第21話

 素晴らしい力だ……兵輝も、賢者の石も――

 こんな僕でさえも、力を扱えるなんて! 素晴らしい!


 兵輝が変化した、片手で扱えるサイズの剣と銃が一体化した武輝を手にした北崎は、兵輝によって生み出された高揚感のままに輝械人形・メシアに飛びかかる。


 限界まで間合いを詰めると同時に、手にした北崎は手にした武輝を大きく薙ぎ払った。


 輝械人形でありながらも人間のような滑らかな動きでメシアは北崎の大振りの攻撃を最小限の動きで容易に回避し、彼の襟首を掴んで引き寄せて膝を鳩尾にめり込ませた。


 重い一撃をまともに食らって膝をつきそうにある北崎の顔面に向けて、メシアは容赦なく掌の内蔵武器・ショックガンから衝撃波を放つ。


 至近距離から放たれ衝撃波だが、北崎は鳩尾の痛みを我慢して咄嗟に身をそらして回避した。


 即座に追撃を仕掛けるためにメシアは北崎に掴みかかるが、剣の柄についた銃の引き金を引くと、銃身と刀身が一体化した切先から光弾が連射された。


 眼前で放たれた光弾をメシアは踊るような足取りで半身になって回避する――が、間髪入れずに北崎はメシアが回避した方向へと光弾を発射する。


 しかし、メシアは紙一重で回避して一旦北崎との距離を取った。


 メシアが離れて、北崎は痛む鳩尾をさすりながら、一息つく。


「さすがだ、素晴らしいよアルバート君。これが輝械人形の最終進化形態・メシア――確かに、多くの戦闘データを集めただけあって、僕の行動がすべてを読まれているようだ」


「相手の行動を読むだけではなく、戦闘中に相手の行動パターンをすべて記録し続け、学習しているのだ。戦いが長引くほど相手を学習して成長を続けるメシアは、相手の行動を、相手の未来さえも読み取ることができるのだ!」


「それじゃあ、兵輝を使ったばかりだし、誰かと戦ったこともない博愛主義者で平和主義者の僕はとっても不利なんじゃないの?」


 最高傑作・メシアの持つ力を狂気と興奮が混じった声で声高々に説明するアルバートに、おどけた様子で北崎は肩をすくめ、仰々しく心の底からのため息を漏らした。


「そう言っている割には、随分と君は冷静のようだ……ついさっきまでは兵輝によってもたらされた高揚感に溺れていたというのに」


「それが不思議なんだよね。さっきまでは君の言う通りの状況だったんだけど、身体を動かすにつれて段々思考がクリアになって、身体も軽くなってきたんだ。これが兵輝の力に慣れるってことなのかな? そう考えると、僕のように戦うことが専門じゃない人でも、こうして戦えるんだから兵輝はやっぱり素晴らしいよ。それとも、賢者の石のおかげでもあるのかな?」


「君のような非戦闘員でもまともに戦うことができると考えると、やはりその発明は恐ろしく、世に出てはならないものだ。そして、人には過ぎた力をもたらす可能性がある賢者の石も同様に危険だ。しかし、現段階ではそれらの力は我が最高傑作には劣る――さあ、メシアよ。遊びは終わりにしてやるのだ」


 遊びは終わりだ――アルバートがそう告げると同時に、メシアの身体が輝石から放たれる光に似た白い光に包まれると、メシアの片腕から輝石の力によって生み出された光の刃が現れ、全身を包んでいた白い光が消え去った。


 ――マズい。


 輝石の力で生み出された右腕から伸びた、ピリピリと肌で感じるほど強い力を放つ光の刃を見て、メシアから放たれる雰囲気が一気に変化したことを察知し、嫌な予感が駆け巡る北崎。


 メシアは軽く一歩を踏み込むと同時に、北崎の急接近する。


 先程は比べ物ならないスピードに、北崎は目の前にメシアが現れるまで反応できなかった。


 咄嗟に後退して、眼前に現れたメシアから距離を取るとする北崎だが、その行動を読んでいたメシアは後退しようとして動き出そうとしていた彼の足を払った。


 バランスを崩して後ろのめりに倒れそうになる北崎だが、倒れそうになる勢いを利用して後方に身を翻して体勢を立て直しながらメシアとの距離を取りつつ、武輝から光弾を発射した。


 その行動すらも読んでいたメシアは北崎が放った光弾を右腕に伸びた光の刃で撃ち落としながら、北崎に接近する。


 何度も後方に身を翻してこちらに迫ってくるメシアから逃げながら、引き金を引いて光弾をメシアに向けて発射し続ける北崎。


 北崎の発射する光弾が直撃しても問題はないと判断したからこそ、メシアは避けることも防ぐこともしないで、光弾の雨を受けながら怯むことなく接近していた。


 うわぁー、全ッ然、効いてないや。

 でも、接近戦は不利だし、今はこれしかできないんだよなぁ。

 うーん、ストレスがたまるなぁ。


 放たれた光弾には決定的な威力がないことを知りながらも、接近戦に慣れていない北崎は遠距離攻撃を仕掛け続けていたが、怯むことはもちろん、ボディにかすり傷すらもつけられない状況に、北崎は苛立っていた。


 賢者の石の力を使ってるけど、まだ実感ないなぁ。

 もしかして、この程度なのかな? ――いや、それはありえない。

 教皇でさえも安定して操っていた輝械人形を暴走させたんだし、消えかけていた命も救ったんだから……


 幸太郎から供給される賢者の石の力がまだ実感できていない北崎は、武輝に変化した兵輝から幸太郎に供給されている賢者の石の力に呼びかけながら、その力を引き出すようなイメージを頭の中で思い浮かべながら、引き金を引く――


 すると、刀身に赤い光のエネルギーが収束し、それが光弾となって発射された。


 赤く光る光弾が迫っても、輝械人形は避ける素振りを見せなかったが――何かを感じ取ったメシアは赤く光る光弾を回避する。


 続けて光弾を発射する北崎だが、今のような赤い光弾は出なかった。


 避けられたけど、今の攻撃は間違いなく賢者の石の力が含まれていた。

 あれが直撃したら一気に、状況が変わりそうだけど――当たらなそう。

 でも――じゃないんだろう?


 今放った赤い光弾以上の力を出すために、賢者の石の力に呼びかけ続けるの北崎の邪魔をするように、メシアが目の前にまで接近してくる。


 賢者の石の力が込められた光弾を目の当たりにしたメシアは、一気に決着をつけようと判断を下して一気に間合いを詰めて、光の刃が伸びた右腕を勢いよく突き出した。


 咄嗟に横に飛んで回避すると同時に間合いを開けようとする北崎だが――そんな時に頭の中にノイズ混じりのイメージがぼんやりと浮かんできた。


 避けて距離を取ろうとするが、左手で胸倉を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられる――


 叩きつけられて怯む自分を、掌のショックガンから何度も放たれる衝撃波で痛めつけ、完全に抵抗する意思がなくなったところでトドメに光の刃が伸びた左腕を振り下ろす――一連の流れが頭の中でイメージとして流れた。


 ……何だろう、今のは……

 妙にリアルで、生々しかったけど……


 まるで夢や幻覚を見ているかのような一瞬のノイズ交じりの映像だったが、それでも妙に鮮明であり、まるでこれから起きる最悪の事態の映像を先行公開しているようだった。


 突然頭の中に現れたイメージに戸惑いながら、咄嗟に横に飛んでメシアの攻撃を避けると、イメージ通りにメシアは自分の胸倉を掴もうと左手を伸ばした。


 ……これは、まさか……賢者の石の力?


 頭の中で流れた映像で見たその動きに、即座に反応した北崎は最小限の動きで回避し、逆手で持った武輝を振り上げた。


 振り上げられた北崎の武輝はメシアのボディに直撃し、硬い金属音とともにメシアの固いボディに僅かな傷をつけた。


 戦闘の素人の北崎が、まるでメシアの動きを予測していたかのような鋭敏な反応を見せたことに、アルバートは目を見開いて驚いていた。


 そうだよ、それそれ、そんな感じだ。

 でも、まだまだ、だろう?

 まだまだ、もっと、僕に力を見せてくれ、僕に力を与えてくれ!


 自分の動きに驚いているアルバートを気分良さそうに眺めながら、自分に注意を促してくれた賢者の石の力に歓喜し、北崎は自身に映像を見せたと考えられる賢者の石の力に呼びかける。


 再びメシアが飛びかかるが――北崎は頭の中に流れた映像で飛びかかってきたメシアがどんな攻撃を仕掛けてくるのか理解していた。


 メシアは右腕に伸びた光の刃を突き出しながら大きく一歩を踏み込んで跳躍し、空を蹴って眼下にいる北崎へ向けて襲いかかった。


 目にも止まらぬ速度で襲いかかってくるメシアだが、どんな動きをしてくるのか理解してくる北崎には容易に避けることができた。


 優雅で余裕な動きで軽く後方に向けて跳躍して、上空から襲ってくるメシアの攻撃を回避。


 地上へ落下すると同時に避けた北崎を、右腕から伸びた光の刃を突き出しながら獲物に飛びかかる獣のような凶暴な動きで追う。


 北崎の目ではメシアの動きを捉えられないが、どのタイミングで自分に攻撃が直撃するのかわかっていたからこそ、攻撃をギリギリまで引きつけて回避することができた。


 ギリギリまで引きつけて軽快なステップで半身になって回避した北崎は、自分の脇を素通りするメシアの後頭部目掛けて武輝を振り下ろした。


 北崎に飛びかかった勢いのままにメシアは地面に叩きつけられると、地面のアスファルトが砕け散り、教皇庁本部が軽く揺れた。


 頑丈なメシアでもさすがに地面に叩きつけられた衝撃に怯んでしまうが、人間と違って痛覚がない輝械人形・メシアは即座に北崎に向けてショックガンが内蔵されている左掌から衝撃波を発射――だが、その攻撃も読んでいた北崎は容易に回避し、メシアに馬乗りになった。


 そして、凶暴な笑みを浮かべた北崎はメシアの頭部やボディに向けて、何度も何度も武輝を振り下ろした。


 もちろん抵抗するメシアだが、その動きすらも予知している北崎には無意味であり、何度も何度もメシアに攻撃を続けていた。


 一撃一撃は大したことはなかったが、何度も何度も攻撃を続けている内に兵輝の力に慣れてきた北崎の攻撃の威力が徐々に上がり、頑丈なメシアのボディが凹んで傷がついていた。


 ――いいねぇ、そうそう。こんな力が欲しかったんだ!

 最高だよ! まさか、賢者の石にこんな力が隠されていたなんて! 

 この力さえあれば、僕はすべてを思うがままに操れる! 最高だ!


 何度も未来を見せてくれた賢者の石の力に打ち震え、万能感が全身を支配すると同時に、忘れかけていた高揚感が戻り、自然と笑みがこぼれてしまう。そんな北崎の感情に呼応するように何度も振り下ろしていた北崎の武輝の刀身に淡い光が纏う。


 刀身に光が纏った武輝が眼下にいるメシアの装甲を貫き、メシアは再起不能――


 最後が見えた! これで、終わりだ。


 自分の手によってメシアが再起不能になる映像が頭の中で流れた時、勝利を確信した北崎の笑みが更に強くなり、それに呼応するように武輝の刀身に纏った光が更に強くなる。


 トドメの一撃のつもりで武輝を振り下ろそうとする北崎――


 ――漠然としない抽象的なイメージが北崎の頭の中で一斉に暴れる。


 あ、頭が爆発しそうだ!

 な、何だ、これ……何が何だかわからない!

 一体何が起きている――いや、何が起きようとしているんだ?


 暴れまわっている大量のイメージが激しい頭痛を生み、苦悶の声を上げる頭を押さえながら北崎は、馬乗りになっていたメシアから離れて、蹲った。


「やはり、賢者の石の力を制御することができなかったようだな」


 苦悶の声を上げて蹲っている北崎をアルバートは予想通りといった様子で、それ以上に力を渇望し、溺れた結果苦しむ羽目になった彼を憐れむように、それ以上に嘲るように眺めていた。


 そして、アルバートはポケットの中から先程鳳グループ本社の非常電源装置を爆破した時に使用した起爆スイッチを取り出した。


「事前の準備を整えていたのは君だけじゃない。まあ、君の言葉を借りれば、切り札は最後まで取っておくものだ――この起爆スイッチを押せば、私が兵輝に仕込んだ爆薬が起動する。そうすれば完成された兵輝はバラバラになって、存在も、使用者も、目撃者も全員闇に葬れる……そして、君も楽になれるだろう? さあ、もう終わりにしようではないか」


「お、お互い、考える、ことは……同じたってことだね、や、やっぱり気が合うなぁ♪」


「何がそんなにおかしいのだ」


 輝械人形に爆薬を仕込んでいた自分と同じく抜け目のないアルバートに、激しい頭痛に苦しみながらも北崎は白い歯をむき出しにして余裕の笑みを浮かべた。


 北崎にはアルバートの思い通りになる未来など、見えていなかったからこそ苦しみながらも余裕な笑みを崩さなかった。


 笑い続ける北崎を見て、何か嫌な予感を感じたアルバートの起爆スイッチを押す指に躊躇いが生まれた。


 その瞬間――どこからかともなくアルバートに向かって光弾が発射された。


 誰よりも早く反応したメシアは主を守るために、主に飛びかかって地面に突っ伏した。


 光弾を回避できたが、その拍子で起爆スイッチを手放してしまう。


 即座に拾おうとするアルバートだが、回避した光弾が突然軌道を変えて拾おうとした向かい、起爆スイッチを粉々に破壊した。


「動かないで」


「随分と早い到着だ。私の罠で右往左往していると思ったが。さすがはヴィクターの娘だ。しかし、君たちだけがここに来たということは、君たち以外の応援はまだこないということかな?」


「私たちだけで十分」


「その高慢さは自滅を招く。気をつけるべきだ」


「一度捕まったくせに偉そうなこと言わないで」


「口が減らない子だ。昔はかわいかったのに、ヴィクターの娘らしくなってしまったな」


 淡々とした警告とともに現れるのは、身の丈を超える銃を持った光弾を放った張本人であり、アルバートが最も忌み嫌っているヴィクター・オズワルドの娘、アリス・オズワルドだった。


 そんなアリスの傍には、武輝である二本の短剣を手にして今にも車椅子に座らされている幸太郎に飛びかかりそうな雰囲気のサラサ・デュール。


 そんな二人の背後に立っているのは、アルバートが開発した一体の新型輝械人形だった。


 いずれこの場所に自分たちがいると気づかれると思っていたが、想定以上に早くこの場所が気づかれたことに驚くとともに、アルバートは忌々しそうに舌打ちをした。


「アリスちゃん、僕の身体あったよ」


「見ればわかる」


「僕の言う通りだったね」


「ウザい」


 流暢に、呑気にアリスと会話をする自分の設計した輝械人形を見て、アルバートはすべてを悟り、興味深そうな視線を輝械人形――七瀬幸太郎に向けた。


 実験動物を見るかのようなアルバートの視線から守るようにして幸太郎の前に建つサラサ。


「幸太郎さんを返してもらいます」


「……残念、だけ、ど……それは、無理、だね」


 そうはさせない……絶対にさせない……

 今度は受け止めて見せるんだ……

 もっと、もっと、もっと見たいんだ……あのイメージの先にある未来が!


 有無を言わさぬ迫力が込められたサラサの一言に、今まで苦しんでいた北崎は反応し、激しい頭痛を堪えながらフラフラと立ち上がった。


 立ち上がれないほどの頭痛を与えた膨大な数の抽象的なイメージはすべてこの先に起こりうる未来だと感じたからこそ、北崎はその先にあるイメージがもっと見たかった。


 たとえ自滅の道を歩んでも、関係なかった。


 息も絶え絶えで今にも倒れそうなほど消耗しきっているというのに、北崎から溢れ出る執念と狂気に、サラサたちは気圧されてしまった。


「僕は、もっと見たいんだ……もっと、もっと……七瀬君が見せてくれる未来を」


 ゾッとするような笑みを浮かべながら、北崎はポケットの中からスイッチを取り出した。


「切り札は最後まで取っておく――そうだろう?」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべた北崎は、取り出したスイッチを躊躇いなく押す。


 止める間もなく北崎が起爆スイッチを押すのを見届けることしかできなかったアリスとサラサは、咄嗟に車椅子に座っている幸太郎の本体の元へと走った。


 メシアは主であるアルバートを守るために動く。


 そして、輝械人形である幸太郎は呑気に全員が動く光景を見ることしかできなかった。


 数瞬後――轟音とともに教皇庁本部が爆発した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る