なめずりしてたんだ! 虎視眈々とティーちゃんの育った芳醇で甘美な肉体を狙っていたんだ!」
「気持ち悪いです。本当に、気持ち悪いです」
「ま、まあまま、デュラルさん……ほ、ほら、ティア。お前も少しはフォローしてくれよ。こうなってしまったら面倒なんだぞ」
「放っておけばいい。グラン、気にするな」
嫉妬の炎を燃やして子供のように喚いて幼児退行して、実力と実績が伴った優秀な聖輝士、教皇庁上層部である枢機卿とは思えないほどの態度の父にティアは冷たい視線を向け、そんな師匠の醜態にグランは深々と嘆息した。
こうなってしまったデュラルは中々元に戻らず、ティアもまったくフォローする気もないので、弟子であるグランは師匠を宥めるのに三十分程時間を費やして、無駄に疲れた。
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