第四章 春休みのはじまり

第34話

 鳳グループ地下にある、多くの情報が眠るグレイブヤードと呼ばれる場所よりもさらに地下にある――『深部』と呼ばれる場所に向かうため、麗華、大和、巴の三人は長い通路を歩いていた。


「それにしても、大悟さんとエレナさんって長年の付き合いって言ってたけど……どんな関係だと思う? 何だか『長年の付き合い』って聞くとどうにも背徳を感じちゃうんだけど」


「バカを言ってないで早く行くわよ」


「最近オフィスラブ系――にしては少々過激な小説を読んでる巴さんは気にならないの?」


「ど、どうしてそれを――って、べ、別に深い意味はないの。ただ、その……み、美咲からオススメされたから、その……」


「貸してもらって一か月経っても返さないで熟読してる巴さんかわいいなぁ。他に借りた生徒と先生の禁じられた関係の小説はどうだったの?」


「そ、それは、その……み、美咲に聞いたのね! そうなのね!」


「前に美咲さんと会って食事をした時、ちょろっとねー」


「うぅ……」


「大和! もうやめなさい! 巴お姉様が涙目になっていますわよ!」


「ご、ごめん、巴さん。そこまで意地悪するつもりはなかったんだけど」


 大和が巴をからかい過ぎてしまい、麗華がそれを咎めて慌てて涙目の巴に謝る大和。


 アカデミー都市では輝械人形が暴れているというに、三人は呑気に会話を繰り広げていたが、麗華は巴のために慌てて話を替える。


「それで――『無窮の勾玉』でどの程度のことができますの?」


「今の状況だと、輝械人形の動きを止めることくらいまでかな」


 普段通りの感情が読み取れない軽薄な笑みを浮かべて、大和は麗華の質問に答えた。


 深部には鳳グループが持つ、輝石使いの力を増減させる煌石・無窮の勾玉が保管されていた。


 麗華たちは大悟の命令で、無窮の勾玉の元へと向かっており、無窮の勾玉の元へと向かう二人の護衛のために巴は一緒にいた。


 目的に到着したら、無窮の勾玉の力を自在に引き出せる『御子』である大和が、無窮の勾玉の力を使い、輝石の力で動く輝械人形を止めようとしていた。


「ティアストーンの暴走や、アルトマンさんたちの力を弱めたり、セラたちの力を強めたりすることはできませんの?」


「それはちょっと難しいかも。輝械人形のみに絞って力を弱めることに集中している状態で複雑な真似はできないよ。まあ、ある程度の人たちなら力を強めることができるけど、今回はアカデミー都市中の大勢輝石使いだから難しいかな。それに、輝石から生まれたノエルさんに負荷のかかることをしたらダメだし、何よりも――セラさんの邪魔をしたら怒られそうだしね」


 肩をすくめて答えた大和に同意を示すとともに、納得する麗華と巴だが――普段と変わらぬ軽薄な笑みを浮かべながらも、僅かに幼馴染の表情が曇っていることに気づいていた。


「……大丈夫? 大和」


「怪我の具合なら心配しなくても大丈夫だよ、巴さん」


「そうじゃないわ……無窮の勾玉の力を使うことに抵抗はないの?」


 自分の気持ちを見透かしている巴に、大和は降参と言わんばかりに深々とため息を漏らす。


 かつて、大和は自分の命を捨ててまで無窮の勾玉――母の命を奪った元凶であり、自分の人生を滅茶苦茶にした原因を破壊しようとした。


 しかし、幼馴染である麗華と巴、そして風紀委員のおかげでそれは止められた。


 それから大和は無窮の勾玉への復讐を忘れて麗華たちと楽しく過ごしていたが――こうして、再び無窮の勾玉と会いまみえることになってしまった。


「小父様は無理をするなと言っていたわ。それに、一般の生徒だけではなく、教皇庁の協力のおかげで輝械人形の処理もスムーズに進んでいる……だから、無理しないでいいのよ」


「気を遣ってくれてありがとう、巴さん――……それでも、やっぱり僕が何とかしないと」


 気遣ってくれる巴に感謝をして、自分に言い聞かせるように大和はそう言った。


「無窮の勾玉を壊したいって気持ちは変わらないけど、それ以上に今の状況をどうにかしたいっていうのが先決かな? 僕の大好きな友達たちが困ってるしね」


 明るい笑みを浮かべて、大和は友達のために御子としての力を存分に振うつもりでいた。


 無窮の勾玉への恨みは変わっていないながらも、強がって明るく振る舞う幼馴染の固く、切ない覚悟に巴はもう何も言わなかった。


「大和――いいえ、加耶かや……それでいいのでしたらもう何も私は言いませんわ」


「もちろん――それに、争いしか生まなかった無窮の勾玉が誰かの役に立てるのは僕としても嬉しいからさ」


 巴と同様に大和――天宮加耶たかみや かやから感じた覚悟に、麗華は何も言わなかった。


 自分を心配して気遣ってくれる幼馴染たちに、大和は感謝をするとともに――呟くような声で本音を口にした。


 呟くような声で放たれた大和の本音が聞こえながらも麗華と巴はあえて何も言わずに先へ急いだ。

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