第18話

 一体、あれは何だ……何が起こっているんだ。


 教皇庁本部屋上からパーティー会場内で発生している騒動――自分が用意した兵輝使用者たちが、アルバートの用意した輝械人形に襲われているという想定外の状況に、北崎は呆然とした様子で眺めていた。


 そうか……やっぱり、本当に……裏切ったんだね、アルバート君。

 最高だよ……まさか、こんな時にまた裏切られるなんて、最高だよ……


 想定外の事態に理解が追いつけずに混乱しきっていたが、徐々に平静を取り戻すと同時に北崎は込み上げてきた身を焦がすほどの激情が湧き上がり――


 激情を吐き出す代わりに、北崎は勢いよく噴き出してしまった。


 感情を爆発させるよりも笑ってしまったのは、再び協力者に裏切られてしまった自分が心底バカバカしく思ってしまったからだ。


 彼らがいなければ兵輝を完成させることができなかったので、目的は違えどそれなりに彼らを信用して、感謝もしていた。お互いに利用して、いつでも切り捨てられるように考えていた関係だったのに、最後の最後で北崎はアルバートを信頼してしまったことに気づいた。


 それに気づいた途端、今回アルバートに裏切られたことが自分の責任でもあることを察して、北崎は更に笑う。心の底から笑いながらも、彼の眼だけはまったく笑っていなかった。


「満足しているようで何よりだ」


「――うん。君のおかげで中々楽しくなっているよ」


 夜空に向かって大きな笑い声を上げている北崎に向けて、背後から笑いを堪えた声が届く。


 笑うことしかできない自分をせせら笑う、聞き慣れた声の持ち主――土壇場で自分を裏切ったアルバートの登場に、再び激情が込み上げるが、裏切りながらもわざわざ自分に会いに来てくれたアルバートの厚かましさに、北崎は愉快そうに笑いながら振り返った。


 振り返ると、そこには堂々と薄ら笑いを浮かべたアルバートが立っていた。


「君の先生が、裏切った君の不始末をするためにここから離れたんだけど……会わなかったのかな? それとも、先生もグルなのかな?」


「会っていなければ、先生は何も関係はない。これは私の独断だ」


「なるほどね。それなら、彼は一体どこに向かったんだろうね」


「さあ。先生とは長い付き合いだが、相変わらず何を考えているのかはわからないのだ」


「短い付き合いだけど、それは同感だね。それに、はどうにも信用できないんだよね」


「その点については同感だ」


「結構僕たちは気が合うね。お互い腹を割って話したら、考え直してくれるかな?」


「残念だがそのつもりはない」


 フレンドリーな雰囲気で軽快にトークを繰り広げながらも、お互いに警戒しており、今にも弾けそうなほど空気が張り詰めていた。


「それにしても、君が土壇場で裏切るなんて思いもしなかったよ」


「お互い様だ。君も今回の件を終えたら、我が師と私を切り捨てるつもりだったのだろう?」


「おやおや、バレてしまっていたか。ごめんごめん」


 アルバートの指摘に、北崎はいたずらっぽく、それでいて性悪に笑いながら認めた。


 アルバートの裏切りに怒れなかった大きな原因は、彼の指摘にあった。


 今回の件が終わったら、北崎は便利な協力者であったアルバートとアルトマンの情報をアカデミーに流すつもりだった。


 兵輝が完成し、七瀬幸太郎という強大な力を手にした以上、アルバートの輝械人形も、賢者の石の力を持ちながらも何を考えているのかわからず、利用し辛く、いつ裏切られるのかわからないアルトマンはもう必要なかったからだ。


「まあ、勘弁してよね。お互い利用していたんだから、いつかはどこかで裏切られるってお互いにわかっていたことなんだからさ」


「その点については私も気にしてはいないさ」


「それなら、どうしてこの土壇場で裏切ったのかな? せっかくお互いの発明品を宣伝できたのに。まさか、アカデミーの反吐が出るほど青臭い未来絵図に同調したのかな?」


「勘違いするな。私の目的は何一つ変わっていない」


「それならどうして裏切ったのかな? 結構ショックで、しばらくは枕を濡らしちゃいそうなんだけど」


 裏切られたことを察してからずっと抱えていた純粋な疑問をアルバートにぶつける北崎。


 いつかは裏切られると思って覚悟はしていたが、まさかお互いの目的が順風満帆な最中――お互いの発明品が世界中に宣伝されている時を狙って裏切られるとは思いもしなかったからだ。


 その疑問に、アルバートは気分良さそうに微笑み、「それは――」とゆっくりと口を開く。


「――邪魔なのだよ、君も兵輝も、すべてが」


 ――まさか……


 忌々し気にそう答えたアルバートは、ポケットの中からスイッチを取り出した。


 一目で爆弾の起爆スイッチであることに北崎が気づくと同時に、アルバートは躊躇いなくそれを押すと――


 鳳グループ本社から再び月のない夜空に轟音が響き渡り、炎とともに黒煙が舞い上がった。


 そして、薄暗い非常照明に照らされていた会場が、建物が、闇に覆われた。


「……やってくれたね、アルバート君」


「これで君は――兵輝はもう終わりだ」


 非常電源装置を爆破させたことに気づくと同時に、アルバートの魂胆を読んだ北崎。


 常にフレンドリーな笑みを浮かべた優男の北崎の整った表情が、激情とどす黒い本性が露になったのを見て、アルバートは気分良さそうに微笑んだ。




―――――――――




 輝械人形が現れてすぐに爆発音が再び轟き、建物全体が揺れると非常照明が消え、パーティー会場は暗闇に包まれる。


 エレベーターの近くにある緊急用の懐中電灯と、輝石使いの持つ輝石から放たれる光が照明となっているが、それでも光源は僅かであり、部屋全体を照らすほどの明かりはなかった。


 再度暗闇に包まれ、避難用エレベーターの順番待ちをしている出席者たちに不安が襲いかかるが、非常電源装置とは独立して動いている避難用エレベーターは動いており、懐中電灯を持った大悟たちの呼びかけと、傍にいる輝士たちのおかげで恐慌状態に陥ることはなかった。


 多少のざわつきがあっても出席者たちの避難は滞りなく進んでおり、順調だった。


 一方の兵輝使用者たちを相手にしている巴たちも、順調に彼らを倒していた――正確には、巴たちの活躍ではなく、兵輝使用者の味方であるはずの輝械人形のおかげだった。


 味方であるはずの輝械人形に襲われてパニックになっているだけではなく、暗闇に包まれたせいで大勢いた兵輝使用者たちは一気に倒されてしまっていた。


 身体能力だけではなく、五感すべてが強化されている輝石使いには視界が暗闇で覆われても普通に戦えるのだが、兵輝を使用して一時的に武輝を生み出して輝石使いと同等の力を得ている、普段は輝石の力を持たない彼らは違う。


 身体能力や五感が強化されていても、それらをまだ自分のものにしていない兵輝使用者たちは、視界がほぼゼロの状況でまともに戦うことができなかった。


 輝械人形が兵輝使用者たちの相手をしている隙に、巴たちは暴れている輝械人形たちを警戒しながら避難用エレベーターの順番待ちをしている出席者たちを守ることを優先していた。


 そんな現状に、出席者たちの避難の誘導をしながら、大悟は疑問を抱いていた。


 アルバートたちの間で何かが起きているのは確実だが、自分たちの発明品が世界中に宣伝される絶好の機会で仲間割れを起こしたことが不可解だった。


「何かがおかしい――あなたもそう思っていますね」


 現状について浮かんだ疑問について思案する大悟の心の内を見透かして、声をかけるエレナ。彼女もまた大悟と同様に現状についての疑問を抱いていた。


「ああ。この状況で仲間割れを起こすのはお互いにとってメリットはない」


「輝械人形が暴れているということは、今回の騒動はアルバートが引き起こしたことと想像できますが、自分の思い描いている未来に絶対的な自信を持ち、その未来を実現させるために手段を選ばない彼が世界を変える絶好の機会を逃すのは不自然です。考えにくいことですが、心変わりして我々の味方をした、というのは考えられますか?」


「考えられないな。輝石使いを危険視しているあの男にとって、輝石使いを保護しようとしている我々は邪魔な存在だ。味方になることはまずありえない」


 輝械人形が兵輝使用者たちを襲っているということで、輝械人形を発明したアルバートが北崎たちを裏切ったのかもしれないと想像できた二人だが、それ以上の推測はできなかった。


「大悟氏の言う通り、アルバートが我々の味方になることなどまずありえないだろう」


 疑問が疑問を呼んでいる状況で、非常階段から煤だらけで汚れた白衣を身に纏った、警備室で監視カメラをチェックしていたヴィクターが現れた。


「大丈夫か、ヴィクター」


 白衣も顔も煤だらけのヴィクターを無表情ながらも心配する大悟に、相変わらずの狂気を滲ませた力強い笑みを浮かべるヴィクター。


 そんなヴィクターの笑みを見て、問題ないと悟った大悟は「状況はどうなっている」と、監視カメラをずっと眺めていたヴィクターに状況の報告を求めた。


「電源装置と非常電源装置がある階だけではなく、複数階が爆破された。妨害電波が流れているせいで本社内と本社周辺は映像機器も通信機器も使えない状況だ。肝心な防火システムも乗っ取られて立ち昇る煙や炎も防げない状況だ。一部の防火システムは復旧できたが、さすがに警備室にも煙が襲ってきたから現状の報告ついでに避難用エレベーターのあるここまで来たというわけなのだよ」


「通信だけではなく映像も? ……どういうことだ?」


「ヴィクター、アルバートと付き合いの長いあなたなら子の状況をどう見ます?」


 ヴィクターの報告を受け、自分たちの発明品を世界に宣伝する絶好の機会だというのに、映像も通信もすべて繋がらないに状況になっていることに、更なる疑問が生まれる大悟。


 その疑問を解決すべく、エレナはヴィクターに意見を求めた。


「私が開発した探知機でアルバートが本社内にいる反応を見つけたのは、会場内にいる警備を捜索に割くための罠だ。そして、今起きているこの騒動もアルバートの罠――すべて、アルバートの仕組んだことだと私は結論づけた」


「その理由は?」


「いくつか理由は考えられるのだが――本人に聞いてみないと断定はできない」


 すべてがアルバートの仕組んだ罠であると決めつけたヴィクターに、エレナはその理由を尋ねたが、ヴィクターは意味深でありながらも、どこか寂しそうな笑みを浮かべて答えなかった。


 そんなヴィクターのしっとりとした笑みを見て、アルバートとヴィクターとの間に入れないと察した大悟とエレナは深く尋ねることはしなかった。


「とにかく、今はモルモット君と我が娘たちにすべてを委ねよう。どうして気づいたのかはわからないが、彼らは今、モルモット君の本体がある場所であり、アルバートたちの居場所――教皇庁本部へと向かっている。僅かな間だけ復旧させた監視カメラの映像に、教皇庁本部に向かう彼らの映像が映し出されていたから、間違いないだろう」


「教皇庁本部? ……灯台下暗しといえど、そんなところにいたとは。しかし、どうして自分の身体がそこにあると気づいた」


「七瀬さんは肉体と精神の間にある見えない繋がりを感じることができたのでしょう。それに、アルバートたちが教皇庁本部を隠れ家にしているのも納得できます。教皇庁本部ならば、容易に隠れることができるでしょう」


 幸太郎の本体が教皇庁本部にあると気づいたことと、アルバートたちが教皇庁本部を隠れ家にしていたことに、無表情ながらも驚くとともに疑問を抱く大悟だったが、エレナの言葉を聞いて得心した。


「肉体と精神の間にある見えない繋がりについては理解できないが、確かに今の教皇庁本部――墜落事件後に本部の警備を事件の捜査に回したせいで若干手薄になっている今なら、隠れることも容易だ。なるほど、相手はこちらの対応の早さに付け込んできたのか。見事だ」


「それに、相手はティアストーンに手を出さなければ、こちらが敏感に反応しないとわかっていたのでしょう。まあ、手元に七瀬さんという賢者の石の力があったから手を出さなかったのでしょうが。それでも、意表を突かれたことには変わりありません。油断しました」


「今回の件は今後の大きな課題になりそうだ。いくら決断が早くなっても、それが原因で相手につけ入る隙を与えてしまうのなら、意味がない」


「難しい課題ですね。早急に決断しなければならない事態も存在しますから」


 鳳グループと教皇庁が確固たる協力関係を築いてから、物事の決断をするのが早くなったのを利用した相手の計画にエレナと大悟は感心しつつも、今後の課題が敵のおかげで見つかってしまって僅かに顔をしかめて悔しそうにしていた。


 状況を忘れて今後の課題について話し合っている強大な組織のトップ二人に、ヴィクターは「ウォッホン!」とわざとらしく咳払いをして、


「課題を真面目に取り組むのは結構だが、今は避難を誘導して、事態の解決を急ぐのを先決だというのを忘れないでくれたまえ――どうやら、輝械人形は我々に狙いを変更したようだ」


 そう言ったヴィクターの視線の先には、兵輝使用者たちを全員倒した輝械人形たちが、避難用エレベーターの順番待ちをしている出席者たちを守る巴たちに向けられていた。


「……北崎たちを裏切ったようだが、アルバートの目的は何一つ変わっていないようだな」


「自分の思い描く未来が完璧であると昔から信じて疑わないのだから、当然だ」


 兵輝使用者たちから自分たちに狙いを定めた輝械人形たちを見て、アルバートの目的が何一つ変わっていないことを察する大悟に、旧友のことをよく知るヴィクターは当然だと言わんばかりに、それ以上に自慢げに胸を張って頷いた。

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