第一章 教皇庁旧本部へ
第1話
高貴な雰囲気が漂う一室だが、必要最低限のものしか置かれていないせいで寂しい雰囲気のする部屋の中にあるソファに座っているのは、部屋の主である年齢不詳の神秘的な雰囲気を持つ外見の、栗色のロングヘア―を三つ編みに編んでいる美女――エレナ・フォルトゥス。
そんなエレナの対面には、エレナに差し出された紅茶を淡々と飲んでいる長めの黒髪を後ろ手に撫でつけた年齢不詳で冷たい雰囲気を持つ男・
二人は
「この前
「気にしないでください。あなたに手料理を振舞うと息巻いていましたが、どうでしたか?」
「腹は下さなかった」
「それなら安心しました。包丁の扱い方と焼き加減は一通り学んだので、今度は味付けですね」
「道は長そうだ」
娘と、娘も同然の存在の花嫁修業が長引きそうなことに、大悟は深々とため息を漏らした。
二人とも無表情で冷たい空気を纏い、第三者が委縮してしまうほどの威圧感を放っているが、二人の間には冷たさの中にも僅かな温かみと、気心の知れた雰囲気が漂っていた。
大きな組織のトップが二人きりで集まって何か重要な話をしていると誰もが思っているが――実際は、面白味がないほど淡々と世間話を繰り広げているだけだった。
エレナが率いている教皇庁と、大悟が率いている鳳グループは長年反目しあっていたが、現トップの二人だけは裏で協力し合っており、秘密裏に連絡を取り合っていた。しかし、つい最近ようやく反目していた両組織が歩み寄れたので、こそこそ連絡を取り合う必要がなくなった今、空いた時間に二人は堂々と会って気軽に話し合っていた。
「最近、そちらは調子が良さそうですね。
「ああ、既に次の話の場も設けた」
「長年の因縁に決着をつけるいい機会ですね」
「まだ道程は長いが」
険しい道の先に確かに存在する明るい未来を想像して、無表情でありながらも、どこか安堵しきった様子の大悟だが――すぐにその感情を消して、エレナに呆れているようでありながらも、心配しているような鋭い視線を向ける。
「しかし、こちらとは違い、そちらの状況は悪いようだな。煌王祭での話し合いは無駄に終わり、そのせいで教皇庁全体が混乱している」
痛いところを突かれながらも、エレナは表情をいっさい変えることなく「……ええ、残念ながら」と抑揚のない声で素直に認めて、小さくため息を漏らす。
つい先日、ゴールデンウィーク中にアカデミーに通う輝石使い同士の戦いが正式に認められた
会議の内容は鳳グループと協力関係を結んだことと、エレナが思い描いている未来のヴィジョンの説明だった。
しかし、長年反目しあっていた組織といきなり協力関係を結び、何よりもエレナが思い描いている未来――教皇庁という組織をなくして鳳グループと一体化して、新たな組織の設立を考えていることに、賛成する人間の多かったがそれと同じくらいに反対する人間が多く、結局煌王祭が終わるまで話し合いは解決することはなかった。
エレナの考えは教皇庁内部だけではなく、あっという間に世界中に広まり、旧態依然として閉鎖的だった教皇庁をなくして新たな組織を作り出そうとしていることを賛成という意見、古くから続く教皇庁の伝統を守るべきだから反対という意見に分かれたが、世間では教皇庁内に比べて新たな組織を作り出すことに賛成とする意見が多かった。
「大丈夫なのか?」
「今のところは何も。こちらも打てる手はすべて打って、混乱を静めるつもりです」
混乱する教皇庁を心配していた大悟だが、何も問題ないと淡々と言い放つエレナを信じてこれ以上何も言わないことにした。
「教皇庁内の状況はどうなっているんだ?」
「賛否両論と言いたいところですが、多数の信者を抱えている教皇庁の中で、教皇庁を存続させようとする発言力は強い。足並みが最初から揃っていた鳳グループとは違い、長年の考えが凝り固まっている人間が多い我々の足並みが揃うのはまだまだ先のようです」
「枢機卿とは名ばかりの、私利私欲しか考えていない下衆な連中を追いやっただけでも希望が持てる。それに、教皇庁は鳳グループよりも遥かに古い組織。簡単に変えられはしない。ある程度の妥協点を模索するべきだ」
「多くの枢機卿たちを辞めさせた今、残る枢機卿の多くは、態度は真面目ですが古の因習に囚われる過激派ばかり――厄介です。それに、今後も増え続ける輝石使いたちのことを考えれば妥協できません。あなたも理解できるでしょう? 未来のための憂い断つべきだと」
「確かにそうだが、やはりここは彼女に協力を仰ぐべきでは?」
未来のために教皇庁を妥協なく大きく変えようとするエレナの前に立ちはだかる、教皇庁の理念に心酔して、教皇庁のために過激な行動をする過激派たちのことを憂うエレナ。
妥協しないエレナに心強さを感じつつも、僅かに不安そうなため息を小さく漏らす大悟は、言い辛そうにアドバイスをするが――大悟のアドバイスに「申し訳ありませんが、ありえません」と、感情が込められていないが明らかに不機嫌な声音で突っぱねた。
「協力するわけがありません。それに、前の会議で一番に否定したのが彼女です。そんな彼女に協力を仰いでも無駄になるだけであり、それ以上に危険です」
「だが、諸刃の剣として利用すれば彼女ほど心強い存在はいない」
「期待しても無駄です。彼女は何もしませんし、信用もできません」
組織のトップとして感情を滅多に表に出さないエレナだが、大悟のアドバイスを強引に遮った彼女の表情は変化が乏しかったが確かに激情に満ちていた。
無表情ながらも頭に血が上っているエレナを見て、大悟は心の中で大きくため息を漏らして「――それで」と、不承不承といった様子で話を替えと、空気が今まで以上に張り詰めた。
「本当に向かうつもりなのか? 確証はないがお前たちが呼び出されたのは罠の可能性が高い」
「そのつもりです。アルトマンが関わっていると思える以上、放っては置けません」
大悟の言葉に罠かもしれないということを理解しても恐れることなくエレナは頷く。
アルトマン・リートレイド――数年前からアカデミー都市で発生している事件の裏にいるとされている人物であり、アカデミー全体はもちろん世界から追われている人物だった。
そんな人物が関わっているかもしれない事態に悠然と立ち向かおうするエレナに、不安に駆られながらもそれを表情にいっさい出すことなく「了解した」と大悟は頷いた。
「こちらも最悪の事態を想像して対策は練っています――少々不安が残りますが」
「我々鳳グループは協力を惜しまないことを忘れるな」
「もちろん理解しています――が、今回は場所が場所です。鳳グループが大々的に動けば、余計な角が立ってしまう。それに、あなたには私が留守の間、共同会見の計画を立ててください」
「了解した……だが、こちらとしてもできる限りのサポートはする」
エレナの言う通り、場所が場所のため思うように動けないので大悟は彼女の言う通りに大人しくアカデミー都市で留守番するしかなかったが、それでも最大限のサポートを約束する。
感情をいっさい感じさせない口調でありながらも、有言実行する強い意志が込められた大悟の言葉と、静かな気遣いを感じ取ったエレナは「ありがとうございます」と鉄面皮を僅かに弛緩させて感謝の言葉を述べた。
「罠かもしれないが、今度の話し合いは無駄に終わらせるな」
「……善処します」
「そうしてもらいたいところだが――彼女のことになると、お前は冷静さを欠く」
「わかっています」
大悟の忠告にエレナは声音を僅かに昂らせてピシャリとはねつけた。
僅かに口を尖らせているエレナを見て、思春期で反抗期の子供が頭に過ってしまった大悟だが、空気を読んでそれを口に出さないようにした。
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