第2話
アカデミー都市の中央に建つ、鳳グループ本社内の上層階にある大会議室には鳳グループ上層部たち、そして、教皇庁上層部である枢機卿たちがいた。
お互い対面で向かい合うようにして座っている教皇庁と鳳グループの間には火花のようなものが散っており、お互いから放たれる威圧感で室内の空気が極限までに張り詰めていた。
しかし、教皇庁の上層部である枢機卿たちと比べて、鳳グループの上層部の年齢は若いので、人生経験豊富な枢機卿たちから放たれる圧倒的な威圧感に若干気圧されてしまっていたが、彼らは気丈に振る舞い、気圧されても決して退かない強い意思を見せつけていた。
……ついこの前に開かれた会議の時と比べて、鳳グループの人たちの雰囲気が変わった。
最初は終始枢機卿の方々に押されてたけど、今は強い意思と、自信を感じる。
やっぱり、鳳グループは着実に変わってる。それに比べて教皇庁は……
鳳グループ上層部たちの成長性を教皇庁側の席の一番隅にいる、少女と見紛うほど可憐な外見の、癖があるが柔らかそうな栗毛の髪の少年――リクト・フォルトゥスは感じていた。
去年の事件で鳳グループの上層部は一新され、周囲からの信用を失ってしまったが、着実に鳳グループは元の――いや、それ以上の力を取り戻しつつあるとリクトは確信した。
鳳グループの成長を感じ取ると同時に、変化のない教皇庁にリクトは心の中で嘆息した。
「全員揃ったようだな。突然集まってもらって申し訳ない」
張り詰めた緊張感と、重苦しい重圧感が支配している空間内で、まったく物怖じしている様子がない淡々としながらも、威圧感が込められた低い声が響く。
声の主――大会議室内の席がすべて埋まったのを確認した鳳グループトップである、長めの髪を後ろ手になでつけ、スーツを着た強面の男・鳳大悟は会議をはじめる。
隙のない鋭い大悟の視線の先には、対面に座っている教皇庁トップであり、リクトの母である栗毛のロングヘアーを三つ編みにした、神秘的な雰囲気を身に纏う年齢不詳の外見の女性――エレナ・フォルトゥスに向けられていた。
強大な組織のトップの視線が交錯し、室内の緊張感がさらに高まったのをリクトは肌で感じ取り、息を呑んで二人を見つめていた。
「ようやくアリシアをこちらに引き渡す気になったのですか?」
「期待を裏切らせて悪いが、そのつもりはない」
大悟とエレナの淡々としたやり取りが終わると、さっそく枢機卿たちが異を唱える。
「いい加減にアリシアたちをこちらに渡したらどうなんだ!」
「自分が何をしているのかわかっているのか! 我々との関係を悪化させているのだぞ!」
「君たちが我々を信用していないのはわかっているが、いい加減妥協すべきだ」
「世間の信用をさらに落とすつもりか! いよいよ鳳グループの名が地に堕ちるぞ!」
好き勝手に枢機卿たちが鳳グループに非難を浴びせる。
春休みがはじまると同時に、先代教皇が掲げた利益優先の枢機卿選出方法を否定したエレナが本格的に枢機卿の入れ替えをはじめるので、彼女に良いところを見せようと必死な枢機卿たちを見てリクトは小さく嘆息する。
一週間もアリシアを保護しているせいで、教皇庁との関係が悪化しているのは事実なので何も言い返せない鳳グループ上層部は縋るような目を大悟に向けた。
今の教皇庁を信用できないのは仕方がないけど――……
アリシアたちを始末するために動いた人間が教皇庁内にいるかもしれないということは、リクトや、一部の枢機卿たちも理解していたが、教皇庁との関係が悪化しても、妥協をしないでアリシアを教皇庁に引き渡さない大悟の頑なな態度に不満とともに不安を感じていた。
「教皇庁を信用していないのは理解できますが、それはこちらとしても同様です――教皇庁が秘密裏に用意したアリシアたちの居場所をどうして鳳グループは把握していたのです?」
「アリシアの背後にいた人物が、去年鳳グループ――アカデミーを揺るがした事件に関わっていたと我々は思っている。詳しい話を聞きたいところで、お前たちは早急にアリシアの処分を決めて、アカデミーから追放したんだ。我々としてはアリシアの居場所を把握した後、話を聞きたかったんだ」
「その割には随分と準備が良かったですね……関係者以外出入りを禁止していたのに、変装までして
そう言って、エレナは自身の感情を宿していない目を大悟の隣にいる人物に向けた。
エレナの冷たい視線の先には、アカデミーの校医を務め、鳳グループの上層部である艶のある髪をポニーテールにした、スレンダーな体格の妖艶な美女――ではなく、美男子の
萌乃の次に、エレナは彼の隣に座る鳳大悟の秘書を務める鳳大悟と同い年でありながらも、若々しい外見の、皺だらけのスーツを着た男、
「あら、私たちを疑ってるの? アリシアちゃんたちを助けたのに疑うなんてひどいわぁ」
「お前の言い分は正しいかもしれないが、襲撃してこちらに何のメリットがある。それに、ワザとアリシアを襲わせたのなら、お前たちに気づかれない方法で自然にやる」
エレナと大勢の枢機卿から疑いの目で見られ、萌乃は失礼だと言わんばかりに頬をかわいらしく膨らまし、克也は心底呆れていた。
ため息交じりに放った克也の言葉に、リクトは同意していた。鳳グループならアリシアの始末をもっと自然な方法で行うし、世間からの評価が下がり、教皇庁との連携を強めたい鳳グループにとって、アリシアを始末すれば教皇庁の信用が落ちるし、その事実を知った教皇庁が鳳グループの悪事を公表して、世間からの信用をさらに落とせるからだ。
「これ以上この話をしても、無駄ですね――さて、私たちを呼び出したのは互いを疑心暗鬼にさせるわけではないでしょう?」
これ以上アリシアの話を続けても無駄だと判断したエレナは、大幅に脱線していた会話を本線に戻したので、大悟はさっそく本題に入る。
「先程得たばかりの情報だが――どうやら、ヘルメスの背後に制輝軍を率いる
制輝軍を率いている白葉ノエルが、最近発生している事件の裏にいる仮面をつけた謎の男・ヘルメスと関わりがあるという大悟が淡々と放った情報に、エレナ以外の教皇庁の人間が驚き、室内がざわつきはじめる。
他の枢機卿たちと同様に、白葉ノエルと白葉クロノがヘルメスとつながりがあったという事実にリクトは驚いていたが、同時にショックを受けて頭が真っ白になっていた。
クロノはリクトの友人であったからだ。
……僕は、また大切な人に裏切られてしまったのか?
どうしてなんだ、クロノ君……どうして……
一週間前に発生した母の誘拐事件で事件解決に奔走するリクトの友人たちを追う立場にいたクロノは、土壇場で彼らの味方をしてくれた。
制輝軍の意に反したクロノを姉であるノエルは許さず、彼と交戦した結果、重傷負ったクロノは一週間前から意識不明のままだった。
そんなクロノが心配だったし、それ以上に土壇場で自分の友人たちの味方をしてくれた彼に感謝の気持ちを抱いていたが――裏切りという事実がそれらの気持ちを捨て去った。
大切な人に裏切られた経験があり、それが心に大きな傷となっているリクトは、ヘルメスとつながりがあったクロノに激しい怒りをぶつけるとともに、悲しみが自身の胸を襲っていた。
枢機卿と息子が驚いている中、エレナは表情をまったく変えずに話を進める。
「確証はあるのですか?」
「アルバートの所持品の端末が証拠だ。中に入っていた情報をまとめた資料を後で渡す」
「捕えた際にアルバートの所持品は何もなかったはずですが?」
「アリス・オズワルドがアルバートを捕えた際に勝手に持ち出したそうだ。重要な証拠を勝手に持ち出したのは許されないが、制輝軍内にヘルメスとつながりがある人物がいたことを考慮すれば、適切な判断だったと言えるだろう」
「白葉ノエルの居場所は? 確か、まだ謹慎中だと思いましたが?」
「情報がわかってすぐに制輝軍や風紀委員、鳳グループの人間も動かしたが、まだ行方はわかっていない。だが、近いうちに必ず現れる場所なら見当がついている」
「随分自信あるようですが、確証はあるのですか?」
「現在、白葉クロノが一週間前の事件の戦いが影響して、まだ意識不明で入院している。事件中クロノは事件解決のためにアリスに協力したと聞いている。そんな人間をヘルメスは決して許さず、アリシアの時のように必ず始末に向かうだろう――クロノの警護、そして、ヘルメスたちの行方を探すのに教皇庁の力を借りたい」
淡々とした話し合いの末に、大悟はエレナたち教皇庁の手を借りたいと申し出た。
「私は反対だ! 我々のことを信用していない鳳グループに協力はできない!」
「しかし、神出鬼没なヘルメスを追うには協力が必要不可欠だ」
「鳳グループに所属していた、アカデミーの元教頭がヘルメスにつながっている可能性もあるんだ。そんな人間がいた組織を信用はできない!」
「過去に多くの事件に関わっていたヘルメスが相手だからこそ、今は協力すべきだ!」
今の状況で協力し合うのは難しい……でも、相手は共通する敵のヘルメスさんだ。
枢機卿たちの意見が割れてしまい、彼らはエレナの判断を待った。
「お互いに信用できない組織同士が協力したところで足の引っ張り合いになって無駄に招くだけです。間を取って制輝軍たちを積極的に動かしましょう」
そう言い切ったエレナに、大悟は無表情ながらも驚きを隠せないようだった。
それはリクトも同様であり、友人のクロノがヘルメスとつながっていたことにショックを受けていたことを忘れて、母の判断に驚いていた。
エレナのご機嫌を取りたい多くの枢機卿たちはエレナに同意の声を上げるが、リクトを含めた一部の枢機卿たちはエレナの判断に不満気な様子だった。
「もちろん、情報の共有はします。あなた方鳳グループはヘルメスの件について、そして、私たち教皇庁はアリシアたちが襲われた件について調査します」
「面倒ねぇ。協力し合えば情報共有なんてすぐにできるのに。無駄な時間を費やせば、その分返って混乱を招いちゃうんじゃないの?」
「信用できない組織同士が生み出す不和から発生する混乱の方が厄介だと思いますが?」
自分たちと協力する気のないエレナに萌乃は嫌味な視線を送るが、エレナは軽くスルーする。
「ヘルメスは俺たちにとって共通する敵だ。ヘルメスは去年鳳グループやアカデミー都市で連続して発生した事件に関わっている容疑があり、ここ最近続けて発生している教皇庁関連の事件にも関わってる……今、ヘルメスはアカデミー都市内で最も危険な人物だ」
「十分に承知の上ですが、白葉ノエル以外にもヘルメスにつながりがある人間がいるかもしれない状況で、お互い信用していない組織が協力し合っても、結局は疑心暗鬼になるだけです」
お互い協力するべきだと説得する克也を、機械的にエレナは突き放す。
何を言っても無駄だと悟った克也は、小さいが忌々しそうに舌打ちをした。
「……お前がそう言うのならば仕方がない。ヘルメスたちは治安維持部隊たちに任せよう」
「ええ。ヘルメスとつながりがある人間がどれだけいるのかわからない現状では、そうするしかないでしょう。もちろん、情報の共有は忘れないでください」
鳳グループと教皇庁の間に大きな溝が生まれたまま、会議はこれで終わった。
せっかくの関係修復のチャンスだったのに……
確かに母さんの言い分も理解できるけど、今は協力することが先決なのに……
鳳グループと教皇庁の関係が改善しないことに不安を覚え、今は協力するべきなのにそれをしない母にリクトは疑問に思うが――それ以上にクロノのことで頭がいっぱいで、まともに考えることができなかった。
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