第二章 本当の気持ち

第12話

 冷たい空気が流れ、埃のにおいが充満する重厚な鉄の壁に包まれた広く、薄暗い空間内に、アリシアは足を踏み入れた。


 この場所の存在を知るのは僅かな人間だけで、どこにあるのか知るのは教皇だけだった。


 しかし、アリシアは『この場所』がどこにあるのかを知っていた。


 だからこそ、アリシアはエレナを監禁するためにこの場所を選んだ。


 広い空間の中央にエレナ・フォルトゥスが椅子に座らされていた。


 椅子に座らされているエレナは目隠しをされ、両手両足を拘束されているだけではなく、頭を覆うヘルメットのようなものを被せられ、はだけられて露わになった肌に点滴のような細い管が全身につながっており、息が上がっているエレナの全身からは疲労感が溢れ出ていた。


 消耗しきっている様子のエレナと、彼女の全身につながっている管の先にある箱型の機械の塊を一瞥したアリシアはすぐに目を離した。


「……アリシア、ですね」


「よくわかったわね、エレナ」


「輝石から放たれる波動があなたによく似たものだから簡単です」


 ホント、さすがだわ、あなたは……

 輝石から放たれる波動だけで、相手が誰なのかを識別できるなんて……


 目隠しをされているにもかかわらず、輝石の波動だけで自分を特定できたエレナに感心すると同時に、アリシアは苛立ちがわき上がった。


「アリシア、今のアカデミーの状況を教えていただけませんか?」


「わざわざ連れ去った張本人に聞くなんて、バカじゃないの? 自分の心配をしなさいよ」


 自分の状況を把握するために、自分のことを気にすることなく、連れ去った張本人である自分に状況を尋ねるエレナの呑気な態度に、張り詰めたアリシアの心が僅かに緩んだ。


 状況を知ってもどうにもできないので、アリシアは状況を教えることにした。


「今、アカデミー都市はアンタが誘拐されたって気づいて混乱しているわ」


「なるほど……それで、この疲労感と倦怠感は何が原因ですか?」


「アンタを拘束する時に使った薬の影響もあるけど――今、アンタはアルバートが作った輝械人形を制御する装置につながれているわ。多分、それも原因の一つじゃないの?」


「そうですか」


「装置につながれているアンタ、中々刺激的よ。スーツの胸元がはだけられているわね――昔と比べて少し、体型良くなったわね」


「……恥ずかしいです」


 エレナの身体につながれている管の先にあるのは箱形の機械の塊――輝械人形を制御する装置を一瞥して、アリシアはそう告げた。


 自分が輝械人形の装置につながれていることを知ってもエレナは動じなかったが、服がはだけられていることを知って僅かに恥ずかしそうにした。


 そんなエレナの様子を見て、意地の悪いサディスティックな微笑をアリシアは浮かべていると、「それにしても――」と、エレナは話を再開させた。


「大胆にも私を連れ去り、拘束するという後先考えない行動をするとは思いませんでした。感情的になってもある程度の一線は超えないと思っていたのですが」


 後先考えない自分の行動に呆れ、咎めているようでいて、自分を説得するようなエレナの言葉が、理性的なアリシアの心に突き刺さるが――


「……もう、後には退けないのよ」


 自分に言い聞かせるようにそう言って、アリシアは自分を抑えた。


 視界遮られていても、アリシアの強い覚悟を肌で感じたエレナは、「そうですか」と相変わらず動揺することはなかったが、僅かに声のトーンが暗かった。


「あなたはまだ、過去に縛られているんですね」


 自分を理解しているようなエレナの言葉に、激情が一気に溢れ出すアリシア。


「私は『教皇』になるためだけに育てられた――教皇になることが私の存在意義だったの……アタシがどんな苦労をしてきたのか知らないくせに、わかったような口を利かないで!」


 アリシアの怒声が木霊する中、激情に支配されている彼女を煽るような笑い声が響いてくる。


「アリシア・ルーベリア、感情的になるのは結構だが『部品』には手を出さないでくれ。その部品は明るい未来を作るために必要なものだ。それ以上に、機械につながれている部品に触れたら、機械が君の持つ煌石を扱う力に反応して、君からも力を吸い出すことになってしまう。だから、不用意に触れない方がいい――まあ、どんなことが起きるのかは見てみたいがね」


 アリシアは耳障りな笑い声の主で、嫌味な声で忠告する人物――スーツを着た、長めの黒髪で長身の男、アルバート・ブライトを忌々しそうに睨みつけた。


 感情を昂らせるアリシアの様子に、アルバートは気分良さそうに口角を嫌らしく吊り上げた。フォーマルな服装で落ち着いた雰囲気を纏うアルバートだが、彼の目にはアリシア以上の憎悪が宿っており、全身から狂気が滲み出ていた。


 そんなアルバートの傍には、顔半分を覆い隠した仮面をかぶった男のヘルメスが立っており、機械につながれたエレナの様子を満足そうに眺めていた。


「……その声、アルバート・ブライトですね」


 自分の声に気づいたエレナを、興味深そうにアルバートは見つめた。


「あなたがつながっている装置は意識を輝械人形に装着された輝石に無理矢理リンクさせるものです。これにつながれば、喋れないほど体力と精神を消耗してしまうというのに、喋ることができるとは意外だ――いや、煌石を扱う高い素質を持つ、教皇のあなたならば当然のことか」


「人を部品として扱うあなたのその考え――相変わらずというわけですね」


「未来のためと考えれば、仕方がありません」


「他人を平気で犠牲にするあなたの考える未来に、希望などありえません」


 自分の思い描く未来を否定され、身に纏うお点いた雰囲気を一変させて、殺気に包まれたアルバートは狂気と憎悪を宿した目でエレナを睨んで、不安な空気が漂っていたが、「ちょっといいかな」と、ヘルメスが間に入ったことで一気にアルバートはクールダウンした。


「議論の時間はないんだ。さっそく本題に入らせてもらおう」


 ヘルメスの一言にアルバートは自分を落ち着かせるように軽く深呼吸をして、退いた。


 何も言わずに大人しく退いたアルバートの様子を、アリシアは物珍しそうに眺めていた。


「聞き慣れない声ですが――……そうですか、あなたが仮面の男――ヘルメスですね」


「お初にお目にかかります、エレナ様――と言っても、あなたは目隠しをされていますが」


 目隠しをされているというのに、自分の正体を見破ったことにヘルメスは特に驚くことなく、仰々しく頭を下げて、エレナに挨拶をした。


「あなたは随分不思議な方ですね……どこかで感じたことのある輝石の波動を感じますが、それ以上に輝石とは違う異質な力を感じます」


「輝石から発せられる微弱な波動を感じるとは、さすがはエレナ様」


「世辞は結構です。アリシアを誑かし、私を連れ去った目的は何でしょう」


 単刀直入に目的をエレナに尋ねられ、ヘルメスは仮面で覆われている顔の中でも唯一露わになっている口元を満足そうな笑みで歪めた。


「歴代教皇にしか知らされていないティアストーンの在り処を教えてもらいたい」


「なるほど、ティアストーンがあなたの目的でしたか――残念ですが、教えられません」


 輝石を生み出す煌石・ティアストーンの在り処を尋ねるヘルメスだが、エレナは教えるつもりはなかった。


 固く口を閉ざすエレナに、ヘルメスはわざとらしく肩をすくめて深々とため息を漏らす。


「手荒な真似はしたくはありませんが仕方がない……アルバート、準備をはじめたまえ」


 ヘルメスの指示にアルバートは待っていましたと言わんばかりに、玩具を与えられた子供のように無邪気な笑みを浮かべて、エレナにつながれた管の先にある装置の操作をはじめる。


 すると、エレナにつながれている管が淡く発光し、彼女の全身が淡い青白い光を放ちはじめ、呼吸が激しくなった。


「今、輝械人形を動かすための装置を稼働させた。力を絞り出される感覚に、さすがの君も苦しいだろう――それに加えて、私はこれから自白剤を君に投与する。これは少々効き目が強いものだが、副作用もそれなりにあるとされているんだ。最悪の場合、廃人になる」


「……お断りします」


 注射器を用意して、平坦な口調でエレナの恐怖を煽るヘルメスだが、アルバートの装置のせいで消耗しきっているにもかかわらず、エレナにはまったく通用していなかった。


「それでは、君の息子であるリクト君はどうだ? 君の代わりに彼を痛めつけるべきか」


 消耗していても脅しに屈しない精神力を見せるエレナだったが、ヘルメスの口から息子の名前が出てエレナは僅かに揺らいだが、息子を脅しの材料にされても、「お断りします」と鋼の意思を見せた。


 強情なエレナの態度に、ヘルメスは仰々しくため息を漏らし――口元を邪悪な笑みで歪めた。


「それならば、仕方がないか――安心してくれ、君を壊さない程度には薬の量を抑えるよ」


 何を言っても無駄だと判断したヘルメスは、不承不承といった様子だが躊躇いなくエレナの腕に注射器の針を刺して、自白剤を投与する。


 脅しに決して屈さず、ヘルメスとアルバートに好き勝手にされているエレナの様子を目に入らないように、アリシアは顔を背けた。




――――――――――――




 ヴィクターの秘密研究所を出たアリスたちは、ヴィクターのヒント通りにイーストエリアにある焼肉屋を目指しており、目的地に向かうアリスたちを先導するのは幸太郎だった。


 焼肉屋の場所を知っているのに加え、暇さえあれば飲食店を探すためにアカデミー都市中を歩いて裏道を熟知している幸太郎が、最短コースで目的地に先導していた。


 幸太郎が案内するということに不安だったアリスだが、案内された裏道はすべてアカデミー都市中に設置された監視カメラを上手く避けることができていたので、文句は言わなかった。


 周囲を気にしながら、目的地へと目指していると――幸太郎は憂鬱そうな面持ちで「アリスちゃん」とふいにアリスに話しかけた。


 相手にするのは無駄だと思いながらも、アリスは「何」と不承不承呼びかけに応じた。


「アリスちゃん、買い換えたばかりの僕の携帯――」


「そんなことよりも、アリス! お前はすごいな!」


 能天気にも自分の携帯の心配をする幸太郎だが、目をキラキラ輝かせているプリムが遮った。


「ガードロボットをパソコン一台だけで意のままに操るとは、すごいぞ!」


「別に。ちょっと弄れば簡単」


 携帯から居場所が特定されないように、アリスが研究所から持ってきた一台のノートPCで操るガードロボットに預かった幸太郎たちの形態を持たせて、アカデミー都市中を当てもなく彷徨い続けるように命令を出したことを思い浮かべて、プリムはアリスを褒め称えた。


 それに加えて、ガードロボットを遠隔操作できるアリスの技術で、道中ガードロボットに見つかって問題なくスルーすることができたので、プリムはもちろん優輝たちも感心していた。


 純粋に自分を褒めるプリムに、アリスは無表情ながらも僅かに自慢げだった。


「ガードロボットは特殊なプロテクトを施して悪用されないようにしているって聞いたよ。そのプロテクトを破って遠隔操作するなんて相当すごいと思うな」


「あの程度のプロテクトなら簡単に崩せる」


 プリムの意見に同意を示す優輝に、いよいよアリスは照れたように僅かに頬を紅潮させた。


「しかし、あのガードロボットの形――前々から思っていたのだが、もっと強そうな外見にできなかったのか? 二足歩行で、腕が飛び出して、ビームが出て、剣が出て、飛ぶのがいいぞ!」


「あれはあれで、かわいい、です……一台、欲しい、です」


「確かにそう言われてみると見た目は弱そうだよね。でも、前に発表された戦闘特化型の二足歩行のガードロボットは、鋭角的なフォルムで中々カッコイイデザインだったよ」


 半円形の頭と円柱型の寸胴ボディという、威圧感を微塵も感じさせないガードロボットのデザインに不満を漏らすプリムと、かわいいと評価するサラサ、そして、弱そうと判断する優輝。


 そんな三人の感想に、アリスは少しだけ不満を抱いている様子であり、幸太郎も同じだった。


「あの形がロマンを感じるんだよ。あの弱そうな、これじゃない感たっぷりな見た目で敵を倒すのが、すごくイイ……個人的にはプリムちゃんの言う通り、ロケットパンチが欲しいけど」


 何も理解していない優輝たちに、熱が入った子供のような表情でガードロボットのデザインを褒める幸太郎と、誰にも聞こえないような小さな声で「同感」と同意するアリス。


「でも、あのガードロボットは強そう」


 前方を指差した幸太郎の一言に、アリスたちは前方に視線を向けると――行く手を阻むかのように四対のガードロボットが立っていた。


 しかし、アカデミー都市中を徘徊する半円形の頭部と寸胴ボディの愛嬌のある形状とは異なり、戦闘特化型のように二足歩行型で鋭角的フォルムであり、爛々と赤く光る双眸、何よりも目立つのは黒く塗りつぶされたボディの胸の部分には輝いている輝石が埋め込まれていた。


 無機質な殺気を放つ目の前に立つガードロボットの胸に埋め込まれた光を放つ輝石を見て、一目でガードロボットの正体を把握するアリスたち。


「あれは……まさか、輝械人形?」


「それは本当か、アリス! そえれでは誰が操っているのだ! ――ま、まさか、エレナ様?」


 目の前に立つガードロボットが輝械人形であることを悟って輝石を武輝に変化させるアリスに、目の前のガードロボットが輝械人形であることを知って、驚くと同時に過去に自分が輝械人形を操る道具となった屈辱の思い出が蘇り、怒りに震えるプリム。しかし、すぐに輝械人形を操る煌石の資格者が誘拐された教皇エレナであると察して怒りを忘れて驚いた。


「あれが輝械人形ならアリスちゃん――俺たちの輝石を返してくれ」


 輝械人形を迎え撃つため、優輝はアリスに預かっている輝石を渡すように頼んだ。


 輝石を渡せば優輝たちに逃げる隙を与えると考えてアリスは逡巡するが、狭い路地で四体の輝械人形の相手をすると無駄に時間を消費する同時に、制輝軍に居場所が気づかれると判断し、不承不承ながらも優輝たちから預かっていた輝石と、幸太郎のショックガンを返した。


 アリスから輝石を渡された優輝とサラサは、即座に輝石を武輝に変化させ、幸太郎とプリムの前に立って輝械人形と対峙する。幸太郎も遅れて、輝石を武輝に変化させることができない自分にとって唯一の武器である、電流を纏った衝撃波を発射する装置・ショックガンを構えた。


 アリスたちが輝石を武輝に変化させたのに反応して、輝械人形のアームの部分に光が集束し、一瞬の強い発光とともに武輝が現れた。


「よし、お前たち! やってやるのだ!」


 後ろでまったく戦う気のないプリムは、偉そうに腕を組んで攻撃指示を出す。


 プリムの号令と同時に、輝械人形は襲いかかり、アリスたちは迎え撃つ。


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