第三章 真実

第25話

 ……ここは、どこだ……

 私は誰――って、私はヴィクター・オズワルド。

 アカデミー内外問わず、自他ともに認める天才である!

 そして、ここは最先端医療を受けられるセントラルエリアの病院である!


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」

 

 セントラルエリアにある病院の一室――長身痩躯の白髪交じりの頭の男、ヴィクター・オズワルドは機嫌良く笑っていた。


 突然病院中に響き渡るほどの笑い声を上げた、つい先日まで生死の境を彷徨って意識をしなっていたのにもかかわらず、つい数十分前に目覚めたヴィクターの身体の検査を行っていた医者と看護師は、珍獣を見るような目で気分良さそうに笑うヴィクターを見つめた。


「いや、失礼! 生きることの素晴らしさのあまり、歓喜してしまったのだ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 生きることは素晴らしい! 実に素晴らしい!」


 生死の境を彷徨ったおかげで、生きることの素晴らしさについて存分に堪能している内に、ヴィクターの検査は終わった。


 検査が終わってヴィクターは愛用の黒縁眼鏡をかけると同時に、扉をノックして現れるのは傷ついた顔にガーゼを貼り、両腕に包帯を巻いているドレイク・デュールだった。


 見舞いに来てくれたドレイクに、「やあ、ドレイク君!」最大級の笑みを浮かべて出迎えるヴィクター。


 ついさっきまで意識不明で生死の境を彷徨っていたというのに、相変わらずの狂気染みた笑みを浮かべているヴィクターを見て、ドレイクは呆れながらも安堵していた。


「具合はどうだ」


「経過は良好っていったところかな? もちろん、しばらくは絶対安静だけどね。僕よりも君のその怪我だ。その様子だと、また鳳のお嬢様に厄介事を任されて怪我をしたのかな?」


「というよりも、お前と萌乃を襲った相手を追っていたんだ」


「ほう、僕たちが眠っている間に仇討ちをしてくれるとは嬉しい限りだよ!」


「襲われてから今まで大勢の人間が動いている」


「それほどまでに私が慕われているとは嬉しい限りだ」


「特にお前の娘のアリスはかなり頭に血が上っていた。すぐに連絡を入れてやるんだ」


「おお、それは本当かい! プリチーラブリーベイビーが心配してくれるとは、なんという喜び! よし、ここは思い切り心配させて久しぶりにお風呂に入ってくれるように頼もう!」


「……その様子では失敗しそうだな」


 珍しく自分を心配してくれた娘・アリスのことを聞いて元々高かったテンションが更に上がるヴィクターに、ドレイクは更に呆れていた。


「連絡を入れる前に、こちらの質問に答えてくれ」


「ああ、わかってるわかってる――それで、何を聞きたいのだ? 残念ながら私や萌乃君を襲った人物については何もわからないぞ! 何せ暗闇でまったく見えていなかったのだ。そこは、熱き戦いを繰り広げた萌乃君に聞いてみるといいだろう」


「……その点については大体の予想はできている。肝心なのはこれからだ」


 どこか違和感があるヴィクターの返答を怪訝に思いながらも、襲撃者についてはおおよその予測――アルトマン・リートレイドだと確信しているので話の本題に入るドレイク。


「ヴィクター、お前は一体何を知ったんだ?」


「何、というのはどういうことかな」


「焦らすのはやめてくれ。賢者の石について、幸太郎について、何を知ったんだ?」


 賢者の石、幸太郎、それらについて何か重要な事実を知ったからこそヴィクターたちは襲われたのだとドレイク含め全員を思っており、今回アルトマンが起こした騒動に大きく関わっているのではないかと考えていたからこそ、今回の事件の根幹にかかわるかもしれない研究成果を尋ねたドレイクだが――


「賢者の石? コウタロウ? ドレイク君、一体君は何を言っているのかな? 賢者の石というのは旧教皇庁の人間が作り出したおとぎ話であることは最近判明したことじゃないか。それに加えて、コウタロウ? というのは誰なのかな」


 嘘や冗談を言っているわけでもなく、小首を傾げて平然とそう言い放つヴィクターに、彼から感じる違和感の正体が徐々にドレイクの中でハッキリとしてくる。


「どうやら、生死の境を彷徨ったせいで記憶が欠落しているようだな」


「ハーッハッハッハッハッ! ドレイク君、舐めてもらっては困るよ! 私と萌乃君は第二のアカデミー都市が設立した際に使用される新型ガードロボット開発について話し合っていたのだ! 先日の一件でアルバートが輝械人形を超え、人を超え、輝石使いをも超えた、相手の行動を読むことができるメシアを生み出したことに、私は研究心を刺激されたのだよ! おそらく、今回の犯人はメシアを超える存在を作り出そうとした私を狙ったものだと思っているのだが、どう思う? 君たちは犯人の目星はついているのだろう?」


 欠落した記憶の部分に適当に、虚実入り混じった出来事を切り張りしているようなヴィクターの説明を聞いて、自分の想定を軽く超えて状況が掴めなくなり、「待て――」とドレイクは一度会話を中断した。


「ヴィクター、何を言っている。お前たちは幸太郎、アルトマンの中に眠っているとされている賢者の石についての研究をしていた」


「何を言っているのだ、ドレイク君。我が師、アルトマン・リートレイドはもう故人だ。数年前に発生した死神事件の唯一の被害者であることは周知の事実だろう?」


「……一体どうなっている」


「それはこちらの台詞だよ。君は何かを勘違いしているのではないか?」


 事件のショックで単に記憶を失っているというわけではなく、ヴィクターの記憶そのものが改竄されている状態にドレイクはただただ混乱し、あまりにも自然な口調でありもしない記憶を話す彼に本当に自分の記憶が正しいのかという疑問も僅かながらにも抱いてしまう。


 そんなドレイクを現実に引き戻す、扉を乱雑に開かれる音とともに現れるのは彼と同じくアルトマンとの戦いで病院に運ばれた刈谷と大道だった。


「おっさん! 何だか薫ネエさんが変なんだ!」


 入って来るや否や声を荒げてヴィクターと同じく目を覚ました萌乃の状況を説明する刈谷に、ドレイクは自分の記憶が間違っていないことに安堵すると同時に、萌乃もヴィクターと同じ状態であることに更に混乱してしまう。


「ドレイクさん、どうやらそちらも同じ状況のようですね」


 混乱しているドレイクの様子を察した大道は、ヴィクターも萌乃と同じ状態であることを察した。




―――――――――




 ――おかしい。


 ホテル内に入ってから、抱えていた違和感が更に強くなってくるセラ。


 ホテル内にはアルトマンと対峙した大勢の輝石使いが倒れていた。


 倒れている輝石使いは輝士や聖輝士ばかりであり、何人かはセラも名前を知っているほどの実力者もいたが――全員気絶していた。


 ここに来るまで追手である大勢の輝石使いたちを相手にし、刈谷や巴たちとの戦いを経て、アンプリファイアの力を使用したのにもかかわらず、戦闘を避けることなくホテル内にいる輝石使いは全員倒されてしまっていた。


 何人かは激しく抵抗した様子も見受けられ、建物内にも抵抗の傷跡が残っているが――ほとんどの輝石使いは抵抗する間もなく不意打ちを仕掛けられて倒されているようだった。


 アルトマンの実力ならば抵抗する間もなく倒せるだろうが、今の消耗している彼には全員倒すのは不可能ではないかとセラは考えていた。


 そんな違和感を抱えながらセラはノエル、クロノ、幸太郎とともに周囲を警戒しながら慎重に先に進み、最上階に到着して大悟たちがいるスイートルームがある階のエレベーターホールに到着すると――


「そんな……どうして……」


 大悟たちを守るための最終防衛ラインであったティアたちが倒れている様子を見て、驚愕の声を上げるセラだが――それ以上に違和感の方が勝っていた。


 ティアたちが倒れている現状を見て、クロノとノエルもセラと同じ違和感を抱えていたが、考えるよりも早く倒れているティアたちの安否を確認していた。


 一方の幸太郎は近くの壁にもたれかかるように気絶しているリクトの元へと駆けつけて「リクト君、大丈夫?」と声をかけるが、苦悶の表情を浮かべたまま反応しなかった。


「ティア、優輝、しっかりしてください! 一体何があったんですか!」


「麗華さん、大和君も大丈夫?」


 セラは倒れている幼馴染二人の元へと駆けつけ、声をかけるが二人は何も反応しない。


 幸太郎もリクトに続いて麗華と大和にも声をかけるが反応せず、全員気絶していた。


 おかしい……やっぱり、おかしい。

 ティアたちがいるのに、この状況はやっぱり変だ。


 アルトマンと争った結果ティアたちは破れたのだろうと容易に想像できるが――それにしては妙だった。


 連戦に次ぐ連戦で消耗しているはずの今のアルトマンにティアたちに勝利できるとは考えられないというのもあるが、それ以上に広間内には激しく争った形跡がなかったからだ。


 まるで全員不意打ちを仕掛けられ、一撃で倒されているようだった――この場所に向かう途中、ホテル内で同じように倒されていた輝石使いたちの姿と同じく。


「……この状況、どう見ますか?」


「アルトマンに協力者がいるか、上手く不意打ちを仕掛けたかのどちらか――今は取り敢えずそれらが浮かんだ。しかし、今回アルトマンには協力者の影はまったくなかった」


「可能性があるとするなら、アンプリファイアの力を再び使ったのかもしれません」


 セラに意見を求められ、自分たちの考えを淡々と述べるクロノとノエルだが――人体に大きな悪影響を及ぼすアンプリファイアの力を父と慕うアルトマンが使ったことを想像して、ノエルの表情は暗くなっていた。


「しかし、アンプリファイアの力でここまでティアたちを圧倒できるのでしょうか」


「賢者の石の力を持つ以上、何が起きるかわかりません――見たところこの場にいる全員は気絶をしていますが無事です。それよりもエレナ様たちが心配です。先へ急ぎましょう」


 確かに、まだ賢者の石の力についてはわからないことが多い。

 そう考えれば、アンプリファイアの力が賢者の石に反応して何らかの力を得た可能性はある。

 だが――やっぱり、妙だ。

 でも、今はエレナ様たちの心配をした方がいいか……――ごめんね、みんな。


 気絶したままのティアたちをこの場に放っておくのは気が引けたが、この先にいるエレナたちの安否が気になるので、後ろ髪を引かれる気持ちをグッと堪えてノエルに従うセラ。


 すぐにこの場から離れて先に向かおうとするセラたちだが――


「――クッ! ククッ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」


 前方から気配もなく突然響き渡る狂気染みた、それ以上に自嘲気味に聞こえる笑い声に、セラたちは一気に警戒心を高める。


「まったく、実に愚かだ! 愚か、愚か、愚か! 話を聞いていれば、こんなことにはならなかったというのに! 実に愚かだ! ハーッハッハッハッハッハッハッ!」


 アルトマン・リートレイド! ――完全にアンプリファイアの力に呑まれている。

 だが、何だこの力は……明らかにアンプリファイアの力だろうが――何かが変だ。

 ノエルさんの言う通り、賢者の石とアンプリファイアの力が合わさった結果?

 すごい力だ。これなら、確かにティアたちを倒せるかもしれないが――


 口角泡を飛ばしてエレナと大悟がいる部屋に続く廊下から現れるのは、傷だらけのアルトマン・リートレイドだった。


 アンプリファイアの力に呑まれ、傷だらけでありながらも理性の欠片のない凶悪な笑みを浮かる今の彼は狂気以上に生気に満ちており、時折全身が緑白色に発光していた。


 アルトマンから放たれる力の奔流と狂気に圧倒されながらも、友人たちを傷つけたアルトマンに抱いていた怒りを爆発させるセラだが――胸に残る違和感のおかげで彼女の頭の中は至って冷静だった。


「アンプリファイアの力を最大限に身体に取り込んだようですね……満身創痍の身でそれ以上その力を使えば命に関わります。大人しく投降してください」


「くだらん! 実にくだらん! ノエル! この期に及んでまだ私を止めようというのか!」


「そのつもりで私はここまで来ました」


「すべては動き出した! もう、すべてが終わりに向かっている! お前の行動はすべて無駄だ! 無駄に終わる!」


 淡々としながらも縋るような目を向けて自分を説得してくるノエルを嘲るアルトマン。


 自分の言葉をいっさい受け付けようとしないアルトマンに、ノエルは一瞬気圧されるが、そんなノエルの前に立つクロノは射貫くような目でかつての父を睨んだ。


「愚かなのはオマエだ。目的を果たす前にアンプリファイアの力に呑まれるとは、無様だな」


「ククッ! 違う! 勘違いをしているぞ、クロノ! ――違う、違う!」


 心底侮蔑するように言い放ったクロノの言葉に、アルトマンは激しく反応する。


「勘違いをしている! 私の計画はすべて失敗だった! 失敗だったんだ! だから、もう終わりなんだ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッ! 全部、全部終わりだ!」


「話にならないな――終わりなのはオマエだけだ、アルトマン」


「そうだ! 私も終わりだ! 終わりなんだ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッ!」


 アンプリファイアに呑まれて狂人と化したアルトマンに何を言っても話は通じないと判断し、クロノは手にしていた武輝である鍔のない幅広の剣を持つ手をきつくする。


「今のあなたには何を言っても無駄であり、アンプリファイアに呑まれたあなたを鎮めるために実力行使で止めるべきだと判断しました――……行きます」


 無表情ながらも不承不承と言った様子でクロノの隣に立ち、静かに戦意を高めるノエル。


「セラさん、僕、先に行ってエレナさんたちの様子を見に行ってもいい?」


「え、ええ……その方がここにいるよりも安全だとは思いますが……」


 確かに、幸太郎君がいたら足手纏いになるし巻き添えを食らう可能性もある。

 今のアルトマン相手にして、幸太郎君を守れる自信はない。

 それに、エレナさんたちの安否も気になるから、エレナさんたちの元へ向かわせた方が……

 でも、何だ、この違和感……前にアンプリファイアを使用した貴原君と対峙した時と同じだ……

 本当にこのままでいいのか? 本当にこのままで……


 自分の計画が失敗したと声高々に宣言したアルトマンの言葉を思い出し、幸太郎の提案に頷こうとするが――セラには漠然としない不安がまだ残っていた。


「先へ向かいたいのならそうすればいい! 七瀬幸太郎! 君は真実を知らなければならない! 自分の存在意義を確かめなければならない! すべてを、真実を、そして、偽りも! すべて受け入れなければならない! それが君の罪なのだから! ハーッハッハッハッハッハッ! どちらにせよ、君ももう終わりだ!」


「いいんですか?」


「私の目的は真実だ! 偽りだ! それも無意味となってしまった今、もうどうでもいい!」


「それじゃあ、お言葉に甘えます」


 アルトマンの言葉通りに呑気な足取りで先へ向かおうとする幸太郎だが、彼の手をセラは掴んで制止させた。


 この場を離れた方が足手纏いにならない、エレナたちの傍にいれば安全、エレナたちの安否を確認させるためにも先に向かわせるべき――そう思いながらも、漠然としない不安を抱えているセラは無意識に幸太郎を止めてしまった。


 ここよりも安全な場所に向かわせるというのに、このまま幸太郎を先に向かわせてしまったら、二度と会えないような気がしてセラは止めてしまった。


「セラさんの手、汗でベタベタしてる」


「……そういうことは言わなくていいって前にも言ったじゃないですか」


「僕は大丈夫、セラさん」


 状況を何もわかっていない能天気な様子でそう言い放つ幸太郎との短いやり取りに、安堵感を得てしまったセラは掴んでいた彼の手を無意識に放してしまった。


 先へ向かう幸太郎を激情と狂気が入り混じった目で見つめながらアルトマンは黙って見送る。


「……これで終わった、これが終わりだったんだ! これで終わるはずだった! はじまりはいつだ? いつだ? いつなんだ? そうだ、あの時、あの時だ!」


 幸太郎を見送ったアルトマンは、子供のように地団太を踏みながら忌々しく吐き捨てた。


 徐々に彼の身体から発せられるアンプリファイアの力が高まり、同時に理性を失くした彼が発する言葉が意味不明で支離滅裂になってくる。


「終わりのはじまり、はじまりの終わり! あの時にすべてが、すべてが、すべてが! そして、今日、すべてが終わってしまうんだぁあああああああああああ!」


 狂気とともに全身から放たれるアンプリファイアの力が爆発的に向上させるアルトマン。


 全身を包んでいた緑白色の光が赤黒く変色し、変色した光は形を成して巨大な二本の両腕に変化し、両腕は羽のようにアルトマンの背中に浮かんでいた。


 凄まじい力だ、まさかここまでアンプリファイアの力を使うとは……

 だが、アンプリファイアの力に完全に飲み込まれている。

 もう言葉で彼を止めるのは不可能だ。

 幸太郎君をこの場から離れさせて正解だったのかもしれない……

 それに、この力……私たちだけで止められるのか?

 ――いや、止めて見せる!


「ノエルさん、クロノ君――行きましょう」


 アルトマンから放たれる力の奔流に気圧されるセラだが、能天気に笑う幸太郎の姿を思い浮かべ、アルトマンに圧倒されている自身に喝を入れる。


 セラの言葉を合図に、三人は同時にアルトマンに飛びかかった。

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