第27話

 ――騒がしくなった。

 何かが確実に起きている。


「二人とも、部屋から出るわよ」


 屋敷全体の雰囲気が肌で感じ取った巴は、ソファに座って呑気にお菓子を食べている幸太郎と村雨に、弛緩した空気を引き締めるように短くそう告げた。


 遅れて村雨も屋敷内の異変を感じ取り、すぐにソファから立ち上がって部屋を出る準備をする。一方の幸太郎は何が起きているのかわからない様子で煎餅を齧りながら巴に近づいた。


「屋敷の雰囲気が明らかに変わりましたね。一体何が起きているんでしょう……」


「わからない。でも、確実に何かが起きているし、これが『合図』であることに間違いないと思う。出るなら今――行くわよ」


 そう言って、巴は動きづらいロングスカートに切れ込みを入れる。


 露になった滑らかな巴の生足を見て、幸太郎は「おぉ」と思わず声を上げてしまう。その声に反応した村雨も巴のお御足を一瞬見つめてしまい、顔を真っ赤にしてすぐに目をそらした。


「巴さん、足きれい」


「ば、バカなことを言っていないで七瀬君も準備をしなさい! まったくもう……宗太君、私が先に向かうから、君は彼をお願い」


 正直な幸太郎の感想に照れながらも、すぐに気を引き締めて巴は部屋から出るためにそっと扉を開くと――人型ガードロボットが大上段に構えた電流を纏った特殊警棒を巴に振り下ろす。


 ガードロボットの襲撃に気づいた村雨は「巴さん!」と叫び声にも似た声で注意を促すが――そんなもの、巴には必要なかった。


 輝石を持たなければ輝石使いは一般人と何ら変わりはないが、普段から鍛えている巴は違う。


 ガードロボットの不意打ちに村雨の注意よりも早く反応した巴は、舞うような足運びで半身になって回避すると同時に腰を捻って、前に向かって押し出すような要領で足刀蹴りを放つ。


 巴の蹴りに一瞬バランスを崩すガードロボットだが、すぐに態勢を立て直して巴に向かう。


 その一瞬で、巴は特殊警棒を持ったガードロボットの手首を関節技の要領で捻り、電流を纏った警棒の先端をロボットの顔面に当てる。


 一瞬の閃光と何かが弾け飛ぶ音ともに、ガードロボットの全身から白煙が上がる。


 強い電流を受けて動かなくなったガードロボットだが、再起動して再び巴に攻撃を仕掛けようとするが、手に持っていたはずの警棒が巴に奪われてなくなっていた。


 それに気づいた瞬間、ガードロボットの頭部は警棒をフルスイングした巴の一撃によって身体か離れる。


 頭部を失ってもなお動こうとするガードロボットだが、胸に突きつけた警棒から放たれた電流によって今度こそ機能停止する。


 流れるような一瞬の動作で輝石を持たずに生身でガードロボットを機能停止に追いやった巴に、「おー」と幸太郎はもちろん、村雨でさえも感嘆の声を上げていた。


「ガードロボット……今までこんなものは設置されていなかったのにどうして……それに、屋敷内の複数の場所で戦闘音が聞こえてます」


「やはり、何かしらの異変が起きているようね。取り敢えずの武器は手に入れたけど、これだけじゃ心許ないし、味方と合流しましょう」


「大広間で結婚式が開かれているはずです。大悟さんやエレナ様も出席するのならば、二人の護衛のために必ず心強い味方が来ているはずです」


「それに。七瀬君や私たちを助けるために、きっとセラさんたちも来ているはず。もしくは、ここに来ている途中かもしれない。部屋の中で待ってもいいと思うけど、大量にガードロボットが押し寄せたら逃げ場はないわ。今はみんなと合流することを考えましょう」


 突然襲いかかってきたガードロボットと、屋敷内に響き渡る戦闘音に村雨と巴は何か屋敷内で不測の事態が起きていると確信する。


 籠城するよりも式場である大広間を目指しながら味方と合流することに決めた巴の判断に、村雨は力強く頷いて従う。


 さっそく目的地へと向かおうとする巴たちだが――


 突然、屋敷内に緑の光が通過すると、巴と村雨は苦悶の表情を浮かべて膝をついてしまう。


 膝をついた二人に、「大丈夫ですか?」と心配する幸太郎だが、全身で息をして苦悶の表情を浮かべながらも二人はゆっくりと立ち上がった。


「アンプリファイアの力が屋敷内に影響を及ぼしている……この異変に空木君も気づいているようね」


「しかし、多少の脱力感があるだけで動くことはできますし、輝石も使えることができるでしょう。おそらく、大悟さんと一緒に結婚式に出席しているというエレナ様の力ですね。エレナ様のおかげでアンプリファイアの力を抑え込んでいるに違いありません」


「ええ、きっと……そうかもしれないわね。さあ、みんなと合流するわよ」


 ――本当にエレナ様の力だけなの?

 ……きっと、君の力も関係あるはずよね?

 そうよね、大和。


 輝石を触れずとも反応させられるエレナの力が屋敷内に作用して、屋敷内で影響を与えているアンプリファイアの力を抑え込んでいると思っている村雨だが――巴はそれだけでないような確信があった。


 確たる証拠はないが、それでも巴は信じていた――自分の幼馴染を。




――――――――――




「ガードロボットが突然現れるわ、敵味方関係なく襲いかかるわ、突然アンプリファイアの力せいで力が抜けるわで――一体全体、何が起きていますの!」


 暴れまわるガードロボットのせいででパニックになっている大広間内で、武輝であるレイピアを手にしてガードロボットの相手をしている麗華は苛立ちに満ちた怒声を張り上げるが、すぐにパニックになった出席者たちの叫び声でかき消された。


 今まで大人しく会場の内の警備をしていたのにもかかわらず、パーティー出席者たちはもちろん、味方であるはずの空木家と天宮家の人間も突然襲いはじめたガードロボットに、会場内は阿鼻叫喚になっていた。


 会場の警備の指揮をしていた呉羽も騒動が起きると同時にどこかに消えてしまい、そのせいで警備の指揮も乱れて混乱が加速してしまっていた。


 それに加えてアンプリファイアの力が屋敷内に作用しているせいで、空木家や天宮家、出席者たちの護衛の輝石使いたちも思うように力が出せず、ガードロボットに圧倒されていた。


 辛うじて全滅を免れているのは、積極的に出席者たちを非常口へと避難の誘導を行っている大悟と、麗華の傍にいるエレナがパニックになっている状況を仕切っているおかげだった。


 パニックになっているせいで怒号と泣き声で喚いて自分勝手な行動を取ろうとする出席者たちに大悟は喝を入れて冷静に避難を誘導しているおかげで、最小限にパニックを抑えることができていた。


 武輝である身の丈を超える杖を手にしたエレナは、全身に輝石の力を漲らせてガードロボットに襲撃されている出席者たちの周りにバリアを張って守りながら、触れずとも周囲の輝石を反応させる力でアンプリファイアのせいで弱まった輝石の力を僅かながらに底上げさせており、彼女の首掛けられたペンダントについたティアストーンの欠片は強く青白く発光していた。


 輝石の力で人々を守りながら、ティアストーンを操る力を使っているエレナの表情は無表情で涼し気だが――額には汗の雫が浮き上がっており、無理しているのは明白だった。


 そんなエレナにガードロボットが襲いかかるが、それを察知した麗華は無駄に華麗にターンをしながら武輝を薙ぎ払い、ガードロボットの胴体を真っ二つに両断して機能停止させた。


「エレナ様、そんなに力をお使いになって大丈夫ですの?」


「心配は無用です。集中が途切れるので話しかけないでください。あなたはガードロボットの排除に集中していなさい」


「わかりましたわ――行きますわよ!」


 淡々と自分のことは気にするなと言いながら無理をしているエレナを放っておけない麗華だが――甚大な被害が出ることを考え、麗華は彼女の言葉に従うことにする。


 本調子ではない状態ながらも、麗華は次々と襲いかかるガードロボットや、敵味方関係なく襲っているガードロボットを排除する。


 一通り片付けたが、それでもまだガードロボットの襲撃が止むことはなかった。


 そんな中、避難の誘導を行っていた大悟の前にがーとロボットが現れる。


「麗華! こっちのフォローを頼む」


「お父様! 今すぐに向かいますわ!」


 父の声に即座に反応した麗華は、父の元へと向かおうとすると――そんな麗華の道を阻むかのように複数のガードロボットが現れた。


 同時に、避難をするために非常口に殺到していた出席者や、彼らの誘導を行っていた大悟の前にガードロボットが続々と集まってくる。


 一気にピンチを迎えるが――大悟たちの前に集まっていたガードロボットは、無駄に派手で目立つ動きとともに現れた貴原が武輝であるサーベルを振るって一掃する。


「さあ、さあ、ここはこの僕! 貴原康にお任せください! ――って、うわぁああ!」


「旦那ぁ! 退路は作っておいた! 避難の誘導は貴原と一緒にやってくれ! 俺とお嬢はガードロボットを始末する!」


「刈谷、麗華、エレナ、この場はお前たちに頼んだ。いいか、絶対に無理はするな」


 声高々に自己紹介をしているせいで撃ち漏らしたガードロボットに不意打ちを食らう情けない貴原に続いて現れるのは、武輝であるナイフと特殊警棒を持った刈谷だった。


 貴原と大悟に避難の誘導を任せた刈谷は、広々とした大広間で好き勝手に暴れはじめる。


 襲いかかるガードロボットを手にした武輝で突き刺し、思い切りフルスイングした警棒で破壊し、豪快に放った回し蹴りで壊し、隠し持ったショックガンで破壊し、持ってきた手製の爆薬で式場諸共ガードロボットを破壊していた。


 豪勢な結婚式場を滅茶苦茶にしながら、憐れに思えるほど徹底的にガードロボットを破壊するワイルドかつ容赦のない攻撃で、あっという間に刈谷は麗華とエレナの傍に到着した。


「さすが、かつては『狂犬』と呼ばれた刈谷さん。久しぶりに本領発揮ですわね」


「何だか知らねぇが、結婚式場にいたせいですげぇイライラしてたんだよなぁ。そのせいでいつも以上に暴れてぇんだ……どうしてだと思う?」


「……知るわけありませんわ」


「それは、刈谷さんが結婚と縁遠いからでは?」


「……女将さん、幸太郎の奴に似てるんだな」


「そうでしょうか?」


「し、失礼ですわよ刈谷さん! あんな凡人とエレナ様を一緒にしないでいただけます?」


 憐れな嫉妬を抱いている刈谷の疑問に呆れ果てた様子で答えるのを放棄する麗華と、正直に答えるエレナ。


 幸太郎と同レベルなほど正直で容赦のないエレナの言葉がグサリと胸に突き刺さりつつも、思ったことを口にする失礼な刈谷の口を麗華は塞ぎつつも、内心では同意していた。


「しかし、まあこんなにも『合図』が派手だなんてな」


「『合図』? ……一体何のことですの?」


「あれ、お嬢、お前まだ何も知らないのか? 今回の件は大和の――」


「今は目の前のことに集中して、悠長に話すのは後にしなさい」


 気になることを離そうとする刈谷だったが、エレナの一言でそれを中断して再び集まってきたガードロボットの相手に集中する。


 刈谷の話が気になりつつも、麗華もエレナの言葉に従い、戦闘をはじめた。

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