第5話

「……セラから聞いた。ノエル、何考えてるの?」


「何が、でしょうか」


 アカデミー高等部校舎の校門前で無表情で立つノエルを、凹凸のないなだらかなラインの胸にアカデミーの治安を守るために国から派遣された制輝軍の証である輝石を象った六角形のバッジをつけ、プラチナブロンドの髪をショートボブにした、人形のように可憐な外見を冷たい雰囲気と冷めた目で台無しにしている少女――アリス・オズワルドは呆れと怒りが込められたジットリとした目で見つめていた。


 嘆息交じりに放たれたアリスの言葉を理解できないノエルは小首を傾げていた。


「七瀬の布団に潜り込んでたって聞いた。それも、長時間」


「七瀬さんを護衛するためです。何も問題ないと思いますが?」


「オレもノエルに同感だ。眠っている時の人は無防備だから布団に潜り込むのは正解だ」


 責めるようなアリスの言葉にどこ吹く風の様子のノエルに、彼女の傍らに立つ一人の少年――姉であるノエルと容姿が似ている、華奢な体躯と白い肌の少女と見紛うほどの外見の、長い襟足を後ろ手に束ねている白葉クロノは姉の言葉に同意を示した。


 反省の欠片を見せない姉弟に、アリスは再び深々と嘆息する。


「七瀬の護衛のために仕方がないのはわかる。鍵をこじ開けて忍び込んだことは大目に見るけど、異性の! それも、思春期真っ盛りでたまにノエルや私のことをエッチな目で見てくる七瀬が眠っている布団の中に忍び込むのはどう考えてもダメ!」


「七瀬さんがたまに私をえっちな目で見つめてくるのは知っていますが、どうして布団に潜り込むのはダメなのでしょう。護衛のためなら当然なのではありませんか?」


「ノエルの言う通り、護衛をするには護衛対象の傍から離れないのが鉄則だ」


「それでも、限度がある」


「相手は神出鬼没です。いつどこで襲われてもいいようにするべきでは?」


「それでも、その……な、七瀬に襲われるかも……あー、もう! なんでわかんないのよ!」


 思春期特有の過激な妄想が頭に浮かんで一人照れ、自分の言っていることを理解しない姉弟に苛立つアリスを「まーまー、落ち着いてよ」と、からかうような笑いが交じりの声で諫めた。


 その声の主――ヨレヨレで所々に穴の開いたボロボロのコートを着て、見事なスタイルを強調させるかのような薄手のシャツと、健康的な長い脚を強調するホットパンツを履いた、ボサボサでありながらも艶のあるロングヘアーの、薄汚れた外見だが美人である銀城美咲ぎんじょう みさきを、アリスは邪魔をするなというようにキッと睨んだ。


 アリスに睨まれても臆することなく、ニヤニヤとした笑みを浮かべてアリスに叱られているノエルとクロノに対して注意するような、それでいて軽薄な目を向けた。


「今回ばかりはアリスちゃんの言う通り、ウサギちゃんの行動はどうかと思うよ」


 ウサギちゃん=ノエルの行動を注意する美咲に、珍しくふざけないで自分の味方をしてくれたことを意外に思うアリスだが、適当な性格の美咲をよく知っているアリスは、彼女がちゃんとノエルを注意できるとはまったく思っていなかった。


「幸太郎ちゃんはのほほんとしてるけど、ああ見えて実は思春期真っ盛りの肉食系男児。アリスちゃんが思っている通り、裏ではエッチなことしか考えていない年相応の男の子♥ だから、ウサギちゃんの行動は間違ってるんだ」


「私の護衛の方法が間違っているのなら、どうすればいいと美咲さんは考えているのですか?」


 アリスと同様に自分の行動を否定している美咲にノエルは問いかけると、待っていましたと言わんばかりに美咲は満面の、それでいて、エッチな笑みを浮かべた。


「もうちょっと過激に行くべきだよ! 今のノエルちゃんは中途半端。護衛するなら、幸太郎ちゃんの傍から離れないよう、隙間のないくらいギュギュっと密着するべきだよ♥」


「しかし、密着し過ぎてしまえば有事の際に護衛ができなくなります」


「そこは密着したことによってラブなパワーによって何とかなる!」


「らぶなぱわー?」


「そうだよウサギちゃん! ラブパワーだよ! 密着し過ぎてキュンキュンジュンジュンしちゃうのは危ないけど、困難を乗り越えれば乗り越えるほど、二人の間のラブがジュクジュクジュンジュンして、結果的にハラハラポンポンに――あぁああああああああ、捗るわぁああ♥」


「……意味不明ですが参考にすることにしましょう、クロノ」


「そうだな。意味不明だが、今まで以上に幸太郎と密着することにしよう」


「参考にしなくていいし、ノエルとクロノが本気にするから美咲も適当なこと教えないで!」


 自分の言葉の数々で一人盛り上がって恍惚な表情を浮かべている美咲の意味不明な言葉を、クロノとノエルは素直に吸収する。


 数週間前に発生した事件で、ノエルとクロノと自分たちとの関係が深まったと確信して嬉しいと思っているアリスだが、同時に自分たちの前で今までいっさい見せなかった見せなかった、何事も素直に疑うことなく吸収する一面を知り、適当なことばかり言って制輝軍の活動もサボりがちな美咲と同様にアリスは二人も厄介な存在であると思っていた。


 何も知らない無垢な子供のクロノとノエルに適当なことを教える美咲と、彼女の言葉を素直に受け止めるクロノとノエルをアリスは声を荒げて注意する。


「でも、おねーさん、相手がどう出るのかわからない以上、密着護衛も大切だと思うよー☆」


「そこまでノエルたちが過剰にならなくてもいい。七瀬の周りには私たち制輝軍、セラたち、鳳グループ、教皇庁がついてる。考える限り七瀬はアカデミー都市内で最高クラスの警備がついてる。こちらが想像していない不測の事態が起きなければ、どんな相手が来ても七瀬に手を出せないし、手を出したとしても簡単に犯人を捕らえることができる」


 淡々と幸太郎の警護状況を話すアリスを、感情を感じさせない表情を僅かに曇らせて聞いていたノエルは「とりあえず――」と遮った。


「とにかく、今は目的を果たすために先へ急ぎましょう。そのためにアリスさんたちは私たちを迎えに来たのですから」


「おおっと、そうだね。これからウサギちゃんと弟君の全身をジックリ隅々まで調べるんだからね♥ 楽しみだなぁ、二人の身体がどんな風になってるのかな?」


「身体の構造は人間とあまり変わらないのですが……」


「そうだねぇ……ちゃーんとウサギちゃんにはたわわに実った果実もついてるし、弟君にもかわいいかわいいモノがついてるからねぇ♥ ――えいっ! 隙あり!」


「……やめてください、美咲さん」


「その辺にしておけ、美咲」


「ええのんか! ええのんか! ここがええのんか、ええ? ウサギちゃん!」


 何かを揉みしだくように両手をワキワキと動かして、淫靡な笑みを浮かべてノエルとクロノの身体を嘗め回すようにギラギラとした瞳で見つめていた美咲は、獣のような俊敏さでノエルの背後に周り、彼女の突き出た胸を遠慮なく揉みしだく。


 美咲には負けるが、それでも十分すぎる大きさのノエルの胸が美咲の手の動きと同調して形を変える。


 鼻息荒い美咲に後ろから抱きしめられるように羽交い絞めにされて、なすがままにされているノエルは、表情をいっさい変えずに美咲を制止する。姉のためにクロノも制止の声を上げるが、第二の被害者にならないように若干彼女から離れていた。


 ……いいな。


 揉みしだかれるものを持っていない平坦な自分とノエルを比較して、思わず心の中で羨望の声を出してしまうアリスだが、すぐに我に返って「やめなさい」と、はぁはぁと息を乱して興奮で周りが見えていない美咲の頭をチョップする。


 脳天に強烈な一撃に食らい、素っ頓狂な声を上げて蹲って悶絶する美咲を一瞥した後、アリスは美咲に襲われても無表情のままのノエルを心配そうに見つめた。


「今回の件だけど……本当にいいの、ノエル、クロノ?」


「何も問題はありませんし、アカデミーに残るためには当然のことです」


「ノエルの言う通りだ。それに、これはオレたちの意思だ」


 アリスが自分たちを心配していることを悟った姉弟は、無表情だが何も迷いがない様子で力強く頷くが、そんな姉弟の様子を見てもアリスの表情は暗いままだった。


「それでも、あの男――ヴィクターなら二人の気持ちを無視して身体の隅々まで二人を調べるし、それ以上にイミテーションの秘密を知った奴らがまたあなたたちを利用するかもしれない」


「もー、アリスちゃん。少しはおとーさんを信じてあげなよー。これからいよいよ検査がはじまるのに、そうやってグチグチ文句を言うのはおねーさん、どうかと思うぞ☆」


「あの男が利用しないって保証はないし、周囲は別かもしれない。とにかく、私はあまり周りを信用してないから」


 相変わらず父親と仲の悪いアリスを美咲は注意するが、アリスの考えは変わらない。


 アリスが心配しているのは、今日、アカデミーの生徒たちが一斉に身体測定と健康診断をしている間、イミテーションであるノエルとクロノを、そんなに信用していない自身の父であるヴィクターの研究所で詳しい検査を受けることに関してだった。


 国から派遣されてアカデミー都市の治安を守っていた制輝軍のトップであるノエルと、主力メンバーの一人であるクロノがアカデミーで多発している事件の黒幕であるアルトマンとつながりあがったことを鳳グループと教皇庁が国に報告した結果、ノエルとクロノは制輝軍を辞めさせられ、アカデミーから永久追放されることに決まり、イミテーションである二人の身体を精密検査するために国立の研究所送りにされることが決まった。


 しかし、最終的には数週間前の事件で協力してくれたノエルとクロノを無罪放免にするため、それ以上に人間ではない生命体だが、人間と変わらない存在である二人を実験動物のように扱うことを許せなかった鳳グループと教皇庁が国と取引した。


 その結果、イミテーションの情報と引き換えにノエルとクロノをアカデミーの――主に制輝軍の監視下に置くことを許可された。


 賢者の石の力がなければ不可能だと思うけど、きっとイミテーションの情報を知って、イミテーションの技術を応用した新たな兵器を作るかもしれない……


 ……これ以上ノエルとクロノを苦しめたくないのに。


 ただでさえ生みの親であるアルトマンに利用され続け、用済みになったらすぐに捨てられるという身勝手な仕打ちを受けたのに、将来再び二人が身勝手で薄汚い大人たちに利用されるかもしれないということがアリスには不安だった。


「……私はアリスさんや美咲さんと一緒にいたいです」


「オレもアカデミーにいる友達と離れたくない」


 無表情ながらもおずおずといった様子で口にしたノエルの言葉と、正直に自分の気持ちを口にしたクロノの力強い言葉に、不安な気持ちに沈んでいたアリスの表情が嬉しさに溢れる。


「まあ、ウサギちゃんたちを利用するイケナイ子には、このアタシがビシバシしてアヘアヘさせて、忘れられなくなるようなきつーいオシオキしちゃうからね☆」


 アリスが羨むほどの大きな胸を張り、力強いサディスティックな笑みを浮かべる美咲に、言葉のチョイスはどうかと思うが、ノエルとクロノを思っているのは十分に伝わったアリスは頼りがいを感じてしまう。


「ウサギちゃんと弟君が辞めてから、二人の代わりにアリスちゃんが一生懸命制輝軍をまとめているけど、アタシたちよりも年下で、まだ色々と小さいのに一人で背負い込み過ぎだよ?」


「別に、無理してるわけじゃない」


「またまたそうやって強がっちゃって! おねーさんはわかってるんだからね♥」


 ニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべて無理をしている言ってくる美咲に、クールフェイスだがあからさまに機嫌が悪くなるアリス。


 ノエルとクロノが制輝軍を辞めてから、制輝軍をまとめていたノエルに代わってアリスは制輝軍をまとめていた。


 高いカリスマ性を持っていたノエルに代わって制輝軍をまとめるのは大変だが、特にアリスは無理をしているつもりはなかった――が、美咲の言葉を否定しながらも、上手い反論が見当たらない自分がいることに気づく。


 そんなアリスを見透かしたように、美咲はにんまりとした笑みを浮かべる。


「少しはこのおねーさんの大きな胸にどんと任せて☆ それに、制輝軍の子たちも、セラちゃんたちもいるんだよ? だから、少しは誰かに頼ってもいいんじゃないの?」


「……わかってる」


 ――そんなこと、言われなくてもわかってる。

 ……ありがとう、美咲。


 百も承知の美咲の言葉だが、それを聞いてアリスの中に沈んでいた不安な気持ちが軽くなったような気がしたアリスは、照れ隠しの仏頂面を浮かべた。


 そんなアリスの表情を見て、彼女の思っていることが理解できた美咲はあえて何も言わずに、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。


「――それと、小さいは余計」


「だって、アリスちゃん……アタシから見て、去年とスタイル変わらないよ?」


「う、うるさい!」


「でも、事実だよね、ウサギちゃん?」


「ええ。上から――」


「ノエルも余計なこと言わないで!」


 美咲に続いて余計なことを口走ろうとするノエルの口を慌ててアリスは閉ざした。


「もしかしてウサギちゃん、アリスちゃんのスタイル知ってるの? 何度か調べようとしたけど、ことごとくアリスちゃんに邪魔をされたから教えて教えて! 弟君も知りたいよね?」


「別に」


 ……それはそれでムカつく。


 アリスのスタイルを知っているノエルに、興味津々といった様子で鼻息を荒くする美咲。


 対照的に、乙女の秘密にクロノは特に興味を惹かれている様子はなかった。


 そんなクロノの態度に、それはそれで腹立たしく思うアリスだった。

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