第44話

 事件から三日後――病院を退院して、早々に幸太郎たちは旧本部から去ることになり、教皇庁が用意したプライベートジェットに乗っていた。


 事件の騒動はほぼ鎮静化してブレイブやイリーナの処分も決まったが、それでもまだ混乱は続いているようなので、エレナ、リクト、クロノ、アリシア、プリム、ジェリコは旧本部に残り、幸太郎たちは彼女たちの邪魔をしないようにさっさとアカデミーに戻ることになった。


 幸太郎としてはもう少し観光を楽しみたかったのだが、事件からずっとエレナたちは忙しそうだったので我慢して、儀式の際に撮った思い出の写真を左隣に座る大和とともに眺めていた。


「へえー、良く撮れてるね。あ、それ涙滴の泉の写真だ。儀式の最中って関係者以外立ち入り禁止だから、この写真は珍しいよ」


「青く光ってすごい綺麗だったよ」


「何だかロマンチックって感じでいいなぁ。時間に余裕があったら、幸太郎君に連れて行ってもらいたかったな。もちろん二人きりで――次の写真を見せてよ。あ、良く見えないからもうちょっとくっついてもいいかな」


 幸太郎の腕に自信の腕を絡ませ、密着しようとする大和だが――そんな彼女の行動を、右隣にセラがわざとらしく放った咳払いで阻み、「そういえば――」と話を替えた。


「まさか幸太郎君が次期教皇候補になるために儀式をしているとは知りませんでした――それで、結局どうなったんですか? 事件のことばかりで次期教皇候補の話はまったく聞いていないんですけど」


「中途半端に終わったし、色々ゴタゴタしたからなかったことになったみたい。また今度、旧本部に来る時になったらちゃんとやるみたいだよ」


 必要以上にベタベタする大和から気をそらせるためには放ったセラの質問に幸太郎は答えると、通路を挟んで大和の隣に座っている麗華は大きく鼻で笑って幸太郎を思い切り小馬鹿にした。


「力があってもまともに扱えないあなたが次期教皇候補になっても教皇庁の汚点になるだけですわ。それにしても、力だけがあるだけで特筆すべき点が何もない平々凡々の男を利用しようなどと考えるとは、ブレイブさんも無茶なことを考えますわね。教皇にすれば教皇庁は一気に終わりですわ」


「ぐうの音も出ない」


 思わず笑ってしまうほど容赦のない麗華の言葉の数々に反論できない幸太郎。


 そんな幸太郎に、「オーッホッホッホッホッホッホッホッ!」と機内に響き渡る傍迷惑な、笑っている本人は気分が良い笑い声を上げる麗華。


「それなら、麗華の下僕はどうだろう」


「フン! 日常生活でも役に立たないというのに下僕にしたところで何も意味はありませんわ! まあ、精々靴磨き程度なら役に立つのではありませんの? オーッホッホッホッホッホッホッホッ!」


「でも、麗華さんの足、臭そう」


「ぬぁんですってぇ!」


 大和の提案を麗華は思い切り馬鹿にするが、正直な幸太郎の意見に今まで気分が良かった麗華は怒りに火が点いた。


 そんな麗華の様子を見て楽しそうにケラケラ大和は笑っていると、前の席に座ってティアと話している美咲と目が合い、お互いに目配せした後、小悪魔のような笑みを浮かべてウインクする。


「そういえば、幸太郎君ってティアさんと一緒にお風呂に入ったんだって?」


「そうなんだよねぇ。それについてまだ詳しく聞いていないんだけど、どうなのかなぁ~? おねーさん気になるなぁ♥」


 何気なく出した大和の話題に、タイミングを計って入ってくる美咲。


 その話題が出た瞬間、麗華とセラを中心として機内の空気が凍りつく。


 セラたちから数席離れた場所に座っている優輝、沙菜、大道は和気藹々としていた空気が一気に変化したのを察知して、できるだけ話題に入らないように努めるが――


「仕方がない。護衛をするためだ」


「それでも結構大胆なことしたよね。優輝さんや大道さんと一緒に入ればよかったのに」


「次の日の計画を立てていて忙しかったんだ。仕方がない」


 鬱陶しそうに入浴の件について話すティアに、わざと大和は優輝と大道の名前を出して、そ知らぬふりをして上手く逃げようとする二人を捕らえた。


「幸太郎ちゃん、ティアちゃんとお風呂でどんなことをしたのかなぁ?」


「お互い裸だったので、腹を割って話しました」


「いやん♪ 何だかエッチに聞こえちゃうなぁ」


 そして、ここで美咲の言葉で余計なことを想像させる幸太郎の何気ない一言が、凍りついた空気を一気に熱くさせ――


「ティア! いくら護衛とはいえ、さすがに一緒にお風呂に入るのはどうかと思う! そ、その……まだ、幸太郎君だって高等部なんだから、もうちょっと節度を持って接するべきだよ!」


「人手が足りなかった。私と同じ状況なら、お前も同じ行動をするはずだ」


 熱くなっているセラとは対照的に冷静なティアの対応に、ぐうの音も出ないセラはティアから優輝に矛先を向けた。


「それに、優輝! 計画を立てているのはわけるけど、ティアが幸太郎君と一緒にいるのも限界があるんだから、そういう時は優輝がフォローするべきだよ!」


「い、いや、確かにそれはわかるんだけど。ほら、本人たちが何もなかったって言ってるんだし、それでいいじゃないか。それに、青春真っ盛りって感じで微笑ましいじゃないか。ね、ねえ、沙菜さん」


「そ、そうですよ。それに、ティアさんだって護衛のために七瀬君と一緒に入ったわけですから……そ、そうですよね、共慈さん」


「そ、そこで私に振るのか? フム、嫁入り前の娘と、思春期真っ盛りの少年が裸一貫の付き合いをするというのは些か問題があるとは思うのだが、ま、まあ、さすがに今回は大目に見るべきだよ」


 興奮するセラと何とか宥めようと必死な優輝たち。


 一方の麗華は幸太郎の胸倉を掴みながら、『お姉様』と慕う人物と分不相応に一緒に入浴した幸太郎に嫉妬の炎を燃やして怒声を張り上げていた。


「どうしてですの! 意味がわかりませんわ! どうしてですの! 道端に転がる砂利のようなあなたが、どうしてお姉様と一緒に入浴できますの! 意味がわかりませんわ!」


「れ、麗華さん、落ち着いて。首、締まってるから」


「入浴時の状況を事細かに説明しなさい! 特に、ティアお姉様について詳しく!」


 怒れるセラと麗華のせいで一気に機内は混沌と化し、その原因を作った美咲と大和は、心底楽しそうに笑いながらジュースを飲んでいた。

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