第22話

 すべては明日だ――明日、すべてが変わる。

 すべてはあの人のために――両親のいない自分を育ててくれたあの人のために……

 だから、迷いはない……迷いはないんだ。


 誰もいない夜の訓練場で武輝である手甲と足甲を装着したアトラは一人激しく身体を動かして訓練を行っており、明日に備えて心身の準備を入念に行っていた。


 肝心な場面で迷いが生じないように、頭の中で敵の姿をイメージして戦い続けるが――それを考える度に、アトラは自分の中で身体の動きが鈍くなるような気がしていた。


 しかし、何度も頭の中で敵と戦ったおかげで身体の鈍りもだいぶ取れたが、それでもまだ思うように身体が動いていない気がしてきた。


 ……ダメだ、全然だめだ。

 このままじゃ、明日自分は足手纏いになってしまう……


 明日が本番だというのに本調子ではない自分の身体に苛立ち、悔しさを覚えるアトラ。


 だいぶ夜が深まってきているが、もう少し鍛錬を続けようとするアトラだが――


「迷うことはいいことだぞ、少年。迷ってこそ、人は強くなれるのだ」


「貴様は……アルバート・ブライト。なぜここにいる!」


「まあ、待て。私は君と戦うためにここに来たわけじゃないのだ」


 一人黙々と鍛錬を続けるアトラを嘲笑うかのように、長身痩躯の長い黒髪の男――アルトマンの協力者であり、弟子であるアルバート・ブライトが現れる。


 教皇庁にとって――いや、今や世界にとって危険な人物であるアルバートの登場に、アトラは警戒心と敵意をぶつけるが、アルバートはそれらを軽くいなした。


だが、今は我々と君たちは協力関係だろう?」


「俺は――いや、俺たちは貴様を仲間だとは思っていない。貴様らさえいなければよかったんだ……貴様らがあの人の前に現れなければ――」


「何も起きなかったというのかな? それは責任転嫁だ。鳳グループの変化以降、世界は猛スピードで変わり続けている。教皇庁もその変化に唸りに巻き込まれていた――だからこそ、何も起きないわけがないのだ。それは君も理解できているんじゃないのかな?」


 嘲笑を浮かべるアルバートの言葉に反論できず、「うるさい!」と感情的になることしかできないアトラだが、彼に対しての恨みだけは募っていた。


 ここでアルバートを倒せばすべてが終わる――そう思ってしまうアトラだが、その瞬間背後から無機質な殺気が襲いかかった。


「手荒な真似はやめてくれ。お互い大事な仕事の前に重要な戦力を傷つけたくはないだろう?」


 この気配――……おそらく、ガードロボットだ。

 輝石の力が若干感じられるということは輝械人形? ――いや、それとは何か違う気がする。


 背後の気配が、煌石を扱う人間を利用して輝石を扱えるようにする特殊なガードロボット・輝械人形だと推測したアトラだが、何か違うような気がしていた。


「それはでね。まだ壊されたくはないのだ。だから、ここで争うのはよそう。今言ったばかりだが、無駄な争いはお互いにとってメリットはない」


 背後の気配の正体を探るアトラに、にんまりとした得意気な笑みを浮かべて簡単に説明したアルバートの瞳が狂気で滾っていた。


 アルバートの狂気を感じ取るとともに、背後にいるガードロボットが簡単には破壊できないものだと悟ったアトラはひとまず武輝を輝石に戻し、警戒心はそのままに臨戦態勢を解いた。


「話し合いこそ我々人類ができる特権だね」


「……さっさと本題に入ったらどうだ」


 これ以上アルバートと話したくないアトラはさっさと話を進めると、全身から放っていた狂気を静めたアルバートは、一瞬間を置いてポケットから六角形の小さな物体を取り出した。


「これは北崎君と我が師・アルトマンが開発した兵輝へいきと呼ばれるものだ。君たちも知っているだろう? 輝石を使える資質がなくとも武輝を使えることのできる装置だ。以前までは義手全体が兵輝だったが、様々なデータを基にしてつい先日小型化に成功したものだ」


「噂は聞いている……しかし、本当に一般人が輝石を扱えるようになるのか?」


「その通り。間違いなく、これは大きく世界を変える革新的な発明になるだろう」


 嬉々とした声で兵輝の紹介をするアルバートだが、その表情はどこか曇っていた。


 そして、その表情のまま心底不承不承といった様子でアトラに兵輝を差し出した。


「迷いを取り除きたいのなら、これを使うといい。これは一般人を輝石使いにさせる力を持つが、輝石使いが使っても意味があるものだ」


「……自分に迷いはない」


 迷いはないとアルバートに、それ以上に自分に言い聞かせるようにそう呟くアトラだが、そんな彼が無理矢理しまい込んでいる迷いを見透かしたようにアルバートは嫌らしく笑うが、その笑いはすぐに消え、どこかむなしそうな目で彼を見つめた。


「それならば、使わなければいい。それが君の判断ならば私はそれを尊重しよう」


「……随分と素直に引き下がるんだな。お前たちはそれを自分たちに使わせてどうなるのかデータを取りたいだけなんだろう?」


「どうやらお見通しのようだな」


 自分に兵輝を使わせてデータを取りたがっているのはすぐにアトラは察して、アルバートもそれを認めたのだが、大人しく引き下がろうとするアルバートをアトラは理解できなかった。


「しかし、私にもがあるのだ。使いたくなければそれでいい。それでは、失礼するよ」


 自虐気味で寂しげな笑みを浮かべ、アルバートはアトラの前から立ち去る。


 離れ行くアルバートの背中を、アトラは悔しそうに見つめていた。


 ……悔しいが、奴の言っていることは事実だ。

 迷いを抱いている状況で俺はきっと足手纏いになってしまう。

 しかし……これで、本当にいいのか?

 ――いや、ダメだ! 何のために俺はここまで準備をしてきたんだ!

 利用されていたとしても構うものか! すべてはあの人のために――それだけだ!


 アルバートの指摘を潔く認めたアトラは、「待ってくれ!」と離れ行くアルバート呼び止める。


 そして――アトラはアルバートたちに利用されることに決めた。




――――――――




 夜の静けさに包まれる旧本部内にあるイリーナの自室には、昨夜と同じようにブレイブ、デュラルが集まってイリーナと明日についての話し合いを行っていた。


 ソファに座るブレイブは神妙な面持ちを浮かべ、その対面に座るデュラルはそこか軽薄な笑みを浮かべ、上座に座って二人の様子を眺めてグレープジュースを飲んでいるイリーナは退屈そうに欠伸をしていた。


「昨日に続いて今日も失敗――そのせいで教皇庁内が殺気立ってるってのに、本気で明日でいいのかよ。今度こそ失敗したら後戻りはできないぞ」


「……師匠、どうしたらいいでしょう」


「困ったら何でも師匠かよ。情けない奴だな」


「お前に意見を求めるよりも、師匠の方が的確である程度信用ができるからな」


 危機的状況だというのにおどけた態度を取るデュラルに、忌々しく思いながらも軽くスルーしてブレイブはイリーナに意見を求めた。


「後戻りできない状況だからこそ、明日は儀式を行う――それしか手段はない」


「今なら後戻りはできるかもしれないってのに、まさか自棄になってないだろうな」


「バカを言うな、ワシは至って冷静じゃ。ちゃんとした計画も立てておるぞ」


「そいつはよかった……それで? 明日はどうすんだよ」


 得意気に薄い胸を張って計画を立てていると宣言するイリーナに、口角を僅かに吊り上げて嫌らしく笑うデュラルは計画について深く尋ねた。


「デュラルは聖堂内と聖堂入り口の警備を重点的に行ってもらい、ブレイブは聖堂周辺の広範囲の警備を行ってもらう。ワシはエレナと幸太郎の儀式の間までの案内係として儀式開始直前まで二人に付き添うつもりじゃ」


「デュラルに重要な警備を任せるのは、些か勇気のいる判断では?」


「二度も警備に失敗してるお前よりかはマシってことだろうな」


「それについては否定はしないが、お前も一応警備責任者の一人だ」


「過去のことをグチグチ言う男は嫌われるって知ってるか?」


「お前に言われたくはない!」


 感情的になるブレイブを見て楽しそうに笑うデュラルは、ひとしきり笑って満足した後イリーナに対して嫌味な視線を向けた。


「規律や伝統を重んじるアンタにしては随分思い切った真似をするんだな。儀式の間までの道程は教皇と次期教皇しか入れないってのに」


「この非常時でエレナも許可をしてくれるだろうし、ワシは儀式の間までの道程を知っておる教皇庁内でも限られた人間じゃから、周りは文句を言わないだろう。それに、昔は枢機卿も儀式に付き合っていたという話もあるから、一応は伝統を守っているつもりじゃ」


「……ガキの屁理屈っぽいな」


「うるさい、このアホデュラルめ! お主は師匠であるワシを何だと心得る!」


「敬愛する我がビューティフル・ロリアダルト・マイ・マスター」


「心がこもっていないぞ! というか、『ロリ』をつけるな!」


「デュラル、師匠をからかうのはやめろ。それと、さすがにアダルトはわざとらしい」


「ブレイブ! お主は誰の味方じゃ!」


 かわいらしくプリプリ怒るイリーナを楽しそうにデュラルはからかい、そんな二人の様子を見てブレイブは呆れ、明日に重要な儀式が控えているというのに緊張感もなく和気藹々としている三人の雰囲気だったが――和気藹々とした雰囲気で巧妙に隠しているが、三人の間には確かな緊張感と不信感が確かに存在していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る