第11話

 セントラルエリアにある小さな公園内にある防災倉庫の施錠をヴィクターから手渡された合鍵で開き、倉庫内にある隠し扉を開くと、地下につながる長い階段があり、階段の先にはヴィクターの秘密研究所があった。


 防災倉庫の下に地下につながる階段があることを意外に思いながらも、探検気分でウキウキした様子で優輝は階段を降りていた。


「そういえば、アリスちゃんってアカデミーの中等部に通ってるんだよね」


「はい。私の一つ年上、です」


 何気ない能天気な幸太郎の質問に、サラサはすぐに答えた。


「アリスちゃん、かわいいから人気があるんじゃないの?」


「とても人気があります。それも、とっても頭が良いです。大学部までの勉強は一通りできるって言っていました」


「アリスちゃん、すごい。僕なんて、この間のテストで赤点ギリギリだったのに」

 つい先日結果が公表された惨憺たる学年末テストの結果を思い浮かべながら、年下でありながらも、自分以上の学力を持つアリスに幸太郎は素直に感心していた。


「サラサちゃんは中等部でアリスちゃんと一緒にいるの?」


「アリスさんは一人でいることが多いですが、時々一緒にいます。その時は勉強を教えてもらったり、訓練に付き合ってもらったりしています」


「それを聞くとアリスちゃん、人気があるけど友達はいなさそう」


「えっと……その……アリスさん、意外と面倒見がいいので、きっといます、多分……」


「サラサちゃんの言う通り面倒見がいいから、アリスちゃんは制輝軍内でかなり慕われているらしいよ。実は制輝軍内のアイドル的存在らしいよ」


 幸太郎の正直過ぎる言葉に、精一杯のフォローをするサラサと、楽しそうに笑いながらフォローする優輝。二人のフォローに、幸太郎は「なるほどなー」と納得していた。


「でも、お父さんの博士と同じで、アリスちゃんの部屋、散らかってる気がする」


「あー、それわかるかもしれない。アリスちゃんのような性格のティアも意外に抜けてるところがあるから、アリスちゃんも抜けてるところがあるかもしれない」


「サラサちゃんはどう思う?」


「……えっと……ど、どうでしょう……」


 幸太郎の推測に同意を示す優輝と、幸太郎に話を振られてサラサは口を閉ざしながらも、笑いを堪えている様子で優輝と同じく同意を示していた。


 アリスについて話しながら長い階段を下り、研究所の扉の前に到着する幸太郎たち。


 特に警戒することなく手を伸ばして、幸太郎は研究所の扉を開こうとする――


「幸太郎君、待つんだ!」


 扉を隔てた先に誰よりも早く殺気を感じた優輝は、扉を開こうとする幸太郎を慌てて制止させるが、遅かった。


「おお、外から声が聞こえると思ったらお前たちか。よくここがわかったな」


 扉を開くと、数台のガードロボットが置かれて狭く、散らかった研究所内のソファに座り、誘拐されたはずなのに呑気にクッキーを食べているプリムが幸太郎たちを出迎えた――瞬間。


 どこからかともなく飛んできた光弾が優輝たちに襲いかかる。


 プリムに気を取られながらも、突然の攻撃に反応して輝石を武輝に変化させようとするサラサだが、それに反応した光弾は意思を持つかのような動きで彼女の手から輝石を弾き飛ばした。


 扉を開ける前から殺気に反応していた優輝は、プリムの姿に気を取られながらも、サラサよりも早くチェーンにつながれた自身の輝石を武輝に変化させ、突然攻撃を仕掛けてきた主の気配を探り――瞬時に察知する。


 察知した気配に視線を向ける優輝だが、それよりも早く再び光弾が――今度は複数飛来する。


 不規則な動きで襲いかかる複数の光弾の動きを目で捕え、自身の周囲に光の刃を発生させて対応しようとするが、本調子ではない優輝の動きは僅かに遅れた。


 複数の光弾は優輝の手に持った武輝である刀に向けて一斉に襲いかかり、武輝を弾き飛ばし、優輝の手から離れた武輝は床に落ちて数瞬の後に輝石に戻った。


 刹那の出来事を気づけなかった幸太郎は突然の事態に呆然としていた。


「動かないで」


 優輝たちが無力化させられると同時に、室内に有無を言わさぬ冷ややかな声が響く。


 声の主――武輝である身の丈を超える銃剣のついた銃を両手に持ったアリスは、部屋の隅から現れた。彼女の武輝である銃の銃口は真っ直ぐとサラサと優輝に向けられていた。


 射抜くような目で睨むアリスから、サラサと優輝は自分たちが下手に動けば問答無用で攻撃を仕掛けてくる覚悟を感じて、微動だにすることができなかったが――


「アリスちゃんもここにいたんだ」


「アリス、どうしてコータローたちに攻撃を仕掛けた! 今すぐ武輝を輝石に戻すのだ!」


 アリスの威圧感に気圧されている優輝たちとは対照的に、何気ない調子で幸太郎は話しかけると、クッキーを食べ終えたプリムは突然のアリスの行動を咎めた。


 状況を理解していない二人の態度にアリスは忌々しげに大きく舌打ちをして話を進める。


「何の用?」


 銃口は幸太郎たちに突きつけたまま、質問するアリス。


「博士の無実を証明するために来たんだよ」


「嘘。教皇庁の命令で私を捕まえに来たに決まってる」


「本当、です。だから、落ち着いてください」


 幸太郎の言葉を嘘だと決めつけるアリスだが、自分を心配そうに見つめるサラサを見て、僅かだが全身に鎧のように身と纏っている警戒心が崩れた。


「アリスちゃん、俺たちは君のお父さんの無実を信じている。君のお父さんは昨日、幸太郎君たちをここにまた来るようにと頼んだんだ。そんな人間がその日に事件を起こすとは考えづらいだろう? だから、もしかしたら、幸太郎君たちは昨日呼び出されたこの場所にヒントがあるかもしれないと思って来たんだ――君を捕まえるためじゃない」


「でも、久住優輝、あなたはここに来る時、武輝を持っていた」


「殺気にも似た気配を感じたから、仕方がなかったんだ。驚かせてごめんね」


「アリスさん、本当に私はアリスさんを捕まえる気はありません。プリムさんを連れ去った理由も何となくですが、わかります……だから、落ち着いて話を、しましょう」


 抵抗する意思を見せない優輝とアリスの説得に、徐々に警戒心が薄れて行くアリスだが、それでもまだ突然ここに現れた彼らを信用することができなかった。


「アリスよ! サラサやユーキもそう言っておるのだ! 信用してもいいではないか!」


「携帯を床に置いて、私に向かって蹴って」


「この間、新調したばかりなんだけど……」


「いいからやって」


 プリムを無視してアリスは幸太郎たちに携帯を渡すように命令する。


 新調したばかりの携帯を蹴ることに抵抗を感じる幸太郎だが、サラサと優輝に視線で従うように促されたので、問答無用のアリスに不承不承従った。


 自分の足下に向かって蹴り飛ばされた携帯を拾い上げてポケットにしまった。


「この場所に昨日私も呼び出されたから、隠れ家として使いながら、事件に関するヒントがある思って部屋中探したけど、ここには何も――」


『ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!』


 事件に関するヒントを求めた幸太郎たちに、無情な宣告をしようとするアリスだが――そんな彼女を嘲笑うかのように、突如としてバイブレーション音が部屋中に響き渡ると同時に、遅れてヴィクターの無駄にうるさい笑い声が響き渡った。


 笑い声の主であるヴィクターが現れたというわけではなく、室内のどこかから響いていた。


 サラサはアリスに銃口を向けられながらも、笑い声のする方へと向かい、床に置かれているガラクタをどかすと――その下には、ヴィクターの笑い声の発信源である携帯が置かれていた。


「これ、ヴィクター先生のヒント、かもしれません」


 携帯の画面を見たサラサは、部屋中くまなく探したと豪語したアリスを気遣って、申し訳なさそう呟くと、アリスたちに携帯の画面を見せた。


 サラサの気遣いに気恥ずかしさを覚えるアリスだが、それを堪えて携帯の画面を見た。


 携帯の画面には子供受けしそうなキュートな外見の牛のキャラクターが映し出されていて、そのキャラクターを見慣れぬアリスは「何それ」と、つい疑問を声に出してしまった。


「中々愛くるしい外見をしているではないか!」


「それ、イーストエリアにある焼肉屋のマスコットだ」


「……焼肉屋にどうしてそんなのがいるのよ」


 キュートな外見の牛のキャラクターに興味を示すプリムのために、画面に映るのが焼肉屋のキャラクターであることを教える幸太郎。愛くるしい外見の牛のキャラクターがよりにもよって焼肉屋のキャラクターであるということにアリスは呆れていた。


「俺たちが来ると同時に、タイミング良く携帯が鳴ったことを推測すると――これは、もしかしてヴィクター先生のヒントなんじゃないかな」


「かもしれない」


 タイミングを狙ったかのように鳴り響いた携帯に表示された画面を見て、ヴィクターのヒントであると判断する優輝に、頷いて同意するアリス。


「アリスちゃん、このお店の近くに秘密研究所はあるかい?」


「研究所の場所は把握してるけど、この店の場所を知らないから何とも言えない。……七瀬はわかる?」


 優輝の質問に答えられないアリスは心底不承不承といった様子で、最初に牛のキャラクターに反応した幸太郎に質問すると、待っていましたと言わんばかりに胸を張る幸太郎。


「それならドンと任せて。そのお店、前にかおる先生に連れて行ってもらったことがあるから」


 鳳グループ上層部で校医も兼任する萌乃薫もえの かおるに連れて行ったもらったことがあり、美味しかったのでその焼肉屋の記憶が強く残っている幸太郎は気合を入れてアリスをその場所に案内することに決めた。そんな幸太郎の様子に、アリスは小さく呆れたようにため息を漏らす。


「場所さえ言えばそれでいい。その代わり、外部に漏らさないようにするため、あなたたちをここで拘束する」


「私も、付き合い、ます……だから、アリスさん。一人で背負わないでください」


「元々ヴィクター先生を探すためにここに来たんだ。ヒント通りに進めば先生に会える可能性が高い。それに、年下の君たちが頑張るというのに年上の俺が何もしないのは情けないからね」


 自分に付き合う気満々なサラサと優輝、そんな二人に「僕も」と同調する幸太郎に、アリスは心強いと思いつつも、何か裏があるのではないかという疑念が彼らの協力を拒んだ。


「他人の善意は素直に受け取るものだぞ、アリス!」


 呑気なプリムの一言に、「……わかった」とアリスは諦めたようにため息を漏らし、味方が多い方が有利であり、利用価値が高いので彼らとともに行動することに決めた。


「その代わり、外部と連絡させないために携帯と、抵抗しないようにあなたたちの輝石と、七瀬のショックガンはこっちで預かる。それなら、勝手について来ればいい」


 厳しい条件をアリスに課されるが、幸太郎たちは迷うことなく力強く頷いた。


 お節介な幸太郎たちに心底呆れながらも、ずっと固かった表情のアリスは僅かに表情を柔らかくさせ、彼らに向けていた武輝の銃口をようやくそらした。


「ヴィクター先生は今回の事態をある程度予測していた可能性が大いにあるね――それも、幸太郎君たちや、アリスちゃんに事件の解決を託したのかもしれないね」


 ヴィクターを信じ切っている様子の優輝を見て、アリスは小さく鼻を鳴らした。


「踊らされているだけかもしれない――第一、サラサならまだしも、七瀬に託すのは意味不明」


「ぐうの音も出ない」


 辛辣なアリスの言葉に、反論できずに苦笑を浮かべることしかできない幸太郎。


「ここでゴチャゴチャ言っていても仕方のないことだ! 真実を求めるために行くぞ!」


 強引に話をまとめたプリムが気炎を上げてアリスたちの先導をはじめる。


「……アリスちゃん、彼女は一応人質なんだよね」


「多分」


 プリムの後に能天気な幸太郎と、そんな彼を心配するサラサが続く。


 一方のアリスと優輝は、人質でありながらも自分たちをまとめているプリムに呆れていた。

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