第24話

「あー、もう! 最悪ですわぁあああああああああ!」


 セントラルエリアの高級高層マンション内にある、鳳グループトップの御令嬢のために特別な装飾がされ、部屋全体の面積を広くした室内に、部屋の主である麗華の絶望と後悔に満ちた声が響き渡った。


「お姉様に嫌われてしまいますわぁ……」


 尊敬して敬愛するティアとぶつかり合うかもしれない状況に、テーブルの上に突っ伏した麗華は上擦った声を上げてショックを受けていた。


 今にも泣きだしそうな幼馴染の様子を、彼女の対面に座る大和は楽しそうに眺め、先程用があると言って部屋に入ってきた萌乃はやれやれと言わんばかりにため息を漏らしていた。


「後悔先に立たずとはまさにこのことだね、麗華」


「笑っている場合ではありませんわ! というか、大和! どうしてあそこでティアお姉様を煽るようなことを言いましたの! 完全に売り言葉に買い言葉になっていましたわよ!」


「それは仕方がないじゃないか。ティアさんだってひどいことを言うんだしさー」


「その前にあなたが『臆病者』とティアお姉様を煽るからいけないのですわ!」


「その前に麗華だってセラさんを煽っていたじゃないか」


「あれはわからず屋のセラが悪いのですわ!」


「それだったら僕だって、頑固者のティアさんのせいだよ」


 楽しそうに煽る大和と、それに一々反応する麗華の子供のようなやり取りに、「はいはい、ストップ」とため息交じりに萌乃が制した。


「二人とも、こんな時に子供みたいに喧嘩しないの」


 子供をあやす保母――ではなく、保父のように注意する萌乃に、現状を思い出した麗華は不満気に従い、大和は呑気な様子で「はーい」と従った。


「ショックを受けてる麗華ちゃんにはトドメを刺すようで申し訳ないんだけど、鳳グループは今回の一件に関わらないし、あなたたちの支援はしないし、勝手な真似をしてもいっさいの弁護はしないと決定したわ。あなたたちが勝手なことをしたら、ティアちゃんだけじゃなくて、聖輝士のグランちゃんと、巴ちゃんと美咲ちゃんが止めることになったから、肝に銘じてね❤」


「もー、やっぱり最悪ですわぁあああああああああ」


「覚悟はしていたとはいえ、数多くいる聖輝士の中でもトップクラスの実力を持つグランさんと、アカデミートップクラスの実力を持つティアさんたちとぶつかり合うって考えると気が滅入るなぁ」


 鳳グループからの支援を得られない孤立無援の状況に加え、ティアとセラだけではなく巴や美咲というアカデミートップクラスの実力者が自分たちを止めるために動くという萌乃の話に、本日二度目の絶望と後悔に満ちた声を上げる麗華。


 麗華だけではなく、大和もアカデミートップクラスの実力者がぶつかり合うかもしれないことに、深々と嘆息していた。


 麗華と大和、二人揃って憂鬱そうにため息を漏らしていたが――決してプリムを助けに行くという自分たちの考えを曲げようとしない、強い意志の光が瞳に宿っていた。


「まあ、仕方がないよね。信用が失って大打撃を受けて、その立て直しに必死な鳳グループとしては下手に今回の一件に手を出して、今は自分たちよりも力のある教皇庁から恨まれたくないし。それに、僕たちが無茶をして巴さんたちが止めたら、鳳グループとしては教皇庁に恩を売れると考えたんじゃないかな?」


「さっすが、大和ちゃん。相変わらず頭が良いなぁ♪」


 すべてを見透かしている大和に向けて、チャーミングにウインクをする萌乃に、大和もキュートにウインクを返した。


「鳳グループの支援は最初から期待はしていなかったとはいえ、ティアお姉様たちに加えてセラさんとぶつかり合うことを考えると、何か策を考えなくてはなりませんわね」


「意地の張り合いで下手に策を弄したら、返って怒らせるだけだよ。それと、多分ティアさんとセラさん以外は深く考えないでもいいと思うよ? 多分、だけどね」


「能天気ですわよ、大和! 巴お姉様はティアお姉様のために本気で私たちを止めますわよ。銀城さんはわかりませんが」


 セラといティア以外は問題ないと呑気にも言い放った大和に喝を入れる麗華。


 そんな麗華の一喝をスルーして、意味深な笑みを浮かべた大和は萌乃を一瞥すると、萌乃は彼女と同じような意味深でいたずらっぽい微笑みを返した。


「孤立無援の状況で諦めるかと思っていたんだけど、まあ、予想通りあなたたちはプリムちゃんを助けに行くのね」


「お父様や鳳グループの社員の皆様には申し訳ありませんが、私個人として人が攫われたのに黙って放っておくことはできませんわ」


「それなら、いいこと教えてあげる……プリムちゃんを連れ去ったセイウスちゃんは、ノースエリアにある自分の別荘にいるみたいよ」


 戦力差があり過ぎる状況に決して挫けない麗華を見て、嬉しそうでありながらも意味深な笑みを浮かべた萌乃はセイウスの居場所を教えた。


 唐突に情報を教えた萌乃を麗華は不審そうに見つめていた。


「ありがたい情報ですが、その情報源は一体誰ですの?」


「ドレイクちゃんが、ジェリコちゃんに聞いたんだってさ。あの二人、昔のお友達だそうよ」


「ジェリコ・サーペンス――確か、教皇庁のボディガードで、主にアリシアさんのボディガードを勤めている方でしたわね……信用できますの?」


「一応、監視カメラの映像もチェックして屋敷に入るセイウスちゃんとプリムちゃんを確認できたし、屋敷にプリムちゃんを連れ去った車も置いてたし、間違いないとは思うわ……もう一人車を運転していた協力者がいるみたいだったけど、都合良く毎回上手く監視カメラの死角にいて顔がわからなかったわ」


「それにしても、随分簡単に見つかりましたわね。ますます、情報が信用できませんわ」


「枢機卿の自分には簡単に手が出せないという自信の表れかしらね」


 情報源が腹に一物抱えているアリシアの専属ボディガードのような存在であるジェリコからということに、麗華は情報の信憑性を疑っていた。


 情報が信用できない麗華とは対照的に、「なるほどねぇ」と大和は一人納得していた。


「アリシアさんは僕たち――というか、リクト君を泳がせて、事件を解決させようとしているんじゃないかな? 上手く事件を解決すれば、リクト君にすべての責任を押しつけるつもりで」


「そうかもしれないわねぇ。今回、プリムちゃんは教皇庁に無断で行動して自分の立場を悪くしたから、少しでもアリシアちゃんは自分たちのダメージを和らげるためにリクトちゃんにも傷を負わせるつもりなんでしょうね」


「フン! 様々な陰謀が渦巻いているようですが、そんなの関係ありませんわ! 私はプリム様を助けるともう決めていますわ!」


 自分たちが利用されようとも、一人の少女を救うという意思を曲げず、一人で盛り上がっている麗華。そんな彼女に続いて、大和は軽薄な笑みを浮かべながらも「そうだね」と同意を示すように力強く頷いた。


「それじゃあ、二人とも頑張ってね。私ができるのはこれまでよ」


 意思の変わらない二人を見て満足そうに頷くと、自分ができることはすべてをやり遂げた萌乃は、麗華の部屋から出ようとした――が、「ああ、そうそう」と何かを思い出して足を止めた。


「大悟さんからの伝言を言うのを忘れてたわ――『好きにしろ』だってさ」


「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッ! それではお言葉に甘えて好きにさせてもらいますわ!」


 鳳グループトップであり、麗華の父である大悟の言葉を伝えて、萌乃は部屋から出て行った。


 不器用ながらも、父が自分を気遣ってくれていることを察した麗華は大きな力を得た気がして、気分よく高笑いしていた。


 部屋を揺るがすほどの高笑いをしている麗華を見て、やれやれと言わんばかりにため息を漏らす大和だったが、その表情は少しだけ嬉しそうだった。


 麗華の高笑いを背中に受けながら、萌乃はそっと部屋から出て行った。

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