第43話

 旧本部内にある大会議室――今日の室内はいつもの話し合うような雰囲気ではなく、議長席に座るエレナの前には裁きを待つ罪人のようにイリーナとブレイブが立っており、そんな二人に室内にいる大勢の枢機卿たちからの怒り、呆れ、失望、嘲りの視線が集まっていた。


 騒動を引き起こしたブレイブは甘んじて自身に集まる厳しい視線を黙って受け入れていたが、イリーナは面白くなさそうに欠伸をしていた。


 近日に鳳グループと共同で開くパーティーの前に解決するため、教皇庁にいる人員を総動員させた結果、イリーナやブレイブ、大勢いるブレイブの弟子たちの取調べも事件から二日経ってようやく一段落して、すぐに二人の処分を決めるための会議が開かれた。


 会議は今回の事件の全容解明を指揮していたデュラルと、その弟子グランが事件の概要を説明し、ブレイブとイリーナに事件の全容を説明してもらっていた。


 ブレイブはエレナを教皇から引きずり落して、賢者の石の力を持つ七瀬幸太郎を教皇にさせて、教皇庁を存続させるとともに根本から変化させようと考えていた。


 イリーナは賢者の石の秘密――賢者の石が存在しないという秘密を明らかにして、その秘密と教皇庁の持つティアストーンの神秘性を守るために七瀬幸太郎の命を狙っていた。


 二人ともお互いの目的のために協力し合い、そして、お互いの目的が果たしたら切り捨てるつもりで利用しあっていた。


 今回の騒動を起こすためにエレナたちをあえてアカデミーから旧本部に迎え入れたことが明らかになり、イリーナがアルトマンと出会った一か月ほど前から計画を決めていたことを明らかにした。


 最初に起きた空港での騒動はブレイブ主導で行われており、空港内に仕掛けられた音が派手なだけで威力はまったくない爆弾を爆発させ、空港が混乱している内にエレナを攫う――というのは表向きの計画で、実際は騒動を起こすことによって儀式で行われる警護の数を増やし、その警護のほとんどの自分の弟子たちに任せて、一気に目的を果たすつもりだった。


 儀式中に起きた二度目のレストランでの襲撃はブレイブの計画にない襲撃で、イリーナ主導で行われており、イリーナはブレイブの弟子や過激派の人間を煽って騒動を起こし、幸太郎を危機的状況に陥らせることによって賢者の石の力を引き出そうとしていた。


 そして、三回目に行われた最後の儀式で一気に攻めた――それが、ブレイブとイリーナの計画だった。


「今回の騒動で聖輝士ブレイブ・ルインズは教皇庁を根本から変化させるために騒動を起こし、話し合いに応じなければ最悪教皇の命を奪う覚悟を決めていました。一方、枢機卿イリーナ・ルーナ・ギルトレートは自分の一族がひた隠しにしていた賢者の石の秘密を守るために、何も知らない七瀬幸太郎を教皇庁に無理矢理呼び出して命を狙った――お互い、教皇庁のためという目的ではあるが、目的と行動があまりにも過激です。大勢の人を巻き込むだけではなく、教皇と、教皇庁とは無関係の何も知らない少年を狙ったことは許されないことです」


 今回の騒動を最後にグランがまとめた後、いよいよブレイブとイリーナの処分が決まることになる。


「今回の騒動の結果で過激派たちがどう動くのかが決定します。個人的には、今後のことを考えるのであれば、彼らを一網打尽にするべきではないかと」

「しかし、それでは結局今までと何も変わらなくなってしまう。変わるのなら、争いはなくした方がいい。鳳グループに迷惑をかけてしまうことになる」

「その通りだ。今、世間は教皇庁内部にいる過激派たちを非難する風潮が高まっている。その気に乗じれば、最小限に被害を抑えられるのではないだろうか」

「だが、近日中に行われる鳳グループとの共同パーティで、今回の件が触れられることは必至。その前に大きな騒動が起きてしまえば、最悪の事態になる」

「処分がどうであれ、ブレイブに加担した大勢の人間が無罪放免になったのです。ここらでけじめをつけなければ、世間はもちろん鳳グループにも示しがつかない」


 イリーナとブレイブの処分について、枢機卿たちは話し合っていた。


 教皇庁内部にいる過激派を刺激させない慎重な意見、今こそ教皇庁を一網打尽にする好機だという積極的な意見で分かれていた。


 二つの意見が分かれ会議室内が騒がしくなる中、イリーナは他人事のように退屈そうに欠伸を漏らして聞いていた。


 茶番――イリーナはこの会議が開かれていてから、ずっとそう感じていたからだ。


 イリーナにはこの会議の結末がどうなるのかわかっていた。事件が終わって二日間、牢屋に入れられていたイリーナは今回の騒動についてじっくりと考えた結果、ある考えが浮かび上がったからだ。


 それは――今回の騒動のすべてがエレナによって動かされているということだった。


「静粛に」


 騒がしい会議室に、エレナの淡々としながらも凛とした言葉が静かに響き渡ると、一気に会議室内は静まり返り、全員の視線がエレナへと集まった。


「今回の騒動は確かに許しがたい――私だけならまだしも、教皇庁に関係のない、輝石の力をまともに扱えない少年の命を狙ったことは特に許しがたい」


 自分ではなく、エレナは幸太郎の命を狙ったことについて静かに怒っていた。


 教皇から感じられる静かに燃え上がる怒気に、枢機卿たちは息を呑んだ。


「何度も教皇庁を救っただけではなく、教皇庁のために働いてくれた良識のある二人が今回の騒動を引き起こしたことに、私個人としては心から失望し、軽蔑します」


 エレナは『私個人』という言葉を強調して、「しかし――」話を続けた。


「教皇、そして、教皇庁からしてみればこれはある意味好機です。二人は過激派にも顔が利いて、慕われています。上手く二人を利用すれば、過激派たちの暴走を抑えることができます。――そう考えれば、二人の処分は軽いものにするべきだと教皇としては思います」


 ――やはり、そう来たか。


 大勢の人間を巻き込んだ騒動を引き起こしたというのに、二人の処分を軽くすると言い放つエレナの判断に、ある程度の理解は示しつつも驚きを隠せない枢機卿たちはもちろん、ブレイブも驚いていたが、予想通りだったのでイリーナは特に驚いていなった、


「エレナ様、私が言うのはおかしいのかもしれませんが、私は厳しく罰せられるべきだ。そうしなければ、周囲に示しがつかない」


「未来を考えればそれはできません」


 誰よりも早く自分の処分に異を唱えるブレイブだが、それをエレナは軽く流した。


「教皇庁を解体して、一から鳳グループとともに立て直そうとする過程で過激派たちとの衝突は必至です。ですが、その衝突を未然に回避するか、最小限に抑えるためにはあなたたち二人の協力は必要不可欠です」


 争いをなくしたかったブレイブには、エレナのその考えに同調したかったが、それでも今回の大勢の子供たちを巻き込んだ責任があるブレイブには処分を軽くするのは納得できなかった。


「もちろん争いをなくすためなら私は進んで協力しますが、それでも、納得はできません。私の処分は厳重にすべきです」


「争いを避けるためにあなたたちの処分を軽くするわけではありません」


 そう言って、エレナはブレイブやイリーナだけではなく、この場にいる全員をじっと見つめた。エレナの瞳は普段と変わらぬ感情を感じさせなかったが、その瞳には確かな未来への希望が宿っており、全員彼女の瞳に映る希望に目を奪われてしまっていた。


「新たな組織を設立するのは、世界中で増え続ける輝石使いに対応する目的があります。その目的を果たすためには、多くの輝石使いを長年導いてきた教皇庁が培ってきたノウハウが必要不可欠です。今後確実に新たな組織設立するにあたって、教皇、枢機卿、聖輝士、輝士など、教皇庁に存在していた役職は消滅して、名を変えることになるでしょう。それでも、教皇庁が長年輝石使いたちを導いてきたという歴史は変わりません。たとえ、争いばかりの、間違いばかりの歴史でも、それだけは絶対に変わらないですし、今後も変わりません」


 ……なるほど、それがお主の出した答えか。

 裏ではそんな考えを出していたのか――まったく、小娘が。


 この場にいる全員に訴えかけるようなエレナの言葉に、全員聞き入ってしまっていた。


 変化を嫌うイリーナでさえも、変わらないのは教皇庁が長年抱えていた信念だけだと言ってのけたエレナに不覚にも心を動かされてしまっていた。


「争いを避け、止めることも重要ですが、何よりも教皇庁の信念である大勢の輝石使いを導くため――ブレイブ、身寄りのない大勢の子供たちを立派に育て上げたあなたのような聖輝士や、今この場にいる確固たる信念を持った枢機卿の方々の力が必要なのです。だからこそ、私は教皇として今後のことを考えて、二人の処分を軽くしたい」


 新たに生まれる組織のため、それ以上に、増え続ける輝石使いのために下したエレナの判断に、大勢の枢機卿たちはもちろんブレイブやイリーナにも反論できなくなった。


「それを踏まえて、ブレイブ――あなたには枢機卿を退いてもらい、聖輝士として今後も大勢の子供たちを導いてもらいます。そして、イリーナ……あなたにも枢機卿を退いてもらいます」


 言い渡された自分たちへの処分に、ブレイブは逡巡し、深慮するが――未来のためを思ってエレナに賛同し、軽い処分で周囲に恥を晒すのを十分に承知で「わかりました」と自分の処分に納得した。


「……上手くブレイブを篭絡したようじゃの」


「あなたはどうするつもりですか?」


「ワシの答えも、どうせお主の予想通りじゃろう?」


 呟いたイリーナの言葉に、エレナは何も反応をしなかったがイリーナは理解していた。


 今回の騒動、はじめから自分たちが何か騒動を起こすと、エレナは最初から考えていたと。


 教皇庁を潰すという考えを表明してから、エレナはずっと誰かが自分を狙うタイミングを待っていた。それがブレイブかイリーナ、誰が動くかはわからなかったが、それでも確実に自分の考えを否定するために動くと思ってあらかじめ準備をしていた。


 そして、上手く解決して教皇庁を根本から変えなければならいと世論を誘導させてから、自分の本心を告げて、周囲を惹きつけて一気に自分の考えを広め、鳳グループとの協力関係が確固たるものになり、新たな組織設立への道も近くなる――そうエレナは考えて、行動していたとイリーナは察していた。


「お主は、どこまで予想していた……ブレイブや、ワシが動くと予想していたのか?」


「ブレイブは予想外で、あなたは確実に。しかし、目的が七瀬さんだとは思いませんでした。話し合いで解決したかったのは本心です」


「フン! それもどこまで本当なのかわかったものではないな」


「……どうやら、我々は最初からあなたの掌で踊らされていたということですか」


 深く追求してくるイリーナに、渋々大勢いる枢機卿たちに聞こえないようにエレナは答えるとイリーナは降参と言わんばかりに深々とため息を漏らし、すべてを知ってしまったブレイブはじっとりとした目でエレナを睨んだ。


 しかし、イリーナとエレナは教皇庁の未来を想っていることは事実であり、争いではなく話し合いで解決したかったのも本心からの言葉だと感じ取ったので文句は言わなかった。


「まったく……悪賢い小娘じゃ」


「ええ。誰かに似てしまいました」


「誰のことじゃろうな」


「……さあ」


 口を僅かに緩めて微笑を浮かべながら自分を見つめてくるエレナに、イリーナは面白くなさそうに鼻を鳴らすが、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。


「――いいじゃろう。お主の魂胆に乗ってやるとするかの」


 最後の最後まで文句を垂れて抵抗を続けると思っていたが、あっさりと自分の処分を受け入れたイリーナを怪訝そうにエレナは見つめる。そんなエレナの視線を受け、イリーナはいたずらっぽく、そして、爽やかに笑った。


「ただ、ワシは信じただけじゃ」


「あなたが信じてくれるとは、何だか君が悪いですね」


「失礼な奴じゃ。それに、勘違いするな。お主のことではないからな」


 そう言って思い切り舌を出して勘違いしているエレナをバカにするイリーナ。


 そんなイリーナの頭の中には、二日前の事件で幸太郎たちの前に現れた大勢の味方の姿が過っていた。


 彼らならば、エレナたちが目指す未来よりも、遥かに良い未来が築けるとイリーナは信じることができたからこそ、変化によって生まれる不安を霧散させてエレナに従うことができた。

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