最終話
こんな早くアカデミーに戻ってこれるなんて思いもしなかったな。
受験勉強なんてしてなかったから、危うく浪人生になるところだったし……
やっぱり、運がついてる……
でも、その前に遅刻しそう。
みんな憶えてないからいいけど、入学式に二度も遅れるのはダメだ。
急がないと!
入学式開始時刻ギリギリでアカデミー大学部校舎へと全力疾走する寝癖で頭がボサボサの幸太郎。
一か月前、アルトマンの人質とされていた幸太郎が取調べをすべて終えた際に、アカデミーから新年度から外部から留学生を集めるので、それに参加しないかと誘われた幸太郎はその場で二つ返事で了承して、昨日からアカデミー都市に戻っていた。
今度は前のように遅刻しないよう、前日からアカデミーが用意してくれた寮に泊まって準備万端にしていたのだが――久しぶりにアカデミーに戻ってきた嬉しさと、セラたちに再び会えるかもしれないという期待感で、中々眠れなくなってしまい思いきり寝坊してしまった。
同じ轍を二度踏まないため、幸太郎は全力疾走していた。
長くアカデミーにいたおかげで把握している近道と、ティアの訓練によって鍛えられた脚力のおかげで何とか入学式には間に合う時間に大学部の校舎に到着したのだが――
「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
――この聞くだけで恥ずかしい笑い声……
聞き慣れた懐かしい、しかし、耳障りな高笑いとともに、二人の人物が自分に駆け寄ってきて、思わず幸太郎は足を止めた。
「待っていましたわよ! 七瀬幸太郎!」
その言葉とともに豊満な胸を張って笑いながら現れる鳳麗華、そして、「どうも」と僅かに緊張で硬い表情を浮かべて軽く会釈をして現れるセラ。
久しぶりに見た二人の姿を、それ以上に再び自分の前から現れてくれた二人を見て、幸太郎は言葉を詰まらせるほど感激してしまう。
「はじめまして! 私は鳳麗華! アカデミー都市の治安を守る風紀委員に所属していますわ! そして! 未来のアカデミーの支配者となる存在ですわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
「はじめまして七瀬幸太郎君――といっても、一か月前に一度顔を合わせているので、会うのはこれで二度目ですね。セラ・ヴァイスハルトと申します」
……やっぱり、二人とも記憶を失ってるんだ。
でも――会えて嬉しい。
初対面の幸太郎に丁寧に頭を下げて挨拶をする麗華とセラ。
二人の言葉に改めて自分に関する記憶がすべてすっぽりと抜け落ちていることを痛感させられる幸太郎だが、それ以上に二人に出会えたことが嬉しかった。
「はじめまして、僕はラッキーセブンの七に、浅瀬の瀬に、幸せな太郎で七瀬幸太郎です」
「自己紹介は結構! あなたのことはよーく知っていますわ! それよりも、あなたは感謝しなさい! この私が大学部で開く、第二の風紀委員の栄えあるメンバーに選ばれたということを!」
「うん。ありがとう、麗華さん」
「フム……突然の誘いにも動じずに誘いを受け、馴れ馴れしくも私の名前を呼ぶその根性! まあ、度胸は合格にいたしましょう!」
……約束、守ってくれたんだ。
何の前置きもなく、強引に風紀委員に誘う麗華に幸太郎は心から喜んだ。
また一緒に風紀委員の活動をしよう――その約束を偶然かもしれないが、果たしてくれた麗華に幸太郎は心からの感謝を述べた。
「歓迎するけど……いいの? 結構、風紀委員の活動はハードだし危ないですよ?」
「でも、セラさんたちがいるなら大丈夫」
「そ、そうですか……なら、出来る限りあなたの危険は排除します」
初対面だというのに自分に全幅の信頼を寄せている幸太郎に戸惑いながらも、セラはその信頼の応えることを約束した。
「プロフィールによれば、大した長所も短所もない凡骨凡庸な一般人とのことですが――何かアピールポイントはありますの? 風紀委員に凡庸な人間は必要ありませんわよ。何か少しでも使い物になるアピールをしてみなさい。それがあなたの風紀委員としての最初の仕事! 使い物にならなければ、即刻切り捨てますわよ!」
「それはちょっと横暴じゃ……」
「シャラップ! これは面接のようなものなのですわ!」
「無理しなくていいですよ、七瀬君。麗華はあなたを簡単に切り捨てないと思いますから」
「しゃ、シャラップ! 余計なことを言わなくていいのですわ!」
「だったら、少しはへりくだった態度を取らないと。誘ったのはこっちなんだし、風紀委員の活動は危険が伴うんだから、それをしっかり説明する義務はあるよ」
誘っておきながら、すぐに幸太郎を切り捨てようとする麗華の偉そうな態度を、セラの一言が崩した。
相変わらずのセラと麗華の賑やかな会話を眺めながら、幸太郎は自分の長所を閃いた。
それは――
「僕、運、ついてるみたい」
幸太郎は満面の笑顔を浮かべながら、賢者の石がなくとも出会い、また一緒にいることができる友人たちに向けて自信満々にそう言い放った。
――完結――
近況ノート
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