第46話
セントラルエリアにあるアカデミー大学部の校舎。
高等部校舎よりも更に大きい大学部校舎へと続く桜が満開の並木道には、大学部に通うアカデミーの生徒たちで溢れ返っていた。
ほとんどが高等部から大学部へとエレベーター式で進学する者たちが、多く、見慣れた人ばかりがいたのだが――大学部のエントランスの前にはアカデミーでは見慣れぬ人が大勢集まっていた。
不安と期待に満ちた表情を浮かべている彼らを大学部へと進学した麗華とセラが物陰から双眼鏡で眺めていた――のだが、彼女たちの美貌は目立ちすぎているため、あまり隠れている意味はなかった。
「セラ、目標の人物は見つけましたか?」
「うーん……まだ来てないみたいだよ」
「そろそろ入学式がはじまるというのに、まだ来ていないとは……まさか遅刻? いえいえ、栄えあるアカデミーに来て、それも入学早々でそんな恥知らずな前代未聞な真似をするはずはありませんわ……」
「というか、麗華……本当に彼でいいの?」
「当然ですわ! 彼は平凡でありながらも謎多き人物! 輝石の力を扱えないただの一般人とされていますが、そんな平凡な人間をアルトマンが何も理由なく人質に取るはずありませんわ! それでアカデミーは彼を監視下に置くことに決定したのですわ!」
「それはそうなんだけどさ……だったら、アカデミーに任せた方がいいんじゃないかな。彼の監視の邪魔になっちゃうんじゃないの? 勝手な真似をして大悟さんやエレナさんに――特に克也さんに怒られない?」
「ノープロブレムですわ! むしろ、風紀委員の目が彼を付きっきりで監視するのですから感謝することに違いありませんわ!」
「まあ、確かに監視するためにはちょうどいい立場になると思うけど……でも、同時に危険が伴うんだよ?」
「フン! ちょうどいいですわ! 追い込まれれば追い込まれるほど人は本性を現すというもの! 不審な真似をすれば即刻報告し、即刻排除! そうすれば、私の評価は鰻登り! これも第二のアカデミーの支配者となるため! 彼には肥やしになってもらうことにしますわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
せっかく隠れているというのに、それを無駄にするほどの高笑いを上げて周囲の注目を集めている、野心に満ち満ちている麗華を見てセラは不安そうにため息を漏らした。
麗華の計画以上に、不安なことがセラにはあった。
新年度がはじまる今日――同時に、アカデミーの高等部と大学部に、外部から輝石の力を持たない一般人を留学生として招くことになった。
セラたちの視線の先にいる見慣れぬ生徒たちは、全員アカデミー都市の外から来た、輝石の力を持たない一般人だった。
一般人を呼び込んだアカデミーの理由としては、今年はじめて減少傾向になったはいえ、それでもいまだに年々輝石使いたちの数が増え続けているため、輝石の力を持たない一般社会の理解深めるというのが、表向きの理由だった。
一応アカデミー側の理由を理解しているセラだが、アルトマンを倒して以降目立った事件が起きることなく平穏だったアカデミー都市に、一般人を招いたことによって新たな騒動が起きる予感がして、不安感が拭えなかった。
「本当に大丈夫なのかな……輝石使いでもない人をアカデミーに集めて」
「確かに、輝石を扱う資格を持たない一般人を、都市内で暮らすほとんどの住人が輝石使いのアカデミー都市に放り込むのは危険が伴いますわ。しかし、同時にアカデミーや、輝石使いの理解を深めるいい機会ですわ」
「それはわかってるけど、アカデミーの上層部も随分思い切った真似をしたよね。彼らに何かあれば叩かれそうなのに」
「それは百も承知の上ですわ。想像したくはありませんが、兵輝の情報が出回り、将来的に一般人も輝石の力を扱える事態になるかもしれないということを考えれば、多少のリスクを背負ってでも今の内に輝石に対しての理解を深めることも重要だと考えたのでしょう――まあ、実際のは彼の監視のための名目ということですが……」
彼の監視――七瀬幸太郎君、か……
――悪い人には見えないんだけど……
でも――
輝石の理解を更に深めさせるために外部から留学生を集めた――というのは建前であり、実際は一人の人物を監視するためにアカデミーは外部から人を集めていた。
その人物――一か月半前に消滅したアルトマンが人質にしていた七瀬幸太郎の写真を懐から取り出したセラは、幸太郎の写真をジッと見つめた。
見ているだけでこちらの気が抜けてしまいそうになるほど、呑気そうな顔立ちの七瀬幸太郎が写っており、その写真を見ていたら、セラの中にあるアカデミーの将来に対する不安が不思議と消え去ってしまっていた。
平々凡々な顔つきの、人畜無害そうな男――というのが、セラの第一印象であり、何か裏があるようには思えなかった。
……どうしてだろう。
どうして、彼の写真を見ていると、胸が熱くなってくるんだろう。
何かが込み上げてきそうになるんだろう……
どうして、早く会ってみたいと思うんだろう……
どうしてあの時、彼を助けなければならない――そう強く想ったのだろう。
一か月前にアルトマンが最期に残した攻撃から幸太郎を助けた時を思い返す度に、幸太郎の顔写真を見る度に、セラは胸の中から、目の奥から熱い何かが込み上げてくるような気がするとともに、早く彼と会ってみたいという衝動に駆られてしまった。
一か月前から今まで、セラは幸太郎に対して説明できない不思議な感情を抱いていた。
一か月前、アルトマンの攻撃から幸太郎を助けた時、まともに接点がない相手だというのにセラは彼を身を挺して何とかして守らなければならないと思ってしまった。
それ以降、日常生活を送りながらも七瀬幸太郎という人物がセラの頭の片隅から決して離れなかった。
「それよりも、本当に彼でいいの?」
「もちろんですわ! 私が大学部で設立する第二の風紀委員の一員にすれば、彼をつきっきりで監視できますし、何よりも留学生を風紀委員のメンバーにしたことによって、注目されることになりますわ! そして私の評価も鰻登り! これぞまさしく一石二鳥! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
……不安だな
でも――どうしてだろう。
輝石の力を持たない人を巻き込むのは危険なのに――
どうして、こんなにも嬉しいと思ってしまうのだろう……
……ダメだダメだ! 暴走しがちな麗華を止めるのが私の役割なんだ!
気を引き締めないと――でも……楽しみだな……
アカデミーのため、それ以上に自信の野心のために幸太郎を傍に置くつもりの麗華に不安しかないセラだが、不謹慎ながらも不思議と嬉しさと期待で胸が高鳴っていた。
「……というか、まだ来ませんの? 一体何をしていますの、あの男は!」
「もしかして、本当に遅刻しているのかな……」
「もしそうだとするのならば、前代未聞ですわ! これでは、風紀委員の名が廃れてしまいますわ!」
「一応、目立つことはできるんじゃないかな」
「悪目立ちは必要ありませんわ!」
悪目立ちしているのは麗華の高笑いだろうとツッコみたくなる気持ちを抑え、入学式開始時刻が迫っているというのに幸太郎が来ない状況に一抹の不安を覚えるセラ。
「もしかして、何かに巻き込まれたんじゃないかな……」
「心配し過ぎですわセラ! 彼は寮の自室以外四六時中監視されているので、何かあればすぐに報告が来ますので問題ありませんわ!」
「それなら、もう校舎にいるのかな? 入学式もそろそろはじまるし、私たちも一度中に入った方がいいんじゃないかな」
「いいえ! すでに校舎内に入っている大和からはそんな連絡はありませんわ! こうなったら意地でも待ってやりますわ!」
入学式開始の時間が間近に迫り、続々と校舎内に人が入って周囲に人通りがなくなる中、中々来ない幸太郎に麗華は苛立ちのピークに達し、そんな麗華をセラは宥めていると――
遅刻ギリギリの時間で校舎に向かって走ってくる人影が見えた。
その姿は――セラが何度も写真を眺め、何度も頭の中でその姿を反芻し続けていた七瀬幸太郎の姿だった。
七瀬幸太郎君だ――……
幸太郎君――っ!
その姿が目に入った瞬間、セラは無意識に彼に向かって駆け寄ってしまった。
そんなセラに続いて、麗華もまた彼に駆け寄った。
溢れ出る、突き動かされる不可思議な感情のままに――
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