第8話

「勘違いも甚だしいですわね、あの恥知らずの好色ピンクアホ男」


 幸太郎のいる診察室のちょうど真上にある部屋の様子を、セラ、麗華、ティア、大和、ヴィクターはカメラ越しで眺めていた。


 腕を組んで仁王立ちしている麗華は、カメラ越しで「モテ期が到来した」と一人で勝手に盛り上がっている幸太郎に向かって冷たい言葉を吐き捨てる。じっとりとした目でカメラに映る幸太郎を見つめているセラも心の中で頷いた。


「萌乃め……真面目にやっているのか」


「患者と信頼関係を得なければ有益な情報は得られない。その点では萌乃君はよくやってくれているじゃないか! 彼のおかげで興味深い情報も得たよ」


 カメラ越しで萌乃の手作り弁当を食べはじめている幸太郎を見て、腕を組んで深々と嘆息しているティアを、意味深な笑みを浮かべたヴィクターが諫めた。


「それにしても、薫さん。手作りのお弁当を作ってくるなんて女子力高いなぁ。僕たちも見習うべきかな? あー、美味しそう。やっぱり、男の子は胃袋で掴むのが一番だね、麗華」


「今はそんなことよりも情報を掴む方が何よりも優先ですわ! というか、何を呑気にあのアホポンタンは食事をしていますの?」


「……いや、大和の言葉は正しい」


 呑気に弁当を食べている幸太郎と、椅子の背もたれに深く寄りかかってスナック菓子を呑気に食べて場違いにも弁当の話題を持ち出す大和に苛立つ麗華だが、敬愛しているティアが場違いな大和の言葉に同意する、「お、お姉さま?」と麗華は困惑して口を閉ざしてしまう。


「彩だけを気にして、肝心なタンパク質が足りていない……あの弁当ならプロテインは必須だ。プロテインを届けるべきだろうか」


「……今はプロテインのことはいいよ、ティア」


「なぜだ、セラ。お前も幸太郎の身体つきを見て、筋力が足りていないのがわかるだろう」


「ヴィクター先生、興味深い情報とは一体何でしょう」


 プロテインで熱くなっているティアを無視して、セラはヴィクターに質問をすると、ヴィクターは緩んだ空気と身を引き締めるために「ウォッホン」とわざとらしく咳払いをする。


「先程萌乃君も呟いていたが、今のところモルモット君が煌石を扱えるようになったのはアカデミーに入ってからだという可能性が高いというわけだ。しかし、ここで新たな疑問が生まれる。煌石を扱う鍛錬もまともにしていないのに、賢者の石、もしくはそれと同等の力を操れるのかという疑問だ。その点について専門家の意見を聞こうか? 『天宮加耶たかみや かや』さん?」


 そう言って、ヴィクターは専門家・天宮家当主の娘であり、『御子みこ』と呼ばれるほど煌石・無窮の勾玉を扱う力に長けていた天宮加耶――伊波大和に視線を向ける。


「僕や教皇のエレナ様や、リクト君たちのような時期教皇候補の子たちみたいに元々煌石を扱う高い資質を持っていても、はじめから完璧に扱えるわけじゃないんだ。もちろん、生まれ持った才能でそれなりには扱えると思うけど――幸太郎君が使った力を鍛錬なしに扱うのはちょっと難しいかな? 生まれながらにして幸太郎君が煌石を扱うことのできる天才だったら話は別だけど、アカデミーに入ってから力を得たと考えると、それはなさそうだね。それとも――アルトマンが入学してきた幸太郎の身体に何かを仕組んだと考えるべきかな?」


「それはないと思う。あの場にいたアルトマンは幸太郎の力を見て驚いていたのを見た」


「それなら、アルトマンにとって幸太郎君の力は予定外だったということ――幸太郎君には何か特別な過去もないから、どうやってあんな力を得たのか皆目見当もつかないね。聞く限り、幸太郎君の持っている力は相当なものらしいから、何か力を得る引き金になったことがあると思うんだけどなぁ」


 幸太郎の力を目の当たりにしたティアに自分の考えを否定され、ますますわからなくなったと言わんばかりに大和は深々とため息を漏らした。


「それにしても、本当に賢者の石なんてものは存在しますの? あの平々凡々の毒にも薬にもならない一般人を見ていると、伝説の煌石と呼ばれる賢者の石のブランドが落ちたような気がしますわ」


 弁当を食べ終えて満足そうにしているカメラ越しの幸太郎を見て、呆れように麗華はそう呟くと、ヴィクターは「同感だ」と頷いた。


「我が師・アルトマンは賢者の石についてご執心だったが、正直私は実在するのか疑問を抱いていたのだ。なんせ、残っているのが文献のみで、文献によって賢者の石の力は異なるし、どの文献も賢者の石は最強最大の煌石だって大いに宣伝していたからますます胡散臭かったよ。――しかし、百聞は一見に如かず。イミテーションと呼ばれる人間と変わらない生命体を見れば、賢者の石の力は実在すると思えるよ。もちろん、半信半疑だがね」


「それでは、ヴィクター先生は幸太郎君やアルトマンの力が賢者の石の力でないとするなら、どんな力だと思いますか?」


「偉そうに推論をつらつら述べたが――すまない、それについてはまったく想像できない。賢者の石や他の煌石ついて詳しく研究していたアルトマン先生や、彼と近い場所にいるアルバートから何か情報を得られれば話は別なのだがね。今のところわかっているのは、生命を操るという賢者の石と同等の力をモルモット君が得ているということだ」


 ――ヴィクター先生?


 セラの質問に上手い回答が見当たらず、ヴィクターは降参と言わんばかりに乾いた、それでいてどこか含みのある笑みを浮かべた。


 幸太郎の持つ力の正体がわからない状況にセラは憂鬱そうにため息を漏らすと同時に、意味深な笑みを浮かべたヴィクターから何か決意のようなものを感じ取る。


「まあ、問診だけでモルモット君の力の正体がわかるとは私は思わないよ。なんせ、伝説の煌石である賢者の石の力かもしれないからね。詳しい検査をした後にじっくり腰を据えて考えようじゃないか」


 何かヴィクター先生に考えがあるのだろうか……

 なんにせよ、先生を信じることにしよう。


 裏表のない晴れ晴れとしたヴィクターの笑みを見て、セラは彼に対して一瞬抱いた疑問を捨て、彼が何をしようと友人として彼を信じることに決めた。


「さて、そろそろ次の検査の時間だ――天宮加耶、いや、伊波大和君。準備はいいかな?」


「おっと、そんな時間か。それじゃあ、そろそろ準備をはじめないとね」


 ヴィクターに促され、大和は食べていたスナック菓子を一気に口に含んで椅子から立ち上がった。


 軽快な足取りで部屋から出ようとする大和を、麗華は「大和」と呼び止めた。


「……くれぐれも注意をしなさい」


「わかってるって。麗華はそんなに幸太郎君のことが心配かい?」


「フン! 勘違いも甚だしいですわね! 今は情報を得てアルトマンたちの先手を打つことが何よりも優先すべきこと。ただでさえ普段から使い物にならないというのに、そんな時に検査の最中に気絶して寝込んでしまったら迷惑なのですわ!」


「はいはい、それじゃあそういうことにしておくよ。それじゃあ、麗華が心配してたまらない愛しの幸太郎君の元へと向かおうかな?」


「だーかーら! 勘違いするなと言っているのですわ!」


 煽るような笑みを浮かべて、麗華の怒声から逃げるように部屋からさっさと出て行く大和。


「まったく! この高貴で凛々しい私が私情に動かされるなんてありえませんし、あんな凡骨凡庸のことを気に留ることなんてありえませんわ! あくまで、これはアカデミーの脅威であるアルトマンに対抗するためなのですわ! ただでさえ時間が押しているというのに、大和の冗談になんて付き合っていられませんわ!」


 ――本当に素直じゃないな、麗華は。

 でも――なんだろう……

 胸がおかしい……


 大和が出て行ってから、彼女にからかわれたことに対して不平不満を述べる麗華だが――セラの耳には麗華の言葉が急場凌ぎの言い訳のように聞こえたので、心の中で苦笑を浮かべた。


 同時に、セラは自分の胸の中に疼きのような、説明できない違和感が芽生えたことに気づく。


「まったく、これから重要な検査だというのに大和には呆れましたわ! セラもそう思いますわよね?」


「……え? あ、うん。そうだね」


「ちょっと! ちゃんと私の話を聞いていましたの? 風紀委員の主力たるあなたがしっかりしないと困りますわよ!」


「うん、ごめん。もう大丈夫」


「……本当に大丈夫ですの? あなたにしては珍しくボーっとしていたようですが、疲れているのではありませんか?」


「……うん、そうかもしれない。でも、大丈夫だから」


「そう願いたいところですわ! 風紀委員にいる役立たずは幸太郎だけで十分ですわ!」


 ……最近幸太郎君のことで気を張り詰めていたから疲れたんだろう。

 麗華の言う通り、集中しないと。


 自身の呼びかけに間を置いて反応した、ボーっとしていたセラに呆れるとともに心配する麗華。


 素直ではない態度を取りながらも自分のことを心配してくれる麗華に、セラは心の中で集中しろと自分に言い聞かせ、胸の中に芽生えた違和感に蓋をして気にしないようした。


 

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