第22話
夕日が沈みかけて、薄暗くなってくる頃――事件を聞いて風紀委員本部まで自分を迎えに来たスキンヘッドで強面の父・ドレイクとともに、自宅へと帰っていた。
ゆっくりとした歩調のサラサの表情は暗い。その理由は、もちろん、つい先程の風紀委員本部での顛末を思い出してのことだった。
プリムを今すぐ助けるか、教皇庁の判断を待って助けるか――同じようでいて相容れない二つの判断を巡り、麗華たちは激しく衝突してしまった。
今までは軽く衝突することはあっても、あれだけ激しく衝突したのを見たことがなかったサラサは、この事件が解決した後で元通りの関係に修復できるかどうか不安だった。
それ以上に、どちらの判断が正しいのかサラサは悩んでいた。
今日一日プリムと一緒にいた身としては、わがままであっても純粋で無邪気で、まるで小さな麗華を彷彿とさせる彼女を今すぐにでも助けに向かいたかったが――セラたちの言う通り、勢いのままに行動してしまえば多くの人間を敵に回すかもしれないという不安感もあった。
自分がどうすればいいのかわからないサラサは家路につきながら、自分よりも人生経験が豊富な父であるドレイクに風紀委員本部での顛末、答えが出ない二択について教えた。
不安そうでありながらも事態を解決するために必死なサラサの言葉を、ドレイクは真面目な顔で聞いていた。
「――どうすればいいんだろう」
説明を終えたサラサは事件解決のために、それ以上に、麗華たちとセラたちに開いた溝を埋めるために自分はどうすればいいのか父に意見を求めた。
ドレイクは娘の説明を聞いて思案するが、すぐに答えは出たようだった。
「二者択一ならば――個人的にはセラたちの意見に賛成したい。枢機卿に考えなしに手を出せばどうなるのかは、身を以て知っているからな」
かつて、教皇庁のボディガードを勤めていたドレイクは枢機卿の護衛に失敗して、枢機卿に怪我を負わせたことで責任を問われると同時に、枢機卿から恨まれ、そのせいで教皇庁から追放されてしまった経験があった。そのため、ドレイクの言葉にはかなりの説得力があった。
セラとティアの意見に賛成するドレイクだったが、「しかし――」と話は終わらない。
「あの執念深いセイウスに誘拐されたプリメイラを黙って見過ごすこともできない――つまり、どちらも正しく、間違っていると思う」
「私も、お父さんと同じ気持ち。どっちも正しいと思ってるけど、間違ってると思う」
「だが、差し迫った状況で二つ以外の上手い解決策が見当たらない……すまない、悩むお前のためにならなくて」
「いいの。話を聞いてくれただけでも、スッキリしたから」
父が自分と同じ答えに行き着いたことにサラサは安堵しながらも、不安は残ったままだった。
そんなサラサの気持ちを察して、ドレイクは強面の表情をさらに険しくさせて、「一つ間違いなく言えることは――」と厳しい口調で話を続けた。
「私やお前のようなどっちつかずの中途半端な気持ちでは、麗華たちを止めることはできない――いや、その権利すらないだろう」
「みんながぶつかり合ったら、私はそれを黙って見ていることしかできないの?」
「止められないし、アイツらも止まらないだろう。中途半端な覚悟を抱いている私たちにできることは見届けることくらいしかない」
悩む娘を厳しく、突き放すような言葉を投げかけるドレイク。
父の厳しい態度に、サラサは中途半端な自分の不甲斐なさを悔やんでいた。
「お互いがぶつかり合って答えが出ることだってある。私たちはそれを信じるしかない」
「みんながぶつかり合う道しかもう残されていないのかな」
「お互い少しでも自分たちの意見を譲れることができたなら話し合いで解決できたのかもしれないが、そんな時間もなく、それで解決できなかったんだ。ぶつかり合うことしか残されていない。それをアイツらは十分に承知の上だろう」
厳しい現実と突きつけられて暗い表情を浮かべている娘を見て、少し言い過ぎたと思ったパパのドレイクはすぐにフォローをしようとするが、それを中断して歩みを急停止させた。
突然立ち止まった父を怪訝そうにサラサは見つめると、父は進行方向をジッと不審そうに睨んでいた。そんな父の視線の先をサラサも見ると、進行方向には一人の青年が立っていた。
張り詰めた空気を身に纏い、爬虫類を思わせる細面で整った顔立ち、長い前髪から垣間見える余計な感情を宿していない鋭い双眸のスーツを着た青年は、ドレイクが自分のことに気づくと近づいてきた。
サラサは青年の顔に見覚えがあり、思い出していると――すぐに答えは見つけた。
前回の事件の際に空港でセイウスと会った時、彼の護衛を勤めていたジェリコと呼ばれた青年であることに気づいたサラサは、彼の仲間だと思って静かに警戒心を高めた。
警戒心を高めて微かに敵意をジェリコに向けている娘とは対照的に、ジェリコを不審そうに見つめながらも、警戒心と敵意を抱いていないドレイクは薄らと柔らかく微笑んでいた。
「久しぶりだな、ジェリコ」
「お久しぶりです、ドレイクさん」
近くまで来たジェリコに、ドレイクは僅かにフレンドリーな声で短く挨拶をすると、ジェリコが見に纏っていた張り詰めた空気がほんの僅かに柔らかくなって短い挨拶を返した。
知り合い同士の父とジェリコをサラサは驚いたように、そして、意外そうに交互に見つめていた。そんなサラサの様子を見たジェリコは、彼女に向けて一瞬だけ柔らかい笑みを浮かべた。
父の知り合いであることに加えて、自分に向けられた優しげな笑みを見て、サラサは焦って彼に敵意を向けてしまったことを申し訳なく思い、慌てて警戒心を解いた。
「前回は久しぶりに再会しながらも、挨拶できずにすみませんでした」
「気にするな。お前と同じ立場なら、私も同じ反応をした」
「そう言われると幸いです」
「まさか、お前があのセイウスの護衛になっているとは、あの時は驚いた」
「仕事ですので」
「……そうだな。それで、突然どうした。世間話をするつもりで来たわけじゃないだろう」
「もっと、あなたと話したかったのですが、そうですね……こちらも時間が惜しいですし」
淡々としながらもフレンドリーなドレイクとジェリコの会話を見て、二人の間に友情と信頼感のようなものをサラサは感じていたが、どことなく父はジェリコに対して若干の疑念を抱いているように見えた。
話が本題に入ると、ジェリコに抱いているドレイクの不信感が大きくなった。
「ノースエリアの外れにある小高い丘にセイウスが別荘として使用している屋敷があります。そこにプリム様とセイウスがいます」
余計な感情が込められていない声で淡々とセイウスの居場所について説明するジェリコに、ドレイクは不審を隠すことなく睨んだ。
「どうしてそれを私に教えた」
「事件解決のためになると思ったまでです」
ドレイクの質問に、意味深な微笑を浮かべてジェリコは事務的にそう答えた。
父の知り合いということなので警戒心を解いていたサラサだったが、腹に一物抱えてそうなジェリコの様子を見て、警戒心を高めるとともに父と同様に不審そうに彼を見つめた。
「目的は何だ」
「事件解決、それでは不満ですか?」
「言い方を変えよう、お前自身の目的は何だ」
探るような目を向けてくるドレイクの質問に、ジェリコはフッと一度笑った。その笑みは、誰かを、何かを嘲笑しているような笑みだった。
「私はただ、流れを読み、それに従っているだけですよ」
呟くような声で意味深なことを言い残し、ジェリコはドレイクたちの前から立ち去ろった。
離れるジェリコの後姿を、ドレイクは不審そうに、それでいて、落胆したように眺めていた。
「……お父さん、あの人は?」
「ジェリコ・サーペンス……教皇庁にボディガードとして勤めていた頃、私の相棒を長年務め、部下だった男だ」
もう取り戻せない遠い昔を思い出しているかのような表情で、ドレイクは娘の質問に答えた。
『ぶつかり合えば何か答えが出るかもしれない』――ドレイクはそれを信じて、ジェリコが自分たちに話した情報を、セラと麗華に伝えた。
ぶつかり合う道しか残されていないセラたちと麗華たちの身を案じるとともに、中途半端な気持ちの自分では手が出せないことに、苛立ちとともに悔しさをサラサは抱いていた。
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