第三章 暴走する者たち

第23話

「ここが空木家の屋敷ですか――フン! まあまあの大きさですわね!」


 鬱蒼とした森を抜けた先にある広大な敷地内に建つ洋館――空木家の屋敷を仁王立ちをしている、高いヒール履き、赤を基調とした派手なドレスを着た麗華は忌々しそうに眺めていた。


 屋敷には続々と高級車が集まっており、高級そうなスーツやドレスを身に纏ったどこかの企業の社長やら、富豪の一族の人間が続々と屋敷内に入っていた。


 そんな中、せっかくの結婚式だというのに用意したドレスを着ることなく、普段通りの服装でいるセラとノエルを麗華はジットリとした目で見つめた。


「それにしても、セラ、ノエルさん。あなたたちもドレスを着ればよかったのですわ! これでは悪い意味で目立ってしまいますわ!」


「激しく動くことを考えれば着慣れている服の方がいいんだ」


「同感ですね」


「もったいないですわ! 実にもったいないですわ!」


 着慣れないドレスよりも着慣れている制服を選んだセラの意見に同意をするノエル。オシャレの何たるかをまったくわかっていない二人に、麗華は仰々しく嘆息して嘆いていた。


「僕も同感ですよ! 実にもったいないですよ、セラさん! あなたの美しいドレス姿を拝むことができないなんて!」


「は、はぁ……そうですか……」


「それにしても、すごい出席者ですよ! 誰もが知る企業のトップや政財界に通じる方ばかり! ――……ここで活躍すればセラさんにいいところを見せるだけではなく、彼らにも多大な恩を売れる! 僕の明るい未来がすぐ傍に待っているんだ!」


 そんな麗華の意見に同意し、鬱陶しい熱量でセラを圧倒して困らせているのは、呼んでいないのにもかかわらず、刈谷に無理を言って強引についてきた貴原だった。


 足手纏いになるのはセラたちはもちろん本人も承知の上で、色々と邪な気持ちを抱いて協力しているのだが――それでも、少ない戦力の中で彼がついてきてくれてセラは多少なりともありがたいと思っていた。


「……それなら、オレもアカデミーの制服を着ておくべきだったか」


「何人もアカデミーの制服を着てしまったら逆に目立ってしまうので気にしないでいいのです。それに、とても似合っていますよ、クロノ」


「……そ、そうだろうか……」


 慣れないスーツを着て居心地悪そうにしているクロノは、黒を基調としたドレスの上に白のジャケットを羽織っているエレナにスーツ姿を褒められて、無表情ながらも照れていた。


 滅多に人前に現れない教皇エレナ・フォルトゥスの存在に気づき、結婚式の参加者たちの好奇の視線が一気にエレナへと向けられた。


「何を着ようと俺たちは目立つんだ。だったら最初から堂々としてればいいだろうが」


「同感だな。このまま突っ立っていれば変に目立って人だかりができる。中に入ろう」


 普段は気崩しているスーツをしっかりと着こなしている克也の意見に同意して、燕尾服姿の大悟は、周囲の人間から好奇の目を向けられながらも気にせず空木家の屋敷へと向かう。


「不審な動きをすれば屋敷の敷地内にアンプリファイアの影響を受ける可能性が大いにある。そうなれば我々は一気に不利になる――戦闘はできるだけ避けるように」


「大悟の言う通りできる限り戦闘は避けてもらいたいのですが、もしアンプリファイアの影響を受けた状態で交戦した場合、私の力で弱まった輝石の力を無理矢理反応させます。ですが、肉体が受ける影響までは対処しきれませんし、私も消耗しているのでそう長くは力の維持はできません。それを肝に銘じてください」


 戦闘は可能な限り避けるようにと注意する大悟とエレナの言葉に、人質を助けるために集まった者たちは力強く頷く中――「そんなに警戒しないでいいでしょうに」と、慎重になる雰囲気を一変する力強い刈谷の声が響く。


「もちろん、旦那と女将さんの言うことももっともですが、こっちの理想通りに動いてくれるほど相手はそんな単純じゃねぇんだ。どんなに気をつけても、絶対に戦闘は避けられねぇ。だったら、慎重になりすぎるよりも思い切って動いた方がいいんじゃないんですか?」


 豪快だが一理ある刈谷の持論にセラたちは心の中で同意するが――セラたちは何も反応しないで、まるで刈谷がこの場にいないかのように先へ進む。


「取り敢えず、セラ、ノエル、クロノ。お前たちは俺についてこい。巴たちを探すぞ。残った奴らは大悟とエレナのことを頼んだ」


 セラ、ノエル、クロノは克也の指示通りに動き、残った人員はエレナと大悟の後に続いた。


「派手に動いた方が相手もきっと意表を――って、あれ? おーい、待ってくださいよー」


 自己陶酔に浸りながら偉そうに持論を語る刈谷の前からすでにセラたちはいなくなっていた。


 それに気づいた刈谷は慌てて追うが、そんな彼に追い疲れないように早歩きになるセラたち。


 ――セラたちはできるだけ刈谷に近づきたくなかった。


 鳳グループトップの大悟や、教皇エレナよりも目立つ、全身シルバーメタリックに煌く特注の服を着た、フンに集る銀蠅のような刈谷に。




―――――――――――




 結婚式を間近に控えた忙しい状況で呉羽は武尊の部屋に集まり、自分を呼び出した主である純白の燕尾服を着て深々と椅子に腰かけている武尊とともに、もう一人呼んでいるヤマダの到着を待っていた。


 武尊……どうしたんだ?


 指揮の準備がしていたのに急遽呼び出されて文句を言いたい気分だったが、軽い挨拶だけを交わしただけで一言も喋らない武尊を呉羽は、文句を言うのを忘れて怪訝そうに見つめていた。


 普段なら人を食ったような笑みを浮かべて軽快にトークをするはずなのに、呉羽の目に映る今の武尊は余裕な笑みを浮かべながらもどこか機嫌が悪そうに見えた。


 機嫌が悪くなっても軽薄な笑みで上手く誤魔化してハッキリと表に出すことはしないのに、笑みで誤魔化しても明らかに機嫌が悪いのが目に見えてわかる武尊を心配して呉羽は話しかけようとした時――「ごめんごめん、色々と忙しくて遅れてしまったよ!」と謝罪を口にしながらもまったく反省の色を伺えないヤマダが慌てて室内に入ってきた。


 ヤマダが到着して、自分が呼び出した人間が全員揃った瞬間、武尊が身に纏っていた不機嫌なオーラは一気に霧散して、「さて――」と話をはじめる。


「色々と準備があって忙しい中集まってもらってありがとう。さっそくだけど、鳳大悟さんたち御一行が現れたようだ。大勢で来たわけじゃないけど、最小限の人数で集められる最高の戦力を連れてきたんだろうから気をつけた方がいいよ。彼らが式に出席する以上、式の邪魔をすることは確実だからね。狙いはもちろん、七瀬幸太郎君だね、きっと。巴さんと村雨さんを解放するとは約束したけど、彼については約束してないから」


「七瀬君については僕に任せてよ。元々彼を捕らえるのが目的だった僕たちがどうにかするからさ」


「君だけで大丈夫かい? 多分、七瀬君を救うために最小限かつ強力な人員を割くと思うよ。もしもの場合はアンプリファイアの影響をセラさんたちに与えるつもりだけど、それでも周囲の輝石を無理矢理反応させることのできるエレナさんがいるから完全に無力化はできないよ?」


「それこそが僕の待ち望んだ展開だよ! いやぁ、楽しみだなぁ」


「やる気満々みたいで助かるよ、ヤマダ君。それじゃあ君には警備用を含めた屋敷にあるガードロボットを操作してもらって、幸太郎君を連れ出させないようにしてもらおうかな。臨機応変に対応して好きに動いてもいいからね」


「その言葉を待っていたよ!」


 ――この男……やはり、危険なにおいがする。


 圧倒的不利な状況で戦うかもしれないというのに、好き勝手にしてもいいと言われて義手の右腕をぎこちなく動かしながら、凶悪な本性が垣間見える澱んだ笑みを浮かべるヤマダを見て、武尊は満足そうに微笑む。一方の呉羽はそんなヤマダを不審そうに一瞥した。


「呉羽は現場でみんなの指揮をしてもらって状況に応じて動いてもらいたいかな。ヤマダ君と同じで臨機応変に頼むよ――はい、それじゃあ解散」


 武尊が指示を終えると、嬉々とした足取りで一足先に部屋を出るヤマダ。


 そんなヤマダの後に続いて武尊も部屋から出ようとするが――「待って」と呉羽は自身の中で大きくなる不安感に突き動かされるままに武尊を呼び止めた。


 そんな呉羽の気持ちを察した武尊は、「大丈夫だよ」と妙に穏やかな声でそう言った。


「目的達成はもう目前。今更相手がどう動こうとも関係ないさ。だから、後は頼んだよ、呉羽。もちろん無茶はしちゃダメだよ? 危険だって思ったらすぐに逃げてね」


「あなたを置いて逃げられるわけがない」


「もしもの時は私よりも自分の身を心配して――これ、命令だからね?」

「……わかったわ」


 バカみたいだ……そう言われれば私は従うことしかできない。

 ――でも……これで本当にいいの?

 溢れ出しそうになる不安を抱えたままで、何もしないでいいの?


 命令と言われれば、どんなに大きな不安感を抱えていても幼い頃から主の命令は絶対と教え込まれてきた呉羽は従わざる負えなくなるが――そんな自分に心底嫌気がさすとともに、本当にそれでいいのかという自分自身に対しての疑念が浮かんでしまった。


「さあ、行こうか。呉羽――これが、最後だから」


 しかし、主の言葉で抱いていた不安感を無理矢理覆い隠し呉羽は、護衛対象である武尊の影にピッタリと寄り添うように部屋から出た。


 しかし、どんなに無理矢理忘れようとしても呉羽の疑念と不安は完全に消え去ることはなく、ずっと彼女の胸の中に残り続けた。




―――――――――――




 フカフカのソファで睡眠はたっぷりと取り、用意され朝食もしっかり食べた幸太郎は衝立で仕切られた窓際の部分をジッと食い入るように見つめていた。


 衝立の先にいるのは巴であり、結婚式に出席させるために空木家が用意したドレスに現在進行形で着替えていた。


 いけないことだとは思いつつも、青少年の欲求に打ち克つことができない正直な幸太郎は見えないというのに衝立の向こう側にいる巴の姿を想像しながらじっと見つめていた。


「ちょっと七瀬君! 露骨すぎるぞ」


 結婚式に出席するために空木家が用意したスーツに着替えている村雨は、ギラギラした光を宿す瞳で衝立に視線を向けている幸太郎を気恥ずかしそうに、巴に聞こえないよう配慮して小声で注意した。


 そんな村雨の注意に、ジーっと見つめていることに集中していた幸太郎は「あ、ごめんなさい」と一瞬遅れて反応した。


「巴さんに失礼だろう? 少しは自重するんだ」


「村雨さんは気になりませんか?」


「べ、別に俺は気にしないよ! 気にする方が失礼だろう」


 何を想像しているのか、幸太郎の一言に顔を真っ赤にさせる初心な村雨。


 気にしないように努めていたのに、幸太郎の余計な一言のせいで村雨は気にしてしまう――耳に届く衣擦れの音を。


 どんなに気にしないように努めていても村雨は着替えている最中から、衝立の向こう側にいる巴からボタンを一つ一つ外していく音が耳に届いている事実は変わらなかった。


 着ていた衣服を一つずつ巴の身体から離れる官能的な音が敏感になっている村雨の届き、煙が出そうなほど村雨は顔を真っ赤にさせていた。


「――何が気になるっていうの?」


 真っ赤にした顔を俯かせる村雨に助け舟を出すのは、ネイビーカラーのロングスカートのドレスを着たじっとりとした目で幸太郎と村雨を睨むように見つめている巴だった。


「え、えっと、結婚式についての話を……」


「御柴さんの着替えを想像してました」


「ちょ、ちょっと、七瀬君! こういう時は正直なことは――あ、い、いえ、その……」


 巴の声で我に返った村雨は咄嗟にわかりやすい嘘を言ってしまうが、それをすべて正直な幸太郎が無駄にしてしまう。そんな二人を見て、巴は呆れたように深々とため息を漏らす。


「小声でもあれだけ騒いでたら聞こえているわ。まったくもう」


「す、すみませんでした」


「御柴さん、きれいです」


「そ、そうじゃないだろう。ほら、七瀬君! 君もちゃんと謝って!」


 これから間近に迫った結婚式に、気を張り詰めていない二人を見て呆れながらも、張り詰めた気を柔らかくさせた巴は微笑んでいた。しかし、すぐに顔を引き締めさせる。


「そろそろ事態が動くと思うから、気を引き締めなさい。わかったわね?」


「これから、何かが起きるんですか?」


「わからない……でも、確実に何かが起きる。私はそう思ってるわ」


 村雨の質問に答えられないが――巴はこれから何かが起きると確信していた。


 ここに来る前から、ずっと巴はそう確信――いや、そう信じていた。

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