第2話

「いつ到着するのかな」


「大体十二時間時間くらいですね。現地の時間ではお昼には到着しますよ」


「それなら三回ご飯食べられる。えーっと、ビーフ、チキン、フィッシュ……プリーズ?」


「大丈夫ですよ、幸太郎さん。この飛行機は教皇庁が用意したもので、操縦士や副操縦士の方以外はガードロボットがCAさんの代わりに動いてくれますから、言語の不自由はありません」


「わー、ハイテク。それにすごく広いし、ファーストクラスなのかな」


「そこまで高級ではありませんが、生活に必要な基本的な設備は揃っています。キッチンはもちろん、浴室もあります。それに、少ないですが寝室がある個室もあります」


「……なんだかちょっとエッチ」


「ど、どうしてそうなるんですか」


 教皇庁が用意したプライベートジェットの豪勢な機内を平凡な顔つきの少年・七瀬幸太郎ななせ こうたろうはだらしなく口を開けて物珍しそうに眺めていた。


 そんな幸太郎の左隣に座り、彼の突拍子のない一言に頬を赤らめているのは、癖のある柔らかそうな栗色の髪の少女と見紛うほど可憐な顔立ちの少年、リクト・フォルトゥスだった。


「教皇庁旧本部に行くの楽しみ。観光スポットがいっぱいあるってガイドブックに載ってたから」


 これから幸太郎はアカデミーが設立される前――教皇庁がまだレイディアントラストと呼ばれていた頃に使用されていた本部へ向かっていた。


「いいところですよ。時間があったらガイドブックに載っていないところも案内しますよ」


「リクト君のオススメの場所とかある?」


「そうですね……旧本部周辺にある建物も歴史的建造物ばかりで見所がたくさんありますが、その中でもこれから向かう旧本部は中々面白い建物ですよ。旧本部を参考にして今の教皇庁本部の建物が建てられたので、今の教皇庁本部のように秘密の抜け道があるんです。それも、今の教皇庁本部よりもたくさん抜け道があるんです。そこを幸太郎さんに紹介しますよ」


「冒険気分が味わえそう。オススメの美味しい食べ物のお店も教えてよ」


「いくつかお店は知っていますが、所々から湧き出るきれいな水を使って作る料理は美味しいですから、中々選びにくいですね」


「旧本部周辺は水が有名で、温泉が湧いているんだよね。リクト君、一緒に入ろうよ。是非」


「え、ええ……ぼ、僕でよければご一緒させて――」


「ストップ! ストップだそ! それは聞き捨てならないぞ、リクトよ!」


 多少の邪念が込められた幸太郎の提案に、リクトは顔を真っ赤に染めながら了承するが、通路を挟んでリクトの隣に座る一人の少女――煌びやかな装飾がされた髪留めで、毛先が若干ウェーブしている長めの髪をツインテールにしている尊大な態度の美少女、プリメイラ・ルーベリアが制止した。


「コータローからは何か邪なものを感じるのだ! だから、考え直すのだリクト」


「大丈夫ですよ、プリムさん。それに、幸太郎さんなら別に構いませんし」


 小声でサラリととんでもないことを言ってのけるリクトだが、それを聞いていないプリムはただただリクトが全幅の信頼を寄せている幸太郎に嫉妬の視線を向けて「グヌヌ……」と納得していない様子で唸り声を上げていた。


「プリムちゃんも一緒に入る?」


「な、何をとんでもないことを言っているのだこのヘンタイ! ローゼキモノめ!」


「混浴もあるって聞いたから」


「邪念が少しでもある奴と一緒で混浴を楽しめるわけがないだろう!」


「ぐうの音も出ない」


「とにかく、お前のようなヘンタイとリクトを一緒に入浴させられるか!」


「それなら、クロノ君は?」


「クロノもダメだ!」


「どうして?」


「ムムム……な、何となくだ!」


「どうしよう、クロノ君」


 リクトがダメならと、自身の左隣に座って先程空港内で買ったシュークリームを無表情で、しかし、どことなく幸せそうに黙々と食べている、リクトと同じく少女と見紛うほどの可憐な外見の少年・白葉しろばクロノと一緒に温泉に入ろうとする幸太郎だが、それもプリムは却下。


 突然幸太郎に話を振られたクロノは、「オレは別に構わない」とシュークリームを頬張りながら反応した。


「お前が良くてもこの私が許さないぞ!」


「しかし、傍にいれば護衛しやすくなる。美咲みさきにも言われた」


「お前のそういう純粋なところをミサキやコータローに利用されるのだ! いいか、クロノとリクト! お前たちは不用心すぎるのだ! もう少し警戒心を――」


 幸太郎に対して不用心なリクトとクロノを、広々とした機内でも十分に響き渡るヒステリックな甲高い声で一喝しようとするプリムだが――


「うるっさいわね! アンタたち! 旅行じゃないんだから少しは黙りなさい!」


「しかし母様! これはリクトとクロノのためにも注意すべきことなのです!」


「めんどくさいわね! 好きにさせておきなさいよ」


「子供の頃から母様はリクトを知っているというのに、その言い草はあんまりです! リクトのテーソーがどうなっても構わないというのですか?」


「意味がわかって言ってんの、アンタ! バカじゃないの!」


 娘のプリム以上にヒステリックな怒鳴り声を上げて和気藹々としている幸太郎たちを注意するのは、豊満な胸元が大きく開いたセクシーな服を着て、魅力的な長い脚を強調するようなスリットが大きく開いたスカートを履いたロングヘア―の美女、アリシア・ルーベリア。


 しかし、母の介入で更にプリムはヒートアップして機内は更に騒がしくなると、これ以上娘の相手をしても疲れるだけなので相手にしないために耳栓をするが、それでも機内の騒がしさが嫌でも耳に入り、苛立ちを募らせるアリシア。


 そんなアリシアに「どうぞ」の短く、冷たい声とともに紅茶が差し出される。


 紅茶を差し出したのは、爬虫類を思わせる人相の悪い顔を長い前髪で隠した長身の男、アリシアのボディガードであるジェリコ・サーペンスだった


「ああ、ありがと。気が利くわね、ジェリコ。ついでにあのガキを黙らせて」


「無理です」


「何をしても構わないって言っても?」


「無理です。失礼します」


 アリシアに与えられた仕事は忠実にこなそうとするジェリコでも、さすがにプリムたちを黙らせるのは無理で、アリシアから逃げるように後部にある自分の座席に向かった。


 自分の命令に忠実なジェリコでも匙を投げる騒がしい娘たちに、アリシアは忌々し気に舌打ちをすると――「アリシア、そんなに苛立たなくてもいいでしょう」と、通路を挟んで隣に座る、教皇庁トップであり、アリシアとは腐れ縁の付き合いである、黒いスーツを着たエレナ・フォルトゥスが苛立って仏頂面を浮かべているアリシアを諫めた。


「旅行気分でいるバカどもがウザいだけ。状況をわかっているのかしら」


「……年甲斐もなく過激な服を着ているあなたには言われたくはないと思いますが?」


「別にいいでしょ、これくらい! 化粧っ気もなくて公務以外に年がら年中葬式のように、喪服のような服を着ているアンタと比べたらマシよ」


「オシャレをしているつもりですが」


 特徴のない黒いスーツを着てオシャレをしていると平然と言ってのけるエレナに、アリシアは深々と嘆息する。


「どうしてこんなかわいげのない女が教皇で人気があるのか、理解に苦しむわ」


「人徳でしょうか」


「平然と言ってのけるあたり、アンタの腹黒さが露になっているわね」


 無自覚に喧嘩を売るエレナに対しての腹立たしさが上回って更に不機嫌になるアリシア。


 そんなアリシアを一瞥した後、エレナは隣に座る美しい銀髪の髪をセミロング伸ばした、全身から冷たい空気を放っているクールビューティ、ティアリナ・フリューゲルに視線を向けた。


「警備は何も問題はありませんね、ティアリナ」


「今のところは。先行している優輝ゆうきからの連絡が来たが、旧本部周辺でも特に何も問題は起きていないそうだ」


「それは安心しました――あなたも満足しましたか? アリシア」


 警備は問題ないとティアからの報告を受け、エレナはアリシアに視線を向けると、不機嫌そうに、それでいて嘲るように大きく鼻を鳴らした。


「言ってやりなさいよ、ティアリナ。問題はそこじゃないって」


「……今回の件、幸太郎よりも教皇エレナ、あなたが問題だ」


 アリシアに促され、億劫そうにティアはそう告げる。しかし、エレナは特にショックを受けた様子はなく、「そうですか」と他人事のように頷いていた。


「幸太郎の一件で呼び出したのはついでで、本命はあなたの可能性が高い。もちろん、アルトマンたちが関わっている可能性も高いが、それ以上に可能性が高いのは教皇が狙われることだ」


「それならそれで構いません……


 ティアの言葉を聞いて、自分が狙われているにもかかわらず、エレナはまるでそれを待ち望んでいるかのような、それでいてどこか打算的な微笑を一瞬だけ浮かべた。


 それを見たアリシアは、面白そうな笑みを浮かべて少しだけ肩の力を抜いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る