第26話
「こちらでございます、武尊様」
「先程から加耶様を呼んでいるのですが何も反応はなく、部屋に入ろうとも鍵もかかっているので入れないのです。部屋から出た気配はないので、まだ部屋にいるとは思うのですが……」
「お忙しい中武尊様を呼んでしまうのは心苦しかったのですが、デリケートな問題かもしれないので我々よりも武尊様が一対一で話した方がいいと思って読んでしまいました」
「わかったよ。それじゃあ、君たちは下がってて。私が何とかするから」
結婚式の開始時刻が間近に迫っているのに新婦である大和が控室にこもっているという報せを受けた武尊は、慌てた様子の使用人たちに控室まで案内された。
部屋の前に到着した武尊は使用人たちを引き下がらせた後、室内にいる相手を気遣うように控え目にノックをしてから、持ってきたマスターキーで扉を開いた。
これから新婚になる二人を祝福するようでいて、前途ある新婚生活を応援するような眩い日差しが照らしている広い室内の窓際に、不敵な笑みを浮かべて大和は椅子に座っていた。
結婚式が間近に迫っているというのに、用意された純白のドレスに身を包むことなく、大和は相変わらずの男装姿だった。
そんな大和を見て、武尊は仰々しくため息を漏らす。
「これから式がはじまるというのにまだ着替えていないのかい? あぁ、もしかしてマリッジブルーなのかな? 大丈夫だよハニー、我々の結婚生活に何の不安はないさ」
「ああ、別にマリッジブルーでも何でもないから気にしないでもいいよ。僕は最初から君と結婚するつもりなんてまったくないから。ごめんね、ダーリン♥」
いたずらっぽく笑いながら平然と婚約破棄を大和は言い放つと、一瞬の沈黙の後武尊は仰々しく困り果てた様子でため息を漏らした。
「うーん、冗談としては正直笑えないよ、ハニー。せっかく準備を整えて、大勢の人を集めたのにこれじゃあ、私の面目は丸潰れだよ」
「ごめんね。でも、本当に最初から君と結婚する気なんてまったくなかったんだ。僕の目的は君の協力者であったアルトマン博士たちの情報を得るためだったからね。あわよくば幸太郎君の力についても情報を得られるんじゃないかなって思ってたんだ。まあ、そんなに情報を得られなかったけど、北崎さんと繋がりがあったヤマダさんさえ捕まえれば問題ないかな?」
「本当にそれだけのために私に近づいたのかい? 私が君から感じた愛情や信頼は嘘だったのかい? 私は君と話して確かに性格が合うと思っていたのに……」
「信頼と愛情は君の勘違いだけど、それでも気が合うっていうのは本当だよ。別の場所で出会っていたら、僕たちは間違いなく友人になれた。でも――残念ながら君はアカデミーに、いや――僕の友達たちに手を出してしまったからね。それだけが残念だよ……だから、ごめんね」
ニヤニヤと反省の欠片のない軽薄な笑みを浮かべながらも、大和は本心からの言葉を並べて、心からの謝罪を口にしていた。
出会いが違えば、きっと武尊は自分の良い友人になれただろうと大和は本気で思っていたが、アカデミーや友人たちに手を出した以上私情には流されない。
軽薄な笑みを浮かべながらも自分への静かな怒りを大和から感じ取り、結婚は無理だと悟ってしまった武尊は仰々しくも本気で肩を落としていた。
「あーあ……君とは本当に気が合うと思っていたのになぁ……」
「君を騙してしまったのは本当に心苦しいと思ってるよ。謝っても謝りきれないと思ってる。ごめんね? それじゃあ、大悟さんたちが迎えに来てるから、これでお暇させてもらうね」
武尊から放たれる陰鬱な空気に罪悪感が芽生え、足早に部屋から出ようとする大和――だが、武尊は部屋から出ようとする彼女の腕を掴んで引き留めた。
今まで余裕な笑みを浮かべていたが、今まで騙されていることを知った武尊の顔は弱々しく必死なものであり、結婚が無理だと悟っても自分の前から立ち去らないでくれと懇願しているようでもあった。
「本当にいいのかい? 昨日も言ったが私と結婚すれば君の復讐心を満たすことができるんだ」
「昨日も言ったけど、確かに僕の中には復讐心はあるけど、それを満たすのに興味ないんだ。ただ、僕は麗華や――みんなを面白くイジればそれでいいんだよね……それだけでいいんだ」
「……残念だよ。本当に残念だ。君とは良い理解者になれると思っていたのに。どうやら、私は君を引き留めることができないらしい」
今まで自分がしてきたいたずらで、様々な表情と感情を見せてきた麗華や巴、多くの友人たちの姿を思い出して、大和は心底楽しそうで幸せそうな笑みを浮かべていた。
そんな大和の笑みを見た武尊は、何を言っても彼女を止められないと判断して、仰々しく諦めように深々とため息を漏らし、掴んでいた大和の腕を離して肩をすくめて見せた。
そんな武尊にもう一度「ごめんね」と謝罪の言葉を述べて、振り返ることなく足早に立ち去ろうとする大和だが――
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA! あーあ、まさか本当にこんな展開になるとは思いもしなかったよ! HAHAHAHAHAHAHAHA!」
さっきまでの肩を落としていた弱々しい雰囲気とは一変した、勝ち誇ったような豪快な武尊の笑い声に、部屋から出ようとしていた大和の足が止まった。
今まで自分の思い通りに動いていた――そう確信していた大和だったが、そんな武尊の笑い声を聞いて、その自信が一気に揺らいでしまった。
嫌な予感が過った大和の表情に余裕がなくなり、不安そうな面持ちになり、ゆっくりと武尊の方へと振り返った。
背後にいるはずの武尊だが――大和の目には別人に見えていた。
普段はナルシシズム溢れる雰囲気を全身から溢れ出していた武尊だが、今の大和に目に映る武尊は、何を考えているのかわからないほど掴みどころのない雰囲気を醸し出し、表情には激しい憎悪が宿っていた。
これが空木武尊の本性であると大和が気づくのに、そう時間はいらなかった。
「まさか、こんなにも思い通りに動いてくれるとは思いもしなくて、思わず笑ってしまったよ」
「……まさか――君の目的は空木家再興じゃないのかい?」
「さすが、気づくのが早いね――いや、気づくのが遅かったね。なんせ、君たちは最初から私のことを見ていなかったんだから」
「それが……僕の間違いだったみたいだね」
「君も鳳のお嬢さんも、同じ手に引っかかってくれるとは思いもしなかったよ」
余裕を感じられる笑い声と武尊の一言に、自分の間違いを悟った大和は悔しそうに拳をきつく握りしめる。
自分の間違い――最初からアルトマンの情報を得るために、幸太郎のために動いて、天宮家を利用して空木家再興を目指していると思い込んで武尊のことなど最初から考えていなかったこと、それが自分の間違いであると大和は気づく。
自分を目立たせて幸太郎をアカデミーから連れ去った時とは違い、アルトマンたちを目立たせて、武尊は自分の目的を果たすために進めていた。
すべてが武尊の思い通りに動いたことを痛感し、大和の表情に焦燥感が生まれた。
「空木家再興はあくまで先代当主の目的。だから、最初から君の結婚なんてどうでもよかったんだ……ただ、全員をこの場に集められればよかったんだ」
別人のような静かな激情と狂気を宿した笑みを浮かべた瞬間――武尊は身体の中に宿しているアンプリファイアの力を全開放して、全身に緑白色の光が纏う。
武尊を中心にして放たれるアンプリファイアの力がすぐに屋敷全体を包み込む。
咄嗟に大和は無窮の勾玉を操作する御子の力を発動し、武尊から放たれるアンプリファイアの力を抑え込もうとするが――
武尊は派手な装飾のされた腕輪についた輝石を武輝である鎖に変化させた瞬間、鎖を大きく薙ぎ払った。
突然の攻撃に不意を突かれながらも大和は横に飛んで回避しながら歪な形のブローチについた自身の輝石を武輝である巨大手裏剣に変化させる。
「目的達成を前に邪魔はさせないよ、天宮加耶――さあ、戦いながら君は私の力を制御できるかな? 制御できなければ――全員木っ端微塵になってしまうよ?」
「それってもしかして爆弾のスイッチ? ……ちょっと勘弁してよ」
「キャンドルサービスを楽しみにしてくれって言っただろう? この屋敷が簡単に消し飛ぶくらいの爆薬をセットしておいたよ」
どす黒い感情を一気に爆発させた武尊は、小さなスイッチを見せた。
武尊の言葉から、それが爆弾の起動スイッチであることは明らかだった。
「……まさか、婚約者がこんなにクレイジーだったとは思いもしなかったよ。式場に爆弾を仕掛けたのかな?」
「式場だけじゃないよ。この屋敷のすべてに爆弾を仕掛けたし、ガードロボットも暴走させた。だから、もう逃げ場所はない。私のアンプリファイアの力が屋敷全体に影響を及ぼせば全員木っ端微塵だ」
「それは君も同じだろう? だから、そういう危ないことはやめよーよ」
「それがどうしたんだい?」
アンプリファイアの影響下で爆発させれば自分もタダでは済まないというのに、平然と構わないと言い放つ武尊に大和はやれやれと言わんばかりにため息を漏らした。
「すべて壊れてしまえばいいんだ。空木も、天宮も、鳳も、教皇庁も全部!」
「戦うのは趣味じゃないんだけど……ここで君を止めないとマズいね」
「私と戦いながら御子の力を君は維持することができるかな?」
ここで止めなければすべてを爆弾で破壊するつもりの武尊の決意を感じ取り、大和は御子としての力を発動しながら武尊と戦う覚悟を決めた。
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