第3話

 平日はそれほどまで人が集まらない空港だが、今日に限って空港内は入場規制がかかるほど人が集まり、賑わっていた。


 その理由は教皇庁トップであるエレナ・フォルトゥスが急遽凱旋するからだ。


 誰もが期待に満ち溢れている目で到着ロビーをじっと見つめ、エレナを出迎える準備をしていた。エレナを待つ大勢の人だかりの中には、教皇庁の人間であるという証明である白を基調とした服を着た、教皇庁に実力を認められた輝士きしと呼ばれる輝石使いもおり、彼らはエレナが訪れる空港内の警備をしていた。


 エレナを待つ人々や、輝士たちの様子を大人びた顔立ちの中に幼さが残る青年――久住優輝くすみ ゆうきは眠そうであり、警備で回っている輝士たちと同様に周囲を警戒して鋭くもある目で眺めていた。


「――二階は異常なし。そっちはどうだ――ああ、わかった。それでは頼んだ」


 周囲を警戒している優輝に、ヘッドセットのイヤホンから届く仲間の輝士たちから報告を受けている、がっしりとした体格の意志の強そうな精悍な顔立ちをした青年は優輝に近づいた。


 青年の気配に気がついた優輝は、鋭く光らせていた目を柔らかくさせ、フレンドリーな笑みを浮かべて「どうも、グランさん」と軽く会釈をして挨拶をした。


 優輝に挨拶をされた青年――輝士の中でも高い実力や実績を持たなければなれない聖輝士せいきしの称号を授与され、空港内の警備の指揮を執るグラン・レイブルズは、申し訳なさそうな顔で優輝に近づいた。


「すまないな、優輝君。関係のないのに君たちに警備の手伝いを頼んでしまって」


「気にしないでくださいよ、グランさん。エレナさんが帰国するということで世界中から大勢の人が集まったせいで泊まる場所がなかったのに、宿の手配もしてくれましたし、慣れない土地の案内もしてくれてお世話になったんです、恩返しはさせてください」


「狭い部屋なのに二人一部屋で寝泊まりさせてしまったし、仕事が忙しくてまともに案内もできなかったのに、申し訳ないよ」


「幸太郎君を守りたいこっちとしても、こうして警備に参加することで不測の事態で動きやすくなりましたから。まあ、ウィンウィンですよ」


「そう言ってもらえると助かるよ。ありがとう、優輝君」


「これが終わったら子供の頃のティアについて教えてください。俺やセラと出会う前にどんな感じだったのか気になるので」


 いたずらっぽく笑いながら、自分よりも付き合い長いグランに幼馴染のティアの過去を尋ねようとする優輝に、グランは豪快に笑いながら「約束しよう」と頷いた。


「それにしても、相変わらずエレナさんの人気は凄まじいですね。ここまで人が集まるなんて」


「教皇庁の人間としては喜ばしいことなのだろうが、正直ここまで集まると迷惑だよ。周辺地域の住民は仕事をサボってほぼ全員集まっているからね。経済停滞待ったなしだ」


「鳳グループと協力関係を結び、古い因習を嫌って教皇庁という組織を解体して新たな組織を作り出すと表明してから反発があると思っていたけど、まだ人気は健在みたいですね」


 エレナの人気に感心している優輝の言葉に、「ホント、ありがたいことにな」とグランは深々と疲れたようにため息を漏らした。


「先日の表明したエレナ様の考えで旧本部周辺の住人たちは衝撃を受けたが、エレナ様のカリスマ性や信頼、改革を求める意見が多かったためにそこまで混乱はなかった。しかし、それでもエレナ様の意見に反対する者が暴走して、何度か輝士たちが出動する羽目になった」


「アカデミーでも教皇庁に所属している生徒たちの暴走が数件ありましたが、そっちはそっちでかなり大変だったみたいですね」


 教皇庁を解体して鳳グループとともに新たな組織を作り出すと表明した後アカデミー都市内で混乱が広がり、一時はアカデミー都市の治安維持部隊の一つである風紀委員に協力したことを思い出した優輝は、教皇庁旧本部があるこの場所も同じような――いや、もっと多くの事件が起きたことを察した。


「被害が少なく、怪我人が出なかったのは不幸中の幸いだが。まあ、被害が広まらなかったのは、暴走した住人たちの処遇をエレナ様と教皇庁の判断で軽くして、話し合いの場を設けると約束したおかげだろう。それで何とか不満がある住人たちも大人しくなっている」


「変化の前には必ず混乱が起きますから仕方がないでしょうね」


「ああ、しばらくは混乱が続くだろうが、個人的には住人たちの混乱はすぐに収まると思う。彼らはエレナ様を信頼しているからな。今後の判断を間違えなければの話だが。――それよりも、問題は教皇庁内部だ。旧本部にいる連中は教皇庁の伝統や歴史を大切にしている者ばかり。だからこそエレナ様の考えに納得できない者が多い……正直、今旧本部にいる教皇庁の人間はほとんど信用できないんだ」


「だから、俺たちにも警備を頼んだ――っていうことですね」


 教皇庁の人間を信用していないから、自分たちに空港の警備を頼んだことを悟った優輝に、豪快に笑いながらグランは隠すことなく正直に「その通りだよ」と認めた。


 教皇庁の内情を知った優輝は、ここで話題をエレナから別の人物――今、ここに自分たちがいる理由に移した。


「幸太郎君のことについて、教皇庁ではどんな噂が広まっているんですか?」


 今回、エレナが教皇庁旧本部に向かう大きな理由は七瀬幸太郎の力についてだった。


 輝石以上の力を持つ煌石こうせきの中でも、多くの古い文献に名前が残っている伝説の煌石の力を幸太郎が持っているとされており、煌王祭の後、それを知った教皇旧本部にいた枢機卿たちエレナに説明を求めるために幸太郎とともに旧本部に向かうようにと命じた。


 強大な力を利用する人間から守るために、幸太郎の力については機密情報だったのだが――どこで嗅ぎつけたのか、教皇庁旧本部にいた枢機卿たちはそれを知ってしまった。


 そんな事態に、優輝たちは幸太郎と同じ賢者の石の力を持つとされているアルトマン・リートレイドの関与を疑い、幸太郎を守るために行動をしていた。


 優輝は幸太郎たちよりも先に旧本部に向かって情報収集をしながら、アカデミー都市とは違う慣れない土地で幸太郎を守る計画を立てていた。


「伝説の煌石の力を持っているから何度か話題になったけど、半信半疑ってところからな。個人的にも同意見だ。教皇庁にとって何より重要だったのは、七瀬君が煌石を扱える資質を持っているということだけだったよ」


「幸太郎君の力を利用する気満々って感じですね。……まったく、こういう事態を避けるために彼の力を秘密にしていたのに」


「どこで七瀬君の力について知ったのか調査中だが、今の教皇庁は彼の力よりも、エレナ様について集中している。ここにいる間、彼が狙われる可能性はそんなに高くはないが――アルトマンが関わっているかもしれない以上、こちらも彼を守るために協力しよう」


「ありがとございます、グランさん。聖輝士のあなたが協力してくれてとても心強いです」


 心からの優輝の言葉に気恥ずかしそうに、それでいて自嘲気味にグランは豪快に笑う。


「つい最近まで腐った枢機卿の言いなりになることしかできなかったお飾りの聖輝士だったから、そう言われると照れてしまうよ。それに、正直に言ってしまうと君たちに恩を作ればエレナ様の警護の手伝いをしてくれると思っていたんだ。だから、そんなに感謝しなくてもいいよ」


「こっちも十分に理解してますから気にしないでください。お互いウィンウィンでいいでしょう。その方が僕たちも気遣いなく気軽に動けますから」


「そう言ってもらえると嬉しいよ。ああ、それと、もう一つ理由が――」


 お互いティアという共通の友人がいるという理由だけではなく、お互い利用している関係だが、それをお互い十分に理解して、お互いのために迷いなく行動できるからこそ、優輝とグランの間に強固な信頼関係と友情が築かれていた。


 フレンドリーな雰囲気で話を続けていた優輝とグランだが――そんな二人の空気に「やっほー」と呑気で明るい声が割って入った。


 優輝とグランは声のする方へ視線を向けると、明るい声の主であるボロボロのコートを着て、健康で艶めかしい脚を強調するホットパンツを履いた、ボサボサでありながらも艶のあるロングヘア―の無駄に美女な銀城美咲ぎんじょう みさきが大きく眠そうに欠伸をしながら登場する。


 そんな美咲の背後には呆れたようにため息を同時に漏らしている二人がいた。


 一人は明るい笑みを浮かべている美咲とは対照的に、口を真一文字に閉めて呆れと若干の怒りを宿した表情を浮かべている、坊主頭の長身の青年・大道共慈だいどう きょうじ


 もう一人は、三つ編みおさげの眼鏡をかけた、地味だがよく見れば整った顔立ちをしている少女・水月沙菜みづき さなは大道と同じく呆れと怒りが混じった表情を浮かべ、元気のいい美咲をじっとりとした目で見つめていた。


「美咲、寝坊して遅刻したんだ。何か言うことがあるだろう」


「もー、キョウちゃんたら、相変わらずお堅いんだから。ちょっと時差ボケ気味なんだから仕方がないじゃん! それに、ちゃーんと考えて寝てるんだからだいじょーぶだいじーぶ。遅刻はしたけど、ちゃんと起きれたんだし、仕事はちゃんとしてるんだから」


「そういう問題じゃない。いよいよ幸太郎君たちが到着するというのに、そんな気持ちが緩み切っていては、我々がいる意味がない」


「まあまあ、大道さん。美咲さんの言う通り、ちゃんと仕事してくれているのでそんなに怒らなくてもいいですよ。ね、グランさん」


「その通りだ。君たちに無理を言ってエレナ様の警備に駆り出したのはこちらだから、咎める気はもちろん、文句を言うつもりなんてないよ。君たちがいてくれるだけで感謝しっぱなしだ」


 寝坊して遅刻したのにも関わらず、悪びれる様子もない美咲を一喝する大道。


 普段穏やかな顔を険しくさせて怒る大道を、優輝とグランは鎮めようとするが、生真面目な大道の怒りは収まらない。


 美咲たちもまた優輝と同じく、幸太郎を守るために先に旧本部へと向かっていた。


 教皇庁に所属している一族の『水月』、『大道』、『銀城』の三人は、ある程度教皇庁内でも自由に行動できて、旧本部にも何回か訪れていて周辺の地理に詳しかったので、優輝とティアが同行するように頼んだら、二つ返事で了承してくれて、優輝について来てくれた。


 そんな三人に優輝は心強さとともに、感謝の念を抱いていた。


「もー、そんなに怒らなくてもいいでしょ、それに遅れたのは時差ボケ以外にもちゃんと理由があったんだから――私はさっちゃんのことが気になって眠れなかったんだよね☆」


「人のせいにしないでください。大体、美咲さんは寝相が悪くて私のベッドの中に入って、へ、変なことをしたせいで、寝不足気味なんですからね」


「あー、大きなプリンをむしゃぶりつことしたら、何度も失敗する嫌な夢を見たと思ったら、さっちゃんのせいだったんだね♥ ――でも、理由はそれだけじゃないんだよね、優輝君?」


 寝相の悪い――というか、美咲のセクハラのせいで寝不足気味の沙菜は、眠気でしょぼしょぼした目を、不機嫌そうにじっとりとさせて美咲を睨む。


 そんな沙菜の視線を受けながら、ニタニタといやらしく、意味深な笑みを浮かべた美咲優輝に視線を向けた。


「お二人とも昨夜はお楽しみでしたね?」


 いやらしく微笑みながらの美咲の一言に羞恥と怒りで真っ赤に染まった顔を俯かせて、優輝は頬を若干紅潮させて「参ったな……」と呟いて照れ笑いを浮かべていた。


「ほう、優輝君……アカデミーの学則という監視を避けるため、監視の届かない海外という場所で思い切った一歩を踏み込むとは、頭がいいね。全世界の少年少女は見習うべきだな」


「君たちの関係について口を挟むつもりはないが、アカデミー都市から離れても我々はアカデミーに所属している身であるということを忘れてはいけない」


「い、いや、その……別にそういうわけじゃないんだけど……」


「きょ、共慈さんも、グランさんも勘違いしないでください! 優輝さんもちゃんと反論してください! それと、美咲さん、誤解を生むようなことを言わないでください!」


 青春真っ盛りの若い男女の関係が一歩前進したことにグランは力強い笑みを浮かべて祝福し、大道はアカデミーの生徒として節度を持つようにと咎めた。


 そんな二人の反応に羞恥と怒りを爆発させた沙菜は、美咲に掴みかかる勢いで近づいて怒声を浴びせるが、ニヤニヤとした美咲のいやらしい笑みは消えない。


「えー、夜にアタシが眠ったと確認した後に、みんな寝静まった夜に優輝君と逢引してたら、誰だってイチャイチャチュッチュッチョメチョメなことを想像しちゃうと思うんだけどなぁ」


「お、起きてたんですね……ちゃんと確認したのに……」


「ふふーん、まだまださっちゃんも甘いね。アタシの狸寝入りに気づかないなんて。――あ、違うか。早く優輝ちゃんに会いたいから、確認を怠っちゃたのかな?」


「だから誤解をしないでください! 優輝さんと星がきれいに見える高台に向かっただけです」


「ほぇー、野外でなんてさっちゃんかなり大胆だね」


「だからただ星を見ただけといったでしょう! 優輝さんも何か言ってください!」


 勘違いを続ける美咲に、沙菜は優輝たちにフォローを求めるが――優輝と大道は、ヘッドセットのイヤホンで部下と連絡を取り合っているグランと険しい顔を浮かべていてそんな余裕はなかった。


 弛緩した空気が一気に張り詰めた三人を見て、すぐに異変を察知した沙菜は気を引き締め、美咲は待っていたと言わんばかりに凶悪な笑みを浮かべた。


「――わかった。引き続き監視を頼む。不審物の対応はそちらに任せる、明らかな不審者の対処はこちらに任せてくれ――ああ、わかった――警戒しろ」


 連絡を終えると、グランは優輝たちに視線を向けた。


「空港内の複数の個所に不審者と不審物が発見されたようだ――君たちにはその対処の手伝いをしてもらいたい。頼めるだろうか?」


 グランの言葉に優輝たちは力強く頷き、グランの指示に従う意思を示した。


 文句を言わずに手伝ってくれることに、グランは心の中で感謝をしながら指示を出す。

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