第4話
「あーあ、面倒ね。どうしてアタシも付き合わなきゃならないのよ」
「それは母様がエレナ様と同じく、多くの民に敬愛されているからです」
「教皇庁から鳳グループに鞍替えしたんだから裏切者と思われてるんじゃないの?」
「心配しないでも大丈夫ですよ。アリシアさんが引き起こした騒動はアルトマンさんに利用されたせいということになっていますし、教皇庁の間を取り持つ役目のために鳳グループにいることになっていますから。それに、何だかんだでアリシアさんは教皇庁のために動いていましたから、母さんと同じく優秀で尊敬すべき人だとみんな思っていますよ」
「アルトマンを利用して私が起こした事件を揉み消したようだけど、賢者の石の情報がどこかで漏れたのに、どこで私のことも漏れているのかわからないわ。ジェリコ、変なものが飛んで来たらちゃんとキャッチして、しっかりそのバカを締め上げなさいよ。服が汚れたら最悪だわ」
「了解。駆逐します」
飛行機が到着して、出迎えてくれた人への挨拶をするためにエレナ、リクト、プリム、アリシア、アリシアの護衛であるジェリコは幸太郎たちと一旦別れると、すぐに教皇庁が用意した数人の輝士が護衛としてついた。
そして、騒がしい機内でため込んでいた苛立ちを発散させるかのようにアリシアは不満を口にしはじめる。つい最近までエレナを教皇の座を引きずり落し、裏で操るために娘を教皇にさせて教皇庁を乗っ取ろうとした結果、失敗して枢機卿から引きずり落されて鳳グループの幹部になってしまったアリシアは、エレナの挨拶に付き合わされることなって居心地が悪かった。
不機嫌なアリシアをプリムとリクトは宥めるが、アリシアの気分は変わらない。
「大体、名前の知らない民草に一々挨拶して、アンタ面倒じゃないの? アタシだったら耐えられないわ。極力近づけさせないようにするわね。そうすれば一々面倒な真似をしなくていいし、滅多に触れ合えない存在として教皇の神聖性が高まるわ」
「一理ありますが、それでよく教皇庁を支配できると思いましたね。感服します」
あからさまなエレナの皮肉に、「あぁ?」とガラ悪く反応するアリシア。
「輝石を生み出す煌石・ティアストーンを扱えなければ教皇になれませんが、教皇庁は教皇ではなく、教皇を信じる人によって動かされ、成り立ってきました。にもかかわらず、私を信じる人を無下にできるはずはありません」
「きれいごとを言ってるつもりだけど、アンタ、教皇庁を畳んで鳳グループと新しい組織を作るんでしょ? それって、アンタが言う『信じる人』を裏切ってるんじゃないの? そのせいでつい最近まで旧本部周辺で混乱が起きてたんでしょ」
「その混乱を避けるため、多くの人に納得してもらうためにここに来ました。世間は増え続ける輝石使いに不安を感じて、教皇庁を根本的に変えなければならないと思っているはずです」
「フン! 都合よく全員納得してくれるといいけどね。まあ、頑張りなさいよ。と言っても、アンタのそのカリスマでたくさんの人を利用すれば、簡単でしょうけど」
「……言いたいことがあるなら、ハッキリと言ってどうぞ」
「やり方が一々回りくどいのよ。解決できるならさっさとやりなさいよ」
「順序を省いた方が、余計な角が立つと思いますが?」
「それで混乱を招いてたら意味がないでしょ」
考え方の相違で険悪になる二人の間に、リクトは「ま、まあまあ」と恐る恐る割って入った。
「母さんもちゃんと現状を打破しようと考えているんですし、アリシアさんも教皇庁や母さんのことを心配しているんです。だから、二人とも少しはお互いの気持ちを理解してください」
「そうだぞ! エレナ様も母様も、互いの考えが気に入らないという理由だけでする幼稚な口喧嘩はもうやめるのだ! みっともないぞ!」
おずおずといった様子のリクト、偉そうにふんぞり返っているプリムに諫められ、二人は納得していないながらも、二人の言葉に従うことにするが、険悪なムードは晴れなかった。
そのままエントランスに通じる扉を護衛の輝士たちが開くと――大勢の人の歓声と拍手が空港内に木霊し、マスコミのカメラのフラッシュが何発も焚かれた。
その瞬間、険悪だったエレナの雰囲気は一変し、ビジネス神秘オーラを全開にして、ビジネススマイルを浮かべて自分に向けて歓声を上げる人々に向けて手を振って挨拶をはじめる。
エレナに続いてアリシアも、ビジネススマイルとビジネスカリスマオーラを全開にさせて、自分に挨拶をする人々に向けて手を振り返して挨拶を返す。
「すごいぞ、リクト! さすがは母様とエレナ様だ! 先程まで殴り合いをしそうだった雰囲気を無理矢理抑え込んでいる! 腹では何を考えているのかわからんが!」
「ぷ、プリムさん、そういう余計なことは言わないでいいですから……」
エレナとアリシアの変わり身の早さを素直に感心しているプリムと、そんな二人を怖いと心の中で思って顔を引きつらせているリクト。
ジェリコや護衛の輝士たちに連れられて、エレナたちは観衆に挨拶をしながら空港から出ようとしていたが、エレナは几帳面にも数メートルおきに立ち止まって観衆たちに挨拶を返しているため中々進まなかった。
エレナたちを出迎えた人は全員、エレナたちに挨拶を返され、軽く会話もしてもらえて、とても満足そうで空港内の雰囲気は和気藹々としていたが――そんな温かい雰囲気を邪魔するかのように、空港の入り口から黒を基調とした服を着た一人の男がエレナたちに近づいてきた。
挨拶に集中していたエレナはその男に気がつくと、挨拶を中断して彼に視線を向けた。
「……ブレイブ」
ブレイブとエレナに呼ばれた男は――華奢な体躯の白髪の髪を長く伸ばした男であり、儚い雰囲気の中にも力強い決意のようなものがあり、神経質そうで冷たくもありながら、どこか温かみのある整った顔立ちをしていた。
「お久しぶりです、ブレイブさん」
「おお、ブレイブではないか! まさか、お前が我らを出迎えてくれるとはな! 嬉しいぞ!」
「お久しぶりです、リクト様、プリム様――エレナ様、ちょっとよろしいですか?」
久しぶりに会う知人の登場に、呑気に挨拶をするリクトとプリムにブレイブは優しい笑みを浮かべて挨拶を返すが――すぐにその笑みを消して、エレナとアリシアに視線を向ける。
ブレイブの身に纏う緊迫した空気に気づいたリクトとプリムは、ブレイブの次の言葉を待つ。
「不測の事態が起きました。今すぐにこの場を離れてもらいます」
「アンタがこの場にいて何か起きたのよ」
「説明は後で聞きましょう、アリシア。ブレイブ、案内してください」
エレナたちにしか聞こえない声でブレイブは耳打ちをすると、非常事態を察知したアリシアは怪訝そうにブレイブを見つめて説明を求めるが、エレナはブレイブの指示に従うことにした。
納得できないことは多々あったが、取り敢えずはブレイブに従うことに決めたアリシアは何も言わず、プリムとリクトの手を引っ張ってブレイブとともに空港の出入り口に向かう。
「大変申し訳ありませんが、予定が少々押してしまいました――失礼します」
突然、挨拶が何の説明もなく挨拶が中断してしまったことに、せっかくエレナを歓迎するために集まった人は少し不満を抱いたが、最後に教皇という立場なのにわざわざ頭を下げて自分たちに謝ってくれたエレナのために文句は言わないようにした。
―――――――――――
「やっぱり、本場のエレナさんたちの人気ってアカデミーとは一味違う」
空港に到着して、エレナたちと一旦別れた幸太郎はティア、クロノとともに先に教皇庁旧本部に向かっていた優輝、大道、沙菜を待っていた。
到着ロビーを出てすぐにエレナを待つ大勢の人を見て、幸太郎は呑気に感嘆していた。
「教皇庁が大きく変化することになって混乱していると思ったが、杞憂だったようだな」
「そのようだが――……何か妙だ。クロノ、警戒しろ」
「了解」
想定以上に歓迎されているエレナたちを意外そうに思っているクロノに同意を示すティアだが――軽く周囲を見回して、異変を感じ取っていた。
想像していたよりも空港の警備をしている輝士の数が少なく、視界に映る彼らの空気が張り詰めていたからだ。もちろん、教皇を守らなければならないので神経を尖らせているのだろうが、それとはまた別種の緊張感を纏っていた。
異変を察知してすぐにティアは興味津々に周囲を見回している呑気な幸太郎の前に庇うようにして立ち、彼女の言葉を受けて幸太郎の背後に立ったクロノは周囲を警戒する。
幸太郎を守る体制を整えた瞬間、到着ロビーからエレナたちが現れたのか、空港内に歓声が響き渡ると――一人の男がこちらに向かって走ってきた。
誰もが教皇エレナの凱旋に喜んでいる中、ティアたちはもちろん、エレナのことなど視界に入れることなくその男は必死な形相で走っていた。
「退いてくれ!」
空港内が歓声に沸く中、ティアたちに向けて男は申し訳なさそうにそう叫びながら、輝石を武輝であるダガーナイフに変化させた。
状況を把握していないが、武輝を手にして向かってきた以上、相手が敵であると判断したティアは、大勢の人の注意がエレナに向いている間に迫ってくる男を制圧しようとするが――
それよりも早く、「いやーん♥」と気の抜けた声とともに三階から男の頭上に向かって美咲が飛び降りてくる。
そのまま男の顔は美咲の瑞々しい桃のようなヒップの下敷きになり、気絶したのか手にしていた武輝が輝石に戻った。その光景を幸太郎は「いいな……」と羨ましそうに眺めていた。
「あれ、幸太郎ちゃんってもしかしてお尻に敷かれるのがお好み?」
「好きです」
「へぇー♪ 幸太郎ちゃんって受けよりも攻めっぽいから、お尻に敷かれたくないと思ってた」
「美咲さんはどっちですか?」
「アタシはもーベタベタに相手に甘えちゃうタイプかな♪ 恥ずかしいことだって、旦那様のためなら何でもしちゃう♥ だから、受け身なタイプかも」
「……何だかエッチです」
関係のない話で盛り上がろうとする幸太郎と美咲の間に、「――それよりも」とクロノが割って入って話を進める。
「美咲、状況はどうなっている」
「あ、そうだった。ちょーっと待ってね弟君――おーい、ここにいる彼を運んであげてー」
状況を説明する前に美咲は空港を警備していた輝士たちを呼ぶと、彼らは一斉に、迅速に集まり、美咲の尻の下敷きにされて気絶した羨ましき輝石使いを運んで行った。
幸いエレナの登場に多くの人が集中していたおかげで、一連の騒動を見ていた人は僅かだったため騒ぎにはならなかった。
一連の騒動が素早く終わると同時に沙菜、大道、優輝が集まってくる。そんな彼らに向けて呑気に挨拶する幸太郎だが、ティアは「状況を説明してくれ」と挨拶よりも先に説明を求めた。
「幸太郎君を迎えに行くついでにグランさんに空港の警備を頼まれたんだ。そしたら、不審者と不審物を発見したって情報があってね。それで、グランさんの手伝いをしたんだ。今の彼で不審者は最後――特に騒がれることなく終わってよかったよ」
「もーっと楽しめるかと思ったんだけどなぁ。おねーさん、ストレスたまっちゃうよ♥」
状況を簡単に優輝が説明すると、美咲は退屈そうに大きく欠伸をした。
「やはり、不審者は教皇エレナを狙っていたのか?」
「まだわからないが、その可能性は高いな。置かれていた不審物は爆弾だったんだ」
「でも、その割には爆弾の威力が少ないって輝士の人たちが言っていました……」
クロノの質問に大道と沙菜が答えるが、まだハッキリとしたことはわかっていなかった。
「取り敢えず発見した不審者はすべて撃退したけど、まだ安心はできない。ティアとクロノ君は幸太郎君と空港から出るんだ。俺たちは残ってグランさんと一緒に事後処理を手伝う」
優輝の指示にティアとクロノは異論を唱えることなく、頷いて従い、クロノは幸太郎の手をきつく、優しく掴み、引っ張って空港から出ようとすると――
「彼の護衛は教皇庁に任せてください」
幼いが有無を言わさぬ威圧感が込められた声がティアたちを呼び止めた。
声のする方へと視線を向けると――他の輝士たちと同じく白を基調とした服を着た、小柄で華奢な体躯の、活発そうでありながらもそれを必死に隠して背伸びしている中性的な――というか、少女寄りの顔立ちの少年が立っていた。
「……アトラ」
無表情の顔を珍しく僅かに柔らかくさせたクロノにアトラと呼ばれた少年は、一度激しい怒りを込めた目でクロノを睨んだ後、彼を無視してティアたちに頭を深々と下げる。
「アトラ・ラディウスと申します。今回の騒動の解決に協力してくれたことに感謝します」
「お前が最年少で輝士になったというアトラ・ラディウスか……話は聞いている」
「ああ、君がアトラ君か。グランさんや他の人からも君の話は何度も聞いていたよ」
「リクトからも友達だと聞いているよ。大きな恩があると言って君を褒めていたよ」
アトラは自己紹介をすると、彼についての噂を耳にしていたティアと優輝と大道が興味深そうに見つめていた。
そんな二人に見つめられ、大人びた雰囲気を弛緩させたアトラは照れと嬉しさが混ざった表情を浮かべるが、すぐに「オホン!」とわざとらしく咳払いをして緩んだ表情と気を引き締め、努めて厳しくした顔でティアたちを見つめ返す。
「七瀬さんの身は教皇庁が護衛します。だから、七瀬さんはこちらに来てください」
アトラの言葉に特に考えることなく幸太郎は従おうとするが、「待て」とアトラの元へと向かおうとする幸太郎をティアが止めた。
「私たちは教皇エレナの護衛であると同時に、幸太郎の護衛だと教皇庁に伝わっているはずだ。どこに敵が潜んでいるのかわからない以上、幸太郎は私たちが守る」
「もちろんあなたたちがここに来た理由は理解しています。しかし、この騒動が起きて、教皇庁上層部は七瀬さんを目の届く場所で監視すると先程決定しました」
「……今の騒動にアルトマンたちが関わっているということか?」
「それはまだ不明ですし、エレナ様が狙われた可能性は高いですが、それでも念のためという処置です。それに、あなたたちだってどこに潜んでいるのかわからないアルトマンから七瀬さんを護衛するのは骨が折れるでしょう。だったら、ここは教皇庁という強大な力の監視下に置くべきでは? ……お願いします、七瀬さんをこちらに任せてもらえないでしょうか」
もっともな言葉と、泣き出しそうな顔で頭を下げて懇願するアトラに、ティアは反論ができなくなって毒気が削がれてしまうが――幸太郎を守ると誓っている以上簡単には退けなかった。
アトラとティアの間の空気が停滞しそうになった時、「――それじゃあ」と優輝が割って入る。
「教皇庁の警護にティアも同行するっていうのはどうかな? 今回幸太郎君の護衛を教皇庁に頼み込んだのはティアで責任者みたいのものだから同行しても何もおかしくないし、頼りになる。最小限の護衛がついてくるなら、君たちも問題ないだろう?」
「我々はこれからここに残ってグランさんとともに今回の騒動の事後処理をしなければない。だから、護衛の任数が減ってしまうからこちらとしても、そちら側の提案は是非とも受けたい。ティアさん、君もそれでいいだろう?」
優輝と大道の言葉にアトラとティアは悩むが、すぐに二人は妥協して頷いた。
「それではさっそく向かいましょう――あれ? 七瀬さんは……」
「……この状況で何をしているんだ、あのバカモノ二人は」
「す、すみません……勝手に動かないようにと注意したのですが……」
「沙菜、お前が気にすることはない。大方、美咲に押し切られたのだろう……まったく……」
幸太郎の姿が見当たらずに不安そうにアトラはキョロキョロ周囲を見回していたが、美咲とともに近くの売店で名物の鳥の唐揚げ風の揚げ物を買っているのをすぐにティアは見つけた。
小さく嘆息しながら、ティアはアイスが売っている売店へと向かおうとしている幸太郎と美咲の元へと向かい――数秒後、ティアの怒りが呑気な二人に襲いかかった。
すぐにティアはアイスクリームを舐める幸太郎を引きずってアトラとともに優輝たちの元から離れる。その光景を無表情でありながらもどこか寂しそうな顔でクロノは眺めていた。
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