第12話
風紀委員がリクト・フォルトゥスと接触して一時間近く。
闘技場からだいぶ離れた位置にある、ウェストエリアとノースエリアの境目付近に風紀委員たちとリクトがいた。
具体的な説明もなくリクトに助けを求められ、それに応じることにした麗華。
いくら煌王祭でウェストエリアに人が集中して、各エリアの人通りが少ないとしても、リクトの存在は人目がつきすぎると判断し、公共交通機関を使わず、リクトの願い通り闘技場から離れることを優先にして、目的地を定めずに歩いていた。
セラはリクトの前を歩き、麗華は彼の後ろを歩いて周囲を警戒しながら歩いていた。幸太郎は腹を空かしながら、退屈そうに呑気に大きく欠伸をして歩いていた。
「取り敢えず、この辺りでいいでしょう……」
小さな公園に到着して、周囲を警戒した後、麗華は一旦歩きを止めた。
「疲れた……お腹空いた……喉渇いた――後、眠い……」
朝早くに起床し、気を張り詰めて闘技場入口を警護し、昼食を食べ損ね、休憩もなしに一時間近く当てもなく歩き、体力の限界が訪れた幸太郎はフラフラと生ける屍のような足取りで公園の中にある水飲み場に向かって、水をがばがば飲んでいた。
そんな幸太郎を無視して、麗華はリクトをベンチに座らせ、まだ怯えている様子の彼の目線に合わせるようにしてしゃがんで話しかける。
「自己紹介がまだでしたわね。お初にお目にかかりますわ、リクト様。私は鳳麗華、彼女はセラ・ヴァイスハルト、そして、あの緊張感のない男は七瀬幸太郎ですわ」
「あ、あの……よ、よろしくお願いします。僕はリクト・フォルトゥスです」
リクトを落ち着かせるため、丁寧な口調で自己紹介をする麗華。
自己紹介で麗華以外の二人の身分が判明したため、少しリクトは落ち着きを取り戻せた。
「リクト様、足の具合は大丈夫ですか?」
「あ……歩いている時に痛みが気にならなかったのでもう大丈夫みたいです……」
「それはよかったですわ。後で七瀬さんにはきつく注意をしておきますわ――それで、リクト様の言う通り、闘技場から離れましたが……一体何があったのでしょう」
麗華の質問にリクトは自分の身に起きたことを思い出し、全身を震わせて俯いた。
リクトを安心させるため、セラは彼の隣に座り、震える彼の手を優しく自身の両手で包み、俯いている彼の顔を覗き込み、怯えている彼を安心させるような優しい笑みを受べた。
「大丈夫です……ゆっくり、落ち着いて話してください」
「あ、ありがとうございます……」
隣で優しい笑みを浮かべ、安心させるような口調で話しかけてくれたセラに、リクトは見惚れてしまうとともに、ようやく完全に落ち着きが戻ってきた。
落ち着きが戻ったリクトは、ポツポツと自身の身に起きた出来事を話す。
彼の話に真剣な面持ちで耳を傾けるセラと麗華。ちょうど話しはじめる時に水飲み場から戻ってきた幸太郎も、興味津々な様子で話に耳を傾けた。
煌王祭を観戦中、輝士団に襲われたこと。
自分のボディガードである高峰広樹が自分を逃がしてくれたこと。
高峰の指示通り、闘技場から離れようとした時に風紀委員たちと出会ったことを。
「今の輝士団は信用できませんし、立場上輝動隊の方々に協力を申し出ることもできません……そんな時、運良くあなたたちと出会って、風紀委員は鳳グループや教皇庁に属さない、自由な組織であることを高峰さんが言っていたことを思い出したので助けを求めたんです。大変なことに突然巻き込んでしまって申し訳ございません――あ……」
「すごく怖かったんですね……それでも、よく頑張りましたね」
自分の身に起きたことを思い出しながら、事細かに教えてくれたリクトの頭をセラは自身の胸に押し当て、彼の頭を安心させるように撫でた。
「それ……次僕も――あ、ダメ?」
セラの豊満な胸に押しつけられているリクトを羨ましそうに見る幸太郎は、自分もしてほしいと頼むが、批判するように厳しい目で睨むセラと、いいからお前は黙っていろと言わんばかりに睨んでくる麗華の視線を受けて、さすがの幸太郎も素直に諦めることにした。
「ご安心してください――私たち風紀委員はリクト様を守ることを誓いますわ」
跪き、リクトの手を優しく握り、守ってくれると言った麗華にリクトは安堵する。
……鳳さん、だよね?
今の麗華が高貴で気品溢れている、ちゃんとしたお嬢様に見えてしまい、違和感を覚えて思わず目を擦って確認する幸太郎だが、やはり目の前にいるのは自分がよく知る鳳麗華本人だった。
「猫被ってるんだ」
違和感を覚える麗華に対して素直な感想を述べる幸太郎を、リクトには見えないようにして麗華は殺気を帯びた眼光で睨む。だが、幸太郎は特に気にしている様子はなかった。
「取り敢えず、これからどうする? ファミレス行く?」
「リクト様、これからどうしますか?」
幸太郎の発言を無視して、麗華はリクトに質問する。
一瞬、リクトは幸太郎の質問に応じるために彼に視線を移すが、彼を相手にするなと言っているような威圧感を麗華から感じ、リクトは彼から麗華へと視線を一瞬で移す。
「ファミレス行かないの?」
「当てもなく彷徨い続ければ、いずれはリクト様だと通行人に気づかれてしまいます」
「ファミレス……」
「ああ! うるっさいですわね! 今大事な話をしているのですから、黙っていなさい!」
「七瀬君は少し下がっていましょう」
ファミレスのことしか頭にないほどお腹が空いている様子の幸太郎を、セラはやんわりと窘め、猫を被ることを忘れている麗華から離れさせた。
自分に対して態度が真逆な麗華を見て、リクトは唖然とした様子だった。
麗華は営業スマイルを浮かべて、話を続ける。
「セントラルエリアにある教皇庁に向かうのがベストなのですが……」
「きょ、教皇庁には輝士団がいるかもしれないので……む、無理です、無理ですよ……」
麗華の意見に、リクトは首をブンブンと振って否定した。そんな様子の彼に、麗華は一瞬苛立ちのようなものを見せるが、猫を被るのを忘れない。
「……もちろん、承知していますわ。すみません、少々無茶でしたわね」
「い、いえ……こちらこそ、すみません……せっかくの考えを否定してしまって」
「それではどうしましょうか……いくらウェストエリアに人が集中して、各エリアの人通りがほとんどないと言っても、リクト様は目立ちますし……どこか、身を隠す場所を――」
「それなら、僕の寮に来る?」
目的地を定めるために悩んでいる麗華に、幸太郎はそう提案した。
その提案にあからさまに嫌な顔をしている麗華だが、すぐにそれを却下することはなく、納得していない様子で悩んで唸り声を上げていた。
「計画を練るために一時的に身を隠す隠れ家として使用するなら、いい考えですね」
「もちろん、わかっていますわ。確かに、いい考えですが……ねぇ……」
幸太郎の提案に賛同しているセラ。麗華も納得している様子だが不満そうだった。
「それじゃあ、さっそく僕の部屋に行こうか。案内するよ」
「自分の本能に正直すぎる男がここにいるから不安なのですわ」
「人を万年発情しているみたいに言わないでよ。セラさんは前に僕の部屋に一度入ったことあるけど、何もしなかったよね? セラさん」
「そんなに心配しないでください、鳳さん。シャワーを浴びても覗かれませんでしたから」
「シャワーを浴びてる時の音を聞いて妄想はしたけど、それ以外は何もしなかったよ」
安心させるような笑みを浮かべ、何気ない一言を言った幸太郎に、女性陣二人は、無言で彼を軽蔑の眼差しで一瞥してすぐに視線を外し、これ以上目を合わせようとしなかった。
「そうですわ、セラさんの部屋はどうでしょう」
「ここからそう遠くない場所にありますから、そうしましょう。案内します」
幸太郎を無視し、二人は淡々とした調子で一時的な隠れ家を決める。
セラの寮を目的地とすることに決めた麗華は、不安そうなリクトに視線を移し、彼に向けて信じられないほど柔和で、温厚そうな笑みを向ける。
「リクト様。ひとまずは、セラさんが暮らす寮へ向かうことにしますわ」
「は、はい……ありがとうございます、僕なんかのために……」
「風紀委員として――いいえ、人として、困っている人に手を差し伸べるのは当然ですわ」
親身になって自分を助けようとする麗華たち風紀委員に、リクトは深々と頭を下げた。
そんなリクトに、麗華は彼の手を優しく自身の両手で包み、信じられないほど愛想のよい顔で、心に染みわたるような優しい声音で、人助けは当然だと言ってのける。
あまりの麗華の聖人ぶりに違和感を覚えている幸太郎は全身がムズムズしてきた。
「本心は?」
「教皇エレナの息子であり、次期教皇最有力候補を助け、彼を襲撃した犯人を追い詰めれば、私たち風紀委員の株はさらに急上昇しますわ! 私のアカデミーでの地位もさらに倍率ドンッ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホ! ――あ……」
何気なく幸太郎が本心を訪ねてきて、胸を張って自分の邪な考えを説明して、下衆な高笑いをする麗華。そんな彼女を見てリクトは固まった。
固まっているリクトの肩を幸太郎はポンと優しく撫でるように叩いた。
「大丈夫だよ、あんな笑い方する人だけど悪い人じゃないから」
そして、幸太郎はフォローにもなっていないことをリクトに言い放った。
そんな幸太郎に向けて、麗華の怒りの雷が落ちる。
――――――――――
セントラルエリアにある輝士団本部――その中にある一室に、輝動隊隊長である伊波大和、そして、輝動隊№2の実力を持っているティアリナ・フリューゲルがいた。
窓がない取調室のような場所で、扉の外には複数の輝士団団員たちがいて、外には出れず、ほとんど軟禁状態で二人は椅子に座らされていた。
大和は椅子に深々と腰かけて、目の前の机に脚を乗せてふてぶてしい態度で煌王祭の様子を携帯タブレットで見ていた、ティアは黙ったまま何も言わず姿勢よく座っていた。
しばらくすると、二人の男が部屋に入ってきた。
一人は輝士団団長・久住優輝、もう一人は聖輝士クラウス・ヴァイルゼンだった。
「人を――それも、輝動隊隊長である身分の僕を呼び出しておいて、待たせるなんて随分な対応じゃないか。どこにクレームを入れた方が良いのかな?」
「その件に関しては素直にこちらの責任を認めよう――これで満足か?」
「ごめんなさい、は?」
携帯タブレットを見つめたまま、決して目を合わせることなくふてぶてしい態度で聖輝士という身分であるクラウスと会話をする大和。
そんな態度を咎めることなく、淡々とクラウスは話を進める。
「呼び出しておいて待たせてすまなかった、大和君。クラウスさん、今は時間が惜しい。早急に要点を二人に話すべきだ」
二人の間に不穏な空気が流れる中、二人を諌めるようにして間に優輝が入った。
彼の一言に大和は面倒そうにため息を漏らし、見ていた携帯タブレットを机の上に置く。
クラウスもわざとらしく咳払いをし、説明をはじめることにした。
「お前たち輝動隊を呼んだわけは――」
「説明しなくても大体理由は察しがつくよ。どうせ、先日の襲撃事件が原因なんだろう? 輝士団にここに呼び出される前に、闘技場内の輝士団の動きが慌ただしかったから、何となく予想はできたよ――大方、特別席にいたリクト君が何者かに襲われたということかな?」
「……その通りだ」
大和の推測にクラウスは忌々しげに認めた。そんな彼の様子を見て、不敵な笑みを浮かべていた大和は口角をさらに吊り上げた。
「それで、事件解決のために輝士団は全力を注がなくてはならないから、闘技場の警備を輝動隊に任せたい――というわけかな?」
「……その通りだ」
悔しそうに認めるクラウスを見て、大和は手を叩いて愉快そうに大声で笑う。
「アハハハハッ! ホント、浅はかだなぁ! 前回の襲撃事件の発生で鳳グループに全責任を負わせ、外部に良いところを見せるために輝士団主導で警護が行われた結果、この事態。これをなんて言うんだっけかな? ティアさん」
「自業自得」
「そう、それだよ、それ。ありがとう、ティアさん。大悟さんの娘である麗華が所属している風紀委員を鳳グループへの一応の義理のために、警護に採用したようだけど無駄だったみたいだね。ホント、浅はかだなぁ……最初から僕たち輝動隊に頼ればよかったのに。えーっと、今回の警備を指揮していたのは誰だったかな? あー、そういえばあなただったね!」
クラウスを指差して、再び哄笑し、大和は完全に彼のことをバカにしていた。
バカにされてもクラウスは冷静を保ち、淡々と話を進める。
「今回の一件に風紀委員が絡んでいる。数台の監視カメラにリクト様と行動をともにしている風紀委員たちが映っていた」
淡々と言い放ったクラウスのその一言に、大和の哄笑がぴしゃりと止まった。
姿勢を正し、大和はクラウスとまともに話し合いをする姿勢になる。
「……麗華がリクト君襲撃事件に関わっていると?」
「それは不確定だ」
「不確定というか、違うんじゃないの?」
麗華を庇うような大和のその一言に、クラウスは薄らと笑みを浮かべる。
彼のその意味深な薄い笑みを見て、しまったと言うように大和は小さく舌打ちをした。
「とにかく、お前たち輝動隊に事件が終息するまで煌王祭の警備を任せるというのが、こちらの決断だ。そして、この事件に輝動隊が首を突っ込むこと、そして、風紀委員と連絡を取ることを禁止する……輝動隊の一部には風紀委員と懇意にしている隊員がいるようだからな、こちらが握っている情報を受け渡す恐れがある」
さっきのお返しと言わんばかりに、完全に自分が会話の主導権が握ったことを誇示するかのように、クラウスは大和に対して見下すような笑みを浮かべる。
しかし、大和は余裕な表情を崩すことなかった。
「僕たち輝動隊も色々と忙しいから、ちゃんと警備をするかどうかは保証できないよ? こっちも急なことだから、重要な事件の調査をしている隊員たちには任せられないし」
「それはそちらが勝手にすればいい。何か問題が起きれば、こちらとそちらの信用が失墜し、共倒れをするだけ――だが、二件立て続けに失態を演じ、今回の一件でも失態を演じたら、そちらは一体どうなるだろうな?」
「わかった、わかった、そこを突かれてしまったら君たちの命令に従わなくちゃね」
諦めるように大きなため息を漏らし、大和は大人しく命令に従うことにした。
そんな大和の様子に、クラウスは勝ち誇ったように薄い笑みを浮かべる。
「これで話は終了だ。さっさとここを出て、他の隊員に指示することだな。お前たちの行動が遅れれば、遅れるほど、こちらの行動が遅くなってしまうからな」
そう言い残して、クラウスは部屋から出た。
一人、部屋に残った優輝はティアに視線を移す。
「ティア、俺はセラを信じているから、セラのことは任せろ」
真剣な表情でそう言い放つ優輝を、ティアは冷たい目で睨む。
先程のクラウスと大和以上に不穏な雰囲気が、ティアから一方的に出されていた。
そんなティアの様子に、優輝は悲しそうな目を向けた。
「終わったら、セラと三人で話し合おう……」
そう言い残し、優輝も部屋から出た。ティアは最後まで彼と話すことはしなかった。
「……それで? これからどうするつもりだ」
二人が部屋から出て、さっそくティアは大和にこれからのことを尋ねる。
「ティアさんも同じこと思っていると思うけど、僕も麗華を助けるためにすぐにでも行動したい……だけど、今はまだ機じゃない。不用意に行動してしまえば、鳳グループの立場が一気に悪くなってしまうからね――だから、今はまだ動く時じゃない、機を待とう。今は取り敢えず、闘技場に輝動隊の隊員たちを配置することからはじめよう」
携帯電話を操作しながらの大和の指示に、ティアは力強く頷いた。
「わかった。それから何かすることは?」
「今はまだないかな? 取り敢えず、僕はあの人と連絡しなくちゃ……」
携帯を操作しながら大和は部屋を出て、ティアも後に続いて部屋を出た。
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