第13話
制輝軍本部の一室を借りて、風紀委員である麗華とセラ、風紀委員の協力者である大和、そして、彼女たちが呼び出した協力者であるティア、沙菜、大道、麗華のボディガード兼使用人であるスキンヘッドの大男であるドレイクが集まっていた。
ティアたちだけではなく、麗華たちはもっと多くの協力者を呼んだが、彼らには情報収集を任せていた。
次期教皇最有力候補であるプリム誘拐事件に大きな動きがあったと、教皇庁の協力者であるリクトから報告があった。
アリスたちが隠れていると思われる、セントラルエリアにあるヴィクターの秘密研究所の位置を知っている風紀委員の情報のおかげで、制輝軍や教皇庁の人間がその秘密研究所周辺に設置された監視カメラの映像を確認したら、昨夜まで行方がわからなかったアリスとプリムの姿を捕えたからだ。
再び監視カメラの映像に映らなくなったアリスたちだが、それでも事件は大きく進展していた。だが、セラと麗華の表情は暗かった。
「教皇庁にいる知人に話を聞いたが、枢機卿を一新させようとするエレナに良いところを見せるため、何としてでも手柄を挙げようと枢機卿たちは躍起になっているそうだ」
室内の空気が重くなっている中、ドレイクの説明がさらに空気を重苦しくした。
麗華の使用人兼ボディガードを勤める前は教皇庁でボディガードを勤めていたドレイクは普段から感情を表に出さないようにしていたが、独自に調べた情報を話す彼の表情は険しかった。
「まあ、自業自得だよね。それにしても、今まで権力を好き勝手に振りかざしていた人間が慌てふためく様子を思い浮かべると、自然と笑いが込み上げてきちゃうよ」
「笑いごとではない」
ドレイクの話を聞いて、慌てる枢機卿たちを思い浮かべてサディスティックな笑みを浮かべる大和をティアが咎める。ティアの注意に、大和は「わ、わかってるよ、ティアさん」と母に怒られた子供のように謝った。
「ティアお姉様の言う通りですわ。現在、サラサたちがアリスさんとともに行動していますわ。枢機卿たちは手柄を得たいがために、サラサたちに適当な罪を擦り付けようとすること間違いないですわ……そうなる前に何としてでも手を打たなければなりませんわ」
自分の面子を保とうと必死な枢機卿を忌々しく思っている麗華の言葉に、セラたちは頷いた。
アリスとプリムの姿を捕えた監視カメラの映像には、アリス以外にヴィクターの捜索に向かわせた幸太郎たちと、優輝の姿が映っていた。
幸太郎たちはアリスに人質にされていると制輝軍は判断しているが、すぐにその判断が変化するのは目に見えてわかっていた。
「今まで隠れていたのにアリスちゃんが急に現れたのは何か理由があると思います」
「多分ね。制輝軍や教皇庁に追われるのを承知であのアリスちゃんがわざわざ外に出るとは考えにくいし――もしかしたら、何かヒントを掴んで、その通りに進んでるんじゃない?」
「アカデミーの裏道を熟知している幸太郎君の案内ならば、制輝軍たちは見つけるのに苦労すると思いますが……それでも見つかるのは時間の問題ですね」
セラの意見に同意を示し、大和はアリスが何かヒントを得て動いていると推測した。
アリスとともに行動する幸太郎を想い、セラは憂鬱そうにため息を漏らした。
「優輝君たちがアリスさんと一緒に行動しているのは、おそらくだがアリスさんのためだろう」
「優輝さん、無茶をしなければいいのですが……」
お人好しだからこそ優輝たちはアリスと協力しているのだろうと推測する大道に同意をする沙菜は、本調子ではないの優輝のことを心配していた。
「……やっぱり、体調のことを考えて、優輝さんを事件から遠ざけるべきでした」
「焦りを抱いているアイツに何を言っても無駄だ。お前が気にすることではない」
「ティアの言う通りです、沙菜さん。それに、楽観的からも知れませんが優輝なら大丈夫です。まだ本調子ではありませんが、優輝には冷静な判断力も持っています。それに、傍にアリスちゃんやサラサちゃんもいるんです。だから、そんなに心配しないでください」
事件に関わるなと言っておきながらも、結局は優輝の好きにさせてしまった自分に後悔している沙菜を、ティアとセラはフォローする。
優輝の力を信じている、彼の幼馴染であるセラとティアの言葉に、不安な沙菜の心はだいぶ落ち着きを取り戻すが――それでも、不安は完全に拭うことはできなかった。
「アリスさんが何かのヒント通りに動いている仮定して、彼女たちを捕えようとする制輝軍の動きを牽制する役割を持つ方を決めようと――」
話を進めようとする麗華の携帯が鳴り響き、即座に電話に出た。
短いやり取りの後、通話を切った麗華の表情は焦燥感が滲み出ていたが、それを無理矢理消して、普段のように勝気で力強い表情を浮かべてセラたちに視線を向けた。
「
鳳グループトップの
輝械人形が現れたということは、アルバート・ブライトが関わっていることに加え、輝械人形を操るための部品が教皇エレナであると容易に察しがついたからだ。
「さっそくですが、沙菜さんと大道さんにアリスさんたちの元へと向かっていただきます。何かわかれば逐一お二人に連絡します。ドレイク、サラサが心配でしょうが、あなたはあなたで情報を集めてください」
麗華の指示に沙菜と大道は力強く頷き、娘の元へ駆けつけたい気持ちを抑えてドレイクは小さく頷いた。
「ドレイクさん、サラサさんのことは私たちに任せてください。行こう、沙菜」
娘を心配するドレイクの不安を察した大道は、ドレイクに一言声をかけて沙菜ととともに部屋を出て行った。大道の気遣いに心の中で感謝して、ドレイクも遅れて部屋を出た。
「我々はどうする」
「ティアお姉様やセラには申し訳ありませんが……私と大和とともにここで待機ですわ」
幸太郎を心配するティアとセラに申し訳なさそうに麗華は待機を命じた。
麗華の命令の真意を何となく理解しているからこそ、一瞬の間を置いてティアは「了解した」と命令を受け入れ、不安げな表情を浮かべながらもセラは頷いた。
命令の意味を汲み取って大人しく命令に従うセラたちだが、大和は不満を隠そうとしない。
「確かに、僕たちが幸太郎君たちのところに行くよりも、実家が教皇庁と関係が深い沙菜さんと大道さんを向かわせれば文句は言われないと思うんだけどねぇ」
「私たちは制輝軍と協力すると見せかけながら、制輝軍の動きをコントロールして、制輝軍から得た情報を頼りにアリスさんたちの動きを把握するとともに先回りして、然るべき時に私たちは動くのですわ! 私のパーフェクトな計画だというのに、あなたは何が不満ですの?」
完璧だと豪語する自分の計画に豊満な胸を張りながらも、麗華は自分の計画を理解しながらも不満気な大和を不機嫌そうに睨んだ。
「確かに上手く行けばいいし、納得できるんだけど――でもねぇ、何だかなぁ」
「代替案があるなら言いなさい。まあ、私のパーフェクトゥな計画に勝るものはないとは思いますが」
「策士策に溺れるって知ってる?」
「シャーラップッ! お黙りなさい!」
自信満々な麗華にチクリとした嫌味を呟く大和に麗華は声を荒げるが、大和は軽く流す。
麗華の怒りを軽くスルーした大和の表情は不満気であり、どことなく憂鬱そうだった。
―――――――――――
アリスたちが輝械人形と交戦しているという情報が出回ってすぐに、ノエルはアリスを捕えるために、クロノと美咲を現場に向かわせる命令を下した。
美咲は特に何も考えることなく「はーい」とノエルの命令に従い、クロノは美咲の数種運後に頷き、命令に従うために現場に急いだ。
制輝軍本部の会議室から出て、制輝軍本部から出るクロノの表情は暗かった。
「んー? どうしたのかな、弟クン。いつも以上に暗い顔をしているね」
「……問題ない」
いつも以上に暗い表情のクロノを心配して美咲は声をかけるが、クロノは素っ気ない返事で問題ないと返した。
「何か悩みでもあるのかな? あるならおねーさんに何でも相談してもいいぞ☆」
「問題ない」
「もしかして、相談し辛いことなのかな? 恋の悩み? 身体の悩み? お年頃の悩み? 何か悩み事があるなら、おねーさんのバスト90軽くオーバーの大きな胸にドンと頼って!」
自慢のバストをプルンと揺らして、シャツから見える谷間を強調する美咲だが、クロノはいっさいの興味なさそうに一瞥した後にすぐに目を離して、「問題ない」と冷たく吐き捨てた。
……問題ない。
何も、問題ないんだ――だから、問題ない。
自分を心配する美咲に、そして自分に言い聞かせるようにクロノは問題ないと言った。
そう言いつつも相変わらず暗い表情のままのクロノを心配しつつも、美咲は、「……そっか」と優しげな笑みを浮かべてこれ以上は何も聞かなかった。
制輝軍本部の入り口が近づいてくると――「クロノ君」と、弱々しい声がクロノを呼んだ。
自分の名を呼ぶ聞き慣れた声に視線を向けると、制輝軍本部入口の前にリクトが立っていた。
クロノが自分に気がつくと、リクトはたおやかな笑みを浮かべてクロノに近づき、「どうも、美咲さん」と美咲に頭を下げて挨拶をした。
「やっほー☆ リクトちゃん。相変わらずかわいいなぁ。おねーさんジュンジュンしちゃう❤」
「それよりも、どうしてオマエがここにいる。会議中じゃないのか?」
放っておいたらセクハラ発言を連呼しそうな美咲を無視して、クロノは話を進める。
「会議はさっき終わったよ。次の会議がはじめるまで、休憩のために自由時間をもらったんだ」
「それならどうしてここに来た」
「風紀委員や制輝軍の方々に挨拶ついでに会議で話しあったことを伝えるために来たんだけど――本当の目的はクロノ君がアリスさんを捕えるって聞いたから、その前に話したかったんだ」
「何だ」
「クロノ君はおかしいと思わないの?」
これからアリスを捕えるクロノに、リクトは疑問をぶつける。
自分を真っ直ぐと見つめて疑問をぶつけてくるリクトに、クロノの心がざわついた。
「クロノ君はどうしてアリスさんが輝械人形に襲われていると思う?」
「アリスを捕えればわかることだ」
「……僕はアリスさんが輝械人形に襲われているのは、今回の事態を仕組んだ真犯人にとって彼女が邪魔な存在なんじゃないかと思ってる」
自分の意見を言わないクロノに代わって、リクトは自分自身の意見を述べた。
リクトの言葉が、自分を説得するように聞こえたクロノは、彼の言葉を聞き流した。
「アリスさんはプリムさんを連れ去ったけど、それは何か理由があると思う――クロノ君はアリスちゃんと長い付き合いなんだからわかるよね」
「……プリムを誘拐するという暴挙に出たアイツをオレは理解できない」
リクトの問いかけに数瞬の間を置いて突き放すクロノ。
自分の答えを聞いて、落胆と不安が込められた目でリクトに見つめられ、胸のざわつきがひどくなってしまったクロノは、胸のざわつきを抑えるために彼から目をそらした。
「ヴィクター先生は無実だよ、クロノ君。先生は罠に嵌められたんだよ。嵌められた先生の無実を証明するためにアリスさんは行動しているんだよ」
「……話にならんな」
ヴィクターを無実であり、罠に嵌められたと断言するリクトにクロノは違和感を覚えたが、あえて何も言わずに会話を断ち切り、任務を果たすために歩きはじめる。
「待って、クロノ君!」
「オマエの話に付き合っている暇はない」
まだ話を終えていないリクトはクロノを呼び止めるが、それをクロノは無視した。
迷いのない足取りのクロノだが――僅かに、足取りが重かった。
無理矢理会話を断ち切って先に向かうクロノと、クロノの背中を切なそうに眺めているリクトを交互に見た美咲は、「ごめんね、リクトちゃん」と一言謝ってからクロノの後を追った。
「アリスさんや幸太郎さんたちは、母さんやヴィクター先生を助けるために動いているんだ」
リクトの言葉に反応することなく、クロノは美咲とともに任務を果たすために先へ急いだ。
「お願い、クロノ君。捕まえるんじゃなくて、みんなを守ってあげて」
リクト、オマエはバカだ。
そんなことを頼んでも、オレは任務を果たすだけだ。
アリスたちを守ってくれとリクトに頼まれ、無表情だがクロノの胸は今まで以上にざわつき、身体的問題を抱えていないのに苦しくなっていた。
理解不能な苦しみに戸惑いながらもクロノは任務を果たすために先へ向かった。
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