第36話

 左右の手に持った武輝である双剣を交差させ、そして、羽のように背中にある六本の光の剣をはばたかせて、アンプリファイアから放たれる緑白色の光を身に纏ったノエルは宙を滑空しながらセラに襲いかかった。


 突進する勢いで一気にセラに接近すると、交差させた剣を一気に振り払った。


 対応できない速度で接近して攻撃してくるノエルに、避けることができなかったセラは咄嗟に武輝で防ぐが、全身にノエルの攻撃の衝撃が襲い、耐え切れずに吹き飛んだ。


 吹き飛んでいるセラに、ノエルの背中で羽根のように展開している光の剣が襲いかかる。


 吹き飛ばされながらも体勢を立て直したセラは、襲いかかる光の剣を手にした武輝で対応する。


 いっせいに襲いかかる六本の光の剣は、一本一本ノエルが操っているかのような正確な動きでセラに攻撃を仕掛けていた。


 吹き飛ばされていまだに宙にいながらも、舞うような動きで光の剣の攻撃をセラは武輝で受け止め、回避して対応しているが――そんなセラに向けてノエルは光を纏った手にした双剣から光弾を発射する。


 六本の光の剣なら何とか対応できたセラだが、遠距離からの攻撃に対応できなかったセラは光弾が直撃して怯み、その隙に六本の光の剣はいっせいに攻撃を開始する。


 光の剣の連撃を受けて、怯みながらもセラは自身の周囲に光のバリアを張って自分を守る。


 光の剣がバリアに弾かれると同時に、セラはノエルに向けて疾走する。


 順手で持った武輝を逆手に持ち替え、体術を織り交ぜた連撃を仕掛けるセラ。


 八本の武輝で圧倒的に手数が多いノエルに対抗するため、セラも体術と剣術を織り交ぜて手数を増やしていた。


 身体ごと捻って回し蹴りを放ちながら、剣を薙ぎ払う――だが、蹴りは後方に身体をそらして回避され、剣はノエルが操作する光の剣が受け止めた。


 すぐさまノエルは左右の手に持った剣を交互に突き出し、光の剣を襲わせる。


 セラは半身になってノエルの刺突を回避し、光の剣を回避し、剣で受け止めながら、同時にノエルの鳩尾に掌底を放つ。


 咄嗟にノエルはセラの掌底を手にした剣の柄で払い、もう一方の剣を振り下ろした。


 セラは飛び退いて回避した瞬間、六本の光の剣が一気にセラに向けて突き出された。


 空中にいるセラは身体を捻って光の剣の攻撃を回避するが、脇腹を深く掠めた。


 鋭い痛みが走り、セラは着地と同時に苦悶の表情を浮かべて膝を突き、全身で息をしていた。


 ……強い。

 元々の強さにアンプリファイアの力が加わって、手も足も出せない……でも――


 さっきまではノエルを圧倒していたセラだが、アンプリファイアの力を使って仮初でありながらも圧倒的な力を得ているノエルに、セラは手も足も出せなかった。


 一気に追い詰められて満身創痍のセラだが、それはノエルも同じだった。


 輝石から生み出されたイミテーションと呼ばれる存在のノエルは、輝石の力を極端に増減させるアンプリファイアの力を使っているせいで、相当な負荷が身体にかかっており、無表情を装っているが歯を食いしばって苦悶の声を上げずにいた。


 だが、一撃一撃に憔悴と、一気に決着をつけようとしている焦りのようなものを感じ取っているセラには、ノエルが内心でアンプリファイアの力で苦しんでいることはわかっていた。


 それを理解しているからこそ、諦めるわけにはいかなかいセラは武輝を支えにして立ち上がる。


 ――ノエルさんを早く止めないと、彼女の身体が危険だ!


 裏切られてもノエルを止めようとしたアリス、美咲、クロノの気持ちを想えば、ここで諦めることなんて絶対にできなかった。


 その思いを胸に、セラは痛む身体を押してノエルに疾走する。


 向かってくるセラにノエルは光の剣を発射するが、セラはダンスのターンをするような軽快な動きで回避をしながら、剣を振って光の剣を弾き飛ばした。


 そして、力強く一歩を踏み込んで、一気にノエルに接近して間合いに入ると同時に剣を薙ぐ。


 回避と同時に間髪入れずに攻撃に転ずるセラから、ノエルは羽根のように背中に展開している光の剣を羽ばたかせて上空に飛んで回避する。


 光の剣を羽ばたかせて上空にいるノエルは、左右の手に持った剣の刀身に光を纏わせ、交互に剣を振って発射した光弾を地上にいるセラに向けて何発も放つ。


 上空からの攻撃に地上にいるセラは走り回って回避しているが、そんなセラの背後に飛び降りたノエルは左右の手に持った剣を同時に振って不意打ちを仕掛ける。


 背後に回ったノエルに反応したセラは、ノエルの攻撃に合わせて身体を回転させ、避けると同時に反撃を仕掛けるが――光の尾を残して飛んでくる光の剣がセラに衝突して行動を中断させた。


 そのままセラはノエルの強烈な一撃を受けてしまい、吹き飛んでしまう。


 吹き飛んだセラに向け、全身にアンプリファイアと同じ緑白色の光を纏うノエルは突進する。


 吹き飛ばされながらも体勢を立て直したセラは、迫るノエルに武輝から光弾を数発放つ。


 全身に纏う緑白色の光がセラの放った光弾をかき消し、無力化するが、それでも何発も放たれた光弾によって突進の勢いが僅かに弱まり、回避の隙が生まれた。


 着地と同時に横に飛んでノエルの攻撃を回避するセラだが、再び膝を突いて倒れる。


 セラにトドメを刺そうとするノエルだが――無表情を苦しみに歪めると同時に背中に展開していた光の剣が消え、身体を蝕むアンプリファイアの力の影響に膝を突いてしまう。


「ノエルさん、あなたももう限界だ……アンプリファイアの力を使うのをやめてください」


「……私は任務を遂行します」


「自分の命を捨ててまですることなんですか?」


「当然です――私の存在意義は父から与えられた任務を遂行することです」


「クロノ君は、美咲さんは、アリスちゃんはあなたが命を落とすことを望んではいない!」


「……関係ありません」


 ノエルの答えに澱みはなかったが、クロノ、美咲、アリスのことを言われてノエルは僅かな間を置いて答え、ゆっくりと立ち上がる。


「……本当に関係ないと言えるんですか?」


「クロノは裏切者であり、制輝軍は目的達成のためのただの駒に過ぎません」


「裏切られても尚あなたを信じ、止めようとする彼らの気持ちを知っても?」


「私はイミテーションであり、人間ではありません。彼らの気持ちなど理解できるはずも、する必要もありません」


「理解しなくとも、彼らの気持ちは感じられたはずだ」


「だとしても、感情のない私には彼らの思いなど無意味です」


「嘘だ」


 感情をないと言い張ったノエルをセラは嘲笑を浮かべてハッキリと否定した。


 ノエルと激闘を繰り広げて、セラは僅かだがノエルの動きと攻撃から感情を感じており、アンプリファイアを使いはじめてから彼女から感じられる感情が強くなってきていた。


「私に追い詰められた時、そして、アンプリファイアを使ってから――ノエルさん、あなたは何を感じ、何を思っていたんですか?」


「任務を第一に考えていました」


「命を捨てる覚悟で任務に挑んでいるのなら、それ以外のことも考えているハズだ」


 確信を持っているセラの言葉にノエルは閉口してしまう。


 自分に追い詰められた時に、敗北するかもしれない焦りと、オリジナルである自分を超える想定で作られたのに追い詰められた悔しさ、アンプリファイアを使ってからは負荷による苦しみ、自分に勝利して任務を果たさなければならないという使命感をセラは確かに感じていた。


 だからこそセラは追求を止めない。胸の奥にしまい込み、見ないようにしているノエルの心を、感情を、そして、本音を引き出し、彼女を止めるために。


「人であろうが、イミテーションであろうが関係ない。今自分が何を感じ、何を思っているのが重要なんだ!」


「与えられた任務を果たすことだけが重要です。だからこそ、消滅も覚悟をしている」


「アルトマン――お父様の目的のためにノエルさんが任務を果たそうとしているのは理解できる。それなら、あなたの大切なお父様の計画が台無しにされそうな状況で、あなたは何を思う? お父様の計画が失敗して、あなたは何を感じる?」


「私は……」


「今、ノエルさんが何を思っているのかは私にはわからない――ただ、もしも、私の言ったことでノエルさんにとって最悪な事態を想像した時、身体の中に何か変化が起きたなら……それがノエルさんの感情だ」


 ノエルの奥深くに眠っている感情を目覚めさせるようなセラの言葉に徐々にノエルの無表情が崩れる。


 自分のせいで任務が失敗し、自身の父の計画が崩れてしまい、父が捕まってしまうという最悪な事態を想像したのか、ノエルは暗く、焦燥感に満ちた表情を浮かべた。


 そんなノエルがセラの目には揺らいでいるように見えた。


 芽生えている理解不能で認めたくない何かにノエルは困惑しながらも、その『何か』を理解しはじめ、そして、それを必死に否定しようとしていた。


 セラは待つ。ノエルが芽生えたもの――『感情』を受け入れるまで。


「私は――私はただ、与えられた任務を果たすだけです」


 ……本当に意地っ張りだ。

 ――でも、後もう少し……もう少しなんだ。


 セラに、何よりも自分に言い聞かせるようにノエルはそう宣言して、芽生えそうになるものを必死に抑えた。


 頑なに芽生えそうになる『感情』を認めないノエルにセラは辟易しながらも、確実に彼女は自分の言葉に揺らぎ、感情が芽生えそうになっていることを察した。


 そして、もう少しでノエルを止められると確信していた。


「それが、ノエルさんの本音ですか?」


「私の使命です」


「使命のことを言ってるんじゃない! ノエルさんの本音を聞いているんだ!」


「うるさい! ――うるさい、うるさい、うるさい!」


 駄々をこねるような声でセラの言葉を遮り、全身に炎のように揺らめき、圧倒的な力を周囲に放つアンプリファイアの力を漲らせるノエル。


 再び六本の光の剣を背中に羽根のように展開させ、武輝を合わせて八刀流になるノエル。


 無表情から感情的になった表情で臨戦態勢を整えるノエルを見て、セラは今、これ以上自分が何を言っても無駄であることを悟り、決着の時が来たと感じた。


 圧倒的な力を放つノエルに気圧されながらも、彼女を止めるためにセラは――前に彼女と戦った時、成功しかけた奥の手を出すことに決める。


 まだ自分のものにしていないが、八本の刃を操るノエルに対抗するため、セラは何とかして奥の手を出すのを成功させる。


 セラは武輝に変化した輝石の力と意識を、武輝を持っていない方の手に集中させる――すると、武輝を持っていない方の掌に光が生まれる。


 生まれたその光を優輝が生み出す光の刃のような形に形成させる。


 そして、光の刃となった輝石の力を練り上げ、頭の中にもう一本の武輝をイメージする。


 大和やリクトが武輝を複製するように、セラも武輝を複製するイメージした。


 光の刃から放たれる光が徐々に強くなるが――中々、イメージ通りに形作れない。


 ノエルとの戦闘で消耗したせいで集中できず、生み出した光の刃が徐々に消えそうになり、徐々に焦りが生まれるセラだが――


『セラさんなら大丈夫』


 幸太郎の声が頭の中に響いたセラは、生まれた焦燥が消え、冷静に戻ると同時に胸の中がポカポカ温かい気分になり、さらに集中が強くなる。


 そして――ついに、セラの手にした光の刃が剣になる。


 ずっと前から練習していたセラの奥の手がついに成功した。


 ただ複製するのとは違い、武輝に変化した輝石から力を大量に引き出し、その力を極限に、精巧なまでに練り上げたものは、もう一本の武輝と言っても過言ではなかった。


「さあ、もう終わりにしましょう――ノエルさん」


「あなたを倒して、私は任務に戻る――イミテーションに戻る」


 二刀流になって戦闘準備を終えたセラは決着をつけるつもりだった。


 そして、ノエルもまた決着をつけるつもりであり、任務を果たすため、セラに乱された自分を本来の姿に戻すつもりだった。


 一瞬の沈黙が流れるが――同時に一歩を踏み込んだセラとノエルが沈黙を破る。


 疾走するセラに向けて光の剣をいっせいに発射させるノエルだが、それらすべてをセラは二本の武輝で弾き飛ばし、一気に接近する。


 間合いに入ると同時に踊るような足運びで、振り下ろし、薙ぎ払い、振り上げ、突き出し、同時に振り下ろす――二刀流で戦うノエルの姿を頭の中でイメージしながら、彼女のように左右の手に持った剣を交互に、息つく間も与えないほど素早く振うセラ。


 二刀流になって一気に手数が増えたセラだが、八刀流のノエルは二本の武輝と六本の光の剣を駆使してセラを迎え撃つ。


 セラの連撃を回避しながら、ノエルは手にした二本の剣でセラの攻撃を防ぎ、受け流しながら、六本の光の剣を自在に操ってセラの死角に向けて飛ばす。


 死角からの攻撃に反応して対処するセラに反撃をするノエルだが、二刀流になったセラは一方の手に持った剣で光の剣の対応をして、もう一方の手に持った剣でノエルの武輝による攻撃を対処していた。


 ノエルは六本の光の剣をセラの周囲を囲むようにして配置させ、一気に発射する。


 逃げ道のない攻撃だが、セラは身体を勢いよく回転しながら二本の剣を振う。


 それによって発生した衝撃波で六本の光の剣を弾き飛ばすと同時に、ノエルも吹き飛ばす。


 二人の間に間合いが開き、沈黙が流れる。


 そして、同時に踏み出して沈黙を打ち破り、お互いの武輝と身体に光を纏う。


 アンプリファイアと同じ緑白色の光を纏って突進するノエル、輝石から放たれる白い光を纏って突進するセラ。


 二人が激突し、鋭い金属音と爆発音似た轟音が鳴り響き、お互いの身体が交錯する。


 再び流れる沈黙――それを打ち破ったのは、膝を突いたセラだった。


 そして、遅れてノエルは身に纏っていた緑白色の光が消えると同時に膝を突き、武輝を手放して倒れた。


 ――終わった……


 ノエルが倒れ、彼女の手から離れた武輝が輝石に戻り、決着がついたと確信するセラ。


 だが、まだ喜べない――セラの目的は勝利ではなく、ノエルを止めることだからだ。


 しかし、戦闘が終わって気が抜けたのか、セラは後ろのめりに倒れてしまいそうになる。


「大丈夫? セラさん」


 気の抜けたようでありながらも、聞くだけで安堵する声とともに、倒れそうになるセラの身体は誰かに抱えられた。


 突然の声と、抱き止められた状況に戸惑いながらも、自分を後ろから抱き止める人物に視線を向けると――相変わらず屈託のない笑みを浮かべている幸太郎と、その傍らには妖艶な笑みを浮かべている萌乃薫がいた。


 二人の登場に驚きながらも、セラは幸太郎に抱き止められて安堵していた。


「こ、幸太郎君? それに……萌乃先生までどうしたんですか?」


「幸太郎ちゃんがわがまま言うから仕方がなく……あ、幸太郎ちゃん、セラちゃんの怪我の具合を見るから、そのままそっと下ろしてあげて、膝枕してあげなさい。それと、頭もナデナデしてあげて」


 疑問に答えるよりも、今は傷ついたセラの身体を診ることが先決だと判断した萌乃は幸太郎に指示を出すと、「はーい」と出された指示を的確にこなす幸太郎。


「セラさん、よしよし」


「や、やめてください……」


 幸太郎に膝枕をされて頭を撫でられてしまい、気恥ずかしそうに頬を染めて抵抗しようとするが、満身創痍のセラには抵抗できずにされるがままにされてしまっていた。


 恥ずかしそうで不満気な表情を浮かべるセラだが、満更でもなさそうだった。


 幸太郎の膝の感触と、掌の感触を味わっていたが、すぐにセラは上体を起こした。


「それよりも、ノエルさんは――いない……まさか!」


 倒れたノエルの姿を確認すると、彼女の姿は消えていた。


 ――アンプリファイアを使ってボロボロなのに……

 そんな状態で無理をしたら――


 アンプリファイアの力を使って満身創痍のノエルが無理をして父であるアルトマンの元へと向かったと判断したセラは嫌な予感が頭を駆け巡り、無理して起き上がろうとするが萌乃と幸太郎に止められる。


「しばらくセラちゃんは安静してなさい」


「で、でも、ノエルさんが……」


「じゃあ、僕が追いかけるね」


 萌乃に安静するようにと告げられても納得できないセラ。


 特に何も考えていない様子の幸太郎はすぐにセラの言葉に反応してノエルを追おうとする。


 幸太郎を一人でノエルと会わせるのに不安を抱くセラだが――


 もしかしたら、幸太郎君なら……


 幸太郎の能天気さに何度も救われた経験があるセラは、幸太郎なら感情が芽生えかけていながらもいまだに頑ななノエルを解きほぐせるかもしれないと思い、任せることにする。


「……幸太郎君、ノエルさんをお願いします」


「ドンと任せて」


 頼りないほど華奢な胸を張り、幸太郎はノエルを追うために先へ向かった。


 ……ノエルさん。

 あなたはイミテーションでありながらも、一人の人間なんだ。

 だから、感情も、自由な意思を持つことも何も間違っていない。

 ……私もクロノ君やアリスちゃん、美咲さんのように待っていますから。

 ――幸太郎君、後のことは任せました。


 自分の今の思いをノエルに告げられないことを悔やみながらも、今はノエルのことは幸太郎に任し、萌乃に身体を診てもらうことにした。


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