第25話
麗華と大和、二人は同時に輝士団本部内部に入ると――
「パーティ会場へようこそ……鳳麗華、伊波大和」
エントランスに一人立っている狂気を宿した笑みを浮かべたファントムが、麗華と大和の登場を大袈裟なほど丁寧に頭を深々と下げて出迎えた。
ファントム以外には、輝士団本部エントランスにある大きな柱に全身を拘束されて身動きが取れず、口を布きれで塞がれて喋れないセラとティアがいた。喋れない状態だが、二人は麗華と大和に向けて注意を促すような声にもならない声で何かを叫び続けていた。
「丁寧にどうも」
目の前で深々と頭を下げるファントム、そして、柱に縛られているセラとティアの姿を確認した大和は、ファントムに向けて深々と頭を下げて挨拶をする。
そんな大和を見てファントムは喜んでいるような、それでいて、少し落胆しているようなそんな表情を浮かべていた。
「伊波大和――……お前が関わっているとはな。やはり気づいていたか」
「今までは漠然としなかったけど、教皇庁の意向を無視した会見をして、誠意ある態度を見せるっていう一見すると正解の行動が、両組織の争いを激化させて、襲撃事件が発生する結果になってようやくハッキリと君が敵であるって気づいたんだ」
「ああ、昨日の事件か……あれは俺が自ら起こした事件だ。輝動隊と輝士団を襲って重傷を負わせれば、今のような状況になると信じてな。この状況にするために色々と労力を費やしたよ……民衆を煽るためにティアが襲ったという情報と、輝士団と輝動隊を争わせるために、秘密裏に教皇庁と輝士団の情報を輝動隊に流していたんだからな」
一気に今回の騒動が広まり、教皇庁と輝士団の情報の一部が流れていた理由と、争いが更に激化する要因となった昨日の襲撃事件の犯人がファントムだということが判明し、麗華と大和は驚いていた。しかし、大和の驚きはどこかわざとらしかった。
「最初から最初まで、ぜーんぶ君の仕業で、せーんぶ君の思い通りだったわけだ」
「よく言う……この騒動の最初から――いや、はじめて会った時からお前は俺の正体に気づいていただろう。そして、いずれこうなることも予想できただろう?」
「……さあ、それはどうだろう」
意味深な笑みを浮かべたまま自分の本心をまったく見せることも、見せる隙さえも与えない大和にファントムは忌々しげに表情を歪めた。
「それにしても、お前の演説をここから聞いていたが思わず聞き入ってしまったよ」
「それはどうも。僕もあれだけ効果があるとは思わなかったから、ちょっとびっくりした」
「信じる人間に裏切られ、想像していなかった攻撃に混乱している精神的に不安定な状態で聞こえる力強い言葉ほど縋りたくなるものはない――そうだろう?」
「そうなの? 僕はそんなものに縋りたくないし、個人個人じゃないの?」
「お前のような人間は人の心を利用するのが――」
「盛り上がっているところ、失礼いたしますわ!」
お互い腹に一物も二物もある者同士、腹の探り合いで盛り上がっている大和とファントムの会話の間に自分の存在を猛烈にアピールするかのように大声を張り上げて割って入ってくる、ここに来てから自分の存在を無視されて機嫌が悪そうな麗華。
麗華はポケットの中から輝石が埋め込まれたブローチを取り出すと同時に、自身の武輝であるレイピアへと変化させ、切先をファントムへと向ける。
「『死神』こと、ファントム! あなたの悪行ここまでですわ! この私が来たからにはもうあなたの好き勝手にはさせませんわ! 過去の亡霊は今のアカデミーに必要ありません! 二度と出てこれないよう、地獄に送り帰してやりますわ!」
気持ちが良さそうに大見得を切る麗華はフフンと得意気に鼻を鳴らし、豊かな胸を張って悦に浸っていた。
そんな麗華に大和は心底愉快そうに腹を抱えて笑い、ファントムは思わず面を食らった様子で呆然としていたが、すぐに我に返った。
「鳳麗華――セラの仲間のお前は俺の復讐のための道具として存分に利用させてもらおう」
「フン! この私、鳳麗華はただでは利用されるつもりはありませんわ! 大和、行きますわよ! ――ちょっと、大和! 少しはやる気を出しなさい!」
勇ましく啖呵を切る麗華の後ろで、退屈そうに大和は大きく欠伸をしていた。
大一番に締まりのない態度の大和に怒りをぶつける麗華に、大和は「はいはい」と、やる気がなさそうにポケットの中から輝石が埋め込まれた歪な形のブローチを取り出した。
「あんまり趣味じゃないんだけど、まあ仕方がないよね――それじゃあ、うちのお嬢様がうるさいから、君と戦うことにするよ?」
「是非ともそうしてくれ! これでようやくパーティを開くことができる!」
「楽しいパーティなら進んで参加したいんだけどね」
心底面倒そうにやる気がなさそうにしながらも戦うことに決めた大和に、ファントムは自分の思い通りになって嬉々とした表情を浮かべた。
大和の手に持った歪な形をしたブローチに埋め込まれた輝石が発光し、輝石が武輝である大型の十字手裏剣へと変化する。
変化した自身の武輝を億劫そうに大和は肩に担いだ。
「はい、準備オーケーだよ、麗華」
「それじゃあ行きますわよ! 死神ことファントム! あなたの悪辣非道な行いには、もう勘弁なりませんわ! 一片の容赦もなく倒しますわ!」
そう叫ぶと同時に麗華は真っ直ぐとファントムに飛びかかり、麗華の叫びと同時に大和は一歩も動かずに、手だけの力で手裏剣をファントムに向かってポイッと投げた。
「さあ! 見ていろ、セラ、ティア! 輝石を俺に奪われて、何もできないままお前たちのお友達が倒れる様を!」
一直線に迫ってくる麗華と、不規則な動きだが確実にこちらに向かってくる大和の武輝――いよいよパーティが本格的に開始され、ファントムは嬉々とした表情を浮かべながら、チェーンにつながれた優輝の輝石を武輝である刀へと変化させた。
「行きますわよ! 必殺の『エレガント・ストライク』!」
間合いを詰めた瞬間、麗華はファントムに向けて力強く一歩を踏み込むと同時に鋭い突きを放ち、同時に彼の背後に大和の武輝が襲いかかる。
同時攻撃の上に挟み撃ち――だが、ファントムは余裕そうな笑みを浮かべたると同時に、赤い閃光を残して麗華の背後へと瞬間移動する。
逆手に持った武輝を麗華の背中に向けて振おうとした瞬間、軌道を変えた大和の武輝がその攻撃を阻んだ。
「まったく、麗華――技名は叫ばないようにって、あれほど言ったじゃないか」
大きく嘆息すると同時に、ファントムに向けて指を差す。すると、それを合図に再び武輝が軌道を変えてファントムに襲いかかると同時に武輝の回転速度がさらに上がった。
「おだまり! 何度も言いましたがこれが私の――ポリシーなのですわ!」
自身のポリシーをバカにする大和に文句を言いながら、背後に振り返った勢いで放つ麗華の薙ぎ払いを後ろに飛んで回避するファントムだが、間髪入れずに勢いよく回転する大和の武輝が襲いかかってくる。
大和の攻撃を自身の武輝で受け止めるファントムだが、受け止めても大和の武輝である手裏剣の回転は止まることを知らず、むしろ、さらに勢いよく回転をはじめた。
武輝の勢いに負けて吹き飛ぶファントムを、さらに大和の武輝は追撃するが、再びファントムは赤い閃光を残して消えた。
視界から消えたファントムだが、すぐに気配を察知した麗華は、武輝に力を込めて光を纏わせ、跳躍すると同時に大和に向かって空を蹴って勢いよく飛びかかった。
「わ! ちょっとちょっと! 麗華、僕がいるんだけど!」
「避けられないのなら歯を食いしばりなさい! 『エレガント・ストライク・パートⅡ』!」
大和が目の前にいようがお構いなしに、大和の背後に回り込んでいたファントムに向けて、空中にいる麗華は光を纏わせた武輝を鋭く突き出すと同時に、武輝に纏っている光がレーザー状の力の奔流となって放たれた。
慌てて横に飛んで回避する大和と、片手で持っただけの武輝で力の奔流を受け止めるファントム。麗華の鋭い一撃を受け止めた衝撃にファントムは数歩後退する。
「今の絶対、狙ってたような気がするんだけど――君はどう思う?」
背後からの声にファントムは後ろを振り返ると、ダルそうに武輝を肩に担いだ音もなく背後に忍び寄っていた大和がニッと笑って出迎えた。
武輝である手裏剣で大和は斬りかかってくるが、特に慌てる様子はなくファントムは最小限の動きで大和の不意打ちを回避する。
「後ろから失礼しますわ! 『エレガント・ストライク』!」
「だから、それじゃあ不意打ちの意味ないってば」
大和はニヤリといたずらっぽく微笑んだ瞬間、大和の攻撃を受けているファントムの背後から麗華の声が響き渡る。
相変わらずの技名を叫ぶ麗華に呆れながらも、大和は後方に向けて翻ると同時にファントムの顎を蹴り上げ、彼の身体を浮かせる。
浮いたファントムの身体に向けて鋭い突きが放たれ、吹き飛んだファントムにさらに火車のように光を纏っている大和の武輝が襲いかかり、直撃した彼の身体は壁に激突する。
ファントムが壁に激突すると、大和の武輝である手裏剣が反転して、大和の手に戻った。
幼馴染の息の合った連撃が決まったが、ファントムが激突した壁を見つめている麗華の表情はいまだに険しいままで警戒心は解いておらず、大和は面倒そうに武輝を肩に担いでいた。
「さすがは輝動隊隊長・伊波大和、そして、鳳麗華と言ったところか……見事だ」
麗華と大和の攻撃が直撃して壁に激突したファントムだが、彼は平然とした様子で立ち上がり、服に埃がついているだけでダメージはまったくない様子だった。
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ!」
「まあ、こっちとしても、そう簡単に四年前の死神が倒せるとは思ってないんだよね……過程はどうであれ、ティアさんを倒した実力を持っているんだし」
「刈谷と大道の時もそうだったが、まさかここまで俺を奮い立たせてくれる人間がいるとは思わなかった! 楽しい、楽しい、楽しい、実に楽しい!」
麗華と大和との戦いを心底楽しんでいる様子だったが、戦闘狂というよりかは、別の意味で悦に浸っている様子だった。
「さあ、もっと――もっとだ! もっと俺を楽しませろ……俺を俺だという証明をくれ!」
歓喜の声を上げたファントムは体勢を低くして武輝である刀を逆手に持ち替え、赤い閃光を残して麗華と大和の前方に瞬間移動し、身体を捻らせると同時に武輝を薙ぎ払った。
目の前に現れたファントムに、咄嗟に大和と麗華は後方に大きく跳躍して身を翻してファントムの一撃を回避する。
回避すると同時に麗華は空を蹴って武輝を突き出しながら弾丸のように突進する。
凄まじい速度の麗華の攻撃――だが、動きを見切っていたファントムはこちらに向かう麗華の速度よりも早く、赤い閃光を残して彼女の背後に瞬間移動し、彼女に蹴りを入れた。
蹴られた麗華は空中で体勢を崩して床に激突し、麗華は身体中に駆ける痛みに苦悶の表情を浮かべ、嫌味な笑みを浮かべているファントムを眺めて忌々しげに歯噛みする。
間髪入れずにファントムは彼女に向けて光の刃を数発発射した。
しかし、光の刃は大和の武輝によって阻まれ、麗華を庇うようにして立っていた大和の手元に戻る。
大和の姿を確認したファントムは薄らと笑みを浮かべて、大和と麗華に向けて無数の光の刃を飛ばした。
こちらに迫る無数の刃に大和は面倒そうにため息を漏らすと、武輝である十字型手裏剣の刃の数が突然八本になると同時に、分かれて二本の十字型手裏剣になった。
二本ある内の一本を投げ、縦横無尽に駆け巡る大和の手裏剣はファントムが放った光の刃を次々と撃ち落とした。
そして、もう一本の武輝は、武輝である刀を振り上げながら光の刃とともにこちらに向かって斬りかかってるファントムの攻撃を受け止めるのに使った。
大和とファントムの武輝がぶつかり合い、二人を中心にして周囲に衝撃が走る。
「残念だよ……これほど力を持っておきながら、俺に協力しないことに」
「君のように目立つのはあんまり好きじゃないんだ」
「――だが、お前と俺は似た者同士だ」
「……それはどうだろう」
「俺には見えるぞ……お前の中に眠る暗く、静かに滾る復讐の炎が!」
武輝同士をぶつかり合わせ、均衡していた大和とファントムだったが、突然ファントムがどす黒い感情を露わにさせ、一気に大和を押し出した。
そのまま力任せに大和の態勢を崩して、間髪入れずに攻撃を仕掛けるファントムだが、そんな彼の攻撃を阻むように背後に回り込んで麗華が武輝を突き出して攻撃を仕掛けた。
だが、背後からの麗華の攻撃は、彼女の武輝を掴んだファントムによって止められた。
麗華の武輝を掴んだまま、力任せに大和に向けて麗華を武輝とともに投げ捨てた。
投げられた麗華は衝突した大和とともに吹き飛び、大和は地面に激突して、麗華はそんな大和の上に乗って、大和と激突した際のダメージで顔を一瞬しかめていた。
「ちょ、ちょっと、麗華! 重い! 重いってば」
「ぬぅあんですってぇ! た、確かに、最近甘いものを……って、何を言わせるんですの!」
「一人でボケないでよ! ほら、来てる! 来てるって!」
「わ! ちょ、ちょっと、タイム、タイムですわぁあああああ!」
緊張感のない二人に向けてファントムは容赦なく無数の光の刃を飛ばした。
咄嗟に二人は横に飛び退いて光の刃を回避するが、武輝である刀を振り上げたファントムが目の前へと瞬間移動してきた。
両手で思いきり振り下ろされた武輝を麗華は受け止めるが、凄まじい力で放たれたファントムの一撃を受け止めた麗華はあまりの衝撃で顔しかめ、吹き飛ばされそうになる。
これ以上は耐え切れないと麗華は思った瞬間、横から突然左右の手にファントムに二本の手裏剣を持った大和が襲いかかってきた。
麗華を蹴り飛ばし、大和の攻撃にファントムは即対応する。
大和の攻撃を回避すると同時に、襲いかかってきた大和の胸倉を掴んで、ファントムはそのまま力任せに床に大和の身体を叩きつけた。
勢いよく叩きつけられ、苦悶の表情を浮かべる大和だが、まだ口元に余裕そうな笑みを浮かべていた。
武輝を振り下ろしてさらに大和に追撃を仕掛けようとするファントムだが、振り下ろす寸前に飛びかかって武輝であるレイピアを突き出した麗華によって阻止された。
麗華の突きに対してファントムは赤い閃光を残して、離れた位置に瞬間移動して回避すると同時に、彼女の背後に無数の光の刃を発生させて、即発射した。
死角からの攻撃だが――麗華に襲いかかった無数の光の刃はすべてかき消された。
大和の武輝である手裏剣を使って、光の刃を撃ち落としたのではなかった。
「セラさん、ティアさん……どうして……」
自身の前に庇うようにして立っている、拘束されていたはずのセラとティアの姿を呆気に取られた様子で麗華は眺めていた。
麗華に襲いかかっていた光の刃を無力化したのはセラとティアであり、二人の手には武輝がきつく握り締められ、二人は揃って射抜くような視線をファントムへと向けていた。
静かに激しい怒りを宿している二人の視線に心地良さを覚えているファントムは、二人の手に持っている武輝を見て、おもむろに自身が奪ってポケットの中に入れていたティアとセラの輝石を確認すると――二人の輝石が消えていた。
二人の輝石がないことを確認してしてやられたというように自嘲しているファントムに、大和はクスクスといたずらっぽく笑っていた。
「――なるほど、最初に背後に回り込まれた時か」
盗まれたタイミング――大和の背後に回り込んだ自分に向けて、麗華が口に出すのが恥ずかしい技名を叫びながら渾身の突きを空中から放ち、その攻撃を受け止めた時、背後に回った大和に盗まれたことを悟ったファントムに、大和は正解だというように舌を出した。
「拘束は――まあ、その武輝なら簡単に解くことができるか」
持ち主の意のままに縦横無尽に駆け回り、離れた位置にいるセラとティアの拘束を簡単に解くことができる大和の武輝である手裏剣の姿を思い浮かべ、楽しそうな笑みをファントムは浮かべた。
「最初から、アカデミー最高戦力と称されている人物に二人で簡単に勝てるとは思っていないさ……それに、パーティの人数は多い方が良いだろう?」
「そうだ……確かにそうだ……そうだったな!」
実力者に囲まれて圧倒的不利な状況にもかかわらず、ファントムの狂笑が響き渡る。
「……お前の遊びに付き合うのはもうたくさんだ」
狂ったように笑い続けるファントムに武輝である身の丈をゆうに超える大剣を片手で軽々と振い、武輝の切先を彼に向けて、心底うんざりした様子でティアはそう吐き捨てた。
「――お前を倒す!」
短いが、純粋な怒りが目いっぱい込められているセラの怒声を合図に、四人はファントムを囲むように移動し、武輝を構える。
「さあ、お前ら全員で俺を楽しませてくれ! 俺という存在を刻み付けてくれ! さあ、さあ、さあ、さあ! 簡単に壊れるなよ!」
アカデミー内でも屈指の実力者に囲まれ、ファントムは笑い続けた。
心底楽しそうに、嬉しそうに、狂ったように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます