第35話
アカデミー都市で暴れていた輝械人形の処理も進み、教皇庁内に残された人の避難も終え、萌乃は疲れたように大きく一度ため息を漏らした。
状況はだいぶ好転したが、それでもまだ油断できない。
まだ輝械人形は残っているし、それ以上に教皇庁の地下――ティアストーンの在り処と思われる場所から、圧倒的な力の波動を萌乃は感じていたからだ。
セラたちが向かってもう三十分経ち、ティアたちが向かって十分ほど経過していたが、地下から感じられる波動は徐々に、確実に大きくなっていた。
間違いなく、セラたちが向かった先で何かが起きていると萌乃は判断していた。
まだ輝械人形の処理が終わっていないが、すぐにでもセラたちの元へと大勢の輝石使いを引き連れて駆けつけたい気持ちがわき上がっていた。
しかし、輝械人形の処理が終わっていない中、そんなに多くの人員は使えないので、自分だけセラたちの元へ向かい、教皇庁で救助活動をしていた人員を輝械人形の処理の指揮をしている克也の手伝いに向かわせようかと萌乃は考えていると――
「こら、君! こんなところにいたら危ないぞ!」
「あのー、セラさんたちのところに行きたいんですけど」
「君は七瀬幸太郎だろう? 君が行っても邪魔になるだけだ。さあ、この場から離れて安全な場所に避難するんだ」
「ダメですか?」
「ダメだ。危険すぎる」
「どうしてもですか?」
「どうしてもだ!」
「そこを何とか」
「しつこいぞ!」
「何卒」
「誰か! 彼を安全な場所まで追い払ってくれ!」
エントランスから聞こえる気の抜けた声の主の幸太郎と、そんな幸太郎に苛立つ青年輝士とのやり取りを聞いた萌乃は、やれやれと言わんばかりに二人に近づき、幸太郎の対応をしていた輝士の身体を愛撫するかのような優しくも淫らな手つきで触れた。
萌乃に触れられた輝士は変な声が出てしまうのを必死で堪え、顔を紅潮させる。
目の前で行われている刺激的な光景を目の当たりにしても特に気にすることなく、幸太郎は萌乃に「どーも、薫先生」と呑気に挨拶をした。
「あー、ごめんね。この子は私が呼んだのよ。――これからここにいる輝士たちと、鳳グループの輝石使いは克也さんの応援に行ってちょうだい。そのことをあなたがみんなに伝えて」
「わ、わかりました」
命令が下され、妖しい手つきで自分の身体に触れていた萌乃から逃げるように輝士は離れた。
二人きりになった萌乃は、幸太郎に向けてかわいらしくウィンクをする、
「やあ、幸太郎ちゃん❤ セラちゃんたちのところに行きたいって聞こえたんだけど……本気なの?」
「本気も本気です」
「でも、確か幸太郎ちゃんは克也さんから留守番を命じられたんじゃないの?」
「麗華さんが許可してくれました」
頼りないくらいの華奢な胸を張って自信満々にそう告げる幸太郎に、萌乃はわざとらしくありながらも、呆れたようにため息を漏らし、と優しくも厳しい目を彼に向けて説教を開始する。
「それでも、現場を指揮しているのは克也さんだから勝手な真似をしちゃダメでしょ!」
「ごめんなさい」
「それに、輝石をまともに使えないんだから、来ても邪魔になるだけだし、危ないだけでしょ!」
「仰る通りです」
「……それで? どうしてセラちゃんのところに向かいたいの?」
「セラさんたちが心配で」
「幸太郎ちゃんの気持ちはわかるけど、身の程弁えなさい!」
「ごめんなさい」
先生らしく、厳しめの口調で幸太郎を説教している萌乃だが――特に熱く反論することなく、素直な態度で謝り、自分の非を認める幸太郎に萌乃は徐々に毒気が削がれてしまう。
「んもうっ! 幸太郎ちゃん、謝ればいいと思ってるんじゃないの?」
「薫先生の言ってることがぐうの音が出ない事実だから、謝ることしかできなくて」
降参と言わんばかりにヘラヘラした苦笑を浮かべる幸太郎に萌乃はさらに脱力する。
意外に冷静に自分を見つめる幸太郎に、完全に毒気が削がれてしまいながらも厳しい態度は何とかして保つ。
「とにかく、危ないから幸太郎ちゃんは良い子でお留守番していなさい」
「ダメですか?」
「ダーメ! 私が勝手にあなたを行かせたら、克也さんに怒られるもの」
「じゃあ、克也さんに内緒で。僕と薫先生だけの秘密」
「二人だけの秘密だなんてゾクゾクするけど、ダーメ!」
「今だけ克也さんを忘れちゃいましょうよ」
「だ、ダメよ……あの人のこと忘れられるわけないじゃない……」
「大丈夫です、僕と薫先生だけの秘密です」
「そ、そんな……そんなの、ダメよ……」
「大丈夫、絶対に克也さんに気づかれません」
「あっ、ダメ、そんな強引に――って、いい加減にしなさい!」
いたずらっぽく笑う幸太郎の甘く、背徳的で魅力的な言葉に惹かれてしまい、しばらくノッてしまった萌乃だが、何とかして我に返る。
「まったく……幸太郎ちゃんには何を言って無駄みたいね」
「ごめんなさい」
「もう! 悪い子ね――でも、悪いことばかりじゃないかもね」
幸太郎に何を言っても無駄であることを悟りながらも――地下から伝わる力がますます大きくなってきているのを肌で感じている萌乃は、最悪な事態を想像して彼をティアストーンの元へと向かわせるのは悪い判断ではないかもしれないと思いはじめる。
最悪な事態を想像した萌乃は、最悪の事態に備えて幸太郎を向かわせるべきではないかと考えると、勝手な命令を下した麗華の考えが読めてくる。
最悪な事態を想像して、麗華も幸太郎にセラたちの元へと向かわせる命令を下したのだと萌乃は察した。
しばらくかわいらしいうねり声を上げて考えた後――克也には悪いと思いながらも、萌乃は幸太郎をセラたちの、そして、ティアストーンの元へと向かわせることにする。もちろん、一人で行かせるわけにはいかないので自分も一緒に。
「克也さんに怒られると思うけど……仕方がないわね」
「秘密にしておけば大丈夫です」
「……セラちゃんたちからバレると思うんだけど」
「あっ……じゃあ、怒られる時は二人で」
セラに怒られることを想像して恐れを抱きながらも、幸太郎の決意は変わらない。
強固な決意を抱きながらも、相変わらず能天気な態度の幸太郎に不安を残しながらも、萌乃は幸太郎を連れてセラたちの元へと向かう。
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