第24話
社交パーティーや舞踏会を開けそうなほどの広さを誇る、白と金色を基調とした豪華絢爛な装飾がされた大広間には、空木武尊と伊波大和――天宮加耶の結婚式の出席者や溢れていた。
そんな彼らをもてなすために豪勢な食事や高級酒などが用意されているだけではなく、シャンパンタワーが設置され、大道芸人もいて賑やかであり、華やかだった。
そんな華やかな雰囲気の中に、無機質な殺気を放っている警備用の人型ガードロボットも配置されており、空木家の人間による警備もかなり厳重だった。
警備を主導しているのは武尊のボディガードを務めている呉羽であり、彼女は鋭い目で会場内を見回していた。
華やかさと厳重さを併せ持った、どこか混沌とした空間の中でも一際目立っているのは新郎新婦席の傍に置かれた天を衝くほど大きなウェディングケーキだった。
巨大なクリスマスツリーのように豪勢で煌びやかなウェディングケーキには人だかりができており、物珍しそうに出席者たちは眺めていた。
和気藹々とした雰囲気の広間内だが――一部の人間は刺々しい空気を放っていた。
そんな彼ら――天宮家の人間たちの怒りに満ちた視線は、長年仕えてきたのにもかかわらず自分たちを裏切った一族の人間である鳳大悟と鳳麗華に向けられていた。
そんな視線を気にすることなく普段と変わらぬ無表情の大悟は、世界でもトップクラスの企業の社長である自分に挨拶に来る出席者たちと短い会話を繰り広げていた。
一方の麗華も鳳グループトップの娘であるために挨拶に来る者や、言い寄ってくる男もいたが、嫌な顔一つすることなく笑顔を浮かべてそれらに挨拶を交わし、軽くいなしていたが――笑顔はぎこちなく、明らかに居心地が悪そうだった。
一通りの挨拶を終えて、麗華はウェイターに手渡されたドリンクを飲みながら、壁に寄りかかって疲れたようにため息を漏らしていると、「お疲れ様です」と淡々としながらも優し気な口調でエレナが労いの言葉をかけてきた。
「こんな状況だというのに一々挨拶するのは大変だったでしょう」
「お気遣いありがとうございますわ。ですが、お父様やエレナ様に比べたら、楽なものですわ。お父様なんてまだ挨拶し終えていませんわ」
「鳳グループは世界的企業であるので仕方がありません」
「お父様よりも、エレナ様の方が大変でしょう。人前に滅多に現れないのはもちろん、こんな場所に来るなんて誰も思っていなかったのですから、大変だったのではありませんか? よく私なんかと喋っていられますわね」
「面倒なので逃げました」
「きょ、教皇らしからぬ言葉ですわね……」
「教皇とて、人間ですので」
挨拶周りが面倒だと平然と言い放つ教皇エレナに呆れる麗華だが、教皇ではなく一人の人間としての言動に思わず微笑んでしまった。ここに来てからずっと強張っていた彼女の表情が緩んだのを見て、無表情ながらもエレナの表情が微かに柔らかくなった。
「……伊波大和のこと、気になりますか?」
唐突なエレナの質問に戸惑いながらも、自分に何も言わずに勝手な真似をしている大和を思い出した麗華は不機嫌そうな顔で頷いた。
「お父様だけではなく、エレナ様にも迷惑をかけるとは最悪ですわ! 今回の騒動が終わったらエレナ様の前で直々に床を擦りつけさせて謝らせますわ!」
「でも、伊波さん以上に七瀬さんが心配なのではありませんか?」
「そ、それは違いますわ! そんなこと、ぜ、絶対にありえませんわ!」
「所謂、『ツンデレ』というやつでしょうか? ――いえ、少し違いますか」
エレナの言葉に思い切り不意を突かれた麗華は動揺してしまうが、すぐにわざとらしく「ウォッホン!」と咳払いをして平静を取り戻す。
「お父様たちはあのバカモノを助け出すつもりみたいですが、私は別にそんなつもりはありません。私はただ勝手な真似をする大和に文句を言いたいだけですわ。大体、あんな自業自得の大バカ凡人を助けるほど私はセラたちのようにお人好しではありませんわ」
「七瀬さんのこと、嫌いですか?」
「あんな身の程知らずの凡骨凡庸凡人大っ嫌いですわ」
「私は好きですよ」
突拍子のなく平然と言い放ったエレナの一言に、再び思い切り虚を突かれて「うぇっ?」と素っ頓狂な声を上げてしまう麗華。
「確かに無鉄砲で無知なところがありますが、それが彼の美点だと思うのですが……麗華さんもそう思いませんか?」
「エレナ様も人がいいですわね。そんなの鬱陶しいだけですわ」
「本当にそう思いますか?」
「もちろん、当然、無論ですわ!」
ナチュラルに人を追い詰める天然サディストのエレナに、偉そうに胸を張って力強い笑みを浮かべた麗華は平然を保っていたが――内心では焦っており、早くこの話を切り上げたかった。
そんな麗華の望みを叶えるように、挨拶を終えた大悟が近づいてきた。
「随分と話し込んでいたようだが、そろそろ式がはじまる。準備を整えろ」
淡々としながらも有無を言わさぬ迫力がある大悟の指示に、エレナは「わかりました」と文句なく従うが――準備と言われても、何の準備かわからない麗華はただ首を傾げることしかできなかった。
「わかりましたが――準備とは、一体何の準備ですの?」
「……とにかく、何が起きてもいいような心構えをしておくんだ。わかったな」
当然の疑問を口にする麗華だが、一瞬の間を置いた大悟は何の説明をすることなく、ただ何が起きてもいいように準備を整えろと言うだけだった。
―――――――――――
「おぉ! すごい、すごいぞ! どこを見ても企業のトップばかりだ! ここは一気に僕の名前を上げる大きなチャンスだ!」
「オイオイ、あんまり騒いでんじゃねぇぞ。目立っちまうだろうが」
大広間の外にいる貴原は興奮した面持ちで鼻息を荒くしながら、大広間にいる結婚式の出席者たちを欲と野心に溢れたギラギラとした目で眺めていた。
そんな欲と貴原を諫めるのは、出席者たちの視線を集めている派手な服装の刈谷だった。
周囲の視線など気にしていない様子の刈谷は、苛立った様子で時計を何度も見返していた。
そろそろ結婚式の開始時刻であり、それが近づくにつれて刈谷の苛立ちも強くなっていた。
「あれが、ティアの姐さんとやり合ったっていう呉羽っていう女か……美人だな」
「実に美しい。それに、身に纏っている迫力も静かでありながらも凄まじい。確かに、ティアさんを倒しただけある」
「バカ。ティアの姐さんが簡単に負けるわけねぇだろうが。――だけど、強さは別格だな。ありゃ、お前はもちろん俺でも相手にならねぇな。それに、巴のお嬢さんと同じお堅いタイプと見た。あれは多分、異性に免疫がなさそうだな」
苛立つ気持ちを抑えるために貴原との会話で気を紛らわせようとする刈谷だったが、大広間内の警備を指揮しながらも自分たちに警戒心をぶつけてくる、空木武尊のボディガードを務めている呉羽と自分との圧倒的な力の差を感じ取り、焦燥感が増してしまった。
「それにしても、そろそろ本当に結婚式がはじまっちまうぞ。何してんだよ」
「そういえば、『合図』があると言っていましたが……どんな『合図』なんでしょう」
「知らねぇよ! アイツ、結局最後まで詳しいことを教えれなかったんだからな」
「どちらにせよ、最初は面倒事に巻き込まれてウンザリしていましたが、ここで僕の明るい未来を築くための大きなチャンスが巡ってくれるとは思いもしませんでしたよ!」
苛立ちのピークに達している刈谷とは対照的に、会場内に集まった権力者たちを眺めながら刈谷は余裕そうな笑みを浮かべていた。
「正直なのは結構だけど、少しは幸太郎たちのことを心配してやれよ」
「村雨さんと御柴さんのことはもちろん心配しています! しかし、七瀬君に至っては自業自得だから、心配する必要などありません! 大体、賢者の石という今まで存在が明らかにされていなかったのに、急に現れた不確かなものに皆さん踊らされ過ぎですよ」
「同感だな。でも、何だかんだ言ってもお前はここにいるからな、かわいい奴だよ」
「フン! 勘違いしないでいただきたいですな! 僕がここにいるのはあくまでセラさんのためです! セラさんが危険な場所に赴くのを黙っていられなかったまでですよ!」
「まあ、ここに来ればセラや金持ちたちにいい恰好が見せられるかもしれねぇからな」
「もちろん! ――って、こ、これはオフレコでお願いしますよ」
失礼だと言わんばかりに反論して墓穴を掘る貴原のいつもと変わらぬ姿に、さっきまでの苛立ちを忘れて刈谷は楽しそうに笑っていた。
貴原は慌てて「そ、それに――」と強引に話を進めて軌道修正を図る。
「やられっぱなしも借りっぱなしも放っておくのは腹立たしいですからね」
「そいつも同感だよ……やっぱり、お前はかわいい奴だよ」
「何を勘違いしているのかわかりませんが、刈谷さんが思っていることは間違っていますからね! さあ、談笑している暇なんてありませんよ! 今は集中しましょう!」
何だかんだ言っても、気に入らなくとも、諸々の『借り』はちゃんと返そうとする貴原の真面目で素直ではない態度に、貴原は心底微笑ましく思っていた。
照れたように顔をほんのりと紅潮させる貴原を見て、「ホント、かわいい奴だよ」と貴原は彼に聞こえないように呟き、『合図』を待った。
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