第4話

 セントラルエリアの中央に塔のようにそびえ立つ超高層ビルの鳳グループ本社最上階付近にある、必要最低限のものしか置かれていない質素で殺風景な社長室に三人の人物が集まっていた。


 一人は無表情でリグライニングチェアに腰かけている鳳グループ社長である鳳大悟。


 もう一人は机を挟んで大悟の正面に立っている、御柴巴という成人を迎えた娘がいるとは思えないほどの若々しい外見だが、よれよれのスーツと悪い人相でそれを台無しにしている大悟の秘書を務めている男・御柴克也みしば かつや


 三人目は、ソファの上にミニスカートから伸びる艶めかしいほど白く、長い脚を組んで座る、長めの黒髪をリボンで結び、白衣を着た妖艶な雰囲気が漂う、スレンダーな体形な長身の美女――ではなく、美男子のアカデミーの校医兼鳳グループ幹部・萌乃薫もえの かおるだった。


「七瀬は巴とともにサウスエリアにあるとヴィクターの研究所に向かった。ノエルとクロノも、美咲とアリスと合流した後に研究所に向かうそうだ」


「セラちゃんや麗華ちゃんも、自分たちの身体測定を後回しにして幸太郎ちゃんの検査に向かうそうよ。それに加えてティアちゃんたちも研究所周辺を守るため集まってるわ。たくさんの人が集まってくれるなんて幸太郎ちゃんったら、モテモテね♥」


 淡々とした克也の報告と、猫撫で甘々ボイスの萌乃の報告を聞いて、大悟は満足そうに頷く。


「だが、面倒なことになってる。ヴィクターのアホのせいで予定よりも時間がかなり押して、そのせいでバカ娘が七瀬をわざわざ迎えに行ったせいでちょっとした騒ぎになったようだ。まったく……今回の件は内密で進める予定だったというのに。麗華たちも同じだ。自分たちの身体測定を後回しにしたら周りから不審に思われるってのに」


「まあまあ克也さん。巴ちゃんたちは幸太郎ちゃんが心配なのよ。なんせ相手は神出鬼没で、油断のできない相手なんだから。青春してるってことで大目に見てあげましょうよ。ね?」


「確かにそうだが、それでも目立ってしまえば逆に隙を生む。まったく……秘密裏に検査を行うために、七瀬には万全の警護を準備してたのにすべて台無しになった」


「何事も不測の事態はつきもの。それに、現場にいた巴ちゃんの判断も正しいと思うわよ。巴ちゃんの実力なら確実に幸太郎ちゃんを守れるし、幸太郎ちゃんを危険に巻き込むかもしれないけど、今回の検査を知ってアルトマンちゃんたちが派手に動いてくれた方が、幸太郎ちゃんを守る準備をしている今なら一網打尽にできる可能性が高いから都合がいいんだけどね」


「クソ! 巴も巴だがヴィクターもヴィクターだ。アイツの長話から予定が狂った」


「まあ、ヴィクターちゃんの長話のせいで時間が大幅に押しちゃうって判断したから、巴ちゃんがわざわざ幸太郎ちゃんを迎えに行ったのね」


 不測の事態で予定が狂って苛立ち、不機嫌になっている克也を、ソファから立ち上がって彼の傍に寄り添うように立つ萌乃は宥めた。


 萌乃のおかげで幾分か落ち着きを取り戻した克也は、苛立つ気分を抑えるために一度軽く深呼吸をしてから、恋人のように寄り添っている萌乃から一歩離れ、大悟に視線を向けた。


「警備を少し見直した方が良さそうだな」


「多少の不測の事態が起きたが、巴もいるし麗華たちもすぐに合流する。それに、検査には白葉ノエルも行う。問題はないだろう」


「他人事だと思いやがって……七瀬や、七瀬の周囲の人間は危険人物に狙われているかもしれないんだぞ」


「彼の傍に麗華たちがいつでもいられるように、同じクラスになるよう手配をした。それに、人質に取られる可能性も考えて彼の両親にも鳳と教皇庁が共同して警護している。さすがのアルトマンたちもこの警護を容易に手は出せないし、崩せないだろう」


 不測の事態が起きてもクールフェイスを崩さない大悟を腹立たしく思いながらも、自分や大悟、そして、教皇庁が裏で手を回して幸太郎の警護に全力を注いでいることを思い出し、幾分安心することができた克也は、幸太郎の話から別の話題に替える。


「昨日、草壁に面会に向かったんだってな。アルトマンたちについて何か情報は得られたか?」


「何も。協力関係にあっても草壁はアルトマンたちの計画を知らされていなかった。我々の想像通り草壁はアルトマンの捨駒だった。草壁もそれに気づいていたようだ。アルトマン、アルバート、北崎は我々の考えているような信頼関係で結ばれている仲間や協力者などではなく、利害関係だけが一致しているだけの関係のようだ」


「目的は違っても、進む過程が同じだから仲間でも協力者でもない、お互いに利用してる関係――厄介だな。目的が違えば一人潰しても情報を聞き出そうとしても、他の奴らの詳しい情報は聞き出せないし、他の奴らの目的も着実に進行して全体的な解決にならないってわけか」


「それに加えて、七瀬幸太郎の力についての噂が特区内で広まっているらしい」


「アルトマンたちの仕業だな……どこまで広まってる」


「煌石を扱えること、賢者の石の力を持っているかもしれないことなど、様々だが、幸い落ちこぼれである彼を知っている囚人も大勢いるので、疑いの方が強い状況だ」


 幸太郎の力が特区内で噂になっていることに不安を覚える克也だが、落ちこぼれである彼の力を信じていない人間の方が圧倒的に多いことを知って安堵する克也だが、アルトマンたちのことを考えれば簡単に安堵できず、苛立ったように舌打ちをする。


「アルトマンたちの目的、居場所、これからどうするのか、何もかもがわかっていない状況で、守りに徹しても、何の解決にもならねぇのが腹立つな」


「だからこそ、今回、アルトマンと同じ『賢者の石』の力か、それ以上の力を持つかもしれない七瀬幸太郎の精密検査を行う。彼の力の理解を深めれば、同時に賢者の石という人知を超えた力をその身に宿すアルトマンの対抗手段を得られるかもしれないし、アルトマンの手に落ちた場合、アルトマンが彼の力をどのように利用するのかある程度の想像ができるからな」


「賢者の石ねぇ……ついこの間まで実在するのかさえもわからなかった伝説の『煌石』が、本当にあの七瀬が持っているのかよ」


「同感だが、あの少年には特別な力は持っていることは事実だ。実際、あの事件で彼の力の一端を目撃したのは何人もいる――アルトマンも含めて。だからこそ、彼の力に興味を示したアルトマンに狙われる可能性があると考え、我々は彼の護衛に力を入れている」


 淡々とした大悟の説明に、数週間前に発生した事件を思い出して改めて克也は信じられないと感じていた。


 数週間前で発生した事件――『イミテーション』と呼ばれるアルトマンが輝石から生み出した、人間と寸分たがわぬ外見を持つ存在が深く関わっていた。


 その事件の最後で、アルトマンの味方だった白葉ノエルが最後の最後でアルトマンから離反し、無理をして消滅の危機に瀕してしまった。そんなノエルを救い出したのは幸太郎だった。


 輝石以上に神秘的な力を持つ『煌石』は、現存するのは教皇庁が持つ輝石を生み出す力を持つ『ティアストーン』、鳳家が持つ輝石の力を増減させる『無窮の勾玉』のみとされていた。


 だが、最近になって世界中の様々な古い文献に登場する伝説の煌石『賢者の石』が現れた。


 世界中に多くの輝石使いが生まれた切欠となった事件・『祝福の日』で、アルトマンは賢者の石を作るためにティアストーンで大量に輝石を生み出していた教皇庁と、無窮の勾玉を使って輝石の力を利用して兵器を作り出そうとしていた鳳グループを利用して、大量の輝石と輝石の力を増減させる無窮の勾玉を利用して賢者の石を作り出し、その身に宿した。


 伝説の煌石・賢者の石の力は文献によって異なり、どのような力を持つのか定かではなかったが、アルトマン曰く賢者の石は生命を操る力を持っており、その力でイミテーションという新たな生命体を作り出したとのことだった。


 そして、賢者の石の力を持つアルトマンでさえも匙を投げた、命を失いかけたイミテーションのノエルを救い出したのが幸太郎であり、消えゆく生命を救った彼の力も生命を操るとされている賢者の石の力か、それ以上の力を秘めていると大悟たちは考えていた――が。


 輝石を扱える素質を持っているにもかかわらず、輝石を武輝に変化させることのできないアカデミー設立以来の落ちこぼれであり、能天気な性格の七瀬幸太郎を思い浮かべた克也は、彼が賢者の石の力か、それ以上の力を持つとは考えられなかった。


「話は終わりだ。萌乃、研究所へ向かって七瀬幸太郎と、白葉姉弟の身体を隅々まで調べろ」


「隅々までなんて、なんだか興奮しちゃうわ♥ ……でも、今回の検査の責任者としてこう言うのはなんだけど、あんまり気乗りしないわ。いくら本人たちの承諾を得ても、なんだかあの子たちがモルモットにしてるみたいで」


 幸太郎たちの身体検査の責任者である萌乃は、官能的な笑みを浮かべて大悟の指示に従うつもりだが、モルモットのように幸太郎たちの身体を詳しく調べることに罪悪感を抱いていた。


 幸太郎たちのことを案ずる萌乃を、感情を宿していない冷たい、それでいて僅かに温かみのある瞳で見つめながら大悟は、淀みのない平坦な口調で話をはじめる。


「さっきも言ったが、七瀬幸太郎の力を調査すればアルトマンたちの先手を打てるかもしれないし、イミテーションである白葉姉弟を詳しく調べるのは国からの指示だ」


「もちろんわかってるわ。でも、ただでさえ煌石を扱える人間は利用されやすいのに、幸太郎ちゃんの力が広く知られれば、あの子を厄介ごとに巻き込んじゃうかもしれないし、イミテーションの技術も悪用されるかもしれない。もちろん、大悟さんの言っていることも承知の上だけど、未来を考えれば個人的に気乗りしないのよ」


「だからこそ、今回の検査は我々や信頼できる人間のみで秘密裏に行っている。七瀬幸太郎の力はもちろん口外しない。それに、ヴィクターから聞いたが、イミテーションという人間も同然の生命体を作り出すのには、生命を操る力を持つとされている賢者の石が持つ莫大なエネルギーが必要不可欠であり、生み出すのは賢者の石を持った人間――つまり、アルトマンしかいない。加えて、アルトマンしかイミテーションを生み出す技術を知らない。イミテーションについての情報を知っても、イミテーションを生み出して悪用するのは不可能だということだ」


 そのの言葉を聞いて、表情や態度にはいっさい出していないが、大悟もしっかり幸太郎たちのことを考えていることを知って安堵する萌乃。しかし、まだ表情は僅かに曇っていた。


 そんな萌乃の消えない不安を悟った克也は、やれやれと言わんばかりに小さくため息を漏らすと、萌乃に向けてフッと微笑む。不安な自分の気持ちを晴らしてくれるような優しく、それでいて頼りがいのある克也の微笑に見惚れて、頬を染める萌乃。


「イミテーションを作れなくとも、僅かな情報一つで悪用される恐れもあるし、将来イミテーションの技術を応用して新しい争いの火種が生まれるかもしれないし、七瀬の力についても知られてしまえば、アイツが大勢の人間に狙われて、利用されちまう恐れだってある――だから、完全に安心することはできないのは事実だ」


 萌乃の抱いている未来への不安をさらに煽るような言葉を並べる克也だが、下手な言葉で包み隠すことなく事実を述べてくれたおかげでこれ以上萌乃の不安は増長することはなかった。


「でも、俺たちの役割は今回の検査を秘密裏に行うことでも、七瀬たちを保護することでもない――俺たちは、イミテーションの技術や七瀬の力を悪用されないようにして、巴たちの未来を守るための役割を担っているんじゃないのか?」


「そうね――確かに、そうよね……さすがは克也さん! 惚れ直しちゃうわ♥」


「……近い、離れろ」


 自分たちの役割を克也の言葉で思い知った萌乃は、抱いていた不安を吹き飛ばして克也を抱きしめた。抱きしめられた克也はうんざりといった様子でため息を漏らした。


「萌乃……改めて、頼む」


「任せておいて、大悟さん! 幸太郎ちゃんたちの身体、隅々まで満遍なく調べてあげる!」


 頭を下げて萌乃に協力するように頼む大悟に、キュートにウィンクをした萌乃は踊るような軽快な足取りで、検査に向かった。

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