第19話

「ここから会場がどうなってるのかわからないけど、兵輝を手にしたばかりで、環境の変化にはもちろん、力の扱い方も慣れていないから、暗闇で視界を奪われれば全滅するに決まってるよね? まさか、ここまでしてくるなんて思いもしなかったよ。ひどいなぁ」


「そこが兵輝の弱点だ。兵輝を扱うのが、輝石の力に慣れていない人間である以上、普通の輝石使いと違って力に慣れていないし、彼らのように自由自在に扱えることなどできない」


「君のことだから、兵輝を宣伝させないために妨害電波を流して、マスコミの持っているカメラを使いものにならないようにしているんだろう?」


「無論だ。輝械人形を宣伝できないのは残念だが、危険な兵器を宣伝させるわけにはいかないのだ」


「いやぁ、参った参った。降参だよ、ホント、降参。もう打つ手なしだ」


 暗闇に包まれて何も見えなくなった鳳グループ本社のパーティー会場を眺めながら、北崎は自虐気味で力のない笑みを浮かべてそう呟いた。


 当初立てていた計画では、電源装置を破壊して非常照明に切り替わるのを合図に、出席者のボディガードとして鳳グループ本社内に入れた、北崎が用意したアカデミーに恨みを持つ人間が兵輝を使用して、会場内で輝械人形とともに暴れるというのが計画だった。


 しかし、裏切ったアルバートが非常電源装置を爆破して、自分が用意した兵輝使用者たちを不慣れな状況に追い込み、更には妨害電波を流すことによって兵輝や輝械人形おw世界に宣伝するために用意したマスコミたちのカメラを使用不能にさせたので、自分の目的が潰えたことを察した北崎はただただ脱力したようにため息を漏らし、自虐気味に笑いながら降参を認めることしかできなかった。


 そんなに簡単に降参を認める人間ではないことを知っているアルバートは、投げやりな北崎の態度を不審に思いながら、警戒していた。


「まあ、君が僕や兵輝を邪魔だと思うのは仕方がないよね。輝石を扱う資格を持たない一般人でも輝石使いすることができるんだから、輝械人形と比べて圧倒的に革新的な技術だ。これがあれば、輝械人形なんて必要ないだろうね」


 ……認めたくはないが、その通りだ。


 裏切られたせいで一気に追い詰められてしまった腹いせなのか、北崎はニタニタと嫌味な笑みを浮かべながら輝械人形よりも兵輝の方が優れていると言い放つ。


 忌々しく思いながらも「その通りだ」とアルバートは北崎の言葉を認めた。


「君が我々と接触した時に見せてくれた兵輝の設計図を見てからずっと、兵輝は輝械人形を超え、未来を大きく変える存在になると確信していた。我が師もそう思っていただろう。君は天才だ。水と油の関係だった輝石と機械の力を、輝械人形以上に同調させた兵輝というアイデアを作り出したのだから」


「天才と評される君にそう言ってもらえるとは光栄の極みだよ。嬉しい♪」


「しかし、私は同時に思った。一般人でさえも輝石使いに変える兵輝は将来争いをもたらす力であると。今までは見て見ぬ振りをしていたが完成し、安定した力を引き出せるようになってから、その危機感が更に強くなった」


「それが土壇場で僕を裏切った一番の理由かな? それだけのために、世界を変える絶好の機会を潰すなんて、かなり思い切ったね」


「時間を費やせば機会なんていくらでもやってくる。私は輝械人形の宣伝よりも、君の兵輝が作り出す争いに塗れた未来の可能性を潰したかっただけだ」


「いやぁ、立派だよ。今回の行動だけなら、君は世界を救った英雄だ」


 自分のことよりも世界の未来のことを考えるご立派なアルバートの考えと行動力に、北崎は皮肉に塗れた称賛の言葉と拍手を送り、口角をいやらしく吊り上げて嘲笑を浮かべていた。


「でも、争いを生むのは兵輝や輝石使いだけじゃない。君の輝械人形だって同じだ。それに、新型輝械人形には兵輝の技術が応用されているのに、兵輝を否定するなんて何だか矛盾しているよ。どんなに立派な思想を持とうが、美辞麗句で飾ろうが、その事実は変わらないよ?」


 確かにそうかもしれないが――違う!

 私の最高傑作をお前の兵輝と一緒にするな!


 自分の思い描く明るい未来に必要な輝械人形を兵輝と一緒にするなと声を大にして口に出したいアルバートだが、心の底では北崎の言葉に同意しているため上手く反論できない。


 悔しそうな表情を浮かべて反論できないアルバートを、先程パニックになっていたパーティー会場内を眺めていた時以上に、気分良さそうな表情で眺める北崎の話は続く。


「君は僕や兵輝に対して不信感を抱いていた時点で君は迷ったんじゃないかな? ……その時点で、君はもう終わっていたんだ」


「そんなことなどありえない。余計な感情に惑わされていたつもりはない」


「自分じゃ気づいていないみたいだね。まあ、今の君に崇高な目的を果たせるとは思えないかな? 残念だけど……僕と同じで君ももう終わりだ」


「爆弾、か……どうやらお互い考えることは同じようだな」


「切り札は最後まで残しておくってよく言うじゃないか」


 意味深な笑みを浮かべた北崎は、スーツの内ポケットから小さなスイッチを取り出した。


 一目で北崎の持っているスイッチが爆弾の起爆スイッチであることを察し、自分と同様にどこかに爆弾を仕掛けたことに気づいた。


「君に指摘された通り、僕はこの計画が終われば君たちを裏切るつもりでいた――それなのに、僕が何らかの手段を講じていないとでも思ったのかな? この起爆スイッチを押すと、会場内で暴れている輝械人形は一斉にボカンだよ♪」


「いつの間に……抜け目のない奴だ」


「昨日準備があるって言って君の前からしばらくいなくなっていただろう? その時にちょっと細工をね。騒動を起こす前に輝械人形の最終メンテナンスを行っていた君にバレるかもしれないと思って不安だったんだけど、気づかれなくてよかったよ」


「随分絶妙な位置に小細工をしたようだ――新型輝械人形の動力は君の設計した兵輝を応用したものを使っているから、そこに仕掛けたのだろう?」


「まあ、輝械人形の構造を隅々まで理解している君の目から逃れるにはそれしかなかったよ」


 目的が果たされた最後の最後で北崎は兵輝の宣伝の邪魔になる輝械人形を爆破させるつもりだったことを察して、彼の抜け目のなさにアルバートは敵ながら感心してしまうとともに、輝械人形の細工に気づくことができなかった自分を悔やんだ。


 しかし、失敗した自分の計画諸共アルバートの計画を潰そうとする北崎の往生際の悪さを目の当たりにしても、アルバートの表情からは余裕は消えない。


 そんなアルバートに何か嫌な気配を感じ取った北崎は、手にしたスイッチを即座に、躊躇いなく押そうとするが――


「君が準備万端であるように、私も準備は整えてある」


 そう言ってパチンと小気味よくアルバートが指を鳴らすと同時に、北崎の背後から音もなく一体の輝械人形――月が隠れた薄暗い夜の闇を照らすほど磨き上げた白銀の鋭角的でシャープなボディ、好戦的でどことなく自分の心の内を読んでいるかのように感じられる赤く鋭い双眸、他の輝械人形とは一線を画す威圧感を放ち、かぎりなく人に近いフォルムの輝械人形が現れた。


 輝械人形の気配を察して咄嗟に飛び退いて距離を取ろうとするが、北崎の動きに合わせて動き出し、起爆スイッチを持っている彼の腕を捻り上げた。


 凄まじい力で腕を捻り上げられ、骨が軋む音ともに激痛が走った北崎は思わず持っていた起爆スイッチを落としてしまい、即座に起爆スイッチを輝械人形は踏み壊した。


「なるほど……この輝械人形が君の最高傑作・メシアだね……」


「前回の戦いではかなりダメージを負ってしまったが、そのあったおかげでメシアは更に強化された。大勢の実力のある輝石使いとの戦闘データのおかげで、彼は相手の動きを数手先読めるようになった。人を超え、輝石をも超える力を持つ、明るい未来を築く救世主である彼がいれば、兵輝など、賢者の石など必要ない――終わりだ、北崎雄一。少し痛い目を見てもらおう」


 残忍な笑みを浮かべた主――アルバートの言葉に従うように、輝械人形・メシアは限界まで捻り上げた北崎の腕を更に捻ろうとする。


 しかし、突然メシアは掴んでいた手を放して北崎から距離を取った。


「最高の輝械人形・メシア――それならちょうどいいかな? 実験には」


 興奮した様子でそう呟いた北崎の手には、輝石を象った六角形の小さな機械――兵輝が握られていたが、その兵輝から赤い光が漏れ出していた。


 その光に呼応するかのように、車椅子に座って意識を失っている幸太郎の全身が淡く赤い光を放ちはじめる。


「まさか……賢者の石の力を実用化したのか」


「まだ一度しか実験していなくて不安が残るけど……まあいいや。君のアドバイスのおかげ通りだったよ。どうやら、今の七瀬君の身体には賢者の石の力が駆け巡っていて、力を引き出せ安くなっているみたいだ。おかげで、こうやって力を引き出せるようになったからね」


「裏切った私が言うのもおかしいが、その力は危険だ。身を滅ぼしかねないぞ」


「慎重になるのもいいけど、時には大胆にならないと君のように中途半端で迷ってしまう」


「……それなら、勝手にするがいい。勝手に自滅すればいい」


 最初に輝械人形を操る際に生じた負荷から守るために、無意識に引き出された賢者の石の力が幸太郎の身体を仮死状態にさせて守っている――そのアドバイスを聞いていたからこそ、北崎は輝械人形を操る時の要領で幸太郎の力を自分の持つ兵輝に接続させた。


 自分のアドバイスのせいで危険な力に手を出した北崎に軽く説得を試みるアルバートだが、兵輝によってもたらされる力に狂喜している彼には届かない――いや、兵輝を使っていなくとも、彼にはいっさいの言葉は届かないとアルバートは感じてこれ以上何も言わずに、自滅するさまを見届けることにした。


「さあ! お互いに実験をはじめようじゃないか! お互いの未来のためにね!」


 狂喜の雄叫びにも似た声を張り上げると同時に、北崎は握り締めた兵輝を武輝――銃身に片刃がついた刀身、柄には銃の引き金がついており、剣と銃が一体化した武輝に変化させ、輝械人形・メシアに飛びかかった。

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