第23話

 アイツらは必ず自分の意思を貫こうとするだろう。

 ぶつかり合うことになっても絶対に退かないだろう。

 自分たちが正しいと思っているからこそ、アイツらは絶対に退かない。

 ……だから、私も迷いはない……迷いはない。

 私はアイツら――幸太郎と戦える。


 ――迷いはない。


 夕日が沈みかけて薄暗くなってきた空を見つめながら、セントラルエリアにある人気のない小さな公園のベンチに座っている不機嫌に見えるほど険しい顔つきなティアは、精神統一をすると同時に、自身の中にある戦意を無理矢理引き上げていた。


 風紀委員本部で麗華たちと口論を繰り広げて袂を分かった後、一人になりたかったティアは一旦セラと別れた。セラも一人になりたかったようで、快諾してくれた。


 大きなビルの死角になっているせいで人通りがまったくないセントラルエリアの外れにある、小さな公園に向かったティアは、そこで自分の気持ちを整理していた。


 無言で周囲を圧倒するような刺々しい威圧感を放ちながら自分の気持ちを整理しているティア。幸い人通りがまったくない寂れた小さな公園なので、通行人がティアの威圧感に気圧されることはなかった。


 他人を寄せつけない雰囲気を身に纏わせているティアだったが、「あねさん」と軽い調子で一人の男が話しかけてきた。


 声のする方へ顔を向けると、相変わらずのセンスである派手な青い服を着た刈谷祥がいた。友人である刈谷が声をかけても、いっさいティアの表情は変わることはなかった。


「何のようだ」


 要件を尋ねられるとともに不機嫌の絶好調にいるティアの目を向けられ、思わず刈谷は気圧されてしまった。


「薫ネエさんから聞いたんですけど、姐さん幸太郎たちと喧嘩するんですって?」


「……あの男は相変わらず耳が早いな」


「一応、大和よりも前に輝動隊の隊長を務めてた優秀な人ですから、あれでも」


 さっそく情報を掴んでいる耳が早い萌乃と、それを聞いて野次馬根性丸出しの軽薄な笑みを浮かべた刈谷に、ティアは小さく嘆息するとともに、力を抜いた。


「それにしても、誰にも言っていないのによくこの場所がわかったな」


「自分の人気を知らないってある意味罪ですよね。姐さん、セラと同じでファンクラブがあって、ファンサイトも作られてるんですよ。そこで、姐さんの目撃情報が逐一更新されてるんです。そこから情報を得て、姐さんがここにいるってわかったんです」


「……迷惑な話だ」


 自分の目撃情報が出回っているということを刈谷から聞いて、ティアは呆れたようにため息を一度漏らして、気味が悪そうに、それ以上に迷惑そうにしていた。


「それで、姐さん……本気でアイツらとやり合うつもりですか?」


 軽薄な笑みが消えた刈谷の質問に、一瞬の間を置いて「……ああ」とティアは頷いた。


 頷いたティアの胸の中に、無理矢理抑え込んだ迷いが再び芽生えてきた。


「それを聞いてどうする。お前も参戦するというのか?」


「か、勘弁してくださいよ。俺が姐さんと戦えるわけないでしょ」


 敵意とともに鋭い眼光を飛ばすティアに、降参と言わんばかりに刈谷は諸手を挙げる。


「それに、幸太郎たちとも戦えねぇ……薫ネエさんからおおよその話は聞きましたが、俺はプリムを助けに行こうとするお嬢たちと、無茶を控える姐さんたちの考えはどっちも正しいと思ってる。つまり、どっちづかずの中途半端な奴ってことだ。そんな俺は姐さんたちの真剣勝負に付き合うことはできねぇ……すみません」


 どっちつかずな情けない自分に対して自虐気味な笑みを浮かべて、刈谷はティアに謝った。


 中途半端な刈谷に、ティアは厳しい言葉を投げかけることなく、今まで険しかった表情を柔らかくして、「気にするな」と言った。そんな彼女の柔和な表情に、刈谷は思わず見惚れていた。


「私もどちらの意見も正しいと思っている――だが、私やセラには譲れないものがある」


 幸太郎のことを思い浮かべ、自分に言い聞かせるようにティアはそう宣言した。そんなティアから決して退かない固い意思を感じ取った刈谷は諦めたように深々とため息を漏らした。


「……多分、つーか、きっと幸太郎は本気で姐さんにぶつかってきますよ」


「返り討ちにするだけだ」


「姐さんにそれができますか? こういう時の幸太郎はかなり頑固だ。弱いくせに、自分の意思は絶対に曲げねぇ厄介な奴だ」


「……それでも、私は幸太郎と戦う覚悟はできている」


 刈谷に、そして、自分に言い聞かせるようにティアはそう言った。


 幸太郎と戦う覚悟ができていると言った声はハッキリとしていても、微かにティアから迷いがあることを刈谷は察していた。


「姐さんならわかっていると思いますが、中途半端な気持ちじゃアイツには勝てませんぜ」


「勝ち負けの問題じゃない。……私は守ると誓った幸太郎を守りたいだけだ」


「アイツを守りたい――それが、姐さんの本心ですね」


 幸太郎たちをぶつかり合うかもしれない状況だが、本心では幸太郎を守りたい気持ちを抱いているティアに、安心したような笑みを刈谷は浮かべた。


「……私は最近おかしいんだ」


 自分の本心からの言葉を述べたせいなのか、会話の流れを無視して無意識にティアは口を開いてそう言ってしまった。そんな自分に戸惑いつつも、溢れ出した言葉は止まらない。


「半年前に幸太郎がアカデミーに戻ってきたと、私たちはアイツの前で守ると誓った。それから、時間が経つにつれて神経過敏になった。主人公が何かをする度に不安を覚えてしまう」


「……そりゃ、アイツは無茶ばかりしますから目が離せませんよね」


 無意識に本音を吐露するティアに、刈谷は苦笑を浮かべて同意を示した。


「姐さんやセラが幸太郎を心配する気持ちもわかりますが、アイツのことを少しは信用してやってくださいよ。俺が言いたいのはそれだけです……それじゃ、気をつけて」


 言いたいことを言い終えた刈谷はティアの前から去ろうとすると、「刈谷」とティアに呼び止められた。


「心配させてすまない。そして、気遣ってくれて感謝する」


 心からのティアの感謝の言葉に、刈谷は照れ笑いを浮かべて何も言わずに去った。


 自分を気遣ってくれた刈谷のおかげで、だいぶティアは心が軽くなった気がして、迷いも晴れたような気がしたが、その代わりに強い不安が襲ってきた。


 親友と思っているからこそ、危険には巻き込めない。


 止める――絶対に止める。


 心の中で、改めて幸太郎を止めると迷いなく誓った。


 親友である幸太郎を止めることにいっさいの迷いをなくしたティアだったが、その代わりに、強い不安が彼女を襲っていた。




――――――――――――




 制輝軍本部内のノエルの仕事部屋に、情報収集を終えたクロノ、アリス、美咲の三人が集まって、ノエルに報告していた。


「リクトたちとティアリナたちが意見の相違で仲間割れを起こしたみたい」


「そうですか」


 淡々としながらもどこか気まずそうに報告するアリスに、ノエルは素っ気ない態度で頷いた。


「セイウスの件に続いて、リクトたちの仲間割れ――制輝軍はどう対応するの?」


「仲間割れの件についてはこちらとしては好都合です。彼らが勝手に潰し合えば、セイウスさんの件に集中できますから。もしもの場合に備えて銀城さんは、協力を自ら申し出たティアリナさんと御柴さんとともに風紀委員たちを迎え撃ってもらいます」


「ティアちゃんと巴ちゃんと一緒に戦えるなんて、嬉しいなぁ♪」


「現場の指揮は教皇庁の指示で聖輝士グラン・レイブルズが執るので、銀城さんは彼の指示に従ってください」


「おねーさん、頑張っちゃうぞ♪」


 アリスの質問に、淡々とした口調で素っ気なく答えるノエル。


 大親友であるティアたちと共闘することに美咲は口では楽しみだと言っておきながらも、アリスに素っ気ない態度を取るノエルの様子を心配そうに窺っていた。


「セイウスはノースエリアの別荘にいる」


「わかりました。教皇庁の判断が出たらすぐにその場へ向かいましょう。念のため、セイウス卿が教皇庁の判断が下る前にアカデミー都市から逃げられないように別荘周辺を監視します」


 セイウスの居場所を報告するクロノに、アリスと同様にノエルは素っ気ない態度を取った。


 傍にいながらもセイウスがプリムを誘拐するのを阻止できなかったアリスとクロノに対して失望と、若干の怒りを感じているノエルに、アリスは気まずそうにしていたが――「ねえ、ノエル」と気まずい気持ちを抑えて、控え目な声でノエルに話しかけた。


「まだ何か報告でも?」


「報告じゃないけど……本当に制輝軍は教皇庁の判断が下るまで何もしないの?」


 答えがわかりきっている質問をするアリスに、ノエルは再び失望したように小さく嘆息した。


「当然です。今回の事件の犯人は枢機卿。下手に手を出せば、我々制輝軍は大きな傷を負ってしまう可能性が大いにあります。アリスさんならば理解しているハズだと思いますが?」


 淡々として感情を宿していないノエルの声だが、自分に対してハッキリとした失望を抱いているのがアリスにはよくわかった。


 もちろん、利発なアリスにはノエルから答えを聞かなくとも、制輝軍が動けない理由も理解できていたし、ノエルが自分のことを失望することもよく理解できていた。


 しかし――自分の目の前で攫われたプリムのことを思うと、聞かずにはいられなかった。


「制輝軍じゃなくて、ノエルならどうするの?」


「私は自分に与えられた任務を果たすまでです。これ以上は時間の無駄なので、あなたの質問に答える気はないのですが、満足していただけたでしょうか」


 制輝軍ではなく、白葉ノエル個人としての意見をアリスは求めると、ノエルは無表情だが心底迷惑そうに答えてアリスからの質問を遮った。


「教皇庁の判断が下るまで、情報収集、セイウス卿の居場所の監視、そして、リクト様たちへの対応が制輝軍の任務ですが――今回の件が片付くまで、アリスさんとクロノは任務から外れてもらいますので、早急にこの部屋から出て行ってください」


「……納得できる説明をしろ」


 冷めた視線をアリスとクロノに向けて、感情が込められていない平坦な声でノエルは厳しい判断を下すと、すぐにクロノは姉に鋭い眼光を飛ばしながら理由を尋ねた。


「制輝軍の判断に疑問を抱いているアリスさんは今回の任務で勝手な真似をする可能性があるので使えません。クロノはリクト様護衛の任務があります。今回の件に関われば、あなたとリクト様の関係が悪くなり、任務に支障をきたす可能性が高いので外れてもらいました」


「……了解した」


 ノエルの説明を聞いて、無表情のクロノは頷いて姉の判断に従うことにした。


 一方のアリスは納得していない様子で、ノエルを睨むように見つめていた。


 強い不満を宿した目を向けているアリスに気づきながらも、ノエルは相手にしなかった。


 アリスとノエルの間の雰囲気が悪くなり、四人の中で一番年上の美咲が一番慌てていた。


「ね、ねえ、ウサギちゃん。アタシたちが失敗して、ご機嫌斜めなのは理解できるけど、その判断はちょっとやり過ぎなんじゃないかなーって、おねーさんは思ってるんだけど?」


「これ以上、制輝軍の名に泥を塗らないための妥当な判断であると思っていますが? 後、ウサギちゃんはやめてください」


 何とかアリスとノエルの仲を取り持とうとする美咲だったが、歩み寄る気はいっさいないノエルの冷たい一言ですべてが無駄に終わった。


「行こう、クロノ。今の私たちはノエルにとって必要ないから」


 これ以上ノエルに何を言っても無駄であると判断したアリスは、クロノとともに部屋を出た。


 仲違いを起こしてしまったノエルとアリスに、美咲は深々とため息を漏らした。


 部屋から出たアリスは、全身を駆け巡る苛立ちを吐き出すかのように大きく深々とため息を漏らすと、尊敬しているノエルとの関係にヒビを入れてしまったことによる後悔に苛まれた。


 だが、それ以上にプリムのことを思っていた。


 今日一日一緒にいて、わがままで世間知らずのプリムのことは好きじゃなかったアリスだったが――わがままである以上に純粋な彼女のことは不思議と憎めなかった。


 だからこそ、目の前で攫われたプリムを何とかして助けられないのかと思っていた。


 しかし、これ以上勝手な真似をすればノエルとの仲はさらに悪くなるだろうし、周囲に人間に迷惑がかかると考え、自分が何をしたいのか何もわからなくなってしまった。


 暗い表情を浮かべたアリスは縋るような目を、一緒に部屋を出たクロノに向けた。


「私、プリムを助けたいと思ってる――でも、ノエルに迷惑をかけたくない」


 自分の迷いを吐露するアリスに、「そうか」とクロノは素っ気ない態度で聞いていた。


「……どうすればいいのかな」


「オマエはどうしたいと思ってる」


「そうね……そうよね」


 質問を質問で返され、アリスは苦笑を浮かべた。


 ふいに疑問が浮かんだアリスは、再びクロノに質問をする。


「それなら、クロノはどうしたいと思ってるの?」


「オレはオレの任務を果たすだけだ」


「でも、プリムはあなたの友達なんでしょう? 助けたいと思わないの」


「……オレは与えられた任務を果たすだけだ」


「それがクロノの本心なの?」


 ノエルと同様に任務を何よりも優先すると迷いなく答えるクロノだったが――最後のアリスの質問に一瞬の間を置いて「ああ」と答えた。

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