第17話

 すべての真実を話し終えた後、クロノたちの空気は重かった。


 ヴィクターは大悟たちにクロノが話した真実を大悟たちに報告するために出て行くと言ったっきり、室内で誰かが言葉を発することはしなかった。


 リクトとプリムは覚悟を決めて真実を打ち明けてくれたクロノに何か声をかけようとしているが、どんな言葉をかけるべきなのか見当たらない様子だった。


 一方のアリスはクロノが打ち明けた真実について考えているが、イミテーション、賢者の石、アルトマンという想定外の真実を容易に受け止めることができないでいた。


 ――……当然だろう。


 暗い表情のリクトたちと重い室内の空気を感じて、簡易ベッドに座っているクロノは他人事のように当然だと思っていた。


 つい先程自分が話した今までの常識を覆す事実の連続に、リクトたちはまだ受け止められず、人間ではない存在の自分にどう接していいのかわからないのだろうとクロノは彼らの様子を見て感じていた。


 きっと、自分を見るリクトたちの目が変わるだろうが、クロノは後悔していなかった。


 アルトマンに立ち向かうリクトたちの味方になれたからだ。


 ……これでいいんだ。


 リクトたちの関係が変わっても、甘んじてそれを受け入れることにするクロノ。


 すべてを受け入れれば、この重苦しい空気もクロノは耐えることができた――


「クロノ君。元気そうでよかった」


 重苦しい空気の中で軽い調子で開かれる扉とともに、気まずい沈黙の中に響き渡る呑気な声。


 軽快な調子で部屋に入り、クロノに駆け寄って呑気な声をかけるのは――七瀬幸太郎だった。


 幸太郎の登場で、重苦しかった室内の空気が一気に弛緩する。


 クロノの隣に腰掛けると、幸太郎はクロノを無邪気で、旺盛な好奇心を宿した瞳で見つめた。


「さっき聞いたけど、クロノ君って人じゃないんだってね。みんな驚いてた。それに、セラさんから生まれた――っていうと、何だかちょっとエッチ……」


 ……何なんだ、この男は。

 どうして、この男は普段通りでいられるんだ。


 自分が人間ではないことを知っても普段と変わらず接する幸太郎を理解できないクロノは、そんな彼を不思議そうに見つめていた。


「この間の事件の時に助けてくれてありがとう、クロノ君。身体の方は大丈夫?」


「……お前は何とも思わないのか?」


 屈託のない幸太郎の瞳を見ていたら、クロノは胸の奥を撫でられるような心地良い感覚――『嬉しさ』を覚え、同時にすべてを受け入れる覚悟をしていたのに、その覚悟が揺らいでしまう。


 自分の正体が人ではないことを知っても、自分を心配する幸太郎を理解できないクロノは、呆れた様子で恐る恐る尋ねた。


「何が?」


「オレは人間じゃないんだぞ」


「知ってるよ」


「なら、どうして平然としていられる!」


 呑気な幸太郎を見ていると、そして見つめられていると、自分の覚悟を無駄にするような気がしたクロノは苛立ち、悲鳴にも似た怒声を上げてしまう。


「クロノ君はクロノ君だから」


 特に深く考えた様子もなく、当然だというように幸太郎はその答えを口に出すと、「そうであったな――」と今まで黙っていたプリムは、自虐気味な笑みを浮かべて同意する。


「クロノよ――お前がどんな存在であっても、何も変わらない。クロノはクロノ――そして、私の友達なのだ! そんな当然なことを忘れるとは、私は愚か者だ! すまなかったな、真実を明かして不安だったお前に何も声をかけてやれずに」


 当然のことを忘れるとともに、どんな思いでクロノが真実を告げたのか、それを忘れていたプリムはクロノを見つめて深々と頭を下げた。


 頭を下げるプリムに「プリムさんの言う通りです」とリクトは同意すると、おもむろにクロノに近づき、彼の頭を抱いて自分の胸に押し当てた。


 プリムの言葉、リクトに頭を抱かれた優しい感触と鼻孔に広がる甘い良いにおいが、クロノの胸が心地良い熱が広がった。


「誰であっても、何であってもクロノ君が僕の友達であることには変わらない――何があっても僕はクロノ君の味方でいるから」


 正体を知っても自分を受け入れ、友達として、そして、味方になり続けると言ってくれたリクトに胸の中に広がる熱さが込み上げて来そうになる。


「……私は別に許したわけじゃない。結局、あなたたちは大勢の人間を裏切った――でも、確かに二人の言うことは間違いじゃない」


 厳しい言葉を投げかけ、不満気な表情を浮かべながらも何だかんだ言って自分を受け入れてくれるアリスの素直じゃない態度に、クロノは心の中で微笑んだ。


 ありがとう。


 感謝の言葉を口に出したいクロノだが、今口に出してしまえば胸をジンワリと熱くする何かが零れ落ちそうだったので、心の中で自分を受け入れてくれたリクトとプリムに感謝をして、リクトをそっと抱きしめ返した。


「クロノ君、いいな……リクト君、僕も僕も」


「むー! コータロー! お前はいいのだ! さあリクト! 私を好きなだけ抱くといい!」


「プリムちゃん、初等部の女の子がそれを言うとすごく危ない」


 気の抜けたやり取りをする幸太郎とプリムを一歩引いたところから見ていたアリスはやれやれと言わんばかりにため息を漏らしていると――携帯が震えた。


「……わかった」


 携帯に出たアリスの表情は暗くなり、一言だけの短いやり取りの後通話を切って、リクトたちに気づかれないように静かにこの場から離れようとする。


 リクトに抱かれながらもアリスの様子を窺っていたクロノは、名残惜しげにリクトから離れて、「アリス」と呼び止めた。


「……何があった」


「美咲が鳳グループ本社前で暴れてるから、止めに向かう」


 感情を排した暗い声で、アリスはそう告げた。


「僕も行きましょう。実力者である美咲さんを止めるんです。人が多い方がいいでしょう」


「万が一のことを考えてあなたはここでクロノを守って……制輝軍の始末は制輝軍がつける」


 協力を買って出るリクトだが、アリスはそれを冷たく突っぱねた。


 ……美咲。


 美咲がアルトマンに協力していることをヴィクターからの報告で聞いているクロノだが、自分に『心』を、『感情』を教えてくれたあの優しい美咲が、世界に混乱を招くアルトマンに協力するとは思えなかった。


「美咲がノエルたちに協力しているのには何か理由があるハズだ」


「……わかってるわよ、そんなこと」


 想っていることをそのまま口に出すクロノに、苛立った様子でアリスはそう答えて振り返ることなく部屋を出た。


 苛立ち、怒っている様子のアリスを見て、クロノは彼女が何としてでも仲間を――美咲を止めたいという気持ちを感じることができた。


 その気持ちは、美咲だけではなく、ノエルも止めたいという気持ちも混ざっているようにクロノには感じた。

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