第3話
アカデミー都市は五つの区画に分けられており、初等部から大学部まであるアカデミーの校舎があるのはアカデミー都市の中央にあるセントラルエリアにあった。
そして、アカデミー高等部の校舎3年C組の教室に幸太郎はいた。
進級したばかりで見知らぬクラスメイトたちが多いが、幸太郎の友人たちは多く揃っていた。
「今日身体測定だけど、なんだか不安だなぁ」
「そうね、アンタ最近太ったしね」
「よ、余計なお世話よ! それにしても、セラってスタイルいいよね」
「羨ましいなぁ。アタシもセラみたいに身長が高くて足が長くて胸が大きければなぁ」
「そ、そうでしょうか……あ、ありがとうございます」
今年も幸太郎はセラと同じクラスであり、学力優秀なだけでなく輝石使いとしての実力が高く、凛々しい美しい容姿、誰にでも分け隔てなく接する優しい性格、そして、アカデミーの治安を守る風紀委員として活躍して多くの事件を解決してきた功績で異性同性年齢問わずに人気があるセラは多くの友人たちに囲まれていた。
「私もそう思うよ。特にウェストからヒップにかけてのラインが芸術的だ」
「ノン! ここはやはり形も大きさも最高なバストだろう。それに決まっている」
「君たちは女体が持つ妖艶さと芸術性を理解できていない、まったくもって愚かな奴だ。セラはすらりと伸びた妖艶で長い脚がメインだろう」
「いいや、ここは髪だ。異論は認めん!」
「ちょっと男子! 気色の悪い会話をしないでよ! わざとらしく知的に喋ってるせいで気色の悪さが倍増してんのよ!」
「お前らだってセラがいない時に似たような会話をしてんじゃねぇか!」
「な、なんでそれを知ってるのよ! 同性のアタシたちは別にいいのよ!」
「不公平だ! 世は常に平等であるべきだろうが!」
「発情してるアンタらが綺麗事を並べてんじゃないわよ!」
「落ち着いてください。喧嘩はやめてください、ね?」
憧れの存在であるセラを巡って男女の間で激しい火花を散らしていたが、口論をしながらも仲が良さそうな友人たちを見て、微笑みながらのセラの一声ですぐに口論は止んだ。
セラさん、相変わらずすごい……
微笑み一つで争いを止めるセラを、自分の席に座って遠目から眺めていた幸太郎は改めてセラの人気とカリスマ性を感じて心から感心していた。
「今日の身体測定、その……ノエルさんはどう思う?」
「忙しくなりそうです」
「そ、そういうことじゃなくて、ノエルさんはどれくらい成長しているのかな?」
「昨年と比べて体重は微量に増加しています。ウェスト、ヒップは変わっていませんが、バストは成長しています。そのせいで多少制服が窮屈に感じます」
「そ、その……白葉のスリーサイズって?」
「上から――」
「そういうことは素直に答えなくてもいいですから!」
自身を囲むクラスメイトたちとの雑談に淡々と、そして、素直に答えるノエル。正直に質問に答えるノエルを利用して、邪な笑みを浮かべた一人の男子生徒の質問に、正直に答えようとするノエルだが、女子生徒がそれを制止した。
数週間前の事件で色々あったノエルだが、事件の真相が表沙汰になっていないのに加え、幸太郎の知らない水面下で色々あったのでノエルは学生生活を普通に送ることができていた。
セラだけではなく今年はノエルとも同じクラスであり、その美しく凛々しい外見、神秘的でミステリアスな雰囲気を身に纏い、アカデミーにいる輝石使いの中でトップクラスの実力を持つセラと同等の実力を持つノエルも人気があり、多くのクラスメイトたちに囲まれていた。
……――スリーサイズ、気になる。
多くのクラスメイトたちに囲まれているノエルを見て、幸太郎は彼女がセラと同じく人気者であることを改めて思い知った。
「ノエルさんは控えめな性格のファンが多くて、セラさんは明るい性格のファンが多いって最近思ったんだけど、麗華はどう思う?」
「私が知るわけありませんわ!」
「セラさんは好意を全面的に押し出すファン、ノエルさんは性格的に好意を表に出さないけど裏ではかなり慕われているんだって。それで、ノエルさんにはストーカーが何人かいたそうだ。そう考えるとファンの熱中度的にはノエルさんの方が上かな? セラさんにもストーカー被害があったけど、彼女に比べれば微々たるものだったしね。その点について、麗華はどう思う?」
「しっつこいですわね! 私が知るわけありませんわ! 」
「それなりにファンが多い麗華なら、ノエルさんの気持ちがわかると思ったんだけどなぁ」
「シャーラップ! 喧嘩売っているのでしたら、いつでもどこでも上等ですわよ!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。ファンはもちろん、友達にいない僕にしては、その高圧的な態度で罵倒されたい、踏まれたいと思ってるマニアックでもファンのいる麗華が羨ましいだけさ」
「全然フォローになっていませんわ! ――……グヌヌッ! どうしてセラやノエルさんばかり! 風紀委員として活躍しているのは私も同じだというのに不公平ですわ!」
「これぞまさしく人徳だね」
「私の生まれ持った美貌と品性とカリスマ性に誰も気づかないとは、おかしいですわ!」
「そんなのあったっけ?」
「ファーック! 私がアカデミーを支配した暁には、アカデミー都市にいる人間すべてを私の目の前に跪かせますわ!」
「暴君の誕生だね。アカデミーの将来が楽しみだ」
教室内にも響き渡る苛立った甲高い声を上げる麗華は、嫉妬の炎を宿した目で多くのクラスメイトたちに囲まれているセラとノエルを睨み、そんな麗華を大和はニヤニヤと心底楽しそうな笑みを浮かべて煽っていた。
多くのクラスメイトたちに囲まれて和気藹々と雑談を交わしているセラとノエルとは対照的に、人目を惹く美しい容姿でありながらも、その性格に難があるためクラスメイトたちが近寄ってこない麗華と大和。二人も幸太郎と同じクラスであった。
……やっぱり、人徳だ。
それにしても――
キーキーと声を上げて嫉妬の炎を滾らせる麗華を見て、セラとノエルのように人気がない理由を大和と同じく人徳であると結論づけた幸太郎は、脱力したように机に突っ伏し、同時に腹から空腹を告げる重低音が響き渡る。
「どうした、幸太郎。腹が減ってんのか?」
「お前にしては珍しいなぁ。いつもなら教室に到着してすぐに何か食ってんのに」
「まさか、寝ぼけて登校中にコンビニに寄るの忘れたのか? お前朝弱いからなぁ」
飢えている幸太郎の前に現れるのは、彼の数少ない三人の友人だった。
幸太郎は友人たちに力なく「みんな、おはよう」と挨拶をした。
「今日、身体測定だから……お腹空いた」
「確かに身体測定をやるけど、そんなに詳しく身体の内側を調べないぞ」
「そうだぞ。毎年セントラルエリアの大病院で大々的に行われるけど、検査の内容は大したことはないんだ」
「新入生は入学前に精密検査を受けるから基本的な身体測定のみ、在学生はそれに加えて輝石をどれだけ扱えるかの確認、それと、煌石を扱えるかどうかのチェックだけで、朝飯は抜けとは言われてないだろ。というか、昨日身体測定についての説明を受けただろうが」
「それはそうなんだけど――」
「フン! どうせこの落ちこぼれのことだ。単純に話を聞かなかっただけだろう」
身体測定についての話を聞いたはずなのに把握していない幸太郎に、三人の友人は呆れていると、幸太郎をはっきりと馬鹿にする尊大な声とともに一人の少年が現れる。
嫌味なほど整った顔立ちをしているが、全身から性格の悪さが滲みだしている長身の少年・
そんな貴原に幸太郎は暢気な笑みを浮かべて「おはよう、貴原君」と挨拶をすると、幸太郎の友人たちも、友人への憎まれ口に対して気にすることなく貴原に軽い調子で挨拶をする。
馴れ馴れしく自分に挨拶をする幸太郎たちに、貴原の整った顔立ちは不機嫌と苛立ちに歪む。
「いい加減僕に馴れ馴れしくしないでくれるかな。君たちのような落ちこぼれと同じと思われては困るのだ」
「固いこと言うなって、貴原。俺たちくらいしか話し相手いないんだから。それに、幸太郎の近くにいてお前の大好きなセラと接する機会が増えてるんだから、お前も実は嬉しいんだろ?」
「あ、そういえば貴原、お前一週間前にセラに告白してあえなく振られたんだろ? これで何回目だよ。というか、お前も懲りない奴だよな、いや、かわいそうな奴と言うべきか」
「いや、俺はセラという高嶺の花、そして、天にも届くほどの高い壁に挑戦を続ける貴原の根性を褒め称えてやりたいよ。まあ、潜在ストーカー度はマックスで、将来不安だがな」
「貴原君、またセラさんに振られたんだ……ドンマイ、次があるよ」
「ええい! 余計なお世話だ、落ちこぼれの雑魚どもめ!」
包み隠すことなくハッキリと自分たちを見下してくる貴原だが、幸太郎の友人たちは気にすることなく貴原に対して軽口を叩き、幸太郎はセラへの愛に尽きない貴原にエールを送る。
そんな彼らに貴原は激高するが、幸太郎たちは特に気にすることなく楽しそうにしていた。
プライドの高い貴原にとっては迷惑なことだが、幸太郎たちは彼のことを友人だと思っているからこそ、彼の憎まれ口を気にすることはしなかった。
「貴原のストーカー根性には感心するが、無茶ばかりしてるとそろそろセラに嫌われるぞ」
「いや、もう嫌われてるって。それよりも、去年の身体測定で女子の着替えを覗いた輩がセラを含んだ女子たちに完膚なきまで叩きのめされたって事件知ってるだろ? そんな無茶はするなよ」
「あー、あの覗き犯と盗撮犯か……その後の行方は誰も知らないらしいぞ。噂だと、イーストエリアにある、小高い丘の上にある公園の木の下に――」
「貴様ら! この優秀な僕を何だと思っているのだ! 私がそんな愚かな、セラさんに嫌われることをするわけがないだろう!」
「大丈夫、貴原君、セラさんにかなり嫌われてるから」
「黙れ! 何が大丈夫だ、何が!」
過激なストーカー行為を心配する幸太郎の友人たちと、止めの幸太郎の一言でさらにヒートアップする貴原。
朝の教室内全体が和気藹々とした雰囲気に包まれていると、始業開始を告げるチャイムが鳴り響き、同時に――
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」
校舎中に響き渡る、狂気に満ちた笑い声が響くと同時に教室の勢いよく扉が開き、無駄に派手なアクションをしながら、意味不明なポーズを決めて教卓の前に現れたのは、幸太郎たちのクラス3年C組の担任である、薄汚れた白衣を着て、白髪が混じりのボサボサ頭、長身痩躯の黒縁眼鏡をかけた自他ともに認める天才の男――ヴィクター・オズワルドだった。
自身の発明品を生徒たちに使わせて実験するマッドサイエンティストの担任の登場に、和気藹々と友人たちと談笑していたクラスメイトたちは、素早く自分の席に戻った。
「諸君、おはよう! 今日も春特有の気持ちの良い朝だ! おかげで寝坊しそうになってしまったが、私の愛するハニーの熱いベーゼのおかげで一気に目が覚めたよ! 唾液が僅かに付着して粘着質なハニーの唇は実に官能的であり、瑞々しい果実のように柔らかいものだった。ハニーの唇が私の唇に触れた瞬間、私のリビドーが爆発してしまいそうになってしまったよ!」
朝っぱらからの惚気話に辟易しているクラスメイトたちだが、ヴィクターの話は止まらない。
「私は己のリビドーに従い、無意識にハニーの口腔内に自身の舌を差し込んでしまった。ぬらりとする感触とが私の舌先に広がると同時に、ハニーの唾液の甘い味が広がったのだ。その瞬間、電流のような官能的な刺激が舌先から広がると、ハニーの身体がピクリと一度震えた。私はそれにさらに興奮してしまい――」
妙に艶めかしい表現で長々と惚気話をするヴィクターに、男子たちは興味津々といった様子で表情を興奮気味にさせ、女子たちは羞恥で頬を赤く染めてしまっていた。
他のクラスは朝のHRが終わったようだったが、ヴィクターの長い惚気話は止まらない。
このまま延々と続くかと思いきや、廊下から大きく、わざとらしく、それでいて恥ずかしそうな咳払いが「オホン!」と響き渡ると、惚気話がストップする。
「おおっとそうだっ。肝心なことを忘れていたよ。さて、諸君! 昨日説明した通り、今日はセントラルエリアの大病院を貸し切っての身体測定が盛大に行われる日だ! さっそく準備をはじめるのだ! 身体測定が終わった後にもう一度校舎に戻るが、貴重品は肌身離さずに持つことを忘れないようにしてくれたまえ! それでは、さっそく校門前に集合だ!」
ヴィクターの言葉を合図に、さっそくクラスメイトたちは教室を出る準備をはじめると、突然教室の扉が開き、ヴィクターの惚気話を咳払いで止めた人物――艶のある美しい長い黒髪を後ろ手に束ね、落ち着きながらも穏やかな雰囲気を身に纏い、強い意志が込められた瞳のスーツを着た美女・
鳳グループトップである鳳第五の秘書を務めている父を持ち、輝石使いとしてアカデミーでもトップクラスの実力、多くの人間を束ねるカリスマ性も持ち、大和撫子と表現するに相応しい人目を惹くほどの容姿を持つ巴に教室内の注目が集まった。
「ハーッハッハッハッハッハッ! つい興が乗って話し込んでしまったよ」
「ただでさえ忙しい一日になるというのに無駄な時間のロスはしないでください、先生」
反省している気配をおくびも見せないヴィクターに呆れながらも、巴は幸太郎に近づく。
「おはよう、七瀬君。さっそく私についてきて」
巴に促され、幸太郎は「おはようございます、御柴さん」と呑気に挨拶した後に貴重品を持って巴の後について歩く。
これから身体測定がはじまるというのにアカデミー設立以来の落ちこぼれの幸太郎が、突然現れた巴に直々に呼び出されて一緒に行動することにクラスメイトたちは驚くとともに、不自然に思い、二人に注目が集まる。
「どうして、幸太郎だけが御柴さんと一緒に行動するんだろうな……羨ましい」
「相変わらず御柴さんは美しいぜ……俺、前からあの人のファンだったんだ」
「あー、それわかるわ。誰にでも優しいし、安産型のヒップと突き出た胸、たまんないね! それよりも貴原、お前どうして幸太郎と白葉が御柴さんと一緒に行動するのか知ってるか?」
「フン! 七瀬君のことを僕が何も知るわけがないだろうし、知りたくもない。――が、想像は容易にできる。毎年行う身体測定では、毎回輝石をどの程度扱えるかのチェックもある。まともに輝石を扱えない彼が、僕たち輝石使いが行う身体測定を受けても、無駄に時間を費やして邪魔だと判断したから、彼だけは輝石を用いない普通の身体測定を受けるのだろう」
巴の美貌に目を奪われるとともに、幸太郎だけが彼女と一緒にいることに疑問を抱いていた幸太郎の友人たちだったが、不機嫌な貴原の説明を聞いて納得した。
貴原の説明に聞き耳を立てていたクラスメイトたちもまた、その説明に納得していた。
「しかし、どうして七瀬君のような落ちこぼれが御柴さん直々に――納得できない!」
クラスメイトたちが納得していても、幸太郎の待遇に納得できない貴原は一人嫉妬の炎を燃やしていた。
幸太郎と巴を中心にしてざわついていた教室内が貴原の一言によって落ち着きを取り戻したことを感じ取った麗華とセラは、誰にも気づかれないように安堵の息を漏らした。
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