第22話

 空木家の屋敷にある、空木家当主の武尊と同等かそれ以上の豪勢な広々とした一室で、ソファに深々と腰かけている大和は、窓際に置かれた明日の結婚式で着る純白のドレスをどこか自嘲気味な笑みを浮かべてじっと見つめていた。


 屋敷に到着して、自室に案内された大和はすぐに明日着るドレスのサイズ合わせを行うことになった。


 どこで知ったのか、ドレスのサイズはすべて大和にピッタリであり、着付けを手伝ってくれた空木家の人にも美しいと絶賛された大和だったが――長年まともに女性の衣装を着たことがない大和自身はよくわからなかった。


「素敵なドレスだろう? 絶対に君に似合うと思うな」


 ノックもせずに扉を開いて部屋に入ってきた婚約者の武尊は、爽やかな笑みを浮かべてそう言いながら大和の隣に座った。


「お世辞でもそう言ってもらえるとありがたいよ。ドレスなんて今まで来たことがなかったからね。今日の衣装合わせではじめて着たよ」


「私もその場に立ち会いたかったよ。もちろん、いやらしい意味ではなくて、君の美しいドレス姿が拝見したいという意味で。それで? はじめてドレスを着た感想は?」


「さっきまでは似合わないと思って不安だったけど、君がきっと似合うって言ってくれたから今は違うかな」


「HAHAHAHAHAHA! それはよかった! それにしても明日の式が楽しみだよ。君の美しいドレス姿が見れるんだからね」


「僕も楽しみだよ。明日の結婚式がね。忘れられない式になるといいなぁ」


「もちろん、様々なサプライズを仕掛けているから安心してくれ! 絶対に忘れられない一日にすることを保証しよう! HAHAHAHAHAHAHAHAHA! 出席者もちゃんと揃えているよ。君の父代わりの大悟さんも来てくれるとのことだ」


「それじゃあ、麗華も来てくれるってことかな。あ、ここにいる巴さんもたち出席させてくれる?」


「ああ、もちろんだよ。式が滞りなく終われば巴さんと村雨さんは解放するつもりだからね」


「それじゃあ、ケーキもちゃーんと用意してくれてる?」


「HAHAHAHAHAHAHA! もちろんだとも。ケーキカットは夫婦のはじめての共同作業だからね。特別なものを用意しておいたよ」


 結婚を目前に控えてイチャイチャする二人に、室内の空気は胃もたれするほど甘ったるくなっていたが――「あ、そうだ!」とわざとらしく上げた大和の声で雰囲気は徐々に変化し、彼女の瞳が鋭いものへと変化する。


「地下からアンプリファイアの力を感じたんだけど、もしかして幸太郎君の中に眠る賢者の石の力を引き出そうとしてた?」


「さすがは天宮家の『御子』だね。その通りだよ。まあ、期待する結果は得られなかったけどね。それにしても不思議だよ。アンプリファイアの力なら輝石使いの力を底上げすることが可能なのに七瀬君にはまったく効果がなかったことがね」


 幸太郎への実験結果を聞いて、僅かに安堵の息を漏らした大和は「なるほどね」と得心したように頷いた。


「幸太郎君は輝石を武輝に変化させることができないほど力が弱いから、反応しなかったんじゃないのかな? この前エレナさんと一緒に行った検査でもまったく反応を示さなかったし、強い力を受けて消耗している様子もなかったからね」


「無窮の勾玉を得られなかった私たち空木家は、その欠片であるアンプリファイアの力について長年研究してきたから、アカデミーはもちろん、君たち天宮家よりもアンプリファイアの力には詳しいと自負してるんだ。だから、どんなに力が弱くても例外なく輝石使いなら、力を底上げすることが可能なんだ。それが七瀬君にはできなかった――不思議だね」


「アンプリファイアの力を無効化するのも賢者の石の力なのかな」


「多くの文献で伝説と称されてきた煌石なんだから、大いにありえるね」


 アンプリファイアの力をその身に宿し、その力について熟知している武尊の説明を、大和は興味深そうに聞いていた頭の中に入れていた。


「それ以上に不思議なのは七瀬君だよ。まったく……想定外の言動ばかりで困ったよ」


「ああ、幸太郎君と話したんだね。面白い人だったでしょ?」


「確かに君の言う通り、面白い少年だったよ――できれば、二度と話したくはないね」


 爽やかな笑みを浮かべながらも、幸太郎と二度と話したくないと口にする武尊からは僅かだが苛立ちが滲み出ており、そんな婚約者の様子を見て大和は愉快そうな笑みを浮かべた。


「あらら、どうやら幸太郎君は君に嫌われてしまったようだね」


「別に嫌いってわけじゃないさ。ただ、自分のペースを乱されることに慣れていないんだ」


「僕も最初は同じだったよ。でも、それに慣れると楽しいよ、結構」


「どうやら君は七瀬君のことを本当に気に入っているようだね」


「あれ、もしかしてまた嫉妬させちゃったかな? ごめんごめん。ダーリンが一番だよ♥」


「HAHAHAHAHAHA! かわいいなぁ、ハニーは!」


 甘い声を出して、隣にいる婚約者の胸に自身の頭を押しつける大和。


 再び甘い雰囲気に戻る――ことはなく、「――ねえ、ハニー?」とどこか陰のある声で武尊はわざとらしいほど自分に擦り寄っている婚約者に話しかけた。


「明日の結婚式が終われば、ハニーはどうするのかな?」


「どうするって? もちろん、ダーリンとのイチャイチャ甘々ラブリーエブリィデイを送るよ」


「それはもちろんわかってるよ。私が聞きたいのは君の人生を滅茶苦茶にした鳳グループをどうするのかってことさ」


「んー、別にどうもしないよ」


 かわいらしく小首を傾げて平然とそう言い放つ婚約者に、爽やかな笑みを浮かべていた武尊は無表情になり、「え?」と素っ頓狂な声を上げて聞き返してしまった。


 同時に、さっきまでの甘ったるい雰囲気が嘘のように、室内の空気が張り詰める。


 明らかに自分の答えに動揺している武尊を見て、いたずらっぽく微笑む大和は話を続ける。


「確かに無窮の勾玉を手に入れようとした鳳の一族のせいで天宮は滅茶苦茶になった。どんなことがあってもその事実は変えられないし、僕の中には自分勝手な真似をした鳳への恨みが眠ってる。きっとずっとこの恨みは消えないと思う――でも、今の僕にはそんなことする気はないよ」


「理解できないな。復讐心と憎悪を抱えてどうして平然としていられるんだい?」


「……僕には大切なものができすぎちゃったからかな?」


 復讐心を抱えながらも復讐する気のない自分を心底理解できない様子の武尊に、その理由を大和は照れ笑いを浮かべながら説明した。


 決して消えない復讐心を抱えていると言っておきながらも、現状に満足した幸せそうな笑みを浮かべている大和の答えを聞いてもいまだに武尊は理解できないといった様子で、心底失望したようなため息を深々と漏らして、ソファから立ち上がった。


「明日は早いからもう寝た方がいいよ? 今日以上に明日は忙しくなるだろうからね」


「そうさせてもらうよ。今日は怒涛の展開過ぎて疲れちゃったからね。おやすみ、ダーリン♥」


「おやすみ、ハニー。明日は楽しみにしてるよ?」


 結婚前夜とは思えぬほど淡白な会話の後、振り返ることなく武尊は部屋から出て行く。


 軽薄で余裕なものから、一気に暗く、刺々しい雰囲気へと変わった武尊の後姿を、大和は小悪魔のように微笑みながら見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る