第7話

「さあ、幸太郎ちゃん。リラックスして……」


「なんだか緊張します」


「緊張することなんてないの。リラックス、リラックス」


「優しくお願いします」


「もちろんよ。そのために、もっと全身の力をヌイて……ゆっくりとね?」


 ヴィクターの研究所内にある個室で薄い病衣を身に纏った幸太郎と、白衣を着て扇情的なほど短いミニスカートを履き、ストッキングに包んだ滑らかな足を組んでいる萌乃は向かい合うように椅子に座っていた。


 呑気でありながらも若干の緊張を宿す声の幸太郎は、妖艶に優しく微笑む萌乃に何の疑いもなく素直に従う。


 力が抜けた幸太郎の肩を萌乃は慈しむようでありながらも、愛撫するようにそっと優しく触れると、幸太郎は微かに反応する。


 未熟な反応を示す初々しい幸太郎に、萌乃の笑みに淫靡な熱が入る。


「それじゃあ……脱がすわよ?」


「恥ずかしいです」


「恥ずかしがることなんてないわよ? ……みんなヤルことなんだから」


 羞恥に頬を僅かに染める幸太郎の病衣を萌乃は慣れた手つきで開けさせる。


 筋肉も余計な脂肪もついていない折れそうなくらい華奢な幸太郎の上半身が露になる。


 穢れのない子供のような艶めかしい染み一つない肌を持つ幸太郎の身体に、目を奪われ、息を呑む萌乃は無意識に鼻息を荒くしてしまう。


 美味しそう――

 触りたい――

 撫でたい――


 萌乃の頭の中に情欲の声が騒ぎ立てる。


 何も知らない少年の身体を隅々まで深くまで味わい、自分色に染めたい黒い欲望に萌乃は突き動かされる。


 しかし、理性がはじけ飛ぶ寸前に自身の生唾を飲み込む生々しい音で我に返った萌乃は、無意識に幸太郎の身体に手を伸ばしそうになったことに気づいて自戒するとともにその衝動を抑えた。


「痛くしないでください」


「もちろん――さあ、力をもっとヌキなさい」


「思い切ってやってください」


「そうよ、男の子ならその意気よ幸太郎ちゃん――まずは優しくイクわよ?」


 許可が下りたので、さっそく萌乃は幸太郎の身体に手を伸ばす。


 まずは優しく、相手の気持ちを考えて、落ち着いて――自分にそう言い聞かせる萌乃。


 しかし、伸ばした手が幸太郎の薄い胸板に近づけば近づくほど、萌乃の理性が薄くなってくる。


 必死で落ち着くようにと何度も言い聞かせる萌乃だが、目の前にいる無知で無防備な少年を見ていた徐々に、確実に理性が薄くなり、隠そうとしていた情欲が再び現れる。


 滅茶苦茶にしたい――

 コワシタイ――

 グチャグチャにしたい――

 汚したい――


 先程と比べて正直で、先程以上にどす黒く、ねっとりとした欲望が萌乃の身体を包み込む。


 無防備で無邪気な少年の身体をしゃぶり尽くして滅茶苦茶にしたい――そんな自身の欲望を抑え込もうとしても、もう無駄だった。


 抑えれば抑えるほど強くなっていた欲望は、堪えきれずに爆発してしまう。


 欲望が獣欲となった萌乃は駆り立てられる欲のままに幸太郎に襲い――


「薫ネエさん――心の声、駄々洩れですから」


「もー! 祥ちゃんったら、野暮な真似をしないでよ! せっかくのサービスシーンなのに!」


「誰のための何のためのサービスシーンですか! 誰も得しないでしょうが!」


 心の声を官能的な文章に替えて口に出して一人で盛り上がっていた萌乃に、呆れと不機嫌が混じった声――金色に派手に染めた髪をオールバックにして、真っ赤なシャツと、ツルツルでテカテカした合成皮革のズボンを履いた、仏頂面を浮かべている青年・刈谷祥かりや しょうがツッコんだ。


 盛り上がっているところで、助手兼警護として幸太郎の検査に付き合ってもらっている刈谷に現実に引き戻されたので萌乃は不満そうに頬を膨らませた。


 身体の内側の検査を終えた幸太郎は、個室で萌乃に検査を受けることになっていたが――一人で盛り上がっている萌乃のせいで検査は中々はじまらなかった。


「ネエさん、頼みますって。ただでさえヴィクターのせいで時間が押してんだから、真面目にやってくださいよ。そうしないと、俺も克也さんに怒られちまうんですよ」


「克也さんに怒られるのもいいかも――ああん! 昂ってきたわぁ!」


「姐さーん! 変質者がここにいまーす!」


 慕っている克也に怒られ、罵倒される様を想像した萌乃はマゾヒスティックな快楽に打ち震えて一人でさらに盛り上がる。


 そんな萌乃を変質者のように見つめている刈谷は、この部屋に設置されたカメラでこちらの様子を別室で見ているティアを呼ぶと、萌乃は「わかったわよぉ」と降参と言わんばかりにため息を漏らす。


「まったく! 祥ちゃんはせっかちねぇ。だから女の子に人気ないのかしら?」


「そ、それは別に関係ないでしょうが!」


「忍耐は美徳。余裕のある男の子の方が、女の子にとってはいいんじゃないのかしら? それをわかってないから祥ちゃんはモテモテにならないのよ」


「なるほどー」


「納得してんじゃねぇよ幸太郎! つーか、ネエさん、俺のことなんて今はいいでしょうが!」


「はいはい。それじゃあ、はじめましょうか、幸太郎ちゃん」


 元々良くなかった刈谷の機嫌が、からかい過ぎてさらに悪くなったことを察し、萌乃はニヤニヤとした笑みを浮かべて幸太郎の診察を開始する。


 簡単に身体所見と身体測定を済ませた後、萌乃は外部から取り寄せた幸太郎のカルテを見ながら問診に入った。


「幸太郎ちゃん、今まで大きな病気も怪我もしたことないのね……」


「毎日三食食べて健康第一の健康優良男児ですから」


「……幸太郎ちゃんが持ってる特別な力はどうやって手に入れたのかって考えると、何か過去に――例えば、大きな病気や怪我をして命の危機に瀕したことがあって、その経験が力を得た原因じゃないかって考えたんだけど、違うみたいね」


「漫画の主人公的な経験はしてないです」


「お前が主人公って玉かよ。モブHくらいか、スプラッタ映画の冒頭で始末される名無しの役」


「ぐうの音が出ません」


 厳しいがもっともな刈谷の一言に、幸太郎は苦笑を浮かべることしかできない。



 そんな二人のやり取りを、萌乃は首を傾げて「うーん」とかわいらしく唸り声を上げながらしばらく眺めた後、カルテを傍にある机の上に置いた。


 幸太郎の持つ人知を超えた力について調べるにはカルテで記されている情報からではなく、本人の口から何か情報を引き出した方がいいと萌乃は判断した。


「漠然としてなくて申し訳ないんだけど、過去に何か変わったこととか、不思議なこととか経験したことないかしら?」


 萌乃の質問の意味をあまり理解していながらも、幸太郎は唸り声を上げて頭を振り絞って過去の記憶を探ってみる――が、特に見当たらなかったので首を横に振った。


「煌石を扱えるって知ったのは、いつだったのかしら?」


「リクト君や大和君や水月みづき先輩とはじめて会った時だから――二年前の煌王祭の時です。あの時は輝士団きしだんの人たちに追われて大変だったなぁ……水月先輩も怖かったし。刈谷さんがかっこよく登場したのはよく覚えてます」


「美味しいところは持っていくナイスガイだからな、俺は」


「でも、その後大して活躍しませんでしたよね」


「俺は輝動隊きどうたいとして裏で計算して動き回って、敵の動きを攪乱してたんだよ」


「大和君の指示で?」


「……ぐうの音も出ねぇ」


 リクトとはじめて出会った際に巻き込まれた事件を呑気に思い出している幸太郎と刈谷を放って、萌乃は質問を続ける。


「アカデミーに入る前に煌石を扱えるかどうかのチェックをしなかったかしら?」


「しましたけど、何も反応しなかったと思います。検査する人も何も言いませんでしたし」


「つまり、煌石を扱えるようになったのはアカデミーに入ってから? 後天的に煌石を扱えるケースはあるけど、今まで扱えなかったのに急に扱えるようになるのは珍しいわね……――煌石を扱えるようになる前、何か身体に異変のようなものは起きなかったのかしら?」


「銃で撃たれたことがあったけど、生徒手帳が防いでくれたので問題ありませんでした。今でもお守りとして持ち歩いているんです、ほら」


 得意気に幸太郎は過去の事件で撃たれた際に身を守ってくれた、弾丸を受けて大きな穴が開いている無駄に分厚いアカデミーの生徒手帳を萌乃に見せた。


 しかし、問診に集中している萌乃は「助かってよかったわね♥」と、チャーミングにウィンクしながらも、幸太郎との会話を軽く受け流して話を進める。


 萌乃は幸太郎から、彼の友人である検査の助手兼警護として雇った刈谷に視線を向けた。


「祥ちゃんは幸太郎ちゃんの近くにいて、何か変わったことはなかった?」


「特に何も。まあ、強いて言うなら、無駄にしぶといって感じかな? 銃で撃たれても運良く助かったし、怪我しても折れねぇし、危険人物に狙われても平然としてるし、ティアの姐さんにボコボコにされても引かねぇし。まともに輝石を扱えないのに今までよく生き残れてるよ」


「そう言われるとなんだか照れます」


「ゴキブリ並みのしぶとさって言ってるんだけどな」


「ぐうの音も出ません」


 刈谷と幸太郎の兄弟のような呑気な会話を聞きながら、萌乃はさらに悩む。


 今まで煌石を扱える資質を持つ人間は輝石を扱える力も高かったのに、幸太郎はまともに輝石の力を扱えないアカデミーはじまって以来の落ちこぼれなのに煌石を扱う力を持ち、アカデミーに入ってから煌石を扱える力を得て、まともに煌石の力を扱う訓練を受けていないのに教皇を超えるかもしれない力を幸太郎が持つことに萌乃は疑問を抱く。


 しかし、疑問を抱いてもその答えがまったく想像できない萌乃は深々と疲れたようにため息を漏らすと――同時に、気が抜ける音が幸太郎の腹から鳴り響き、力が抜けたように項垂れた。


「あらあら、幸太郎ちゃん。お腹すいちゃったの? まあ昨夜から何も食べていないんだから仕方がないわね。でも、もうちょっと待っててね? 終わったら私の愛情と心とその他色々なものが混じった手作りのご褒美、あげるから♥」


 妖艶な笑みを浮かべて、萌乃はハートの柄でサーモンピンクのナフキンに包まれた弁当箱を幸太郎に見せると、生気を失っていた幸太郎の表情に力強さが戻り、恍惚な表情を浮かべる。


 自分の手作り弁当一つで元気が出た幸太郎を微笑ましく思いながら、「質問を続けるわ」と萌乃は問診を再開させる。


「最近――ノエルちゃんをあなたの力で助けて以降、何か変わったことはないかしら?」


 萌乃の質問に、しばらく幸太郎は首を傾げて唸り声を上げて考えた後――「あ」と何かを思い出したように声を上げる。


 自分の質問に何か思い当たる節がある幸太郎に、ようやく彼の力についての情報が得られると思った萌乃は安堵したように、それでいて待っていましたと言わんばかりに微笑む。


「最近、妙に僕の周りにセラさんや麗華さんや他の女の人がたくさん集まってます」


「バカ。セラたちはお前を守ろうとして集まってるんだろうが」


「モテ期到来?」


「だから勘違いしてんじゃねぇよ! くそっ! どうしてこいつにばかり良い女が集まるんだ! 俺のような目鼻立ち整ったイケてる男子じゃダメなのか! つーか、なんで俺がヤローの診断に付き合わさなければならねぇんだ! 俺が見たいのはヤローの裸じゃねぇんだよ!」


 最近、自分の身の回りに異性が多く集まることが気になっていた幸太郎だが、それがモテモテになった証拠であると勘違いして一人で勝手に盛り上がり、そんな幸太郎に刈谷は嫉妬するとともに自分の置かれた状況への不満を漏らし、萌乃は期待が外れて嘆息する。


「ついに僕にもモテ期が……このチャンスを活かさないと」


「どうやって活かすんだよ。恋愛経験皆無そうなお前が」


「……どうしたらいいんでしょう」


「俺が知るか!」


「刈谷さんに聞いてもダメですよね」


「そ、それはどういう意味だコラ! お、お前よりかはマシだと思うぞ、お前よりかは!」


「優しく王道に? ちょっと強引に? 本を読んで勉強しないと」


「……つーか、ここにカメラがあって姐さんたちに見られてること忘れてねぇか?」


「あ」


 巡ってきたチャンスに一人興奮して気合を入れている幸太郎だったが――監視カメラを指差した刈谷の一言に、一気に冷静になる幸太郎。

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