第20話

 鳳グループ本社から出た幸太郎たちは、すぐに幸太郎の身体があると思われる教皇庁本部へと向かい、教皇庁本部のエントランスへと到着した。


 鳳グループ本社で行われているパーティーに警備と人が集中しているため教皇庁本部内には人気がなく、警備もガードロボットたちにほとんど任せていた。


「ノエル、応援は来そう?」


「連絡はしましたが、無理そうです。ほとんどが鳳グループ本社で起きている爆発騒ぎに人員が集中しています。それに、確証がないので人員は割けないとのことです。ただ、騒動が一段落したら応援に来るそうです。今は爆発騒ぎと、会場から避難してきた出席者たちを保護するのが最優先のようです」


「当然ね」


「で、でも、大丈夫、です。アリスさんやノエルさんがいるので、心強い、です」


 応援が来ない孤立無援の状況に、覚悟はしていたとはいえアリスはため息を漏らした。


 不安そうにため息を漏らした自分を元気づけてくれるサラサに、アリスは僅かに頬を綻ばせて照れ、ぶっきらぼうに「ありがと」と感謝する。


「それにしても、ここに来たのはいいけど警備用のガードロボット以外誰もいないし骨折り損になるかも」


「しかし、文句を言わずにここまで来たということはアリスさんもここに七瀬さんの身体がある可能性が高いと思いはじめたのではありませんか?」


「……まあね」


 ノエルの指摘に、心底不承不承ながらも認めるアリス。


 都合よく自分の力の気配を感じ取った幸太郎を信じているわけではないが、それでも彼の身体が、そして、おそらく北崎たちはここにいるのではないかとアリスは考えはじめていた。


「飛行機が墜落した空港から猛スピードでアカデミー都市に向かった車と、昨日暴れた輝械人形のことを考えれば、北崎たちはアカデミー都市内にいる可能性は高い。でも、昨日からずっと大勢の人員を割いて七瀬の居場所を探っているけど、何も見つからないどころかヒントも得られていない――でも、いくつか探していない場所がある」


「それが鳳グループ本社と教皇庁本部――ですね。灯台下暗し、でしょうか」


「ノエルの言う通り、誰も敵の本拠地のど真ん中を隠れ家に使うなんて思いもしないから、リスクがあるけど隠れ家としてはかなり使える。鳳グループは会場内の準備のせいで警備が厳重だったから安易に近づけないから、教皇が海外に行っていて若干手薄な本部に七瀬がいる可能性が高い……だから、あながちここに来たのは間違っていないかもしれない」


「何だか照れる」


「ウザい。調子に乗らないで」


 色々と総合的に冷静かつ慎重に判断した結果、幸太郎の行動を支持したアリス。


 自分のことを信じてくれるアリスに呑気に照れる幸太郎。


「調子に乗っていないで、自分を探すことに集中して――それで、何か感じるの?」


「全然」


「単に気づいていないだけということも、ボケボケの能天気な七瀬なら大いにありえる」


「ぐうの音が出ないけど、あの時みたいにギンギンでビンビンな感じが来たらすぐにわかるよ」


「あてにならない。それと、表現が気持ち悪い」


 抽象的で気持ち悪い表現で自分の力を感じ取っている幸太郎の説明を聞いて、彼の行動を支持した自分の判断が間違っているかもしれないと不安が生まれてしまった。


 そんなアリスの不安を感じ取ったのか、「七瀬さん」と神妙な面持ちのノエルは話しかけた。


「……ギンギンでビンビンというのはどのような感覚なのでしょうか」


 子供のような邪気のないガラス玉のような瞳を幸太郎に向け、恥ずかしげもなく淡々と疑問を口にするノエルに、思春期に入ったばかりのアリスとサラサの頬が僅かに赤くなる。


「美咲さんもよくその表現を使うのですが、どんな感覚なのかよくわからなくて……何か特別な感覚なのですか?」


「さっきの感覚だと、おへその方がグッときて、そこからグワッと何かが突き上げてくる感じ」


「何だかよくわかりません」


「ごめんね、説明が下手で」


「それでも、先程よりもギンギンとビンビンについて理解が深まりました」


「ノエルさんはビンビンでギンギンになったことはない?」


「七瀬さんが説明したようなことは今のところは何も――ああ、美咲さんがよくビクビクしてジュンジュンすると言うのですが、それは一体――」


「ストップ! もういいから!」


 幸太郎とノエルの会話が聞くに堪えなくなったアリスが、慌てた様子で二人の間に入る。


「七瀬! ノエルに変なことを吹き込まないで! それと、いつも言っているけどノエルも簡単に人の言うことを信じないで!」


「それでは、アリスさんはビンビンやギンギンや、ジュンジュンやビクビクについてどう思うのでしょう」


「そ、それは……さ、サラサ、何とかして」


「む、無理、ですよ……」


 答え辛い質問をしてくるノエルに、思春期真っ盛りのアリスは答え辛く、サラサにバトンタッチするが、顔を真っ赤にして気恥ずかしそうにしているサラサも答えられなかった。


 そんな二人の様子を不思議そうに眺めて小首を傾げるノエルは、二人が答えてくれるのをじっと待っていた。


「そ、そんなことよりも、さっさと七瀬の身体を探す」


「わかりました。それでは、セキュリティルームへと向かって本部内の監視カメラの映像を確認しましょう。七瀬さんは、先程のように自分の身体を感じることに集中してください」


「ドンと任せて」


「七瀬に任せるよりも監視カメラの映像を確認した方がいい。急ごう」


「ぐうの音も出ない」


 無垢な子供のような視線で自分を見つめて答えを待つノエルから逃げるように、そして、そもそもの発端である幸太郎に八つ当たりするように、アリスは話題を強引に替えた。


 まだ納得していないこともあったが、アリスの言葉で本来の目的を果たすことに集中したノエルの指示に、精神を集中させて自分の身体の居場所を探る幸太郎――しかし、まったく何も感じられなかった。


 そんな幸太郎にまったく期待していないアリスは、さっさと監視カメラの映像を確認しにセキュリティルームへと足早に向かおうとする――


「二人と君の身体なら、屋上に揃っている」


 ノエルにとって聞き馴染みのある声とともに現れるのは、アルトマン・リートレイドだった。


 意味深な笑みを浮かべて登場したアルトマンに、ノエルたちは咄嗟に庇うようにして幸太郎の前に立ち、アリスとサラサは即座に輝石を武輝に変化させたが、ノエルはそんな二人よりも一拍子遅れて輝石を武輝である双剣に変化させた。


 今すぐにでも飛びかかってきそうな敵意をアリスとサラサから感じ取り、アルトマンは他人事のように一度笑うと、二人から輝械人形と化した幸太郎に視線を向けた。


「輝械人形を操った負荷のせいで、肉体から精神が離れ、輝械人形に精神が定着したのか――なるほど、消えかけていたノエルの命を救っただけではなく、肉体から精神だけを切り離すという荒業もやってのけるとは、さすがは賢者の石だ……こちらの想定を遥かに上回る」


「何だか照れます」


「こちらに現れたということは、切り離された精神が肉体を感知したということか……なるほど、アルバートたちはアカデミー側を終始掌で動かしていたが、それは彼らの気のせいだったようだな。賢者の石から想定外の力が発揮された時点で、二人の失敗は決まっていたようだ」


「ホントに通り屋上にいるんですか?」


「お互い色々あって一触即発状態になっているが、二人は屋上にいるし、昨日からずっと眠ったままの君の身体も至って健康そのもので無事だ」


「よかったですけど……エッチなことされてませんか?」


「安心したまえ。彼らにそんな趣向も、余裕もない」


 敵意をぶつけてくるアリスたちを無視して、舐めるような視線で輝械人形に精神が定着した今の自分の状態を観察して、褒めてくるアルトマンと呑気に会話を幸太郎。


 アルトマンの興味は幸太郎だけに向けられており、アリスたちのことなど、娘の同然のノエルとの再会も心底どうでもいいと言った様子だった。


 そんなアルトマンに、「世間話はいい加減にして」とアリスは苛立った声を上げると、名残惜しそうに幸太郎からアリスたちに視線を向けた。


「突然現れて協力者たちの居場所を教えて何のつもり?」


「私は見たいのだ。七瀬幸太郎の力の行く末が……今回の騒動でどうなるのかが」


 ……目的が不明。


 アリスの質問に答えたアルトマンはこの騒動を他人事のように俯瞰しているような態度であり、そんなアルトマンの雰囲気が自分のよく知るものとは違うように感じるノエル。


「意味がわからないし、信用できない」


「慎重になるのは当然だが、行き過ぎると臆病になる。人の好意は素直に受け取ってくれ」


「余計なお世話――それで、私たちの前に現れてどうするつもり?」


「北崎には手伝いをすると言ってしまったのだが――どうしようか」


 そう言ったアルトマンの全身から放たれた殺気と威圧感と圧倒的な力の気配に、アリスたちは気圧されてしまうが、一歩も退かずに彼を睨み続けて臨戦態勢を整えていた。


 静寂に包まれると同時に、一気に空気が極限までに張り詰め、いつ破裂するのかわからない中――ノエルは思案していた。


 戦闘は避けられない。

 しかし、賢者の石の力を持つだけではなく、輝石使いとしても優秀。

 今いる三人で交戦した場合、相手を倒せるおおよその確率は四割程度――

 相手が時間稼ぎをするつもりで現れた場合その間に、事態は更に混沌と化す可能性大――

 それなら……


「ここは私に任せて、アリスさんたちは屋上を目指してください」


 状況を冷静に分析した結果、ノエルはアリスたちを先に向かわせることに決め、一歩前に出てかつて父として至っていたアルトマンと対峙する。


「でもノエル……大丈夫なの?」


「……問題ありません」


 父と慕っていた相手と一人で戦うつもりの自分を心配してくれるアリスに心の中で感謝をしながら、淡々と問題ないと言い放つノエルだが――無表情ながらも、アリスの目には彼女の中にある躊躇いが垣間見えたような気がした。


 無駄に時間を費やすだけ状況は更に混乱するからこそ、ここは誰か一人が残ってアルトマンの相手をした方がいいとアリスも理解しているが、自分の気持ちを抑えて父と慕っていた相手と戦うつもりのノエルを見て、頭で理解したことよりも、自分の感情を優先させてしまう。


「ダメ、やっぱり私も残る。ノエルを一人にはできないよ」


 ノエルの葛藤を見た気がしたアリスは駄々をこねるように自分も残ると進言するが、ノエルは首を横に振って、懇願するような目を彼女に、そして、サラサに向けた。


「七瀬さんをお願いします」


 躊躇いがありながらも強い覚悟を宿した有無を言わさぬノエルの瞳に、アリスとサラサは圧倒される。


 ノエルの言葉に従った方がいいのか、自分の感情に従った方がいいのかわからないアリスは動けなくなり、サラサもまたノエルの覚悟を感じ取りながらも、アルトマンという強敵相手をノエル一人に任せられないという不安と、幸太郎を早く助けに行きたいという気持ちがぶつかり合って動けなくなる。


「ドンと任せて、ノエルさん」


「すみません、七瀬さん。本来であるなら私が守らなければならいのに」


「大丈夫」


「後はお願いします」


「ノエルさんも、後はお願い」


「ドンと任せてください」


「僕、ノエルさんを信じてるから」


「……わかりました」


 ……胸の奥から何かが込み上げてくる――

 これが、ビンビンでギンギン?


 二人が動けなくなってしまった状況で、短い会話を交わすノエルと幸太郎。


 ノエルは幸太郎の言葉で身体の底から力が込み上げてくるような気持ちになった。


 そして、幸太郎はアリスとサラサの手を強引に引っ張って、屋上へと向かう。


「引っ張らないでよ! ノエルを一人にはさせられない!」


 喚きながら自分を掴んだ幸太郎の手を振りほどこうとするアリス。


 サラサもアリスのように喚くことも強引に振りほどこうすることはしなかったが、それでも残してしまったノエルを心配して、多少の抵抗はしていた。


 しかし、そんな二人の抵抗など気にすることなく幸太郎の歩みは止まらない。


「ノエルさんが決めたことだから」


 今の事態を解決するために、自分を守るために下したノエルの決意を感じたからこそ、幸太郎は二人の手を放すことはしなかった。


 その一言で、この場にいる誰よりもノエルの想いを受け取っているのが幸太郎であると察した時、アリスとサラサの抵抗は止まってしまった。


 ただ、今は事件解決とノエルの無事を祈ることしかできなかった。


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